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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第一部 PHANTOM BLAZE
CHAPTER#22
  戦慄の暗殺者Ⅷ ~Rebirth Chronicle~

【1】

(ご主人様……ッッ!!)
 白い封絶で覆われた学園屋上で繰り広げられた、
フレイムヘイズの少女と紅世の王との壮絶なる死闘。
 その結末の一端を、燐子の少女は上空から見ていた。
「オッッッッッッラァァァァァァァァァ――――――――ッッッッッ!!!!!」
「バ……カ……な……ッ!」
 白い光で満たされた屋上全体に響き渡る、灼熱の咆吼。 
 その躰を、その精神を。
 そしてその存在全ての力を大太刀 “贄殿遮那” に込め、
渾心の一撃で刳り出されたシャナ極限の超絶技、
『贄殿遮那・星迅焔霞ノ太刀』
 炎気、闘気、剣気、三種の気を融合させて具現化した
巨大な三日月状の討滅刃。
 ソレが同時に込められた黄金の輝きを放つ生命光によって爆発的に超加速され、
火除けの宝具 “アズュール” が創り出す絶対火炎防御の結界障壁すらも
超越して突き破り、宝具ごと操者である “狩人” フリアグネの長身痩躯を
音を超えた速度で斬り飛ばし、二つに別れた躰を紅蓮の劫火が焼き尽くす。
 さらに標的を討ち果たした紅蓮の刃は、それでも尚強力に存在を誇示し続け
背後の給水塔に激突して爆砕し、劫火に包まれた “狩人” の上に
砕けた残骸の豪雨を撒き散らした。
 瓦礫の墓標に突き刺さる、巨大な鉄塊。
 刻まれる、残骸の墓碑銘。
 その一連の出来事を、定められた運命であるかの如く見据えていた、
今は燃え上がるような紅蓮の双眸に黄金の輝きを宿す一人のフレイムヘイズ。
 その少女が紅蓮渦巻く大太刀を瓦礫の上に突き立て、
逆水平に構えた指先で破滅の墓標を差す。
「私達二人は最強よ!!  絶対誰にも負けないッッ!! 」
 最早己を蝕む苦痛も煩悶も、その全てを精神が捲き起こす
黄金の旋風でに吹き飛ばしたかの如く、
一点の曇りもない表情でシャナは “狩人”の墓標に叫んだ。
「……主人……様……?」
 紅蓮と白蓮。
 二つの存在の終演を頭上から見つめる、燐子のか細い呟き。 
 真一文字に両断された紅世の王が、己が自在法により無から生み出した最愛の少女。
 意志を持つ肌色フェルトの人形、マリアンヌの開かない口唇から痛切な叫びがあがった。
「ご主人様ァァァァァァァァァァ―――――――――――ッッッ!!!」
「ッ!」
 その何よりも悲痛な声に、シャナはゆっくりと首だけ動かしてマリアンヌに向き直る。
 そして、完全にいつも通りへと戻った凛々しき風貌で、
簡潔にしかし有無を言わさぬ強い口調で燐子の恋人に告げる。
「見ての通りよ。おまえの 『ご主人様』 は、たった今この私が討滅したわッ!」
「ウソ! ウソ! ウソよッッ!! 私のご主人様が! オマエなんかにッ!
フレイムヘイズなんかにやられたりするわけない!!
この私を置いて、一人死んでしまったりするわけないッッ!!」
 口元に笑みを浮かべた愛らしい表情とは裏腹に、
マリアンヌの声は悲哀に充ち何度も何度も頭を振って
シャナの言葉と目の前の現実を否定した。
「事実よ。おまえも王の “従者” だったのなら潔く受け止めなさい」
 虹彩を射抜くような鋭利な眼光で、
再びシャナは異論を許さない強い口調でマリアンヌに宣告する。
「王を討滅した以上、もうおまえに用はない。無益な討滅も好まない。
おまえはすぐにここから立ち去って、この事実を “アノ男” に伝えなさい」
 そう言ってシャナは一度瞳を閉じ、強い決意と共に真紅の双眸を見開く。
「そして、アイツを 『星の白金』 を討滅したいのなら
“今度はおまえ自身が直々に出てきなさい” とね」
 そうマリアンヌに己のメッセージを完結に告げる。
 その脳裡に甦る、この世のありとあらゆる存在を完全に超越した、
一人の男。
 その名は、『DIO』
 叉の名を “邪悪の化身” 『幽血の統世王』
 アノ男の全貌は、いまでも計り知れない。
 アノ男が最後に見せた黄金の「光」の正体は、今でも想像すらつかない。
 でも。
 それでもッ!
「あと! これも伝えてッ!」 
 胸中に唐突に湧き上がった何よりも熱い一つの使命感、否、
それよりも遙かに強い感情にシャナは頬を朱に染めながら出来るだけ速く、
しかし的確に伝える。
「 『星の白金』 空条 承太郎はッ! フレイムヘイズで在るこの私が護るッ!
おまえなんかに指一本触れさせないとねッ!」
 早口でそう口走りながらも、無意識の内に心の中で競り上がってくる、
己の力に対する疑念。
 果たして、本当に、そんな事が可能なのだろうか?
 その、真実(ほんとう)能力(チカラ)は疎か、
本来の主力である 『幽波紋(スタンド)』 すらもを使っていない 「生身」 の状態で
手も足も出なかった自分が。
 再びその世界を覆い尽くすような存在を前にして
果たして “そんな事” が出来るのだろうか?
 でも、そんな大言壮語を吐きながらも、何故かシャナは恐怖も絶望も感じなかった。
 状況は、アノ時より遙かに悪くなっていると言って良かった。
 このほんの数日の間に、『法皇』 の名を冠する手練の 「幽波紋(スタンド)戦士」 や
たった今討滅した “狩人” フリアグネのような存在が先陣として
来襲してきたという事実。
 この事から類推して出る答えはただ一つ。
 アノ男の現世と紅世、両世界の支配体系は、
もうほぼ完璧に整いつつあるという事。
 そう、明日にでもこの世界の存在全てがそのバランスを決壊させて、
潰滅してしまったとしても不思議はない。
 でも、それでも、自分は何も恐れない。
 だって、あの時とは決定的に違う 「真実」 が、今の自分にはあるから。
 今度は “一人じゃない” から。
“アイツが傍にいるから”
 いて、くれるから。
 だから今度は、絶対負けない。
 アイツと私なら。
 二人一緒なら。
 どんな巨大な存在にも絶対負けるわけがない。
 きっと。



“何でも出来るッッ!!”



