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トシサダ戦国浪漫奇譚

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第一章 天下統一編
  第五話 御用商人

 俺は屋敷に帰宅すると半九郎とリクが起きて待っていた。二人とも俺のことを心配していた。殿様と言っても俺は十二歳の子供だからな。その俺が早朝に帰ってくれば心配もするよな。
 俺はリクに昨日より半刻(一時間)早く起こしてくれと頼み、そのまま寝所に向かった。すると既に布団が敷かれていた。俺は寝間着に着替える気力が湧かず、そのまま布団に突っ伏すように倒れ込んだ。そこで俺の意識は途絶えた。

「とのさま」

 俺を呼ぶ女の声が聞こえた。女の声には聞き覚えがある。下女のリクだ。でもリクに返事する気がしない。
 眠くて堪らない。もう少し眠りたい。さっき布団に入ったばかりじゃないか。

「殿様、起きてください」

 リクの声がまた聞こえた。静かに眠らせてくれよ。俺は叫びたくなったが、そんな気力は湧かず聞き流していた。

「殿様、もう時間です。起きてください」

 もう時間なのか? 今日は昨日より半刻(一時間)早く出仕しないといけない。上司の命令だから俺に拒否権はない。
 だが、眠たい。もう少しだけ眠りたい。

「殿様、起きてください。時間です」

 リクの声に焦りが感じられきた。

「殿様。殿様、時間です。殿様、時間ですよ。起きてください」

 リクは間髪入れずに俺に声をかけてきた。俺は五月蠅いリクの声に促され、寝ぼけた顔でゆっくり起き上がった。閉じられた障子戸が俺の視界に入った。その戸越しに人影が見えた。

「もう少し眠らせてくれ。疲れているんだ」

 俺は情けない弱々しい声で障子戸の向こうにいる人物に言った。

「殿様、申し訳ございません。でも、この時間に起こしてくれと殿様に命じられました」

 障子戸の向こうにいる人物はリクだと声で分かった。彼女は俺に謝りつつも俺に用件を伝えてきた。リクの話に俺は目を見開き慌てて跳ね起きた。

「リク、今は何時だ?」
「殿様、朝五つ(午前八時)です」

 五つ半(午前九時)までに出仕しないとまずい。石田三成が俺に何をしてくるか分かったものじゃない。俺の脳裏に石田三成の顔が思い浮かんだ。異常な要求を平然としてくる俺の上司だ。遅刻したら俺に何をしてくるか分かったものじゃない。
 俺はリクを残し寝所から飛び出すと走って井戸に向かった。俺は井戸に辿り着くと急いで水を汲んだ。そして、俺は威勢良く水が入った桶を持ち上げ一気に水を頭から被った。

「うぅう。う。う」

 俺は水の冷たさに身体を縮こませ寒さに震える身体を叱咤して母屋に向かった。

「殿様! 大丈夫ですか!?」

 リクが走って俺の元にやってきた。俺が慌てて出て行ったので心配になって追いかけてきたのだろう。

「リク。リク、着物を着る物をくれ」
「殿様、どうしてそんなことをしたんです」
「目を覚ますためだ。リク、身体を拭く物と換えの着物を用意してくれ。早く出仕しないといけない」

 俺は身体を震わせたどたどしい足取りで母屋に向かう。リクは俺のことを心配そうに見ながらも、俺の命令に従い母屋の方に足早に向かっていった。
 俺が母屋に辿り着くと半九郎が囲炉裏に火をつけていた。俺は火に吸い寄せられるように囲炉裏に近づいた。

「殿様、顔色が悪いですが大丈夫ですか?」
「半九郎、大丈夫だ」

 俺は言葉少なく囲炉裏に両手をかざし暖を取った。凍える俺の身体に火が放つ熱が染み渡ってくる。ああ生き返る。俺は表情を和らげ、人心地しているとリクが手拭いと着物を持ってきてくれた。それを俺はリクから受け取ると身体を拭き、その場でいそいそと着替えた。

