STARDUST∮FLAMEHAZE
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第一部 PHANTOM BLAZE
CHAPTER#23
戦慄の暗殺者Ⅸ ~Metamorphoze~
【1】
「オッッッッッラアアアアアアアアアァァァァァァァ―――――――ッッッッ!!!!」
白蓮で覆われた両手長剣を携える王の頭上から、
燃え盛る断頭台のように敲き堕とされたシャナ渾身の一撃。
飛翔斬刀術と炎の戦闘自在法の融合技。
天翔の灼刃、 『贄殿遮那・炎牙ノ太刀』
「クゥッ!」
凄まじい熱気と共に唸りを上げて頭蓋に迫る一刀に対し、
フリアグネは即座に対空迎撃の構えを執り
両掌から細かな紋字を描く自在式を刀身内部に送り込んで
刃とソレを覆う炎を同時に強化する。
そして撃ち堕としの斬刀を研ぎ澄まされた戦闘神経で捉え
長剣の 樋 部分で受け止める。
ギャッッッッッグァアアアアアアアアァァァァァァァッッッッ!!!!
強烈に灼けた刃鋼と刃鋼の空中衝突と共に
鼓膜を劈くように響く炎斬吼。
空間に吹き荒ぶ、死を司る火線の狂騒。
伝わる衝撃でフリアグネの手袋が引き裂け、
冷たく硬質な痺れが両腕に流し込まれ、
構えた右の肘が意図せずカクリと落ちる。
「ッッ!?」
想わぬ躰の造反に一瞬瞳の虹彩を失うフリアグネ。
(こいつ……本当に……満身創痍の一体どこにこんな力が……ッ!)
「ァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――!!!!」
辟易しきった表情で歯を食いしばるフリアグネが想う間にも
シャナは刃の交叉点に中空に浮いたままの状態で尚も強引に
圧力を捻じり込む。
そし、て。
「ッッッッッッラアアアアアアアアアァァァァァァァ―――――――ッッッッ!!!!」
炎の咆吼と同時に先刻同様大刀の一撃が強烈に振り抜かれ、
空間に三日月状の火線を描きながら灼熱の突風と斬刀が長身痩躯の躰を吹き飛ばす。
「ッッ!!」
斬刀の衝撃で風に舞う薄紙のように
空を仰ぐ形で弾き飛ばされたフリアグネ。
「―――――――ッッッ!!?」
その視界に、一瞬の暇もなく飛び込んでくる紅蓮の刀身 「本体」
(な、に!? 『投擲術』ッッ!! このタイミングでッ!?)
フリアグネを 『炎牙ノ太刀』 で吹き飛ばした直後、
既に放物軌道を算出していたシャナが微塵の躊躇もなく
己が愛刀を標的に向けて撃ち放っていた。
武器強い執着を持つ 「刀剣使い」 らしからぬ思い切りの良さ。
先刻同様シャナ 「本人」 が飛び込んで来るモノだと想っていた
フリアグネの思惑は外れ、更にその動作に慣れすぎていた所為も在り
若き王の躰を純粋な脅威が貫く。
三度、その耽美的な美貌に唸りを上げて迫る紅蓮の飛刀刃。
(クゥッ! う、動けッ!)
フリアグネは 『炎牙ノ太刀』 で麻痺した右手に
在らん限りの意志の力を神経末端部に集束させ、
真下から飛刀の腹を片手薙ぎ払いで何とか弾く。
灼けた金属音を響かせ紅蓮の軌跡を描きながら宙を舞う “贄殿遮那”
しかし安堵する間もなく、激痛。
投擲するとほぼ同時に姿勢を低く両腕を交差して
死角から駆け込んで来ていたシャナの、
振り解きと共に放たれた痛烈な生の飛び膝蹴りが
フリアグネの左頬にメリ込んだ。
口内で無理矢理軋らされた歯と肉とが耳障りな潰滅音を立てる。
「グァッ!!?」
「ご主人様ァァ!!」
主の苦悶と従者の悲痛な叫びが同時に上がる。
表情は前髪に阻まれて伺えないが、
確かな手応えを感じたシャナは宙を舞う大刀を飛び上がって掴み
その手に戻す。
「……」
フリアグネは今度こそ完全に意識を断ち切られ、
まともな体術すら使えないまま瓦礫の海に鋭角の軌道で着弾した。
そして衝撃の余波で荒れた海面に細身を引き擦られながら
自分の焔儀によって倒壊したフェンスの残骸に粉塵巻き上げて衝突し
尚も勢いは止まらず後ろの縁に激突してようやく止まる。
だがその 「左手」 だけは、無意識状態にも関わらず
左胸の部分 「だけ」 を庇うように前屈の姿勢で宛がわれていた。
「……」
生まれて初めて、地に伏した状態で自分の起こした封絶を
見上げる事になったフリアグネ。
感慨は何も湧かずまるで夢の中にでもいるかのよう。
そのグラつく視界の頭上から、忌まわしき者の声が静かに到来した。
「随分お上品な戦いに慣れすぎてるようね?