 精魂の叫びと共に、心の中で吹き荒れる灼熱の烈風。
 特別な根拠は、何もない。
 しかし、いつの間にか何よりも強い確信が、少女の裡に存在していた。
 アイツが自分にくれた、『勇気』 と共に。
 宵闇に輝く明けの明星よりも、強い光で自分を照らしてくれていた。



『――――――――――――――――――――ァァァァァァァッッッッッ!!!!!』



「ッッ!!」
 遠くで聞こえる、スタープラチナの咆吼。
 それはきっと、アイツの精神(こころ)咆吼(さけび)
魂の誓約、 『護るべき者を護る』 という、誰に命令されたわけでもなく、
「使命」 を課せられたのでもなく、自らの「意志」で、己の 『正義』 を貫き続ける者。
 その事を誇らしく想う反面、何故か心の淵で湧いた、
切なさにも似た感情が双眸を滲ませる。
「バカ……大バカ……」
 微かにその瞳を潤ませて、シャナはそう呟いた。 

 


 誰も、誉めてなんかくれないのに。
 誰も、感謝なんかしてくれないのに。
 それどころか、自らの行為を認識すらしてもらえないのに。
 それでも、おまえは、戦い続けるの?
 例え、全身傷だらけになったとしても?
 例え、腕や足を引き千切られたとしても?
 それでも……?
 ずっと……?




(何か……ズルイな……)
 少しだけ嫉妬の混じった口調で、少女はまた呟く。
 だって、あまりにも正し過ぎて、格好良過ぎて、非の打ち所がないから、
自分の立つ瀬がなくなってしまう。
 自分が、アイツに 『してあげられる事』 が、何もなくなってしまう。
“アイツ” とは、いつでも、 「対等」 の立場で在りたいのに。
(!)
 何故か脳裡に、一人の女性の 「姿」 が想い浮かんだ。
 無口で、無表情で、不器用で。
 でも、他の誰よりも自分の身を案じ、愛してくれた女性(ひと)
 崩壊した天道宮での、別れの時に垣間見せた、その時の表情。
 シャナは、心象の中のその女性に、静謐な口調で問いかける。
(貴女もあの時……今の私と同じ気持ちだったの……?
ねぇ……? ヴィルヘルミナ……)
 心の中で語りかけたその女性は、
白いヘッドドレスで彩られた、ただただ美しい想い出の中で、
優しく自分に微笑むだけ。
 最後に見せた、身と心を引き裂くような痛みを押し殺してでも、
微笑みかけてくれた、翳りのない強さと美しさと共に。
 それを答えだと受け取ったシャナは、もう一度瞳を閉じて想いを反芻する。



“間違って、ない ”



 彼女が、そう言ってくれた気がするから。



“あなたが 「正しい」 と信じた事に、天下無敵の幸運を ”



 彼女がそう勇気づけてくれた気がするから。
 だから、シャナは。
「ありがとう……ミナ……」
 今はただそれだけを、もう傍にいない彼女に送った。 
 湧き上がる万感の想いを一つに束ねてただ一言。
 それだけを。



(むぅ…… “万条の仕手” ……か……)
 口唇から漏れたその名に、胸元のアラストールが小さく声を漏らした。
 その上でシャナは再び瞳を閉じて、己の想いを(つづ)る。
 綴り、続ける。



