魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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Saga22-D真実への扉~The last 1 steps~
†††Sideすずか†††
“T.C.”のメンバーとして再会することになった“スキュラ”姉妹と交戦していたら、プライソンの手によって殺害されたはずの「ドクター!?」と、闇の欠片事件で初めて出会って、砕け得ぬ闇事件で友達になれた私のそっくりさんの「アイル!」が、私とチンクとセッテとディエチの前に現れた。
「ドクター! 本当にドクターなの!?」
「待て、ディエチ!・・・ドクターは亡くなったのだ! 遺体も確認した、葬儀もあげた! みなで泣いた! ドクターは、自らのクローンを造るような方ではない! あなたは一体だれか!? 私たちの愛するドクターに扮し、娘である私たちの前に現れるなど言語道断!」
怒りに任せて声を荒げるチンクは8本の短剣を両手の指に挟み込んで、いつでも投擲できるように構えた。チンクが感情を爆発させてるから私たちは逆に冷静になれてる。私はチンクの前に躍り出て、「まず、アイル。久しぶりだね」って、浮遊してる大剣に背中を預け、腕と足を組んでるアイルに声をかけた。
「(ドクター?も、アルファ達も臨戦態勢を解除しているし・・・)マテリアルって成長するんだね。ちょっと驚いちゃった」
「そうですわね。私たち自身も驚いたものですわ。けれど、こうして成長できたおかげで私たち紫天一家は全員強くなれましたわ。ご覧になって。このスラリと伸びた手と足、異性・同姓問わず魅了するスタイル。我ながら見惚れてしまいますわね」
(髪や瞳が色違いで、もう今の私とは髪形や防護服が違う。それでもやっぱり顔立ちは同じだから自分がナルシシズムに浸っているように見えて、ちょっと複雑だよ・・・)
セミロングヘアで結んでもいない私の髪と違って、アイルの真っ白な髪は太腿まで伸びるロングヘアで、髪形はハーフアップ。防護服は、昔は同じミニ丈のスカートだったけど、現在の私のものは膝が隠れるミディ丈で、アイルはものはふくらはぎより下でくるぶしよりは上の長さのロング丈。あと、ロングコートを着用したままの私と違い、アイルは完全に無くしている。代わりに頭に付けたウェディングベールのような魔力膜が、ショールのような形でアイルの両腕を覆っている。
「だけど、胸のサイズは私の方が上だね。基が私の身体なのに」
「・・・」
ほんの少しアイルのこめかみが引きつくのが見て取れた。そして小さく、ふぅ、と息を吐いて「そういうすずかは、少し太りましたわね。運動してますの?」ってニッコリ笑ってきた。今度は私が無言になった。図星だった。研究・開発の仕事をしていると、どうしても運動が疎かになっちゃうから・・・。
「で、でも、肥満じゃなくて平均だし!」
「わ、私だってそんなに小さくありませんわ!」
私はお腹を、アイルは胸を隠すように両腕を持っていく。と、そんな私たちのやり取りにチンクが「すずか。遊んでいる暇はないんだが?」って、怒りを含ませた声で注意してきた。私は「ごめん」とチンクに振り向いて一言謝ってから、アイルに向き直った。
「アイルが偽者じゃないのは間違いない。私にとってアイルはトラウマじゃないし、何より防護服がオリジナル仕様に変わり過ぎているし、受け答えが完全にアイルだもん」
「彼女、アイルという女性がすずかにそっくりなのはこの際は後回しだ。私が、私たちが知りたいのは、ドクターの姿をした奴が何者かということだ」
