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人理を守れ、エミヤさん!

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気まずそうです士郎くん

気まずいです士郎くん!





 (僕はね。子供の頃、正義の味方に――)

 穏やかな顔で、かつての夢を語る男の姿が脳裏に浮かびかけた刹那。
 心の防衛機構が作動したのだろう、あらゆる感情が瞬時に凍結された。

「――」

 なんて、悪夢。
 よりにもよって、この身の罪科、その原点を思い返すような声を、再び耳にすることになるなんて。
 いや、と頭を左右に振る。ただ、声が似ているだけだ。あの男がサーヴァントになるなんて、決してあり得ない。そう、あり得ないのだ。あの男に声が似ているだけの英霊も、きっといるに違いない。
 そう思い、気を取り直して、俺は深紅のフードを目深に被った暗殺者を正面から正視した。

「っ……」



(ああ……安心した)



 ――チ……。何なんだ……。

 一番最初の、罪の形。偽り、謀り、欺いた。
 偽物の思いに、馬鹿みたいに安堵して。ひっそりと眠るように死んでいった、独りの男。
 目の前のアサシンは、どうしようもなくあの男に似ていた。顔なんて見えないのに、声しか聞こえないのに、その、纏っている空気が。あまりにも、知っているものに酷似していた。

「……どうすればいい、か」

 アサシンの言葉を鸚鵡返しにして間を保たして、なんとか頭を回す。
 この胸に甦った混沌とした熱情を雑念と断じ、なにげなく彼の装備を観察した。

 ……腰に大型のコンバット・ナイフ、背部に背負っているのはキャリコM950か。
 銃火器を装備したサーヴァント、それも英霊になるほどの暗殺者? 装備からして現代に近い者に違いはないが、神秘の薄れた現代に、名うての暗殺者などが仮にいたとしても、現代は既に英霊の座に登録されるほどの功績を立てるのが極めて困難な時代だ。
 世界が容易く滅びの危機に陥り、些細なことで危機が回避される……世界を救う程度ではもはや偉業とも認識されない。そんな時代で、どうやって英霊の座に招かれるというのだ。
 それに……これは勘だが、このアサシンは正純な英雄などではない。むしろ、淡々と任務をこなすどこぞの特殊部隊員の方にこそよく似ていた。

「……見たところ、正規の英霊ではないな。お前はどこの英霊だ」

 言うと、アサシンは興味なさげに無感情に応じる。

「それを気にしてどうする。僕は確かに大層な英雄サマなんかじゃないが、そんなものは重要じゃない。務めを果たせるか、果たせず死ぬか、どちらかだ」
「その通りだが、履き違えるな。俺はマスターだ。駒の性能を把握もせず作戦を立てるほど愚かじゃない。カタログに載っていない性能を知るために、素性を気にするのは当然のことだ」
「なるほど、確かにそうだ。どうやら話の通じるマスターのようだ。安心したよ」

 一連の短いやり取りで、こちらの気質を推し測っていたのか、アサシンはまるで気を緩めた様子もなく、『安心』という言葉を使った。
 それはあくまでビジネスライクなスタンスであり、マシュはやり辛そうだったが、実のところ俺にとってはやり易い相手だった。
 印象は、兵士。最小の戦闘単位。目的のためなら何もかもを投げ出せる自己のない機械。
 その印象は間違っていない、という確信があった。なにせ俺は、そんな手合いを何人も知っている。えてしてそうした者こそが、俺にとっては難敵であり、同時に心強い味方でもあったのだから。

 こういった、情を絡めずに確実に任務を遂行できるだろう手合いは、大きな作戦を実行するにあたり必ず一人は必要な人材である。
 事が急であり、確実性を求められる場面であれば、このアサシンほど信頼して用いられる兵士はいない。俺はアサシンの性質を好ましいと感じていた。無論仕事の上では、だが。

 アサシンは言った。どこか自嘲の滲んだ声音で。

「残念ながら、あんたの目は確かだ。僕は正規の英霊じゃない。守護者といえば伝わるか?」
「……抑止力(カウンター・ガーディアン)か」
「その通り。そして僕はその中でも更に格の落ちる、とある守護者の代行でしかない。本来の僕はしがない暗殺者、守護者にすらなれない半端者さ。こうして召喚されたのが何かの間違いだと言えるほどのね」
「……守護者の代行だと?」
「ああ。僕の真名は――」

 言いながら、アサシンはフードを外した。

 壊死しているかのような褐色の肌、色素の抜け落ちた白髪。露になったその風貌に、
 俺は、絶句する。

「《《エミヤ》》だ。――まあ、僕の真名には一発の弾丸ほどの価値もない。忘れていい」








 褐色の肌、白髪。エミヤと名乗ったアサシンのサーヴァントを前に、マシュ・キリエライトは目を丸くしていた。
 それは奇しくも、マシュがマスターに仰ぐ男性の姓でもあったのだ。
 何か特別な繋がりでもあるのだろうか。マシュがそう思ったのも束の間、不意に、マシュの傍に立っていた士郎がよろめいた。