 もっと楽に、生きれば良い。
 おまえは “フレイムヘイズ” じゃないんだから。
 普通と少し変わった能力(チカラ)を持つだけの、「人間」 なんだから。
 そうすれば、エメラルドの光に胸を引き裂かれて血に塗れ、
無惨な姿で地に伏する事もない。
 心も体もボロボロなのに、自ら傷を引き裂いて血を噴きながら、
限界を超えて戦う必要もない。
 助ける筈の存在を操られて利用され、激しい存在の痛みを代償に
永遠に忘れられてしまう事もない。
 そして。
 そし、て……
 数多の紅世の王すらも下僕にする、この世界史上最大最強の存在と
戦わなければならない 『宿命』 を負う事もない。 
 そう。
 嫌だと言って逃げれば良い。
 関係ないと言って投げ出せば良い。
 後は私達フレイムヘイズに任せれば良い。
 そんな重過ぎる運命(さだめ)を、おまえに強制する権利なんて、誰にもないんだから。
 でも。
 それでも、おまえは。
 …… 
 戦う、の?
 その余りにも苛酷過ぎる己の 『運命』 を、
哀しむ事もなく、嘆く事もなく。
 ただ 『覚悟』 だけをその裡に秘めて、
全てを受け入れ、全てに納得して。
 戦い、続けるの?
 おまえの精神に宿った、或いは受け継がれてきた、
沢山の人達の 「血統」 と 「絆」 と共に。
 自分が正しいと信じる、『正義』 の為に。
 渇いた風が一迅、傍らを通り過ぎ、爆炎で灼き裂かれた黒衣の裾を揺らす。
 その少女の脳裡に甦る、ジョセフの屋敷の応接室で見せてもらった、
古い背表紙のアルバム。
 中に納められた、モノクロームの写真。
 多くの人々の姿。
 その全ての人達が皆、アイツと同じ瞳の輝きを持っていた。
 そして、微笑っていた。
 その誇り高き血統によって導かれた、因果の中で。 
「優しいんだね……おまえの…… 「歴史」 は……」 
 追憶と共に口唇から零れる、
何の偽りもない、本当に本当に正直な気持ち。
 想いはいつか、 「彼」 という一個の存在すらも超えて、
現在(いま)の “アイツ” を形創った 「時」 の流れにまで(さかのぼ) り、拡がっていった。
 そのシャナの心中で静かに滔々と沁み出ずる、
今まで体感した事のない緩やかで温かな存在の何か。
 胸の中心で芽吹くようにゆっくりと湧き上がり、そして刹那の淀みもなく
意識の全領域に拡がって、自分の存在を充たしていく。
 素直にただ、感謝したかった。
 彼の存在を育んでくれた、全ての人々に。
 その感覚に他の何にも代え難い感興を抱いたシャナは、
白い封絶が巻き起こす気流に長い髪を靡かせながら、 
穏やかで優しい微笑を、小さく可憐な口唇に浮かべていた。
(……)
 胸元のアラストールは、黙したまま少女を見守っていた。
 表情にこそ現さないが、心中に浮かんだ一抹の驚きと共に。
 少女は今まで、“封絶の中で微笑った事が無かった”
 こんなに、穏やかな表情で。
 まるで、暖炉の前で母親と会話をする娘のように、安らいでいる表情で。
 少女の、シャナの、その使命に燃ゆる凛々しき表情は
これまで星の数ほど見てきた。
 力強く、誇り高い子である事も知っていた。
 しかし、こんなに優しい笑顔を浮かべる子だったとは。
 戦鬼のようなフレイムヘイズの 「業」 の渦中にありながらも、
こんなにあたたかな心を微塵も失わない子だったとは。
不覚ながら、今に至るまで気づかずにいた。
(どうやら……我の取った 「選択」 は……間違いではなかったようだな……)
 シャナに連れたのか、存在の裡で少しだけ笑みを浮かべたアラストールの、
その更に深奥で静かに形を成す、真の決意。
 フレイムヘイズ “炎髪灼眼の討ち手” として、
今まで生きてきた名も無き少女。
 その凄絶なる戦いの日々、これまでの 「運命」 を全て受け継ぎ、
そして今、新たに始まる!
 どんなに深い絶望の中であろうとも、希望という 「星」 の光を
決して見失わない、気高き血統の者達との出逢いによって生まれた、
今、ようやく産声をあげる事の出来た、一人の 「人間」
“空条 シャナ” としての戦いが。
 もう自分は、 「討滅の道具」 なんかじゃない。
 今ようやく私は、 「人間」 になれた。
 或いは 「転生」 した?
 解らない、解らないけれど。
 でも、今の自分は、フレイムヘイズである以前に、
一人の 「人間」 だと胸を張って言うことが出来るから。
 最愛の人達から貰った、この世でたった一つだけの 「名前」 があるから。
 だから、もう、淋しくはない。
 その事に目を背けて、心を押し殺す必要もない。
 だって、こんなに素晴らしい人達に、出逢うことが出来たのだから。
 ジョセフ。スージー。エリザベス。ホリィ。
 こんなにあたたかい人達に、私という存在は囲まれていたのだから。
 その事を、今は何よりも大切に想えるから。
 どうして、今まで気づかなかったのだろう?
 でも、それを自分に気づかせてくれたのは、他の誰でもない、
同じ血統の末裔である “アイツ” だ。
 ただ、それだけの、当たり前の事実。
 それが何より、シャナには嬉しかった。
 本当に本当に、シャナは嬉しかった。
 そして共に見た空を見上げて、何よりも澄んだ声で、
しかし強い声で、決意を天空に誓う。
「私、ついて行くよッ! どんな暗い、たとえ 「世界」 の闇の中で在ったとしてもッ!」
 脳裡に甦る、別れる直前に一度だけ見せてくれた、彼の微笑。
 その存在が、心に巣くった 『幽血』 の恐怖など、全て跡形もなく吹き飛ばす。
(怖く、ない……ッ! きっと……おまえと一緒なら……ッ!)
 だから、二人で行こう。 
 どこまでも、どこまでも。
 遠くまで。



“この世界の遙か彼方までッッ!!”



 そう心の中で歓喜を叫んだシャナの周りに、ゆっくりと世界が戻ってくる。
 絶え間のない破壊の残響と消滅の砕動、
そんな、いつもと何ら変わる事のない、
殺伐として、淋しくて、何よりも冷たい戦場の空気。
 でも今のシャナには、その破滅の戦風すらも清々しく感じられた。
 吸い込む空気は、今までにないほど爽やかに胸の中を満たした。
 やがて、少女の心中に決着が付いた事を悟った王が一言。
「もう。良いのか?」
「ウン!」
 大きくシャナは、胸元のアラストールに向かって頷いた。
「……では行くか。彼奴(あやつ)の許に」
「ウンッ! アラストール! 早くアイツに逢いに行こうッ!」
 一際大きくそう叫び、シャナは過去との決着を付けた瓦礫の墓標に背を向けた。
 アイツに逢ったら、まず何を話そう?
 言いたいことは、山ほどある。
 聞きたい事も、沢山ある。
 でもその数が多過ぎて、何から話して良いか解らない。
 それにきっと、いつものように素直になれなくて、
想っている事とは逆の事を言ってしまうかもしれない。
 でも、それで良い。
 それが良い。
 何気のない日常。
 紅世とも封絶とも隔絶されていない、
緩やかな変化のみが繰り返される、平穏な世界。
 それが、一番大切なものだと、今は想えるから。
 それを護れた事を、今は何よりも誇りに想えるから。
 だから、何を話すかは考えないで行こう。
 アイツの顔を見たら、その時一番言いたい事を言おう。
 多分、いつものアノ台詞になってしまうとは想うが。
 そして、その後。
 そうだ、二人でアノお店に行こう。
 初めて逢った日に、ジョセフ達と一緒に行った、アノ喫茶店に。
 正直疲れたし、お腹も空いた。
 この前は頼めなかったものを、片っ端から網羅しよう。
 勿論、アイツの “オゴリ” で。
 自然と溢れてくる笑みをシャナは自分でも可笑しいなと想いながら
かみ殺し、でも巧くいかないので仕方無しに笑顔のまま
足下の(こぼ)れたコンクリートを蹴って駆け出す。
(いま……すぐにそっちへ行く……ッ! だから、待ってて……!)




“ジョジョッッ!!”