チンクの言葉にセッテとディエチが首肯した。そんな3人にドクターと思しき人は「少し待ってくれたまえ。トーレ達を置いて来てしまったからね」と研究所の方を見た。戦意がないことは察しているから私も倣って研究所の方を見た直後、4棟ある内の1棟の2階の一部の窓が割れて、そこからトーレ、ライティングボードに乗ったウェンディとクアットロが飛び出してきた。
「あー、あとは、ウーノとドゥーエ、セインとオットーとディード、ノーヴェも居ないのだね。確か、セイン達はフライハイト家の皆さん、ノーヴェはチンク達と一緒にナカジマ家のお世話になっているのだったね」
そう言ってドクターは3つのモニターとキーボードを展開してキーを打ち始める。私たちに合流したトーレとクアットロとウェンディが、ドクターの姿に目を見開いて「ドクター・・・!?」と絶句。ドクターは微笑みながら「久しぶりだね。少し待ってくれたまえ」と片手で制して、通信を繋げた。通信先はもちろん・・・。
『『ドクター!』』
まず本局スカラボでお留守番のウーノとドゥーエの2人。モニターに被り付いているかのような2人の顔のドアップが1つのモニターに表示された。続けて別のモニターに映ったセインが『えーーー!?』って絶叫。側に居るオットーとディードも目を丸くして驚いてたんだけど・・・。
(ヴィヴィオ達も一緒なんだ。まぁ護衛だから当然だけど・・・)
モニターの端っこには私服姿のヴィヴィオやフォルセティ、そのお友達の姿があった。トレーニング用品店の前みたいだし、お買い物に来たんだね。最後のモニターに映ったのは、ナカジマジムの経営者であり会長として引き続きヴィヴィオ達を指導しているノーヴェで、『うえ!? ドクター!?』って驚きを見せた。
セイン以下のセッテ、オットー、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディ、ディードは、プライソンに捕らわれていた時期が長かった。だけどその中で、僅かの間でもドクター達と過ごした時間を大切な思い出として持っているから、こうしてドクター?との再会には驚きや嬉しさを見せている。
「一先ず私が本人か偽者かで、目の前に居るトーレ達が混乱しているから、その説明からさせてもらうよ。簡単に言うと、本人ではない。本当の私はプライソンの手によって殺害されてしまったからね」
『で、では! あなたは一体・・・!? ドクターの仕草、口調! 偽者と断ずるにはあまりにも・・・』
「待ってくれ、ウーノ。それを話す。・・・あくまでこの体は本物ではないということさ。意識・人格・記憶、すべてはジェイル・スカリエッティそのものと言える」
「ということは~、クローンですかぁ?」
「それも違う。変装した偽者でも、クローンでもない、ゾンビでもない、もちろん亡霊でもない。だが私だ、ジェイル・スカリエッティだ。ここまで言ったら、すずか君であればたどり着けるのではないかね?」
ここで私に話が振られて、シスターズみんなの視線を一斉に私に向いた。ドクター?の言葉を反復しようとしたんだけど、アルファがドクター?に対して「レイルに気付かれたわ。すぐにでも来るわよ」って報告したことで、私の意識は逸れた。
「そうか。すまないが娘たち、そしてすずか君。私だけではなくスキュラのことも気にはなるだろうが事情が変わった。T.C.のリーダー、王と呼ばれる彼の子ども達、近衛兵がやって来る。狙いは・・・――」
――ガーネットバインド――
「へ・・・?」
ドクター?の右手に装着されてるグローブ型デバイス(名前は確か、アナンシだったはず)の五指の先端に装着されてる鉄爪から伸びてきた赤いエネルギーの絃がぐるぐると私の腰に巻き付いてきたかと思えば、グイッと引っ張られてその場から離れさせられた。
「すずか君、君のリンカーコアだ!」
――スティールハンド――
「腕・・・!?」