「リク、半九郎。行ってくる」
「朝飯はどうされますか?」
「暇が無い」
「これを持っていってください。握り飯と水です」

 リクは俺に竹皮の包みと竹筒を差し出してきた。彼女の心遣いには感謝するが、悠長にそれを食べている暇はないだろう。だが、俺はリクに悪いと思いそれを受け取った。

「いってらっしゃいませ」

 リクと半九郎から送り出され、俺は屋敷を慌ただしく出て行った。聚楽第に付くまで俺は何も考えられなかった。ただ、一心不乱に走り続けた。こんな時に日頃の鍛錬の成果を披露することになるとは思わなかった。
 俺が聚楽第に到着すると案の定人気は少ない。少ないというより、ほぼ人影はない。時折、警邏の役人達が通り過ぎる位だ。俺は石田三成が俺に告げた出仕時間は正規の時間なのかと勘ぐってしまった。出仕の時間は昼四つ(午前十時)だったはずだ。義父がそう言っていた。しかし、昨日、俺が出仕した時、石田三成の部下達は既に仕事をしていた。違和感を感じていたが、石田三成は勤務時間前労働を強要しているのかもしれない。俺は石田三成への恨みを募らせながら歩く。その道すがら俺を行儀が悪いと思いつつ、歩きながらリクが作ってくれた握り飯をぺろりと平らげ、竹筒の水で喉の渇きを潤した。俺は右手で口を拭うと周囲を見回し急ぎ足で石田三成の執務部屋に向かった。



「藤四朗、早いな」

 俺が石田三成の執務部屋に到着すると、この部屋の主が俺に声をかけてきた。石田三成は俺の顔を一瞥すると自分の文机に視線を落とし筆を走らせていた。俺は呆けた目で石田三成のことを凝視した。この男はこの部屋で生活をしているんじゃないかと思った。

「小出様、おはようございます」

 俺は挨拶され条件反射で「おはようございます」と相手にいった。挨拶をしてきた相手を見ると中島だった。俺が部屋の中を見回すと俺を含めて三人しかない。

「小出様には感心させられました。明日は休みですから十分鋭気を養ってください」

 中島は俺を心底労るように声をかけてきた。

「彦右衛門、藤四朗。何をのんびりしている。さっさと仕事をはじめろ」
「申し訳ございませんでした」

 中島が石田三成に頭を下げ謝罪した。

「済みませんでした。今日は何をすればいいのでしょうか?」

 俺の問いに石田三成は書類部屋を指さした。今日も伝票整理をするのか。俺は気が重くなった。

「仕訳をすればいいのでしょうか?」
「当たり前のことを聞くな」

 石田三成は顔を上げ俺に冷たく言い放つと仕事を再開した。俺はとぼとぼと書類部屋に入り部屋の隅に積まれた伝票の束を掴み自分の机に移動した。仕訳作業は昨日より作業効率が上がっていた。その原因は書類部屋に行く頻度が減ったからだろう。
 昨日は俺の仕訳が正しいか確認するため、頻繁に書類部屋を運んで過去の帳簿に目を通すしていた。お陰で明朝まで仕事をする羽目になった。それも全て石田三成の所為である。
 俺が仕事をはじめて四半刻(三十分)立った頃、三成の部下達が出仕してきた。彼らは俺がいることに驚いた顔をしていたが、慌てて自分の机に着座し仕事をはじめだした。彼らが急に慌てた理由は石田三成が彼らを凝視していたからだ。何も言わず能面のような顔で彼らを見ていた。
 俺は石田三成の顔が怖くなり、彼に気づかれる前に仕事を再開した。

 俺が伝票の半分を仕訳し終えた頃、俺の腹がなった。だが、誰も反応しない。握り飯を食べたはずだが、あれだけでは足りなかったようだ。この時代は一日二食である。夕食まで我慢するしかない。

「藤四朗、どの位終わった?」

 腹を空かせる俺に石田三成が声をかけてきた。

「半分です」
「そうか。昨日より早いな。俺に付いてこい」

 石田三成は俺に声をかけると部屋の入り口に向かった。俺は彼に付いていった。
 俺は石田三成が昼飯を奢ってくれるのかと期待した。だが、彼が俺に昼飯を奢る人間とは思えず、俺は淡い期待をかき消した。

 石田三成に付いて行くと人気の無い部屋に案内された。俺と彼は対面する形で火鉢を間に挟み座った。勿論、彼が上座に座っている。

「お前の知行地について説明しておくことがある」

 石田三成は俺が座るなり間を置かず喋りだした。
 こいつは本当にせっかちだな。石田三成は俺の知行地について説明をはじめた。俺の知行地は表高五千石だが実高一万石あるということだ。そして、豊臣家の年貢は七公三民のため、俺の領地の年貢も据え置かれているらしい。
 俺は豊臣家の重税に驚いてしまった。