 何故か心の中から自然に浮かんできた、
でも確かに今自分で決めた彼の綽名を口ずさみ、
駆け出したそのシャナの背後。
 堆く積み上がった残骸の墓標。
 それが突如、何の脈絡も無く弾けた白い閃光と共に激砕する。
 鳴動する破壊空間に、不可思議な紋字と紋章を迸らせながら。
 そし、て。
 けたたましい破壊の残轟と同時に湧き上がる、狂気と憎悪に充ち充ちた怒号(コエ)
「がああああああああああああァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」
「ッッ!!」
 振り向いたシャナの眼前で、白い閃光の放つ強大な衝撃波によって、
直上に吹き飛ばされ粉微塵となって爆砕する無数の瓦礫。
 まるで薄紙のように引き裂かれる、最上部に突き刺さっていた給水タンク。
 その砕かれた灰燼の嵐の中に浮かび上がる、白い光のシルエット。
 白炎を司る、壮麗なる紅世の王。
 今は、シャナの超絶技と瓦礫の豪雨に存在を悉く蹂躙され、
耽美的な風貌も雰囲気も完全に粉砕された “狩人” フリアグネ、その無惨なる姿。
 上質のシルクで仕立てられた純白のスーツは斬衝と焦熱で至る所がズタボロに
引き千切られ、残骸の余燼にまみれて惨憺足る有様になっている。
 まるでたった今、シャナの手によってこれ以上ない位に討ち砕かれた、
彼の誇りを象徴するかのように。
 そして、心身共に蹂躙され尽くしたその純白の貴公子は、
先刻までと同一人物とは想えないほどの、
まるで煮え滾る黒いマグマのような憎悪を全身から放ち、
そして空間が罅割れるかのような狂声を
歯を剥き出しにしてシャナに浴びせた。
「貴様ァァァァァァァァァッッ!! フレイムヘイズゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
この 「討滅の道具」 風情がよくもッッ!! よくも “王” 足るこの私に!!
この私にィィィィィィィィィィッッ!!」
 現世に顕在してより初めて体感する、
永い年月を賭して築き上げた誇りを跡形もなく
ズタズタに引き裂かれた 「屈辱」 に、
純白の貴公子は身を震わせて激昂する。
「ハァ……」
 そのフリアグネに対しシャナは、苛立たしげに大きくため息をついた後、
「何、邪魔してンのよ……ッ!」
奥歯をギリっと軋ませ怒気の籠もった声を零す。
 そして、くるりと身を翻して振り返り、ふわりと揺れる黒衣の中
細く小さな顎をやや高く持ち上げ、遙か高見から見据えるような表情を執る。
「やれやれだわ。 “狩人” 」
 アイツ譲りの剣呑な瞳で、不敵にそう告げる少女。
 そして、ゆっくりと開いた右手を前に差し出すと。
「おまえ? 同じ事を二度言わせないでほしいわね?
“一度で良い事を二度言わなければならないというのは……”」
言葉を紡ぎながら、差し出した右手を素迅く反転させる。
「“そいつの頭が悪い” っていう事よッッ!!」
 紅蓮の双眸を精悍に見開き、もうすっかり定着した逆水平の指先で
堕ちた紅世の王を鋭く差す。
「――ッッ!!」
 想わぬ言動に、フリアグネは怒りで思考が停止し、
絶句する事を余儀なくされる。
 その王に対し、シャナはあらん限りの咆吼で、
己が全存在を指先から刻みつけた。 
「私の名前は “空条 シャナッッ!!”
「同胞殺し」 でも 「討滅の道具」 でもないッッ!!
もう二度と間違えるんじゃあないわッッ!!」