私が今立っていた空間には半透明な人の腕がニョキッと生えていた。シャマル先生の転送魔法・旅の鏡を思い起こすまほ――魔術だ。そんな私のリンカーコアを狙ってきている腕に、トーレが一足飛びで接近して、右手首から展開されているエネルギー翼、「インパルスブレード!」で斬撃を仕掛けた。だけど、それより早く腕は消失した。
「っぐ!?」
かと思えば、すぐに出現してトーレの左脇腹に裏拳を打ち込んだ。よっぽどの威力だったみたいで、「トーレ!!」が何十mと殴り飛ばされた。
「すずか君! 君は立ち止まることなく動き続けるんだ!」
私を拘束していたバインドを解除したドクター?は、「シスターズ、スキュラ! レイルを迎撃する!」と声を上げて、続けてこの場に居ないオットー達に「また後で話そう」と優しく微笑みかけてからモニターを閉じた。
「クアットロ、チンク、セッテ、ディエチ、ウェンディ、それにトーレ! 私のことを信じてほしいとは言わない。しかし、すずか君は護ってほしい! 彼女はスカラボにいなくてはいけない大事な女性なのだ!」
――フィストカノン――
ドクター?の頭上に出現したのは30個くらいの半透明な腕。それらは握り拳をしていて、槍の穂のごとく下に向けて降り注ぎ始めた。
――メタルダイナスト――
――ロールバレル・バレットイメージ・インパルスバレット――
降り注ぐ腕からドクター?を護るように鉄のドームが作られて、さらにディエチの三連装ガトリング・“リレントスカノン”から放たれる何百発っていうエネルギー弾が、鉄のドームに着弾してヘコませていく腕を蹂躙していく。
「ほらっ! あなたもボサッとせずに動き続けなさいな!」
「アイル!」
グイッと左腕をアイルに引っ張られたとほぼ同時、ドクター?の言った通り半透明の腕が私の立っていた場所に出現していた。アイルに手を引かれながら空を翔け続ける私は、「フォートレス!」の3つのシールドを背後に移動させた。これでリンカーコアを狙ってくる腕から自分を護ろうとしたんだけど、アイルは「無駄ですわよ」って言ってきた。
――スクイーズマター――
≪全シールドに異常発生≫
「え・・・?」
メインユニットからの警告音で気付いた。後ろを振り向いてみれば、3つのシールドが大きな半透明な手に捕まっていて、今まさにグシャグシャと握り潰されていた。アイルが「生物以外には容赦ありませんわよ、彼ら近衛兵は」って嘆息した。
「そう。つまりは裏切り者の君にも、僕は容赦しないということだよ」
「っ!」
「すずか!!」
直近から聞こえてきた若い男の人の声。アイルは私の手を離すと同時に肩を蹴っ飛ばしてきて、私とアイルは大きく距離を開けた。蹴られた理由はすぐに判った。私の背後を狙って現れた腕から助けてくれるため。だけど、肩を蹴った「アイル!」の左脚が私の代わりに腕に掴まれて、バキバキッと引き千切られた。
「問題ありませんわ! この程度の損壊であれば、すぐに修復されますわ!」
引き千切られた箇所から漏れるのは真っ赤な血じゃなくて魔力だった。しかも新しく足が生成された。アイル達マテリアルは、シグナムさん達みたいな魔法生命体で肉体を得ていたはず。なのに今のアイルだと、まるで“闇の書”の闇の残滓、それか“エグリゴリ”のような純粋な魔力の塊・・・。あと・・・。
――変装した偽者でも、クローンでもない、ゾンビでもない、もちろん亡霊でもない。だが私だ、ジェイル・スカリエッティだ――
「(私ならすぐにたどり着ける、ドクター達の正体・・・)純粋魔力の塊でありながら生命の形をした存在・・・。まさか!」
ある1つの可能性に思い至ったけど、それはありえないと切り捨てようとした。でも、もし遺体を用意できていたなら・・・。可能性は0じゃない。
「考え事は後にしなさい!」
「あ、うん! ごめんね! 庇ってくれてありがとう!」