「年貢が七公三民は高くありませんか?」
「何を言っている。何処の大名も似たり寄ったりだ。徳川も毛利も同じだ。島津は八公二民だ」

 石田三成は俺を馬鹿にしたような目で見た。彼の発言に俺は驚愕した。歴史好きだったが年貢までは詳しくなかった。年貢は五公五民が基準で小田原北条氏の四公六民が特殊な事例と考えていた。しかし、実際の戦国時代は重税全盛時代であることを自覚させられた。

「お前は北条征伐に従軍しなければならない。そのためには人・物・金を集めるため元手が必要になる。この時期、年貢は既に領主に納められている」
「確か。先任の領主は年貢の半分を新領主に残すものですよね」

 石田三成は俺の指摘に頷いた。

「だが、その領主が滅ぼされた領主なら年貢はないだろうな」

 石田三成が真顔で俺に言うので心配になった。最近、摂津国で反乱を起こした大名がいたとは聞かない。でも、俺が知らないだけかもしれない。

「問題のある領地を殿下がお前に宛がう訳がないだろう。お前の知行地は豊臣家の直轄領だった土地だ」

 石田三成は憮然とした顔で俺を見た。

「私は何も考えていませんよ」

 俺は平静を装い誤魔化した。

「豊臣家に年貢が納められている。だから、豊臣家の倉から新領主であるお前に年貢を渡す」

 石田三成は俺を見て「理解したか」という目で見ている。

「石田治部少輔様、理解しました」
「年貢は七千石。その半分は三千五百石。これがお前の取り分になる。しかし、殿下が格別の計らいをしてくださった。お前に昨年の年貢を全て渡す」
「いいんですか」

 俺は喜色の声を上げた。

「殿下の命である。私がとやかくいうことではない。殿下に感謝し北条攻めに励むことだ。北条攻めではお前は私の与力と動くことになる。よろしく頼む」

 石田三成から聞き捨てならないことを聞いてしまった。俺は北条攻めでも石田三成と一緒に行動することになるのか。彼が俺の上官ということは忍城攻めに加わることになる。別名「浮き城」と呼ばれる忍城は関東七名城と呼ばれる堅城だ。戦国時代の名だたる武将達が攻め落とせなかった名城だ。上杉謙信も忍城を落とせなかった。俺は凄く頭が痛くなった。

「石田治部少輔様、初陣も経験していない若輩者ですがよろしくお願いします」

 俺は出来るだけ笑顔で石田三成に頭を下げた。彼は大仰に頷いた。この先のことが本当に心配になってきた。

「言い忘れるところであった。お前に渡すものがある」

 石田三成は綴じられた薄めの書類を懐から取り出し俺に差し出した。俺は書類を受け取り表紙を見ると軍役帳と書かれていた。俺は視線を上げ石田三成の顔を見た。

「それに(そなえ)の模範的な編成を書いておいた。それを見て軍役に必要なものを集めるといい。近々、お前の知行地の名主達が挨拶に来るはずだ。その時に人を出すように指示しておけ」

 (そなえ)とは一万石以上の大名が編成できる部隊の単位で、一万石の大名なら一つの備を編成できると言われている。俺は五千石だから何人か与力を付けて貰って、備を編成することになるのだろう。または石田三成の備に組み入れられるかだろう。後者の可能性が高い気がする。
 俺は軍役帳を開きページをめくる。数ページ読んだ俺は言葉を失ってしまった。俺の軍役は戦闘員と後方支援の非戦闘員を会わせ三百八十人もいる。表高五千石なのに何でこんなに多いんだ。

「石田治部少輔様、これは私の与力の者達の人数を加味した人数なのでしょうか?」

 俺はやんわりと石田三成に軍役のおかしな点について指摘した。

「その軍役はお前単独の割り当てだ」

 石田三成は表情を変えずに淡々と言った。

「私の石高なら半分の百五十位が適正かと思います」

 石田三成は俺を見て口元に笑みを浮かべた。

「お前の言う通りだ。だが、お前の知行地はその軍役に堪えうる領地だ。年貢を使いきる位の気持ちで軍役に臨め。これは殿下の命である」
「それは本当なのでしょうか?」

 俺は疑念の目を石田三成に向けた。すると石田三成は真顔で俺を直視し口を開いた。彼の瞳は絶対零度の冷たさだった。俺は内心で「何でそんな目で見られないといけない」と思いつつ口を噤み我慢した。

