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人理を守れ、エミヤさん!

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赤い彗星なのか士郎くん!



 敵、三。距離、三百。照準、完了。
 ――()つ。

 北東の方角に新たな敵影。竜牙兵が六、蜥蜴兵が二体。距離、四百。照準、完了。――射つ。
 目標沈黙。次いで南西の方角に蜥蜴兵五体。距離、四百二十。照準と同時に射つ。

「……あの」

 崩れ落ちた瓦礫の山、その影に敵影確認。矢をつがえ、上空に向けて角度をつけて射つ。獣頭の戦士の脳天に落下、三体の頭蓋をそれぞれ貫通。

「その、先輩」
「……!」

 西の方角、距離一千に看過できぬ脅威を視認。数は一、しかし侮れぬ霊格。他の雑兵とは違う。さながら蛮族の神のような、異形のデーモン。つがえた矢に強化の魔術を叩き込み、矢を短槍の如くに膨れ上がらせる。
 指に全力を込める。射ち放った矢は音速を越えた。荒ぶる蛮神、デミゴッドとでも言うべきデーモンはこちらに気づいていなかったようだ。奇襲となった一撃は、過たず眉間を貫き頭部を吹き飛ばした。
 ――残心。一呼吸の間を空け、周囲に敵影が見られなくなったのを確認して、ようやく俺は弓を下ろした。

「……」

 と。
 頬を膨れさせ、ジト目で俺を睨むマシュを見つけ少しギョッとしてしまう。

「……どうかしたのか?」

 思わずそう訊ねると、マシュは不満そうに唇を尖らせた。

「……先輩は、スゴいです」
「あ、ああ。ありがとう……。誉めてくれるのは嬉しいが、なぜ睨む?」
「……スゴすぎて、わたしのすることがありません。わたし、先輩のデミ・サーヴァントなのに」
「あー……」

 マシュが何を不満に思っているのか理解した俺は、微妙に困ってしまった。
 俺が最も得意とする単独戦術は狙撃だ。そして殲滅戦も同じ程度に得意である。なにせ、吸血鬼によって死都と化した場所では、全てを殲滅しなければ被害は拡大の一途を辿る。逃がすわけにはいかないし、見逃すわけにはいかない状況も経験していた。
 必然、索敵能力と殲滅力は高められ、下手に白兵戦をするよりも狙撃の方が確実ということもあり、射撃の腕は向上する一方だったのだ。
 衛宮士郎と言えば格上殺し(ジャイアントキリング)といった印象が付きまとうかもしれない。が、俺もそうだがその真骨頂は格下殺し(シャア・アズナブル)、赤い彗星なのである。だからこそ英霊エミヤは守護者、アラヤの掃除屋として重宝されてしまっているのだろう。

「マシュ。雑魚は俺に任せて良い。弓兵が無闇に敵の接近を許しては、職務怠慢の謗りは避けられないだろう?」
「むー……」
「それにな……俺としては、できる限りマシュには危険な目に遭ってほしくない。俺がマシュを守る。だからマシュは、俺が危ない時に助けてくれたら良い」
「……先輩が危なくなる局面で、わたしが役立てるとは思えなくなってきたのですが」
「そんなことはない。強がっているが俺も人間だ。長時間に亘って戦闘能力を維持するのは困難だし、相手がサーヴァントのような高位の存在だと手に余る。そういう時は、マシュに前に出てもらうことになるだろう。謂わば、俺はマシュの露払いをしているにすぎないんだ」
「……わかりました。でしたら、わたしは先輩の盾に徹します。こんなに大きな盾があるんですし、きっと護りきれるはずです」
「頼りにしてるよ」

 言いながら、宥めるようにマシュの髪を撫でた。照れたように頬を染め、俯く様は可憐である。かわいい妹、或いは娘に対するような心境だった。
 こうしてマシュを愛でておくのも悪くなかったが、生憎とそんな場合ではない。悠長に構えていられるほど、俺に余裕があるわけではなかった。ただ、マシュがいるから、安心させたくて普段通りの態度を心がけているだけで。