アイルの言う通り今はレイルさんを倒すため、私はメインユニット背面部のエネルギー翼展開機構を起動。一対のエネルギー翼を展開して、高速機動戦へと入った。
†††Sideすずか⇒アルテルミナス†††
私の胸から生える半透明な人の腕。手の平には、私の魔力光である青緑色に輝くリンカーコア。“T.C.”の奇襲を受けて私、そしてセレスはリンカーコアを抜き出されていた。薄れゆく意識の中で、イリスを護るように現れた2人の少女を見る。イリスの話だと、赤い髪の子がアミタ、桃色の髪の子はキリエっていう名前で、昔に離れ離れになった友人らしい。
(T.C.の一員だって話だけど、イリスを護ってくれてるなら大丈夫か・・・)
でも、だからってこのまま寝てるわけにはいかない。リンカーコアの光が弱まる中で生まれる激痛に耐えながらも私は両手を床について上半身を起こす。全身から魔力が消失していく感覚に怖気立つけど、必死に耐えて壁に肩を預け、ゆっくりと足を伸ばして起立していく。
「・・・っく」
ガクッと膝が折れ、その場にへたり込んでしまう。イリス達は半透明な腕だけじゃなくて、私たちが最初から相手にしてた雷撃女からも追い駆けられてる。セレスは完全に意識を失ってるようだし、私だけでも参戦しないと・・・。
――クスクス。ほらほら、私に体を預けてしまいなよ。今のあなたじゃ、あの女には勝てないんだから――
(また・・・あなた・・・!)
ホントに時々だけど、私の中のもう1人が自己主張してくる。殺せだとか滅ぼせだとか、物騒な意識を私に叩き込んできたり、私の体を乗っ取ってこようとしたり、かなり危険な存在。そんな彼女の名前はテルミナス。“T.C.”の幹部の1人だったフォードとの戦いの後、夢に出てきて初めて言葉を交わした。
「(まさか、本当に私の前世だったなんて・・・。絶対に明け渡すわけにはいかない。でも・・・)嫌、だけど・・・。力だけ貸して・・・」
――クスクス。私に体を預けるのは嫌。でも、力だけは貸してほしい。そんな都合のいいことが許されるって思う?――
(じゃあ要らないから、もう黙ってて)
再度足に力を込めて立ち上がる。いつの間にか腕も消えていて、リンカーコアが自然に胸の内へと戻っていくのを確認。小さな痛みはまだ続いてるけど、さっきまでの激痛に比べればマシになってる。だから少しずつ壁から体を離して、支えなく自力のみで立った。
(あとは、あの雷撃女をイリス達から引き離すだけ・・・!)
ゆっくり、ゆっくりと足を進める。イリス達は何も無い空間から出現する腕を掻いくぐって雷撃女に肉薄しようとする。アミタって子が必死に2挺の銃を盾にして、雷撃女の雷撃纏う打撃を防いでイリスをサポート。でも感電はしっかりしてるみたいで、受けるとビクッと体を跳ねさせてる。
――どうする? あの様子だと、もって後2発。次は桃髪の人間が盾になるのね。ううん、ひょっとして真っ先にシャルロッテから潰されるかも♪――
(そんなことさせな――・・・その呼び方・・・!)
何故か引っ掛かったテルミナスのシャルロッテ呼び。イリスのことをシャルロッテって呼ぶ人は、新旧の間柄関係なくまずいない。古くからの知り合いや家族はイリスって呼ぶし、たとえシャルロッテの呼称を使うにしても、フルで言わずにシャルっていう愛称が使われる。シャル呼びをするのは、イリスが局入りしてから親しくなった子だけ。そこに私の前世、テルミナスは関係ない。だからテルミナスも私に倣ってイリスって呼ぶはずだ。それなのにテルミナスはサラッとシャルロッテって呼んだ。まさか、って気持ちが強くなる。
――あれ? 言ってなかったっけ? クスクス。私、イリスっていう子の前世、シャルロッテ、それにルシリオンとも殺し合いをしたほどの仲なんだよ♪ クスクスクス――
(マジ・・・?)