「藤四朗、殿下が何のためにお前に態々旨味のある知行を与えたと思う。お前を遊ばせるために与えた訳ではない。お前を見込んで北条攻めで手柄を立てさせるためだ。失態を犯せば減知(知行を減らす)になると覚悟しておくことだ」

 石田三成は感情の籠もらない顔で俺を見た。その顔は「拒否する権利はお前にない」と言っていた。

「殿下のご期待に添えるように頑張ります」
「その言葉は殿下に伝えておく。ところで軍役の準備をするために商人の伝手が必要になるが、お前はお抱えの御用商人が既に居るか?」
「いません」
「殿下からその辺りの世話もするように仰せつかっている。お前に豊臣家と縁のある御用商人を紹介しよう」
「どなたでしょうか?」
「津田宗及殿だ」
「堺の商人の方ですね」
「その通りだ。藤四朗、堺商人をあまり信じてはいけない。彼奴等とは一歩引いて付き合う方がお前のためだ。深く関わりすぎると身を滅ぼすことになる。いいな」

 石田三成は神妙な表情で俺の顔を凝視した。俺が頷くと「それでいい」と目で語り頷いた。

「津田宗及殿にはお前の年貢米の一部を売却するつもりでいる。その金で彼から必要なものを買えばいい。その軍役帳を見ながら自分なりに考え必要な物を揃えてみろ。分からないことがあれば私に聞け」
「石田治部少輔様、年貢はどの位売るつもりなのでしょうか?」
「年貢米の二割でいいだろう。今は米の値段が急騰している。良い値段で売れるはずだ」

 石田三成が経済に強い理由がよく分かった。普段から時事に気を配っているのだろう。俺も近江商人を一人位家臣に加えたい。近江国生まれの石田三成に口を聞いて貰うのが一番だろうが、これ以上関係を深くしたくないので止めておこう。

「よし、今から津田宗及殿に会いに行く。藤四朗、お前もついてこい」

 俺が石田三成のことを感心していると彼は俺に同行を促し部屋から出て行こうとした。

「津田宗及殿に会いに行く? 石田治部少輔様、堺に行くんでしょうか?」

 俺は未だ仕事が終わっていない。仕事を途中で放り出すことを許さない石田三成が堺に行くと言ったことに違和感を覚えた。石田三成は憮然とした表情で俺のことを見た。

「堺に行くわけがないだろう。聚楽第に呼びつけている」

 石田三成は「馬鹿め」と一瞥して部屋を出て行った。俺は彼の後ろ姿を睨みつけるが、俺は思い直して彼を追いかけた。何をしようと今の俺では損をするのは俺だからな。俺は胃が痛くなってきた。早く石田三成から解放されたい。



 石田三成に連れられ俺はある部屋に入った。そこには二人の男が座っていた。一人は老人。もう一人は中年。二人に共通することは品の良さそうな雰囲気を漂わせていることだ。彼らは俺と石田三成の姿を確認すると両手を畳みにつけ体勢を前に倒し深々とお辞儀をした。

「津田殿、お待たせした」

 石田三成は部屋に入るなり中で待つ人物に声をかけた。どちらが津田宗及なのだろうか。千利休と同じ茶人というのは知っているが年齢は知らない。俺は文化人にはあまり興味がないから詳しくない。

「石田様のお呼びとあれば何処へでも参らせていただきます」

 石田三成に声をかけられ老人が体勢を起こし微笑みながら喋りだした。それに会わせて隣の中年も体勢を起こした。
 俺が会話する二人を見ていると、津田宗及は石田三成の隣にいる俺に視線を向けてきた。