「っ? 先輩……!?」

 慌てて体を支える。士郎の顔は、これ以上なく青ざめていた。

「エミヤ……? エミヤ、キリツグ……?」

 うわ言のように呟いた士郎に、アサシンはその氷のように冷たい表情を微かに変化させた。マシュには読み取れないほど、本当に小さな変化。

「……驚いたな。僕を知ってるのか?」

 それは、肯定の意味を持つ問いかけだった。
 士郎は声もなく立ち尽くす。まるで、もう二度と会うはずのない男の亡霊に遭遇したかのような、魂の抜けた顔だった。

「……知っている。……知っているとも。俺は、俺は……」

 震えた声が、親からはぐれた子供を想起させる。

「俺は……衛宮、士郎。あんたの、養子(むすこ)なんだから」

 その告白は、血を吐くような悲痛さを伴って。
 は、とマシュはアサシンと士郎を見比べる。まるで似ていない。義理の親子なのだろうか。
 アサシンは、ぴくりと片眉を跳ね上げる。

「なんだって? 僕の、息子? ……本気か?」

 アサシンの言葉は、士郎の耳に届いていなかった。恐ろしい想像が彼の中を駆け巡っていたのだ。

「俺は……いや、なぜ切嗣が守護者の代行なんて……代行? 誰の……俺、か……?」

 ――錬鉄の英雄、エミヤシロウ。それは、この世界線では決して生まれない存在。
 世界は矛盾を嫌う。世界にとって、英霊エミヤの誕生は決定事項。そのエミヤが生まれないとなれば、その穴を補填する者が必要だ。
 では、何者であればエミヤの代行足り得るのか。現代で、彼の戦術ドクトリンに近いものを持つ人間を列挙し、その中でエミヤに縁の深い者を特定すれば……それは、同じエミヤ以外にはあり得ない。

 血の気が引いた。

 士郎は、頭が真っ白になった。先輩! 先輩! そう何度も呼び掛け、肩を揺する少女の声も届かない。
 その想像は、近いようで遠い。似たような因果で切嗣は守護者代行として存在しているが、そこにこの世界の士郎が関与する余地は微塵もなかった。
 だが、士郎の中の真実は違う。自分が守護者にならなかったせいで――世界と契約しなかったせいで、死後の切嗣の魂が呪わしい輪廻に囚われてしまったのだと誤解した。
 火の海の中、かつて救われた者と、救った者と同じ起源を持つ者が対峙する。

 動揺のあまり気が抜けてしまった士郎――しかし、アサシンは残酷にも、真実を淡々と告げた。

「何を勘違いしているか知らないが、僕はあんたを知らない。あんたの言う衛宮切嗣と僕は別物だ。だからあんたが勝手に罪悪感を抱くこともない。指示を出せ、マスター。サーヴァントはマスターに従うモノだ」

 その言葉は、端的に真実だけを表している。しかし士郎からすれば、それは自分を気遣った言葉に聞こえてくるものだった。
 士郎は、優しかった切嗣を知っている。優しすぎて破滅した男を知っている。士郎にとっての切嗣の真実は魔術師殺しではない。うだつの上がらない、あの、気の抜けたような男だったのだ。
 知識なんて関係ない。そんなもの、既にないに等しい。

 腑抜けた士郎に、アサシンはなおも辛辣だった。

「はぁ……あんたの事情なんて知ったことじゃないし、聞きたくもない。ともかくサーヴァントとしての務めだけは果たす。……僕はそれでいいんだ。だからマスター、あんたはあんたの務めを果たせ」
「……っ!」

 それは彼なりの、別の可能性の自分が持ったかもしれない、名前も知らない息子へと向けた不器用な優しさだった。
 言葉も、声も、表情さえ、徹底して冷徹なままだったが、それでもそこには優しさの名残があった。士郎にはそれがわかった。感じられた。……たとえそれが錯覚だったとしても、士郎にとっては救いだった。

「そう、だな……その通りだ。……今はうだうだと時を浪費してはいられない。迅速に、直ちに事態を終息させないといけない」

 自分に言い聞かせるように呟き、士郎はマシュに詫びた。情けない姿を見せてしまったのだ、大人として不甲斐ない限りだった。
 マシュは、柔らかく微笑むだけで、それを受け入れる。何があったのかなんて知らないけれど、自分だけはきっと寄り添っているから。なぜなら、自分は先輩のデミ・サーヴァントなのだ。
 少女の健気さに、胸を打たれる。士郎は腑抜けた己を戒め、鉄の意思を固めた。事態が一刻を争うのは間違いない、とにもかくにも行動あるのみ。