 
【2】

 白い封絶が、鳴動する。
 不可思議な紋字と紋様が、火の粉と共に噴き散る。
 まるで、その法者の心中を代弁するかの如く。
「キサ……マ……!!」
 屈辱に身を灼き焦がし、憎悪の籠もった瞳でシャナを睨め付ける
紅世の王 “狩人” フリアグネ。
 しかし、狂気の対象であるフレイムヘイズの少女に、
最早その存在は映っていない。
“アイツ” 譲りの剣呑な瞳で、つまらないモノでも見るかのよう、
明後日には屠殺(とさつ)される家畜を(すが)めるような冷たい視線だった。
 そして少女は、全身から発せられる殺気など意に返さぬといった様子で、
フリアグネとは視線を交えずに言う。
(うずたか) く積まれた瓦礫を跡形もなく粉砕するなんて、大したパワーね?
その “手” じゃ薄氷一枚砕いた事が無いんじゃなかったっけ?」
「黙れッッ!!」
 フリアグネは乱暴に長衣を振り払い、
全身から血の代わりに飛び散る白い炎を撒き散らしながら
憎悪に充ち充ちた声をシャナに浴びせた。
 そんな殺伐とした空気の中。
「ご主人様ァァァァァ―――――――――――ッッ!!」
 宙に浮いたフェルトの人形、“燐子” マリアンヌだけが
歓喜の声を上げる。
「ッッ!?」
 予期せぬ存在の介入に、フリアグネは一瞬怒りを忘れ
その双眸を無垢な少年のように丸くする。
「ご主人様ァァァァァァァァァ――――――――――――ッッ!!」
 悦びを押し隠せない声で、マリアンヌは白い燐光で尾を引きながら宙を滑るように駆け
フリアグネの眼前に舞い降りる。
「マリ、」
「御無事で何よりですッッ!! ご主人様ァァァァァァァ!!」」
 マリアンヌは灰燼で汚れてはいるが、端正な線は変わらない
フリアグネの頬に抱きつきフェルトの頬、否、全身を寄せる。
「マリアンヌ……」
 フリアグネは舞い戻った最愛の存在に、
すべすべしたフェルトの肌触りに、己の怒りが急速に冷えていくのを感じた。
「すまない。私のマリアンヌ。君の前で取り乱したりして。
随分格好悪い姿を見せてしまったね?」
 再び耽美的な光が戻ったパールグレーの双眸を、
フリアグネは愛しそうに細め、マリアンヌを切なげに見つめる。
「そんな事はありません! アレだけの凄まじい宝具の自在法を受けても
御無事だったんですもの! やっぱり私のご主人様は偉大なる紅世の王ですッ!」
「マリ、アンヌ……」 
 嬉々として高揚を叫ぶマリアンヌにフリアグネは若干照れたような、
そして幸福そうな微笑を口唇に浮かべた。
「感動の再会シーンは終わった? ならとっとと始めたいんだけど。
悪いけれど急いでるから」
 凛としたシャナの声が、灼けたフリアグネの素肌に響く。
 言っていることは戯れではないらしく、
苛立ったように灼けた靴の爪先をコツコツと鳴らしている。
「マリアンヌ」
 宿敵の声からも護ろうとするように、
フリアグネは手中のマリアンヌを純白のスーツ、
その左ポケットにそっと入れた。
「ご主人様……」
 スーツ越しに主の熱を感じながら、
マリアンヌはポケットの中にすっぽりと収まる。
 フリアグネは先程と同じような瞳で一度自分を見つめ、
“大丈夫” と口唇の動きだけでそう告げた。
「正直討滅終了かと想ったけど、意外にシブといわね。おまえ?
真っ二つに両断した躰も、いつのまにか繋がってるみたいだし」
 シャナの鋭い視線を真っ向から受け止めたフリアグネは、
落ち着きを取り戻した表情で言葉を返す。
「マリアンヌの為を想い、万が一に備え “私のホワイトブレス” に
編み込んでおいた治癒系自在法。よもや “私自身の為に使う事” になろうとはな。
確かに少々貴様を見縊っていたようだ。
アラストールのフレイムヘイズ。 “炎髪灼眼” 」
「フッ、おまえは自分の手を汚さず勝つ事に慣れすぎてるのよ。
だから不測の事態には対処が遅れるし、目の前の敵を侮って過小評価する。
おまえの最終標的は『星の白金』 空条 承太郎かもしれないけれど、
今、おまえの目の前に居るのはこの私、
『紅の魔術師』 空条 シャナよ」
 そう言って少女は微笑を浮かべたまま、挑発的に見据え返す。
「後先の事ばかり考えず、目の前の標的を討滅する事にまずは集中するべきだったわね?
今の自分の惨状をみれば、やはりおまえは “アノ時” 私に止めを刺しておくべきだった」
「……」
 余裕に充ちた表情と忠告紛いの言葉を無遠慮に浴びせてくる少女に対し、
再びフリアグネの胸中でドス黒い憎しみの炎が理性を焼き尽くすほどに蜷局を巻く。
 しかしフリアグネは、永年の戦いで培われた教訓と
左胸の掛け替えのない存在の温もりとで
裡なる黒い火勢を諫めた。
 どんな窮地に陥っても決して冷静さを喪わず、
己の意志とは無関係に戦局を合理的に判断出来る
“狩人” の特殊本能。 
「……不意打ち紛いの一撃が偶然極まったからといって良い気になるな。
貴様の最大のミスはこの私を 「本気」 にさせた事だ。
それがどれほど愚かしいコトか、身を以て知るのだな?
アノ時死んでおけば良かったと……」
 最初の邂逅時に見せた、甘く気怠い雰囲気は今や微塵も感じられず、
代わりに王の真名に恥じない深遠なる声調でフリアグネは告げた。
 同時に全身から発せられる、まるで硝子(ガラス)鳴箭(めいせん)が如き犀利(さいり)なる存在力。
 ソレを前にシャナは再びゆっくりと左手を逆水平に突き出し、
細く可憐な指先でフリアグネを差す、否、挿す。
「アレは、運命の因果がおまえに与えてくれた千載一遇の好機。
ソレを活かせないような 「器」 じゃあもうおまえに勝機は訪れない」
 深紅の髪から火の粉を舞い踊らせるフレイムヘイズの少女は、
『預言者』 のように森厳な声で眼前の王に宣告する。
「二度目は、もう来ない! 今度は私の逆襲開始よッ!
おまえに攻撃の機会は巡ってこないけどねッッ!!」
 灼熱の喊声と同時に、シャナは足下に突き刺さっていた
紅蓮渦巻く “贄殿遮那” を引き抜いて差し向けた。
「図に乗るなと言った筈だ……! 小娘が……ッ!」
 苦々しく口元を歪め、フリアグネは引き裂かれたのスーツとは逆に