私の考えを察したテルミナスがそう言ってきた。イリスの周りには、騎士シャルロッテと同じ魔術全盛時代を生きてた生まれ変わりが多く集まってるけど、まさか自分もそうだったなんて思いもしなかった。だったらなんで、私は魔術師化できないわけ?って沸々と怒りが・・・。
――魔術師? この私を人間と一緒にしないでほしいね。この身はかつて、あらゆる摂理をも従えた世界救済のかm――
「「「きゃああああああ!」」」
イリス達の悲鳴に、私の意識はテルミナスからあの3人に向いた。3人は雷撃女と腕の攻撃に苦戦を強いられてる。その様子に焦りが募るけど、体が自由に動かせないから苛立ちが最高潮に。
――じゃあ、こうしようか? 一時的に私に体を預ける。その後、あなたの意志で体の支配権を取り戻す。出来なかったら、そのまま私が成り代わり続ける。まぁその場合は、アルテルミナスっていう人間の死を意味するけど――
(そんなの、承服できるわけない・・・!)
だから自力で、テルミナスに頼らないように戦わないと。だけど魔法を使えない今はスキル頼りになるわけで。微量な魔力で、一歩間違えば人を簡単に殺せる分解スキルを扱いきれるかが不安になった。AMF程度なら問題ないけど、リンカーコアから魔力を直接奪われてすっからかんになってる今、私自身もスキルで死ぬ可能性が・・・。
――判る、感じる、察せられる。あなた、死を感じてる。ほら、紛い物の干渉能力を使っているから、いざという時にこんなことになるんだよ――
(紛い物・・・?)
――あなたが分解スキルって呼んでる力は、私が霊長の審判者だった頃に使用してた干渉能力の劣化版。魔力で体の部位を覆わないと使えないなんていう、欠陥品に非ず――
(ユースティティア? 干渉能力?)
――まぁ見ていてよ。私の可愛い欠陥品・・・クスクスクスクス――
ドクンと心臓が跳ね、ズキンと頭が痛み、意識がスゥっと遠のき始めた。そして視界が暗転したかと思えば、目の前には16歳くらいの体格をした私が居た。解る。この子が「テルミナス・・・!」だ。血の気が失せるのを自覚した私は、ニヤリと笑うテルミナスに手を伸ばそうとしたけど・・・。
「あなたの体、すこ~し借りるから!」
「ふざけるな!」
私の意識は沈んでいき、テルミナスの意識が昇っていく。これが体の支配権の交代だってことはすぐに察することが出来た。私の手はテルミナスを止めることが出来ず、また視界が暗転。視界が開けた時、妙な感覚に襲われた。自分の目で見ているのに、勝手に視線が変わるっていう。
(なにこれ、気持ち悪い・・・)
私の意思を無視して動く私の体。テルミナスは、私の体の支配権を奪い、なおかつ雷撃女と交戦を始めた。雷撃を纏う拳を避けも防ぎもせず、テルミナスは受け入れた。だけど、雷撃女の拳は私の体に当たることはなく直前でピタッと止まったし、何より雷撃が消し飛んだ。
「これは・・・! レイル!」
――フィストカノン――
雷撃女は後退しながら誰かの名前を呼ぶと、イリスだけを執拗に襲ってた腕が消えて、新しい腕8本が砲弾のように高速で飛来した。テルミナスは人差し指でツンッと突くように腕に触れ、一瞬で消し飛ばした。
「よく見て、アルテルミナス。今のは実数干渉。物質世界に手を加える術。あと、魂や精神、幽体などの概念的存在への虚数干渉もあるけど、この世界には不要ね。で、実数干渉には、こんな使い方もある」
――Facta non verba――
テルミナスが目の前の空間に向かって勢いよく右手を突き出すと、肘から先は宙に生まれた波紋の中に消失した。
(ほら、レヴィヤタンが使ってたでしょ)
(レヴィヤタン・・・?)