「……アサシン。アンタはこの冬木のことをどこまで覚えている?」
「覚えてるも何も、来たこともない。だから土地勘なんて期待されても応えられない
「……そうか。だが俺はこの地のことをよく知っている。そしてこの惨状の原因――聖杯戦争にも心当たりがある。この時期この街で行われた聖杯戦争の当事者だったからな
「そうか。それは朗報だ。しかし疑問がある。その戦争とやらは、特異点を生み出すほどのものだったのか?」
「ああ。この冬木の聖杯戦争の景品、聖杯は超抜級の魔力炉心だ。充分可能だろう。街一つ滅ぼすなんて指先一つでちょちょいのちょいだ」
「なるほど。なら、世界だって滅ぼせるだろうな。いや、既に滅んでいるのか」

 言いながら、アサシンと士郎は多様なハンドサインを出し合い、意思疏通に問題がないことを確認しあっていた。
 端から見ていたマシュには、二人がなんの取り決めをしているのか見当もつかない。なんだか置いてけぼりにされてるようで、なんとなく面白くなかった。

「纏めよう」

 恐らくはマシュのために、士郎は言葉に出して話し始めた。既にアサシンとは方針を固めたのだろう。今度、今のハンドサインを教えてもらおうと決意しながら、マシュは真剣に士郎の話しに聞き入った。

「冬木が特異点になりうる原因は聖杯以外にあり得ない。故にこれを回収することを第一目標とする。そうすると、聖杯をかけて争っている――争っていただろう七騎のサーヴァントは全て敵になるな。そしてこれが重要だ。この特異点が修復不能なものになっていないということは、まだ聖杯は完成していないということになる。そして聖杯を完成させないために、冬木のサーヴァントはなるべく倒してはならない。戦闘は極力避け冬木の聖杯の大元、円蔵山の内部にある洞窟を目指して急行する。聖杯を守る某かの障害が予想されるがこれは躊躇わなくていい、すぐ排除する。――ここまでで質問は?」

「ありません。強いて言えば、もし仮に戦闘を強いられるような状況になった場合、わたしはどう動くべきでしょうか」

「基本的には俺の盾だ。俺の傍を離れず、徹底して防御を固めるだけでいい。攻撃は全て俺が担当する」
「アサシンさんはどうするんですか?」

 言いながら、マシュが視線を向けると、そこにアサシンはいなかった。
 微塵も気配を感じなかった。そのことに驚くマシュに、士郎は不敵に笑いながら言った。

「アサシンの気配遮断のランクはA+だ。敏捷のステータスも同様で、単独行動スキルもAランクで保有してある。つまりアサシンは遊撃が最適のポジションということだ。隠密に徹したアサシンを発見するのは、同じサーヴァントでも不可能だろう」

 マシュは悟った。この二人は、かなりえげつない戦術を執る気なのだ、と。
 微妙そうな顔になるマシュだったが、気にしないことにした。そういう狡さこそが、えてして勝因になるのだと聡い故に理解できていたのだ。

「……カルデアとの連絡はどうしましょう」
「必要ない。今のカルデアの状況から察するに、出来る支援は地形を調べたりすることぐらいだろう。だがそれは、俺がここにいるからには必要ない。それ以外に支援できないだろうから、カルデアからの支援はこの特異点では無用だ。俺とマシュの意味消失を避けるために、観測自体は常にされているだろうから、聖杯を回収する頃には向こうから連絡できるだろう。重要な施設は無傷だとロマニは言っていただろう? 心配することはない」
「了解しました。マシュ・キリエライト、円蔵山まで急行します」

 方針を理解し、マシュは力強く声を張った。士郎は頷きを返し、両足を強化して疾走をはじめる。
 目的地まで一直線に駆けていく。マシュは士郎の健脚に驚く。サーヴァントの最大速度には当然及ばないまでも、生身の人間としては破格の足の速さだったのだ。恐らく自動車並みの足である。

 でも、やっぱり。

 走りながら弓を射ち、時々アサシンが強力な敵性個体を発見するなりバック・スタブを叩き込んで仕留めているのを見ると、なんとも言えない気分になった。
 雑魚は士郎が片付け、強力な個体は士郎が気を引きつつ背後からアサシンが仕留める。それだけで、無人の野を行くが如しだ。なんというか、士郎とアサシンの息が合いすぎてて、嫉妬してしまいそうになる。

「……もし無事に帰れたら、わたし先輩と訓練しないと。このままじゃ、ダメです」

 ぽつりと呟いたマシュは、自分が守られる立場に立っているのを強烈に自覚し、強くなることに意欲を抱きつつあった。



 
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