魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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Saga29アイリ・セインテスト~Woman living in love~
†††Sideアイリ†††
マイスター、ルシリオン・セインテスト・アースガルドの融合騎として、“戦天使ヴァルキリー”のノイエーラ・スルーズル・ヴァルキュリアとして、リアンシェルトの思惑を知らずにイリュリア技術部の手によって試作七番騎・白雪の氷精ズィーベンという記号でこの世に生を受けた。
――生まれながらにしてアイリという存在は、そのすべてがマイスターの為に在る――
リアンシェルトの真の目的を最後まで知らせられることがなかったイリュリア技術者たちは、アイリのことを本来の目的通りにイリュリア騎士の強化パーツとなる融合騎の試作シリーズの一騎としか見てなかったから、その扱いは実験動物と同じような嫌なものだった。今思い返すだけでも腹が立つ。
しかも最後は、イリュリアに反する考えを持ってるアイリを処分するっていう名目で、イリュリア製“エグリゴリ”・ゼフォンの試験運用の標的にするっていうクズさを見せてきたからね。イリュリアに対する好感度は最低から最悪になった。だから、そんなイリュリアの為じゃなくて別の、マイスターの為に生まれたって言うのは嬉しいものだった。
――戦場で再会したアギトお姉ちゃんから、マイスターのところに来ればいい、って誘われたときは嬉しかった――
アギトお姉ちゃんやアイリのイリュリアに対する裏切りに端を発するマイスター達との出会いがリアンシェルト達の計画通りだとしても、アイリをイリュリアっていう牢獄から解き放ってくれるものだったから、喜びこそすれ恨むなんてことはない。
――じゃあ名前を贈らせてもらうよ。君の新しい名前は、アイリ、だ――
アイリっていう新しい名前をくれて、道具じゃなくて家族として迎え入れてくれた。グラオベン・オルデンとしての活動はそんなに長くはなかったけど、その短いながらも濃い日常がアイリにいっぱいの幸せを教えてくれて、ある感情を芽生えさせてくれた。
――アイリはマイスターを愛してる――
アイリがマイスターを裏切らないよう、リアンシェルトがそう設計したかもしれない。それでもマイスターに対するその想いは、プログラムなんかじゃないって、一緒に過ごして育んできた感情だって、胸を張って言いたい。
「だからごめんなさい、マイスター・・・」
マイスターの為だけの融合騎。マイスターの考え、思い、そのすべてを受け入れて、一緒に果たしてくのが正しいことなんだと思う。だけど、アイリはそれを裏切るよ。やっぱり間違ってることは間違ってるって言わないと、それこそ道具になっちゃうから。
・―・―・回想だね・―・―・
“T.C.”最後の作戦である本局襲撃のために、マイスターの“エインヘリヤル”と一緒に執務室を出たアイリは、廊下で待機してた幻術の融合騎エルフテを抱きかかえた。エルフテは本局に陣取るはやて達をかく乱するために必要な戦力だ。抱きかかえる必要性は無いけど、その抱き心地を堪能する時間はここを出たらもう無いかもしれないからね。今のうちに抱っこしておこないと。
「ねぇ、マイスター。ちょっと提案してもいい?」
アイリの前を歩く“エインヘリヤル”は執務室に残るマイスターと意識が繋がっていて、マイスターの思考が“エインヘリヤル”の言葉として発せられるし、視覚も聴覚も共有してる。だからアイリは、マイスター本人に話しかけるつもりで“エインヘリヤル”に声を掛けた。
「なんだ?」
「マイスター。これで最後になるんだから、はやて達とちゃんとお別れをした方がいいと思うんだ」
「そのことか・・・。俺は、自分の死を偽ってはやて達と決別を図った。今さらどんな顔をして話せと?」
“エインヘリヤル”の今の恰好は、“界律の守護神テスタメント”の証である神父服、フード付き外套、仮面っていう聖衣。マイスターの言うように、はやて達に素顔を見せるつもりはないって意思表示だ。そんなマイスターの考えに意見するためにアイリが「うん」って頷くと、胸に抱くエルフテが信じられないって目でアイリを見上げてきた。
「アイリはマイスターのための融合騎だから、マイスターに従うべきなんだろうけど、ただ従うだけじゃダメなんだって思うの。マイスターのことが大切だから、大好きだから、マイスターが自ら辛い道に進むのを黙って見ていられないの」