(あぁ、今は生まれ変わってリヴィ・アルピーノだったっけ。まぁ、位相空間経由で転移するっていうもので、魔法や魔法技術での転移なんかより優れたものね。っと、捕まえた!)
リヴィ・アルピーノのことは知ってるし、あの子が妙な転移スキルを持っていることも知ってる。テルミナスの口ぶりからするとあの子もまた、騎士シャルロッテと同じ時代に生きた魔術師の生まれ変わりということか。
「なに・・・!?」
宙の波紋から腕を引き抜いたテルミナスは「コイツが、腕を出現させてた奴ね」って、波紋から1人の男性レイルを引っ張り出して、床に仰向けに倒れさせた。雷撃女がその様子に「どうやってレイルの居場所を・・・!?」って驚愕してるのがちょっとスカッとした。
「君は一体・・・!?」
「終極テルミナス。別に憶えなくてもいい。さ、遺言はそれで済んだ?」
――Memento mori――
(待て、殺すな!)
――疾閃雷翔駆――
テルミナスがレイルの顔を踏み潰すために足を上げたから声を荒げる私だけど、体が完全に乗っ取られてるからどうしようもない。最悪の事態になるって顔を背けそうになったけど、テルミナスの足がレイルの顔に到達するより早く雷撃女が超高速移動でレイルを救出してくれた。
――Nemo enim potest omnia scire――
「速い。一種の転移と見ていいかな。でも、それが通用するのは人間クラスだけ」
そう言って笑うテルミナスの手には、雷撃女の着ていたローブが握られてた。テルミナスの視線が雷撃女に向いて、ようやくその素顔を拝めることが出来た。綺麗な金色の長い髪、瞳はなんて形容すればいいのか判らない、見る角度で薄っすら色が変わってる。
(っていうか! テルミナス! 今、レイルを殺そうとしたでしょ! 私の体で人殺しとかやめろ! いや私の体じゃなくても却下!)
(何を言って・・・? あぁ、気付いてない? コレもアレも人間じゃない、魔力で組まれた木偶人形ね。ほら、あれよ。ルシリオンのエインヘリヤルとかいうアレ。あの金髪、見たことがある。眼鏡も間違いなく同類ね。だから殺すじゃなくて壊すが正しい)
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?)
テルミナスの言葉に頭が混乱する。“エインヘリヤル”って、ルシルの使い魔生成スキルでしょ。いやいや待って。ルシルやアイリは、目の前に居る雷撃女を含めた“T.C.”によって殺害された。その“T.C.”の中にルシルの“エインヘリヤル”が居て、今こうして襲撃してきてるって? そんな馬鹿な・・・。信じられないって思っていると、頭の中に見知らぬ記憶、テルミナスの記憶?が流れ込んできた。
真っ黒な神父服と外套を着て、大きな十字架を携えるルシル。側には雷撃女や、他にも若い男女、子どもも居る。対するのは、見ることが出来ないけどテルミナスなんだろう。そして始まる戦闘。テルミナスは単独で、ルシルは雷撃女たちと一緒に戦った。
(あ、まだ途中なのに・・・)
記憶映像がピタッと止まった。もう少し見ていたかったって気持ちが少なからず生まれたことに困惑。かぶりを振って、外界へと意識を向け直した。するとテルミナスの前には雷撃女とレイルじゃなくてイリス達3人が立ってた。でも様子がおかしい。イリスが魔力刀の切っ先をこっちに向けて、アミタとキリエの2人も短銃の銃口をこちらに向けて、警戒心むき出しで睨んできてた。
(テルミナス! イリス達に何をした!!)
(エインヘリヤルが撤退したから、シャルロッテを殺そうとしたの。おかしい?)
(当たり前だ! どうして!?)