煤一つ付いていない純白の長衣、紅世の宝具 “ホワイトブレス” を
鋭い手捌きで螺旋を描く軌道を空間に流した。
 舞い散る白い火花と共に空間を踊る不可思議な紋章。
 宝具である長衣に編み込まれ、発動する召喚系自在法。
 数と範囲をあまり精密には設定せず、微調整もなしに発動させる
先刻までの自在法とは一線を画す、遙かに高度な召喚儀。
 その、メビウスリングを想わせる螺旋状の法陣中心に、
一際輝度の高い光が一つのシルエットとして浮かび上がる。
「!」
 現れたその存在に、シャナが敏感に反応した。
『刀剣使い』 の本能が、意志と無関係に騒ぎ出す。
 その形容(カタチ)が指し示すモノ、
ソレは一刀の、抜き身の 「剣」
 やがてシルエットは眩い光を一迅放つと同時に、
具現化して現実の存在となる。
「まさかフレイムヘイズ如きを相手に、
“コレ” を使う事になろうとはなッ……!」
 心底苦々しい口調で呟いたフリアグネの、
虚無の空間から浮かび上がって握られたシャナの大刀に匹敵、
否、ソレ以上の刀身を誇る長剣。
 ブレードの揺らめきが燃え上がる炎のような、
波状の刃紋を流す氷刃。
 その美しい見かけとは裏腹に、エッジは肉厚の白刃に鋭い反りを描いている為
長さに裏打ちされた異常な殺傷力の高さを危険な斬光と共に見せつけてくる。
 恐らく、この剣で斬りつけられれば喩え両断を免れたとしても、
その傷口は肉片が飛び散って抉り取られたような創傷となり、
生命の自然治癒力を著しく阻害する痕になる為
永遠に塞がる事はなくなるだろう。
 そして、長い時間をかけて次第次第に肉体が腐蝕する地獄の苦悶を味合わせた後に、
残酷な死へと至らしめる、戦慄の美を流す己の大太刀とはまるで対極に位置する
「切断」 ではなく 「破壊」 のみを目的に造り上げられた正に 『魔剣』
 宝具ではない、宝具ではないが限りなくソレに近い、
おそらくは過去に、人間の中でも存在の力が大きい、
ジョセフやエリザベスのような者達が通常の武器が全く通用しない
王を討滅する為に造り出した 『対紅世の徒殲滅兵器』
 皮肉にもソレが討滅すべき其の者に握られた剣の名が、
清廉な声と共に告げられる。
「 『獅子王ウィンザレオの剣』 ッッ!! 私がその忠誠の「証」として
アノ方から賜った! 古今無双の極刀だッッ!!」
 そう叫んでフリアグネは細身の躰に不釣り合いの両手剣を片手で持ち上げ、
威風堂々とシャナに向けて突き出す。
 鋭くも重くのしかかるような斬壊音と共に、
互いの中間距離にある空気が弾けて千切れ飛んだ。
 その長剣が放つ、酷烈ながらも美しい白銀の煌めき。
 ソレが “アノ男” の存在を象徴し、邪悪なるその姿が
浮かび上がったかのような錯覚を覚えさせた。
 しかしその存在を前に、少女は凛々しき双眸のまま微塵もたじろきはしない。
“もう二度とアノ男の存在は怖れない”
 アイツにそう 「約束」 したから。
 何処までも共に行くと誓ったから。
「……」
 そのシャナの様子を無感動に一瞥したフリアグネは、
マリアンヌに見せたのと同じ慈しむような表情で刀身に己を映し
表面を労るように撫ぜる。
「出来れば、永久に遣いたくはなかった……
アノ方から下賜された神聖な御品を、
フレイムヘイズの薄汚い血で穢したくはなかったから……」
 憂いを秘めた瞳で剣に語りかけたフリアグネはやがて、
覚悟を決めたように表情を引き締めシャナへと向き直る。
「だがッ! おまえは危険な存在だ!!
まだこの世に存在してから100年足らずのフレイムヘイズでありながら!
数多の同種を討滅してきたこの私を偶然とはいえここまで追い込むとはな!
このまま生かしておけば何れ 『星の白金』 共々、
必ずやアノ方の脅威となる存在になるッ!
故に今ここで全力で討滅させてもらおう!
天壌の劫火アラストールのフレイムヘイズ、炎髪灼眼の討ち手ッ!
否ッッ!! 我らが宿敵ジョースターの血統の片割れ!
紅 の 魔 術 師(マジシャンズ・レッド)、空条 シャナッッ!!」
 決意の叫喚と共に、手にした “ウィンザレオ” の氷刃が逆巻く白蓮の炎で覆われる。
 その揺らめきが、パールグレーの双眸に映って烈しく燃え上がった。
 武力、能力、これで両者の条件は五分。
 しかし、体力は治癒能力を施していないシャナの方が遙かに悪いと言えた。
 だが、そんなリスク等端から存在しないかのように、
フレイムヘイズの少女は露一つ浮かべない表情のままフリアグネを見る。
「剣なんて、使えるの? おまえ?」
「舐めるな小娘。忘れたのか? 私の真名は “狩人” だぞ?
(およ)そ武器と呼べるモノなら、その全てに精通しているのさ。
今まではソレを使う必要がなかったというだけの話だ」
「ふぅん。ま、精々好きに足掻くのね。結果は変わらないんだから」
「ガキ、が……! 首と胴が離れた状態で、果たして同じ口が利けるのか
今から愉しみだぞ……ッ!」
 怒気を押し殺した言葉の後、互いに沈黙したままフレイムヘイズと紅世の徒の二人は、
互いの色彩で覆われた剣を構える。
 シャナは右足を前に、左足は爪先が右の踵延長線へ並ぶように置く、
比較的オーソドックスな 『正眼の構え』
 対してフリアグネは左足を前に、肩幅へ開き膝をやや弛緩、
更に肘を張って刃を水平に寝かせ、迎え撃ちの際手首の返しで裏刃も使えるようにする、
西洋剣術に於ける “フォム・ダッハ” と呼ばれる構えの変形。
 攻撃主体とカウンター主体という、まるで対照的な両者の構え。
 そしてその構えを微塵も崩さないまま、互いの存在から刹那の時間も
視線を逸らさず、音も無い気流のような足捌きで自分に有利な間合いと攻撃位置、
初刃のタイミングを針のように研磨された戦闘神経で探り合う。
 そし、て。
 両者の身体から、否、存在から空間が捻れるかのような
プレッシャーが静かに立ち昇り始めた。
 まるで、世界の果てを象徴するかのように。
 ただ、立ち昇っていた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!