「辛い道・・・か。自業自得、因果応報だな。その辛い道とやらを進まなければならないほど、俺は罪深い存在だ」
「そんなこと・・・!」
「あるさ。マリア達は俺ひとりのために、本来進むべき歴史を大きく変えた」
「でも、そのおかげでアイリは生まれた。闇の書もはやてに出会う前にマイスターと出会って、一時でも幸せになれた。アリシア、クイント、ティーダが死ななかった」
「その分、ドクターや無関係な一般市民が大勢亡くなったり、大きく人生を歪まされた人も多くいる」
リンドヴルムが首都クラナガンで“A.M.T.I.S.”を起動させた事件や、プライソン事件、イリュリア・クーデター事件、この3つの大きな事件だけで被害者・犠牲者はとんでもない数だ。
「でも! マリアが言ってたでしょ。マイスターがこの世界に居なくても起こり得た可能性がある事件だったって。マイスターが関わってない次元世界で、こっちの次元世界で起きた事件以上に悲惨な事件・事故などが起きてることも確認してるって。あくまでこの次元世界で大事件が起きそうだったから、リアンシェルト達エグリゴリが利用したに過ぎないって。マイスターが全部悪いわけじゃない」
無限に在る世界線、無限の可能性、無限の悲劇。リンドヴルムはシュヴァリエルが居なくても他の世界線でも登場するらしいし、プライソンだってミミルが生み出さなくても誕生する世界線があり、クーデター事件も起きる世界線だっていくつもあったって、マリアが言ってた。
マリアは “エグリゴリ”を探し当てるために、最初の次元世界での契約後からずっとマイスターに黙って次元世界を巡ったそうだ。最弱の“テスタメント”ゆえの好き勝手。マイスターも知らない、アイリだけが教えてもらった話だ。だからその信ぴょう性は確かなもの。
「そうかもしれないが・・・」
「ああもう! マイスターにちょーっとイライラし始めたから、もうハッキリ言わせてもらうよ。いい?」
「あ、ああ、言ってくれ」
「マイスターに悪い事があるとすればそれは、逃げたこと、だよ。マイスターは悪い事してきたよ。後ろ暗い、後ろめたい、やましいことばっかだよ。でも、それでも逃げちゃダメだった。はやて達に、いろんな人にごめんなさいをして、協力してもらうべきだった。死を偽って、みんなに辛い思いをさせて泣かせて・・・。最低最悪の選択肢を選んだ。マイスターは、自分が傷つくのが嫌で台無しにした」
アイリの言葉に“エインヘリヤル”は俯いて、じっと耐えるように聞いてくれてる。ごめんね、でもこれは言っておかないと、マイスターはとことん自分を責め続けてダメになる気がする。そんな気持ちのまま、マイスターをアースガルドに帰すことなんて出来ない。
「だからさ、マイスター。今からでも遅くないよ。はやて達と顔を合わせて、ちゃんとごめんなさいして、そして協力してもらおう? でないと・・・独りぼっちのままで、帰ることになっちゃう」
本当ならアイリも、マイスターと一緒にアースガルドに行きたい。でも、行けない。アイリは現代に生きる融合騎。マイスターは過去に生きる人間。きっと、6千年以上も過去に戻っちゃうマイスターとはもう二度と逢えない。信じたくないし、認めたくないし、受け止めたくないけど、それがマイスターとマリアの見解だ。
「ありがとう、アイリ。俺を想って言ってくれたのは伝わったよ。だが、それを受け入れるわけにはいかない」
「どうして・・・?」
「俺が、最後まで俺であるため」
そう言ってアイリから目を逸らす“エインヘリヤル”を、「格好いいこと言ってるけど、それって逃げるつもりだよね?」ってジト目で睨みつける。つまりは逃げたりしたダメな自分を貫いて、格好悪いままで終わらせるって意味だ。“エインヘリヤル”は「容赦ないな。まぁ、仕方ないが」って苦笑した。ここで説得してもダメなら、向こうに着いた後でアイリから何かアクションするしか・・・。
「アイリ」
「ん?」
「お前のマイスターとして命令する。アイリ。エインヘリヤルである俺と本局へ赴き、作戦を完遂した後、ここベルカに戻ってくるな」
「・・・・・・は?」
何を言われたのかすぐには理解できなかった。その意味は徐々に頭に浸透して、「なんで!?」って“エインヘリヤル”にしがみ付いて、「アイリとユニゾンしないと、マイスター、きっとガーデンベルグに勝てない! 解ってるでしょ!?」って、掴んでる外套の前立て部分を激しく揺らす。