「津田宗及と申します。後ろに控えるは私の息子、津田宗凡です。堺で天王寺屋を営ませていただいております。以後、お見知りおきください」

 津田宗及は俺に頭を下げた。それに会わせ津田宗凡も頭を下げた。

「ご紹介いただけますか?」

 津田宗及は石田三成の顔を見た。すると石田三成は部屋の上座に進み腰を下ろした。俺は石田三成の左前に腰をかけた。

「津田殿、この者は小出藤四郎俊定という。私の与力だ」
「小出藤四郎俊定と申します。つい先日元服を終え関白殿下にお仕えすることになりました」

 石田三成が俺の紹介を終えると俺は津田宗及に名乗った。

「小出様は小出播磨守様のご縁者でございますか?」
「はい。私は小出播磨守の一子、小出小才次の養子です。元は木下の家の者で、実父は木下孫兵衛です」

 津田宗及は俺を見ながら眉を動かし驚きの様子だったが、直ぐに俺を興味深そうな顔で見た。

「噂は耳にしております」

 津田宗及は意味深な笑みを浮かべた。噂とは何の噂なのだ。俺は彼の言葉が気になり問いただそうと思った。

「噂とは?」
「津田殿。用件を済ませたい」

 俺が津田宗及の言葉が気になり聞き返すと、石田三成が会話に割り込んできた。彼の態度に俺は心の中で嘆息した。彼は俺の嘆息を気にする様子もなく話しを進めた。

「石田様、今日お呼びいただいた理由をお聞かせ願えますか?」
「津田殿、小出藤四郎の御用商人をお願いしたい」
「喜んでお引き受けさせていただきます。小出様、御用があれば私もしくは天王寺屋にお声掛けください」

 津田宗及は俺に笑顔で答えた。

「津田殿、よろしくお願いします」

 俺が津田宗及に頭を下げると石田が間髪入れず口を開いた。

「津田殿。早速で悪いが、明日にでも津田殿の使いの者を小出藤四郎の屋敷に寄越して欲しい。小出は戦の準備で買い付けたいものがあるのだ」
「かしこまりました。石田様、小出様の屋敷には息子を向かわせていただきます。小出様、息子にご入り用の物をご指示ください」
「それと小出の年貢米の売却をお願いしたい」
「売却される米はいかほどでございますか?」
「これに仔細を認めている」

 石田三成は懐から二枚に折り畳んだ紙を取り出し俺に差し出した。それを俺は受け取ると津田宗及に近づき差し出した。津田宗及は紙を受け取ると読み始めた。

「千四百石になる。米の受け渡しは今回は豊臣家の倉から出す」
「三千五百俵ですか。米は幾らでも売れますので喜んでお引き受けさせていただきます。手数料は百俵につき金二分になりますが、今回は無料にさせていただきます」

 津田宗及は笑顔で石田三成と俺を順に見て答えた。手数料をまけてくれることは正直な気持ち嬉しい。でも、損することは商人がするとも思えない。つい裏があるのでないかと勘ぐってしまう。

「米の値段が暴騰していると聞いた。津田殿、一俵幾らで引き取ってくれるのだ?」

 石田三成は意味深な笑みを浮かべ津田宗及に言った。

「石田様には勝てません。そうですね」

 津田宗及は姿勢を正し思案気な顔で考えだした。しばらくすると彼は考えがまとまったのか口を開いた。

「一俵辺り一両二分でいかがでしょう」
「それでは話にならんな」

 津田宗及は石田三成の言葉に苦笑しながら「負けました」と呟いた。

「一俵辺り一両三分でいかがでしょう」
「小出藤四郎は北条攻め後に大名になるだろう。大名にな」

 俺は石田三成の言葉に戸惑う。石田三成は二度「大名」と言った。今でも俺はある意味大名だ。ただ、石田三成の口振りは別の意味を持っているように感じた。その証拠に津田宗及は目を細めた。
 仮に秀吉が俺を正真正銘の大名にする気持ちがあっても、俺が北条征伐で失態を犯せば話は立ち消えになるに違いない。そうなった時、津田宗及が俺に対してどういう行動に出てくるか凄く心配だ。
 だいたい、予定の話を断定で語る石田三成に驚いてしまう。この男は何を考えているのだろう。

「石田様、その話は信用しても大丈夫でしょうか?」
「関白殿下のお言葉だ。これに勝る信用はあるまい」

 俺は石田三成と津田宗及を交互に見た。俺の知らない所で話が進んでいた。

「分かりました。一俵辺り二両で取引させていただきます」

 津田宗及は強く頷き、俺と石田三成の顔を交互に見て答えた。

「商談成立だ」

 石田三成は満足そうに頷いた。本当にこれで大丈夫なのか。津田宗及に空手形を切って後のことが怖くなってきた。俺は胃が痛くなってきた。 
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