 二人の全身から発せられる存在のプレッシャーが、
渇いた戦風が吹く破壊空間を錯綜し、
そして相互にブツかり合い高密度で圧縮されていく。
 シャナとフリアグネ。
 フレイムヘイズと紅世の王。
 紅蓮と白蓮。
 その二つを司る強力な存在同士の激突は。
 決して避けられえぬ因果。
 決して逃れられえぬ宿命。
 喩えるならば。
 ジョースターとDIO。
 その二つの巨大な運命の存在が織り成す。
 血統の妙。
 血統の業。
 やがて、視る者全てに、下腹部の弛緩を促すような気怠い痺れを誘発し、
精神を切迫して引き絞るような威圧感がその臨界を超えた瞬間。



「ッッッシイィィィィィィィィィィィィィ――――――――――――!!!!」
「オッッッッッッラァァァァァァァァァァ――――――――――――!!!!」



 ギャッッッッガアアアアアアアァァァァァァッッッッッ!!!!!



 大太刀 “贄殿遮那” と両手長剣 “獅子王ウィンザレオ” が、
互いの存在で彩られた熾烈な炎が、
周囲の空気を斬り裂いて灼き焦し凄まじい衝撃と共に激突、
斬刀炎撃同士の高速衝突に伴う火走りが空間に飛び交って踊り狂った。
 同時に、剣に込めた互いの想いも鮮烈に弾ける。
 シャナ、フリアグネ両者の視線が再び、
二本の剣を通して斬撃よりも強い威圧感で真正面から激突した。
「―――――――――ッッ!!」
「―――――――――ッッ!!」
 そのまま、互いの刃と歯を軋ませながら両者一歩も引かない壮絶な鍔迫り合いが展開。
 ソレと同時に執り行われるは、己が存在を相手に刻みつけ
凌駕し呑みこもうとでもするかのように鬩ぎ合う強烈な眼視戦。
 きつく食いしばった両者の口元から、意図せず呻きのような声が漏れる。
 刀身に込める力も同じならばそれを扱う技術もまた互角。
 発する眼光の気迫すらも、何れ劣らぬ完全拮抗状態。
「チッ……!」
 永年の経験則からこのまま幾ら鍔迫り合いを続けても、
戦局は膠着したまま喩え千日を経ても決着は着かないと判断した
フリアグネは、仕切直しの為に長剣を大きく、しかし鋭く振り廻して
シャナの大太刀を薙ぎ払い同時に開いた躰へ撃ち込ませないよう
大きくバックステップで跳躍。
 遙か後方、20メートルの位置に足裏を鳴らして軽やかに着地する。
 そこへ。
「ッッッッラァァァァァァァァァァ―――――――――――ッッッ!!!」
「ッッ!!」
 灼熱の喊声と共に突如眼前から勢いよく追進してくる紅い斬光。
 脳裡に甦る、先刻の悪夢。
 そしてその裡に込められた炎気が唸りを上げ、
空間を縦に切り裂きながら迫るカマイタチ状の炎刃(ヤイバ)
 その殺傷力こそ他に較べて一歩劣るが、
汎用性と射程距離では数歩先んじる斬撃術。
 紅蓮の闘刃、 『贄殿遮那・炎妙ノ太刀』  
 その具現化した炎の刃をフリアグネは手にした白炎揺らめく長剣、
“ウィンザレオ” の刀身を素早く斜傾に構えて受け止める。
 ガァッッッギャァァァァァァァァッッッ!!!
 金属音とも炸裂音とも異なる着撃と共に、
存在の炎同士のブツかり合いが引き起こす焦熱の散華。
「クッ!」
 不意ではないが意表は突かれたフリアグネは、
鋭い躰のキレで亜音速射出された炎の闘刃の圧力に一瞬
持ち手を内側に押し込まれるがすぐに。
「こんな子供騙しがッ! ナメるなッ!」
 すぐさま刀身に込めた白い存在の炎気を内部で収斂、
放散させて “ウィンザレオ” を覆う炎を強化,、
真一文字に薙ぎ払った斬撃で 『炎妙ノ太刀』 を引き裂いて
猛火の破片を眼前に撒き散らす。
「フッ」
 研ぎ澄まされた戦闘神経の影響で、
その耽美的な口唇を笑みにする事もなく
フリアグネは手にした長剣を次なる迎撃に備え膝下に垂れ下げる。
 その炎刃同士のブツかり合いで引き裂かれた炎が舞い踊る眼前から、
突如紅蓮の業火で覆われた一刀が喊声と共に飛び出してきた。
「オラオラオラァァァァァァァァァァ―――――――――――ッッッ!!!」
(ッッ!!)
 刹那に満たない時間の交錯の中、
火の粉を撒く深紅の炎髪と貫くように自分を視る真紅の灼眼。
 紅世の徒である自分にとっては死神を想起させるその色彩。
 先刻、斬撃を放った瞬間に足下で生まれた踏み込みの力をシャナは、
長い鍛錬によって磨かれた「体術」により爪先へ温存、
後は炎刃が引き裂かれて自分の姿が一瞬フリアグネの視界から消えた瞬間に
素早く足先に火の粉を集束させて爆砕、足下の瓦礫を踏み割り
鋭く超低空姿勢で紅い弾丸のように飛翔していたのだ。
 そして黒衣を突風に揺らしながら高速の片手廻転刺突をフリアグネへと繰り出した。
(先刻の一撃は 「囮」 ……ッ! 私の動作を先読みして行った連携技、だと……ッ!?)
 今度こそ不意を突かれたフリアグネは、
超人的に研ぎ澄まされた “狩人” の反射神経で意識よりも疾く躱す。
 刹那まで自分がいた場所をガオッと炎の軌跡が螺旋状に渦巻き、
さらに白い残像を灼熱の紅刃が刺し貫いた。
(……ッッ!!)
 あとゼロコンマ一秒避けるのが遅れていたら、
フリアグネの背筋に薄ら寒いモノが走る。
 しかし。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァ!!!!」
 その感覚を認識する暇もなくフレイムヘイズの少女は、
呼気を吸う間も与えず飛びかかるように距離を詰め、
無数の斬閃を繰り出してくる。
 袈裟斬り、逆袈裟、水平斬り、胴薙ぎ払い、更に上下刺突とありとあらゆる剣技を
ありとあらゆる角度から、無造作に次々に射出する。
 前後の技の繋がりはほぼ皆無、ただフリアグネという存在に
刀身を叩き込む為だけにやたらめったらに剣を繰り出し続けるという、
とても 「連携技」 とは呼べない愚直な攻撃だったが、
その手数が多過ぎるのと炎で覆われた大太刀の殺傷力が
凄まじ過ぎるという利点により攻撃のリスクとデメリットは
この状況に於いて全てカバーされる。
(クッ……! この……ッ! 調子に……!)
 そう苛立ちながらもフリアグネは眼前のやや下方から次々と撃ち出される
紅い斬撃の嵐を、研ぎ澄まされた戦闘神経と手練の剣捌きでなんとか着弾を阻止、
己の周囲に 「結界」 でも張り巡らせたかの如く
全弾迎撃しながら眼下のシャナを見据える。
 炎撃のブツかり合う炸裂音と飛沫を上げる火花が絶え間なく錯綜した。 
「いつまでも調子に乗るなッッ!! この愚か者が!!
愚直に前へ出るだけで、この私に勝てると想っているのかァァァァァ!!」
 そう叫ぶとフリアグネはシャナが三種連続で撃ち出した斬撃の内二つを
長剣の斜面で受け、最後の一つを躰を僅かに反らしただけの
華麗な体捌きにより紙一重で躱し、即座に手にした両手剣の柄に
軸足から体幹を経由させて集束した力を込める。
「ハアアアアアアアアァァァァァァァァッッッ!!!」
 そして清廉な掛け声と共に鋭く蹴り足を半円を描いて転回させ、
更に生まれた力を腰の捻転と肩の廻転とで強力に増幅させた一撃を
空間を断ち斬るかのような勢いでシャナの頭上から撃ち落とす。
「!」
 ギャッッギィィィィィィィッッ!!
 シャナはその断空の一撃を小柄な体躯を利用して
一瞬速くフリアグネの間合いに踏み込み、
斬撃が最大の威力を発揮する地点へ達する前に
素疾く大刀の(なかご)に近い部分で受け止める。
 一転。
 少女は暴風のような乱撃の余韻を露も遺さず掻き消し、
その身体能力に裏打ちされた高度な防御術で “狩人” 渾身の一撃を受け止めた。
 高速移動が巻き起こす旋風が、黒衣とスーツの裾を揺らす。
「―――――ッッ!!」
「―――――ッッ!!」
 そして再び激突する、互いの想念。
(おまえは、赦せない! 赦さないッ!
私自身の事じゃない! もうそんな事どうでもいいッ!)
 誰かを心から想えるコトによって、始めて生まれる真実(ほんとう)の強さ、
ソレが少女の裡で爆発する。
(でもアイツなら! きっとおまえの事を!
“おまえのしてきた事を” 赦さない筈!
だったら私も赦さない! なんだか知らないけどさっきからッ!
おまえの存在自体が頭に来て仕方がないのよ!!)
 フリアグネはその全身から発せられる強烈なプレッシャーと、
瞳に宿る閃光のような煌めきに戦慄する。
(な、なんだこいつは!? こいつのこの “眼” は!?
今まで討滅したフレイムヘイズの中にこんな眼をしたヤツは一人もいなかった!)
 そう、今までフリアグネが斃してきたフレイムヘイズは、
それぞれ人種も性別も操る炎の色彩も異なる中、
ある一つの 「共通点」 が在った。
 その 「共通点」 を利用し、或いは逆手に取り、
フリアグネは今日まで勝利し続けてきたと言っても過言ではない。
 しかし、目の前の少女には、
正確には 「今の」 少女には、
“全くソレが存在しなかった”
(こいつは! こいつにはッ!
私に対する 「憎悪」 、紅世の徒に対する 「憎悪」 が無いッ!
こいつは! “私が憎くて” 怒りを燃やしているわけではないッ!
一体何なんだこいつは!? こんな異様な心理を持つ
フレイムヘイズは初めて見るッ!)
 一体こいつは、“何に” 突き動かされている? 
 突如 “狩人” の胸中に刻み込まれた、一つの疑問。
 しかし、ソレは紅世の徒である彼には、決して解くことの出来ない永久の謎。
“人間ではない彼には”、永遠に理解出来ない一つの想い。 
 その想いに突き動かされた少女は、尚も存在を圧搾するような力を
刀身の柄に込める。
 想いがシャナを、突き動かす!
(おまえが! 自分の欲望の為だけにトーチにしてきた! 殺してきたッ!
数多くの人間達! その人達にもきっと! 私にとってのアラストールやヴィルヘルミナ、
ジョセフやホリィのような存在がいた筈よッ!
それを……その存在を……無惨に……虫ケラみたいに……ッ!)
 そして、もう一人。
 自分にとっての “アイツ” のような存在を持つ者も。
 きっと。
 その認識と同時に、痛烈に湧き上がる灼熱の咆吼。 
「そんなヤツ!! 絶対に赦せないッッ!!」
 火を吐くように吼えたシャナに連動して、急速に振り抜かれる紅蓮の大刀。
「ッッッッッッッッラアアアアアアアアアァァァァァッッッッ!!!!」
「な、に……ッッ!?」
 想いの爆裂と同時にシャナの全身から灼熱の剣気が噴き上がり、
渾心の力の籠もった大太刀がソレに後押しされて全速で振り切られ、
フリアグネの躰を手にした長剣 “ウィンザレオ” ごと後方へ弾き飛ばす。
 拮抗状態が解除されると同時に、シャナは爪先に細く炎気を即座集束、
一度視線を向け吹き飛ばされたフリアグネの落下地点を算出すると。
「ッッッッだぁぁぁぁッッッ!!!」
 鋭い駆け声と共に足下の瓦礫を強く踏み割り、
ギリギリまで引き絞られた弾弓の如く跳躍する。
 なんとか空中でバランスを建て直し、
練熟の体捌きで着地するフリアグネの遙か頭上で、
少女は鮮麗に一廻転すると落下重力を利用し、
さらに背後より込めた膂力で全身を強く弾き飛ばして加速を付け、
上空から強烈な廻転遠心力を乗せた大上段の一撃を
全体重を込めて撃ち堕とす。
 その、紅い陽炎に彩られた凄絶なる姿、
正に(あぎと)を開いた紅龍が如く。
 旋空墜刃。天翔の輪舞。
『贄殿遮那・炎牙ノ太刀』
遣い手-空条 シャナ
破壊力-A スピード-B 射程距離-C(最大上空10メートル)
持続力-E 精密動作性-D 成長性-C