「もう自力で歩けないじゃん! ううん、歩くどころか自分で立つことも出来ない! 少し動かすだけで体が崩れそうになる! アイリがユニゾンして安定化させることで、マイスターは自力で動けて戦える!」
「無茶をすればお前とユニゾンしなくとも戦える」
「無茶じゃなくて無理! そんな馬鹿な命令受け入れられない! 絶対に承諾しないからね!」
「・・・聞いてくれ、アイリ。俺が魔力を集める理由、知っているだろう」
「当たり前! これ以上の記憶を失わないため、マイスターの体を維持し、ガーデンベルグに勝つため!」
マイスターの崩壊寸前の体を支えてるのは、これまでの契約先で得た複製を消費して得られる魔力や、犯罪者や魔力保有物から奪ってきた魔力。前者をこれ以上犠牲にしないために、これまでずっと魔力を奪ってきた。
「そうだ。俺に残された記憶もとうとう、マリアと出会った世界、先の次元世界、そしてこの次元世界の3つだけになってしまった。俺はそのどれも失わずにアースガルドへ帰りたい。そのためにはアイリ、お前とのユニゾンは必須だろう」
「だったら・・・!」
「でもな、その所為でお前を犠牲にするかもしれない。・・・アイリ。お前の設計からして、その体や命を魔力に変換することも可能となっている」
パイモンの頭の中にはイリュリアの技術や、イリュリアが手に入れていた色んな国、世界の技術が入ってる。もちろんその中には、アイリやアギトお姉ちゃんといった試作型融合騎の設計図も。試作型融合騎は全騎、命や体を魔力に変換してロードに捧げることの出来る設計だった。本音を言えば、アイリにだけある機能なら良かったのに、って考えちゃう。
「いいよ。マイスターの為にこの体、この命を使えるのなら本望だよ。それにね、マイスターが居ない世界に未練は無いの。はやて達みんなと生きてくことは楽しそうだけどね、それでも・・・やっぱり嫌なの。マイスターの存在しない人せ――融合騎生?なんて、アイリには寂しすぎるの」
だから、マイスターにアイリの全部を捧げられるなら、それでいいと思う。だけど「ダメだ。たとえ俺が居なくなっても、アイリには生き続けてほしい」って言われた。そう言われるのは解ってた。“エインヘリヤル”はアイリをギュッとハグして「生きてくれ。頼むよ」って耳元で囁いた。
「・・・でも、ガーデンベルグとの闘いにはユニゾンして参戦するからね。それだけは譲らない」
「すまない。それも諦めてくれ」
「っ!!・・・アイリの融合騎としての存在意義を奪うつもり?」
「いたっ? いたたた! アイリ、折れる! 背骨が折れる・・・!」
記憶を守りたいって言うのに、その条件を満たすために必要なユニゾンをしないっていう矛盾に、アイリの怒りゲージはMAXに。“エインヘリヤル”の背中に回してる両腕に力を込めて、その体を締め上げてやる。アイリの背中をタップする“エインヘリヤル”に、少しだけ力を緩めて主張する余裕を与える。
「けほっ、けほっ。・・・違う、違うんだ。本当に真面目な、真剣な話だ」
その目、声、表情には真剣さしかなくて、アイリはバッと”エインヘリヤル”から離れて、直立不動で待機した。
「アイリとのユニゾンは確かに俺の目的のためには必要だ。しかし、2つある危険性は無視できない。1つはさっきも言ったように、アイリの命を使うかもしれないという問題。設計からしてロードの発動許可があって実行される機能だ」
「ロードからの一方的な許可による発動。試作型融合騎の尊厳を無視したクソみたいな機能だよね。マイスターの為なら喜んで差し出すけど、当時のロードが実行しなくて良かったよ」
アイリの当時のロードになったのは、イリュリア騎士団の一員のゲルト・ヴォルクステット。戦場投入前に行われてたユニゾン試験じゃアイリが適当に同調率を合わせてたから、技術部はゲルトとアイリを組ませた。本当に馬鹿な連中だったね。アイリの本気を調査しなかったんだから。だからアイリに体を乗っ取られて、シグナムに討たれたんだ。
「・・・そんなクソ機能を、窮地に陥った俺は思わず実行してしまうかもしれない。それが恐ろしくて仕方ない。今日まで命を懸けて一緒に戦ってくれた相棒を犠牲にする選択を取ってしまうのではないか?と・・・」
「別にいいのに」
「ダメだ。そしてもう1つ。アイリとユニゾンした状態で、この次元世界での記憶を失った場合。俺は確実に混乱するだろう。テスタメント時代の記憶をすべて失うと、俺の意識はフェンリルに封印される直前にまで戻るはずだ。・・・そんな状況でいきなりガーデンベルグとの闘いの中に放り出されるのは、リアンシェルトより弱いとはいえ十分に脅威なあの子の前で、あ、ミスしてしまった、なんて冗談では済まされない隙だ」
