人理を守れ、エミヤさん!
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
突撃、隣の士郎くん!
重苦しい沈黙。呪いの火に焼かれる街並みに、かつての名残は微塵もない。
悉くが燃え散り、砕け散った残骸都市。吸血鬼により死に絶えた、末期の死都よりもなお毒々しかった。
幸いなのは、既に住民が全滅していること。
そう、全滅だ。比喩でなく、文字通りの意味で人間は死滅している。
それを幸いだと思ったのは、一々救助する手間が省けたこと。そして、『見捨てる』という当然の決断をしなくて済んだこと。これに尽きた。
さすがに、アサシンは見捨てる判断に否を唱えないだろう。むしろどんな犠牲を払ってでも特異点の修復を優先すべきだと言うに違いない。俺もそれに全面的に同意したいところだが、生憎とここにはマシュがいる。そんな重い判断に従わせたくなかった。
無駄な感傷だとアサシンは断じるだろう。くだらない私情は捨てろと言うだろう。だが俺は、マシュには俺の影響を受けて、誰かを見捨てるという判断が出来る人間になってほしくなかった。くだらない私情と言われればその通りだが、マシュの前でだけは時に合理的に判断出来ない時がある。
――にしても、静かすぎるな。
俺は辺りを見渡し、胸中にて独語する。視線を1時の方角、ちょうど俺にだけ姿を認められる周囲の死角に実体化したアサシンが、ハンドサインで敵影なし、と報告してきた。
妙だな、と思う。この円蔵山付近に来るまでに、何度か雑魚と交戦することがあったが、大聖杯に着実に近づいているにも関わらず、敵がいなくなるようなことがあるだろうか。
ハンドサインで隠密と遊撃、および斥候を継続するように指示する。アサシンは短く了解の意思を示し、実体化を解いて周囲の環境に融かし込むように気配を遮断した。
「マシュ、何かおかしい。ここからは――」
慎重に行こう、と言いかけた瞬間。俺は、反射的に干将・莫耶を投影し、こちらを貫かんと飛来してきた矢玉を叩き落としていた。
「……!」
「先輩!」
同時にマシュにも襲いかかっていた矢を、マシュは自身で処理し防いでいた。
すぐさま俺の前にマシュが出る。眼球に強化を施して、矢の飛んできた方角を睨む。すると、遠くに黒く染まった人影があるのを発見した。
遠目にしただけではっきりとわかる高密度の魔力、間違いない、あれは、
「サーヴァント……! マシュ、向かって11時、距離1200! 視認しろ!」
「……見えました、恐らくアーチャーのサーヴァントです! 次弾装填しこちらを狙っています! あれは剣……剣を矢に見立てて……!?」
ちぃ、と俺は露骨に舌打ちした。
冬木の聖杯の泥に汚染されているのだろう、黒く染まっているためか輪郭がはっきりとしないが、剣を矢にするサーヴァントなんぞ俺には覚えが一人しかいない。思わず吐き捨てた。
「アイツ……下手打ちやがったな……!」
――いや、むざむざ聖杯の泥に呑まれるようなタマじゃない。あれは抜け目のない男だった、恐らく泥にのまれたのは何者かに倒された後だろう。
しかしあの姿を見て、推測が確信に変わったことがいくつかある。
一つ、やはり聖杯は汚染された、俺の知るもの。
二つ、いずれかのサーヴァントが聖杯を握り、他のサーヴァントを撃破して泥に取り込み、自身の手駒として利用していること。
三つ、恐らくほぼ全てのサーヴァントは脱落済み。ここまで来て迎撃に出てきたのがアーチャーだけということは、他のサーヴァントは生き延びたサーヴァントを追っているものと思われる。
すなわち、詰みに入っているがゆえの防備の薄さ、ということだ。
であれば――、
「……!」
思いを込めて、アサシンを見る。一瞬だけ、目が合った。
戦術における思考は、俺とアサシンは似ていた。俺の戦闘能力も、パターンもここに来るまでで把握してあるはず。
あとは、俺がこの局面で何を考えるか、察してもらえることを期待するしかない。
アーチャーがあの赤い外套の男なら、口の動き、目の動きだけでこちらの動きを察知しかねなかった。気配を溶かしていたアサシンは――黙って頷き、円蔵山の洞窟に先行していく。
見送るようなことはせず、俺は黒弓を投影した。宝具ではないが、名剣をつがえるなりすぐに射つ。
「……っ、」
放ったのは十三。対し、遠方の高台に陣取ったアイツは二十七もの剣弾を放っていた。
俺の剣弾は全て撃墜され、残った十四の剣弾が飛来してきたのを干将・莫耶でなんとかはたき落とす。
……思い上がっていた。弓の腕は互角のつもりでいたが、そんなことはない。奴の方が俺よりも上手だ!