「……」

 演技は、得意だ。望むと望まざるとは別に、得意にならざるをえなかった。
 俺は道化だ。かつて対峙した英雄王は、俺を贋作者とは呼ばず道化と呼んで蔑んだ。……流石にあの英雄王まで欺くことはできなかったが、それ以外は俺の偽りの在り方を見抜けていなかったと思う。
 だから大丈夫。マシュを安心させるために、俺は泰然として構えていられる。

 ――いかんな。特異点とはいえ冬木にいるせいか、どうにも思考が過去に引き摺られそうになってしまう。

 頭を振る。振り切るように「行こう」とマシュに声をかけ、周囲の安全を確保できる地点を探す。
 警戒は怠らず、しかしマシュのメンタルを気にかけることもやめず、歩くこと暫し。彼女と話していると現在のマシュの状態を知る運びとなった。

 カルデアは今回、特異点Fの調査のため事前にサーヴァントを召喚していたこと。先程の爆破でマスター陣が死亡し、サーヴァントもまた消える運命にあったこと。しかしその直前に名も知らないサーヴァントがマシュに契約を持ちかけてきたという。
 英霊としての力と宝具を譲る代わりに、この特異点の原因を排除してほしい、と。真名も何も告げずに消えていったため、マシュは自分がどんな能力を持っているのか分からないらしい。

 ……実のところ俺は、彼女に力を託して消えていったという英霊の正体に勘づいてしまっていた。

 なんのことはない。彼女は自分と契約している。故にその繋がりを介してしまえば、彼女の宝具を解析するのは容易だった。
 投影することの意義の薄い特殊な宝具――清廉にして高潔、完璧な騎士と称された彼の英霊が敢えて何も語らずに消えたということは、何か深い考えがあってのことなのかもしれない。
 安易に真名を教えるのはマシュのためにならない、と俺も考えるべきか。

 煩悶とした思いに悩んでいると、不意にこの場にいないはずの男の声がした。

『――ああっ!? よかった、やっと繋がった!!』

 それはあの爆発の中俺が安否を気にしていた男。ロマニ・アーキマンその人だった。








「ロマニ! 無事だったか!」

 思わず声を張り上げ、どこからか聞こえてくる声に反応する。それが聞こえたのだろう、ロマニもかじりつくような勢いで反駁してきた。

『士郎くんか!? こちらカルデア管制室だ、聞こえるかい?!』
「聞こえている! Aチームメンバーの衛宮士郎、特異点Fへのシフトを完了した。同伴者は同じくAチームメンバー、マシュ・キリエライト。心身ともに問題はない。そちらの状況を報せてくれ!」

 ロマニの焦りにあてられたのか、柄にもなく俺の声にも焦燥が滲んでいた。
 落ち着け、という声が聞こえる。それは常に自分を客観視する、冷徹な自分の声だった。
 いつからか、焦りが強くなると、唐突に冷や水を被せられたかの如く、冷静になっている己を見つけてしまう。それは、良いことだ。自分は大人である。子供の前で醜態を晒さないで済むなら、それに越したことはない。

『マシュも無事なのか! よかった……けど、その格好はいったい……!?』
「ロマニ、無駄口を叩く暇があるのか? 口頭で説明するのも手間だ、マシュの状態をチェックしろ。平行して情報の共有だ。そちらは今どうなっている?」
『あ、ああ……。……これは、身体能力、魔術回路、全て跳ね上がっている……まさか、カルデア六つ目の実験が成功していたのか……? いや、すまない。こちらの状況だったね』