「・・・うん」
「さらに、自分の中にアイリという、見知らぬ少女が居る。記憶の無い俺にとってそれは、どんなレベルでの混乱になるか想像もつかない異常事態だ。前者の混乱は、救うべきエグリゴリであるガーデンベルグとの闘いということで、すぐに冷静さを取り戻せると思うんだ。しかし後者の混乱はそうはいかない。生まれる隙もどれほどのものか。間違いなく致命的になる」
「マイスターの言い分は理解したよ」
アイリとのユニゾンは恩恵もあるし損害もあるということだね。マイスターの最優先目標である記憶を失わずにアースガルドへ帰還するために必要なこと。それはやっぱり「アイリを使って」ってことだから改めて伝える。
「アイリ」
「でねでね! 記憶が残ったままアースガルドに帰れたら、アイリをエインヘリヤルとして召喚して、それからアインスみたいに独立させてほしいの! そうしたらアイリは生き残っても死んでもマイスターと一緒に居られる! うわ、すごっ! アイリ天才! ねえねえ! それでいこう、そうしよう!」
「アイリ」
“エインヘリヤル”の目は、マイスターの声は、アイリのそんな天才的な発想すら受け入れないと物語ってた。アイリはまた震えだす声で「どうして!!」って叫んだ。
「受け入れてよ! みんなを忘れたくない、アイリを死なせたくない! 今の状況じゃどっちかを諦めるしかないじゃん! 両方取ろうとするからマイスターは苦しんでる! アイリだったらいいよ! いいんだよ! 確かにオリジナルのアイリは死んじゃうかもしれない! でも、それで少しでもガーデンベルグを救うことに繋がるならいいよ!」
そもそもアイリの命を使う“かもしれない”、だ。マイスターは使うって、失うって前提で考えてる。最後の決戦だもん。最悪のパターンを考えるのは当たり前。だけどそれらは確定した事案じゃない。アイリを喪わず、記憶を失わずに勝つかもしれない。ユニゾンしてても結局は問題なかったね~ってなるかもしれない。と、“かもしれない”に雁字搦めになって、弱気になってるマイスターに最後の具申した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」
「アイリの言いたいことは解る。俺は度が過ぎて臆病になっている。悪い事ばかりを考えていることくらい・・・。でもな、最後なんだ、これで本当に最後なんだよ。2万年と存在して、何度も心が折れかけ、いや折れたこともある。そんな地獄からようやく自由になれる。帰還か消滅かの瀬戸際だ」
「それは解ってるよ。でも恐れてるだけじゃ前に進めないってことはマイスターは知ってるでしょ。ねえ、怖がらないで、恐れないで。信じようよ。全部上手くいって、ハッピーエンドでマイスターの長い旅路が終わるって!」
「・・・・・・」
長い沈黙の後・・・
「・・・本局でマリアが魔力を奪取するまでの時間稼ぎが、俺、アイリ、エルフテの任務だ。そしてついさっき、アイリとエルフテはここベルカに戻らず、出頭するよう命じた。それは変わらない。ガーデンベルグとは俺ひとりで闘う。アイリ、エルフテは帰還不許可とする。もちろん、はやて達を連れて来るのもダメだ」
アイリの思いを全部聞いたうえでマイスターが出した答え。もう何を言ってもダメだってなんだって理解して、アイリは「ヤヴォール」って、ギュッと握り拳を作って歯噛みしつつ頷いた。
「そして、お前たちが本局での任務を終えた瞬間、俺とアイリのマイスター・融合騎という主従契約を解除。今後はアイリ・セインテストではなく、八神アイリと名乗ってくれ」
「~~~~~っ!!」
追い打ちの酷い命令に対して何も答えることが出来ない程に泣いて、溢れ出る涙を何度も手で拭うアイリに、“エインヘリヤル”は「今までありがとうな」って言ってハグした。
・―・―・終わりだね・―・―
マイスターの命令を無視して、アイリははやて達を“T.C.”の本部であるアムル領主館――シュテルベルク邸に戻ってきた。怒られるかな? 呆れられるかな? それとも・・・。それでもアイリは、マイスターを孤独のまま旅路の終焉に向かわせるわけにはいかないから。
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