(どうして? 私がシャルロッテとルシリオンに殺されたから)
また記憶が流れる。今度はイリス(というよりは騎士シャルロッテ)も真っ白な神父服を身に纏い、黒の神父服のルシルの持つ十字架とは別のデザインの十字架を携えてる。そうしてテルミナスVS騎士シャルロッテ&ルシリオンが始まったんだけど・・・。
(こんなの見ていたくない! 早く私の体を返せ!)
私がそう叫ぶとテルミナスの記憶映像が消し飛んで、アイツが見てる視界がパァッと広がった。テルミナスはイリス達と本格的な戦闘に入ってたから、私は全力でやめろって叫んだ。
(クスクス。だったら体の支配権を無理やり取り戻せばいいと思うの。この体の持ち主はあなたなんだから、前世の意識である私に負けるはずがないもの。ほらほら、どうしたの?)
(お前えええええええええ・・・!)
なんとかして自分の体を取り戻すため、テルミナスを引っ込ませられるように強く念じる。その間にもテルミナスはイリス達へと攻撃を仕掛け、イリス達は反撃することなく避けて、防いで、私を傷つけないようにしてくれてた。でも、とうとうテルミナスの右手がキリエの左腕を掴んだ。まずいと思ったけど、もうどうしようもなく。
(コレもさっきの2人と同じ、エインヘリヤルで間違いない。なら、シャルロッテ殺しには邪魔だし、壊してもいいよね)
キリエの左腕がガシャァン!とガラスみたいに砕け散った。外界の音声が届かないから聞こえないけど、アミタの上げる悲痛の叫びは聞こえずともしっかりと私の心に届いた。私の胸の内に渦巻くテルミナスへの怒りと、自分への不甲斐なさ。
(いい加減にしろ・・・馬鹿野郎ぉぉぉぉーーーーーーーー!!)
視界が暗転する。次に視界が晴れた時、私は自分の体を取り戻したんだって判った。自分の意思で視線を操れる。真っ先にすることは、「ごめん! 大丈夫!?」って、キリエの心配だ。だけどすぐに駆け寄らず、警戒を続けるイリス達を安心させることからだ。
「ルミナ! 本当にルミナなの!?」
「うんっ! 本当にごめん! けどもう大丈夫! 体は取り返したから!」
体を90度曲げて深く謝罪する。するとイリスは「もう! 馬鹿! 怖かったんだから!」って涙声で叱責。でもすぐに私に駆け寄ってハグしてくれた。私をイリスの背中に両腕を回してハグのお返し。
「あ! えっと、キリエ! 腕は大丈夫!? すぐに治すから!」
「え? あー、このくらいへっちゃらよー♪」
そう言ってキリエは肘から先の無い腕を振るうと、テルミナスに砕かれた左腕を一瞬で再生して見せた。そして「アミタも、そんなに泣くほどじゃないでしょ? あたし達は“違う”んだから」って、キリエに寄り添って泣いてたアミタに呆れ顔を見せた。
「わ、判ってはいますが、それでも大切な妹が傷つけば動揺はします!」
「はいはい、もう泣かない泣かない」
そんな2人を見守ってるとイリスが、「ねえ、ルミナ。一体あなたに何が起きたの?」って聞いてきた。私は「前世の私が悪さをしてきたんだ」って答えながら、分解スキルを・・・ううん、干渉能力を発動させる。発動のやり方はなんとなくだけど、テルミナスが発動させていたからか解るようになってる。
――魂や精神、幽体などの概念的存在への虚数干渉もある――
発動するのはもちろん虚数干渉。私の大切な友人を傷つけるようなヤバい前世の意識は今日ここで、確実に消し去ってやる。イリスが「だ、大丈夫? また人格変わってない?」って不安そうに聞いてきたから、「大丈夫。私だよ」って目を伏せながらだけど微笑んで見せた。
――虚数干渉――
上手くいったと判る。そっと右手を胸へと突き入れると、イリスやアミタ達が息を呑んだのが判った。まぶたの裏、心の海の中で「テルミナス」と最後の邂逅を果たす。
(あなたには消えてもらう。文句は言わせない)
(別に。私は・・・人間が嫌いだった、ううん、今でも嫌い。くだらない理由の元に平気で家族を、友人を、他人を殺し、自然を破壊し、戦争を起こして星を汚すクズども。けど、私との最期の戦いの折、シャルロッテとルシリオンは私に言った。それでも人間を信じてるって。馬鹿馬鹿しい。だから力ずくで否定してやろうと思ったら・・・フッ、返り討ちになって殺された)
(そんなあなたが人間としてまた生まれたことに対して、やっぱり・・・)
(苦痛だったね。私の人間嫌いは結局変わらず、いつあなたの体を乗っ取ってやろうかと考えていたけど・・・。まぁ、こういう終わりっていうのも私らしいかな。いいよ、アルテルミナス。私を消し去るといい。恨みはしないし、今度こそ人の世から消えることへの安堵感の方が強い)
(そう・・・。あのさ、知っていたら教えてほしいんだけど、あなたの自我っていつくらいから芽生えてた?)