 ぶつぶつと何事かを呟いていたロマニだったが、思い直したように口振りを改め、深刻な語調で言った。

『さっきの爆破で、カルデアの施設の多くが破壊された。管制室も、実のところ半壊している。今急ピッチでダヴィンチちゃんとスタッフで修理している途中だ。
 悪いけど通信も安定していない。あと二分で通信は一旦途絶するだろう。スタッフも七割が重傷を負うか死亡して身動きがとれない。マスター候補は……君たちを除いて無事な者はいない』
「そうか……俺以外のAチームのマスターもか?」
『………』
「……了解した。では質問を変える。そちらからの支援は期待して良いのか?」

 残酷なことを言っているという自覚はあった。しかし、そうせねばならないのもまた事実であり、現実だった。死者を悼むことは、後でもできるのだから。
 それにロマニは今、忙しさに忙殺していた方がいい。死者に心を引きずられるよりその方が建設的だった。

『……ちょっと待ってくれ。今から物資を一つだけ送る。管制室もほとんどダメになってるけど、本当に重要な機材は無傷(・・)で残ってるんだ』

 ロマニはそう言って、少しの間を空けた。

『士郎くん。きみの言う通りだった。カルデアは、内部からの攻撃に弱い。忠告通りに警備を厳重にしておけたら、今回のことも防げていたかもしれない』
「……」

 俺は以前にロマニからの信頼を得ていた。だから彼を通してダヴィンチとも接触し、カルデアの防備を固めようとしていたのだが……悉くに許可は出なかった。
 所長オルガマリーが――正確にはレフ・ライノールが不要だと言い張ったのだ。
 責任者であるオルガマリーが全幅の信頼を置くレフの言葉である。オルガマリーは新参である俺よりも、古参であるレフの意見に重きを置いた。そしてオルガマリーの許しもなくダヴィンチもロマニも動くわけにはいかなかった。

 悪いのはロマニではない。だから謝る必要はない。

 念のため、俺は独断で動き、カルデアの主要な設備に強化の魔術を目一杯かけていた。魔術が切れる頃にはまたかけ直し、定期的に強化を重ねてもいた。
 それが功を奏した形になったが、人命まではどうにもならなかったようだ。

 瞑目し、すぐに目を開く。

「送ってくる物資と言うのはなんだ?」
『聖晶石だ。簡単に言うと魔力の塊で、サーヴァント召喚のための触媒だよ』
「なに?」
『本当は霊脈のターミナルの上でやった方がいいんだけどね、今回は特別だ。カルデアの電力の一割を回す。どうせしばらくは使う機会もない、無理矢理にでもサーヴァントを召喚してくれ。きみたちに死なれたら、全て終わりだ』
「待て、サーヴァントを呼べるのか?! 仮に召喚できても俺の魔力がもたないぞ!
『サーヴァントの召喚、維持はカルデアの英霊召喚システムが代行してくれる。心配は要らない。通信限界時間まで間がないんだ、あと三十秒! マシュの盾を基点にして召喚態勢に入ってくれ!』
「えぇい……! 簡単に言ってくれる!」

 吐き捨て、マシュの傍に転送されてきた一つの石――金平糖のような物――を掴み上げる。素早く盾を地面に置いていたマシュを労い、聖晶石とやらを盾の傍に設置する
 カルデアのシステムが作動し始めたのだろう、まばゆい光が巻き起こり、莫大な魔力が集束していく。
 来る、と信じがたい思いと共に驚きを飲み込む。この感覚は識っていた。サーヴァントが召喚されてくる――

 やがて、光が収まり、俺に新たな繋がりができたことを悟る。
 光の中、立ち上がったのは深紅のフードを被った、細身の男。ロマニとの通信が途絶えたのと同時に、サーヴァントは涸れた声を発した。

「アサシンのサーヴァント、召喚に応じ参上した。……やれやれ、ろくな状況じゃなさそうだ」

 凍りついたのは、俺だった。この、声は――

「説明を、マスター。無駄口はいらない。合理的に、端的に頼む。僕は今、どうすればいい」

 それは、いつか見た、男との再会だった。
 






 
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