「オッッッッッラアアアアアアアアアァァァァァァァ――――――――ッッッッ!!!!」
 紅蓮の双眸に黄金の光を称え咆吼するシャナの、
その廻転大刀の一撃が、顎を開いた紅龍の牙が、
覚醒したフレイムヘイズ怒りの正義の鉄槌が、
途轍もないプレッシャーを伴って “狩人” の頭上から
灼熱の断頭台のように情け容赦なく(たた)き堕とされた。

←To Be Continued……


 
 

 
後書き

はいどうもこんにちは。
改めて読み直してみて解ったのですが、
この描写、どう考えても主人公が『入れ替わって』ますネw
完全にシャナが「悪役」でフリアグネが(少年マンガ的には)「正義」の側に
なっています。
というのも前回の話の続きじゃないですが、
描いてるワタシがシャナよりもフリアグネ&マリアンヌの方が
好きになっていたからでしょう。
後の「展開」も好きな娘の前でズタボロにされ、
それでも諦めず恋人の事を第一に考えて庇い続け、
なんか知らんけど不思議パワーで逆転。
完全に「主人公」じゃないですかw
まぁジョジョではよくあるパターンで、
5部のスクアーロ&ティッツァーノ戦、リゾット戦、
7部のサ (ウ) ンドマン戦や大統領戦最終局面等が挙げられるのですが、
魅力在る敵キャラというのは時に「主役を喰う」くらい
「成長」したり「犠牲」になったり「信念」を貫かなければ
ならないというコトです。
ソレを全部乗っけた(てしまった)のがこの作品に於ける
フリアグネとマリアンヌであり、
敢えて恥を晒しますが二人の最後は号○しながら描いていたのですよw
もう余りにも二人が可哀想でネ・・・・('A`)(人喰いだけど)
だから今回、「剣を振る描写」の時は「足先から描かねばならない」
「何も知らないヤツ」ほど「腕だけの」描写になる。
ソレは「実際剣を振った (剣道の) 経験」がないからで
「剣術の知識」もないから、なのに何故か子供のチャンバラごっこ程度の知識で
「剣」を描こうとする者が多過ぎるとディスってやろうと想ったのですが、
作品の考察としてはより深度があるとみて「彼等」にお鉢を譲りました。
ソレでは。ノシ 
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