今のでよくわかった、霊基という壁がある限り俺が奴に比肩するのは極めて困難だ。単純に技量が違うし経験量も段違い、それをすぐに認める。この分では接近戦は避けた方がいい。そう判断する。
「って、おい! 殺意が高過ぎやしないか……!?」
俺は、奴が次に弓につがえた剣を見て、思わず叫んでいた。
捩れた刀身、空間を捩り切る対軍宝具。躊躇なし、手加減なしの全力全開。極限まで魔力を充填しているのか、魔力が赤く、禍々しく迸っている。
俺は焦って、叫んだ。俺を見て、驚愕に目を見開いていた男は、相手が異邦の存在だと見抜き、そしてそれが衛宮士郎だと察して嗤ったのだ。
手は抜かない、確実に殺す。そう、奴の目が語っていた。
偽・螺旋剣。
俺はそれを視認し、威力を推定して――悟る。防げない。俺には盾の宝具の持ち合わせなどなかった。
故に俺はマシュに指示した。四の五の言ってる場合ではない、盾の英霊には悪いが、力業で力を引き出させてもらう。
「マシュ。令呪で補助する、宝具を解放しろ」
「そんな……!? わたし、力を貸してくれてる英霊の真名を知りません! 使い方もわからないのにどうするんですか先輩!?」
「その身はサーヴァントだ、令呪を使えば体が勝手に真名解放するべく動作する。本人の意思にかかわりなくだ。そうすれば、真名を唱えられなくても擬似的に宝具を発動できる。故に大事なのは心の持ち様、マシュが持つ意思の力が鍵になる!」
「わたしの、意思……?」
「イメージしろ。常に想像するのは最強の自分だ。外敵などいらない、お前にとって問いかけるべきは自分自身の内面に他ならない」
「わたしの内面……」
呟き、マシュは素直に受け入れ、目を伏せて自分に何かを問いかけた。
数瞬の間。顔をあげたマシュの目に、強い意思の光が点る。
「……わたしは……守る者です。わたしが……先輩を、守ります!」
発露したのは黄金の意思。守護の決意。体が動作するのなら、後は心の問題――だったら、本能に身を任せよう。
その輝きに、俺は目を見開いた。
あまりにまっすぐで、穢れのない尊い光。
薄汚れた俺には持ち得ない、本物の煌めきだった。
――賭けよう。マシュに、全てを。
この意思を汚してはならない、自然とそう思った。そして、マシュに令呪の強制力は無粋だと感じた。
自分のサーヴァントを信じられずして何がマスターか。俺は決めた。令呪を使わないことを。
ただ、言葉にするだけだ。不出来な大人が、少女の立ち上がる姿を応援するだけ。後押しだけが出来ることだと弁える。
「……デミ・サーヴァント、マシュ・キリエライトに命じる。宝具を発動し、敵の攻撃を防げ!」
「了解――真名、偽装登録――」
岩から削り出したような漆黒の大盾、それを地面に突き立てて、マシュは力を込めて唱えた。同時に俺も宝具の投影を終え、弓につがえる。
「いけます! 宝具、展開!」
――飛来せしは螺旋の剣。虹の剣光を纏う穿ちの一閃。
赤い弓兵、渾身の一射だった。ランクにしてA、上級宝具の一撃。ギリシャ神話最強の大英雄をも屠りえる脅威の具現。それを、奴は自身のセオリーに従い、こちらを有効範囲に捉えるのと同時に自壊させた。
壊れた幻想――投影宝具の内包する神秘、魔力を暴発させ、爆弾とするもの。唯一無二の宝具をそのように躊躇いなく扱えるのは衛宮士郎のような異能者だけだろう。
それを迎え撃つのは無名の盾。煌めく燐光が固まり守護障壁となって一組の主従を包み込む。
螺旋の剣の直撃に、マシュが呻いた。苦しげに声を漏らし、耐え凌いでいる最中に螺旋剣が爆発する。瞬間的に跳ね上がった威力に意表を突かれ、マシュは衝撃に耐えられずに倒れそうになり――その背中を、無骨な手がそっと支えた。
「――」
踏み留まる。なけなしの力を振り絞り、マシュは声もなく吠えた。
爆発が途切れる。螺旋剣の残骸が地に落ちる。
マシュは、耐えきった。肩を叩いて労い、その場にマシュがへたり込むのを尻目に、俺は投影して魔力の充填を終えていた螺旋剣を黒弓につがえる。
それはアイツのものを視認したのと同時に固有結界へ貯蔵された剣。莫大な魔力消費に全身が、魔術回路が悲鳴をあげていた。
だが、無視する。俺は今、マシュが成し遂げた小さな偉業に感動していた。マシュが獲得したこの隙を、無駄にするわけにはいかない。
「体は剣で出来ている」
そう。この魂は剣ではない。だが体は、間違いなく剣なのだから。
「我が骨子は捩れ狂う――偽・螺旋剣!!」
放たれたのは、鏡合わせのような螺旋の虹。自身の全力が防がれた驚愕に固まっていた弓兵は、しかしすぐさま最適の手段をとる。
虹を遮るのは薄紅の七枚盾。ロー・アイアス。投擲物に無敵の力を発揮する、盾の宝具。
こちらは、完璧に螺旋剣を防ぎきっている。俺の投影に不備はない、単純な相性の差だった。マシュの盾は仮のもの、円卓ゆかりの者の宝具なら相性がよく防げたかも知れなかったが、カラドボルグを防ぐには全霊を振り絞らねばならなかっただろう。
「単独で射撃と防御、どちらも俺達を上回るか……」
流石、と言えば自画自賛になるだろうか。マシュの腕をとり、立たせてやって、アイアスと鬩ぎ合っていた投影宝具の魔力を暴発・爆発させる。
閃光に包まれた敵影。その瞬間、俺は走り出していた。
「先輩……今、宝具を投影してませんでしたか……!?」
「その話は後でする。今は走れ! 距離を詰める、遠距離だと分が悪い!」
マシュが我が目を疑うように目を丸くして、驚いていたが、相手にしない。する暇がない。
爆発が収まり、光が消えると、弓兵は獲物の思惑を悟って舌打ちする。獲物が二人、円蔵山に入っていこうとしていたのだ。
今から矢を射っても牽制にしかならない。足は止まらないだろう。かといって宝具を投影しても、射撃体勢に入る頃には洞窟の中に侵入されてしまう。
是非もなし。弓兵は舌打ち一つ残して、先回りするために高台を下っていった。
ページ上へ戻る