(?・・・生まれた瞬間から意識はあったけど。まぁ表に出られないように封印されていたけど。それがなに?)
(私の本当の親のことについて何か知ってたら・・・。っていうか、封印? 誰に?)
(誰って。あなたをこの世界に産み落とした奴に決まってるでしょ)
私は孤児で、5歳まで聖王教会系列の孤児院で育てられ、そこの院長に“アルテルミナス”の名を貰い、そしてマルスヴァローグ家に養子として引き取られた。だから実の両親のことを知らない。けど今、私の親のことを知る存在が目の前に・・・。
(教えてって言ったら、怒る?)
(別に。私の魂からあなたを生み出し、私の人格を封印したのが、あなたの母親・・・マリアよ)
(マリア・・・。それが母さんの名前)
(そう。5thテスタメント・マリア・フリストス・ヨハネ・ステファノス)
(え? え? なんて?)
なんかすごいおかしな名前をスラスラと言ってきたテルミナス。テスタメントって言葉、どっかで聞いた気がする。なんだっけ。母さんのことを名前だけでも知ることが出来た興奮で、テスタメントのことをすぐに思い出せない。
(マリアって名前だけを憶えておけば? ほら、早く私を消滅させて。もう疲れた)
(ち、父親は!?)
(・・・いない。言ったでしょ。マリアは、私の魂からあなたを生み出した。マリアは一から人間を造ったのよ。人間嫌いの私に、人間の素晴らしさを実体験してもらうためにわざわざ・・・。ハッ。それなのに干渉能力どころか私の人格を封印したんだから、余計に腹立った)
(そ・・・っか。私、父さんと母さんの愛の結晶ってわけじゃなかったのか)
まぁ赤ん坊の時に孤児院に預けられたって時点で、私は要らない子だって子どもの頃から考えてたから、滅茶苦茶ショックって感じでもなかった。俯く私の頬にテルミナスがそっと手を添えてきた。
(マリアのことが気になるなら、ルシリオンに聞いてみたら。彼も界律の守護神なのだし)
(なに言ってんの? ルシルはもう・・・)
(気付かないふりしてるの? もう察しているんでしょう? ルシリオンは・・・)
(生きている・・・?)
(クスクス。マリアはルシリオンのサポートとしてこの世界に来ている。ひょっとしたら会えるかもね)
私の頬から手を離して、すぅっと離れて行くテルミナスは両手を大きく広げ、私の虚数干渉で消滅されることを待った。
(・・・あのさ、もし良かったらこのまま・・・)
(一緒に生きていこうって? 冗談じゃない。私は消えたいの)
(・・・判った。さようなら、テルミナス)
(ええ。さようなら、アルテルミナス)
そうして私は、虚数干渉によってもう1人の私を、テルミナスの人格を完全に消滅させた。
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