『決闘』 でもしてるつもり?
「戦場」 の剣技は剣だけじゃない、
“足” も使うのよ?」
響き渡る高潔な声の主は、遙か遠くで横たわる己を見下ろしていた。
「討滅の道具」 と侮蔑していた矮小なる存在に、それも年端もいかぬ小娘に、
二度も地に這わされるという 「屈辱」 に、半ば放心状態で空を仰ぐフリアグネ。
まるで先刻のシャナをトレースするが如く、
虚ろなる表情で封絶の紋字と紋章を見つめている。
「ご主人様ァ……」
その彼の胸元で、最愛の恋人が両手で口元を押さえ、
今にも泣き出しそうな声で語りかけてきた。
「……ッ!」
その儚くも甘い囁きに、フリアグネはハッと我に返る。
そしてその者の熱を感じ、パールグレーの瞳を滲ませる。
(ありがとう……私のマリアンヌ……君はいつも……
私に…… 「勇気」 をくれる、ね……?)
そんな想いが、胸の中の屈辱感を洗い流した。
そう、強者と戦う事は何も今日が初めての事ではない。
紅世の “狩人” を生業として生きる以上、常に争いは避けられなかった。
でもいつだって、胸元のマリアンヌと共に戦い、
共に今日まで生き抜いてきたのだ。
ソレは、ソレだけは、決して変わる事はない。
今までも、そしてこれからも。
追憶を反芻したフリアグネはマリアンヌを見つめながら、
穏やかな口調で語りかける。
「大丈夫。私なら、何も心配はいらない。
こう見えても、私は結構頑丈で、ね……ぐっ!?」
無理に起き上がろうとしたフリアグネを、
突如激しい眩暈と嘔吐感が襲う。
「ご主人様ッッ!?」
怯えるような声をあげるマリアンヌを、フリアグネは片手で制する。
再び落ちた片膝、それでも無理に目元と口元を笑みの形に曲げ、
「それより、ケガはなかったかい? 私のマリアンヌ?」
整った輪郭の線の震える笑顔で、優しく彼女に問いかけた。
「ハイ……」
その優しさが痛かった。
その優しさが辛かった。
どうして、今、アノ 「躰」 じゃないのだろう?
どうして、今、こんなに小さい 「器」 なのだろう?
そして、なんて無力なんだろう?
今の自分の存在は。
そのマリアンヌの葛藤を余所に、
フリアグネは再び精神を集中させ戦闘の思考を研ぎ直した。
そして、戦況的にこうも押されている自分の状態を、具 に分析し始める。
(戦力的には互角。否、ダメージの在る分ヤツの方が遙かに不利の筈。
にも関わらずこうも後手後手に廻るのはヤツの精神状態、
引いてはその怒りの 「源泉」 が微塵も読めていないからだ。
だから解らないが故に、 「力」 だけで強引にコトを押し進めようとする戦闘傾向に陥る。
先刻から私は熱く成り過ぎて、ヤツのペースに巻き込まれている。
無益な鍔迫り合いでの攻防等その良い証拠、 )
しかしその戦況解析は、前方から迫る烈しいの喚声によって中断を余儀なくされる。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ!!!!」
灼熱の息吹と剣気を撒き散らせるフレイムヘイズの少女が、
紅蓮の炎で覆われた刀身を大地に引き擦り、
瓦礫の水面に狂暴な音を掻き立て夥しい火花を噴き散らしながら
疾走してきていた。
その強烈な気配へ反射的に応じそうになる自分を、フリアグネは激しく戒める。
(乗せられるな! それより 「感覚」 を研ぎ澄ませッ! フリアグネ!
ヤツの無軌道で乱雑な斬撃が、次は “マリアンヌに当たらない” という
「保証」 はどこにもないんだぞ!!)
そう強く心の中で叫び、水平に両手長剣を構えブレードの表面に
左手を浸すように翳す。
刀身で白い陽炎に、怜悧な瞳を揺らめかせながら。
(次の 「一合」 で見極めるッ! 貴様の力の 「正体」 !)
「ッッッッッッラアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ――――――――!!!!!」
必殺の一刀の為に、無防備な左の肩口を敢えて相手に晒す 「車の構え」 のまま、
摩擦の火線を描きながら瓦礫の上を引き擦ってきた大太刀。
大地を 「支え」 にして肩と腕から連動して発生する力と下からの反動とを
存分に溜め込んだ刀身が、手首の 「返し」 で勢いよく跳ね上がり
テコの原理と摩擦力とでその殺傷力を増大させた真一文字の大薙ぎ払い。
瓦礫の上へ滑らすようにして軸足を踏み込み反転させ、
腰の捻転と大地を 「鞘走り」 の代わりに利用した抜刀炎撃斬刀術。
ソノ軌道が瓦礫の火線と交差して十字を描き、
フリアグネの胴体に向け強音速射出される。
疾風軋迅。断空の咬牙。
『贄殿遮那・火車ノ太刀/斬斗』
遣い手-空条 シャナ
破壊力-A~C(地形状況により増減) スピード-A~C(地形状況により増減)
射程距離-シャナ次第(通常10~20メートル) 持続力-C
精密動作性-A~C(地形状況により増減) 成長性-A~C(地形状況により増減)
(き、た……ッッ!!)
フリアグネは咄嗟に長剣を瓦礫に突き立て、柄頭に両手を当てて固定し
片膝を地につけた堅牢な防御法でその一撃を受け止めた。
ギャギリィィィィィィィィィィィィィ――――――――――ッッッッッッ!!!!!!
凶暴な斬撃音とけたたましい火花を撒き散らして炎の双刃が激突し、
衝撃が剣の柄からフリアグネの肩口にまで貫通して伝わってくる。
しかし瓦礫の上に突き立てた長剣の支え、
シャナ同様大地の恩恵の影響で今度は弾き飛ばされずにすんだフリアグネ。
しかしシャナは次の斬撃技の予備動作には入らず、
先刻同様尚も強引に刃を押し込んでくる。
「――――――――――ァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
湧き上がる灼熱の息吹とその強烈な威圧感が、
まるでフリアグネの 「誇り」 の 「象徴」 である剣ごとまとめて斬り飛ばさないと
気が済まないとでも言っているようだった。
「グッ……!! ゥゥゥゥゥウ……ッッ!!」
その火花捲き散らす狂熱の突進をフリアグネは片膝を地につけた体勢で
渾身の力を込め何とか大刀を押し止める。
このような不合理な戦い方、
精神的にも “完膚無きまでに相手を叩き潰す” といったような戦い方を執る者は、
一瞬の気の弛みが生死を分かつ事を宿命とする 「戦士」 の中にそうはいない。
ましてや紅世の徒の討滅のみを目的とする “フレイムヘイズ” なら尚更の事だった。
故に、その様々な不確定要素が悉くフリアグネの予測を裏切り、
結果常に戦いの主導権を握られる事になる。
しかしフリアグネは胸元の最愛なる者の為、歯を食いしばって
両腕に渾身の力を込めながらも圧力を押し込んでくるシャナの双眸を
極限まで研ぎ澄せたパールグレーの瞳で鋭く射抜いた。
視界を越え、光彩を抜け、その遙かな深奥までも見透かすかのように。
「ッッ!!」
そして、その燃え上がる紅蓮の双眸の中に、
今は正義と勇気の輝きを称える真紅の灼眼の裡に彼は視た。
否、感じ取った。
先刻からの言動と感情の変遷に折り重ねて、
少女の瞳、その深奥に宿る黄金の、否、「白金」 の燐光、
『星の白金』 【空条 承太郎】 の存在を。
(そうか……! なるほど……な……! 『星の白金』……
否……その「本体」である “星躔琉撃の殲滅者” に対する強い執着が、
ソコから生み出される精神力が、肉体の苦痛を超えて限界以上の
存在力を器から引き絞っているという事か……ッ!)
忌々しくも認めたくない事実ではあった。
だが、その 「動機」 こそ不明瞭ではあるが
自分のマリアンヌに対する 「想い」 と同じ理由で少女は戦っていたのだ。
“自分自身ではない、誰かの為に”
フリアグネが解らないのも無理はない、
己の 「復讐」 以外で戦うフレイムヘイズに等、
今まで彼は遭遇した事がなかったのだから。
ソレ故に、今日までその存在を侮蔑してきたのだから。
(フッ……皮肉な話だ……な……!
仔を守る獣は 「手負い」 の方が狂暴、か……だが……ッ!)
状況の分析を終えたフリアグネは、その力の源に怯む事もなく
尚も刃を押し込んでくるシャナの双眸を見つめ返した。
“ソレは私も同じ事だッッ!!”
そして脳裏に浮かび上がる、二つの存在。
その一つは今、何よりも近い自分の胸元に。
その一つは今、どんなに遠くても何処より近い心の中に。
その「認識」が、狂しいまでの痛切な叫びが、
パールグレーの双眸を一際大きく見開かせる。
その瞳に灯る、シャナに宿る光とはまた対極の源泉。
ソレが何よりも激しく狂暴に、最初の 「決意」 を呼び熾こした。
「!!」
同時に甦る、この世のスベテを超越した絶対者の存在。
首筋に星形の痣が刻まれたその御方は、刹那自分に微笑んでくれた気がした。
その全身をバラバラに引き裂いて劈くかのような、
魔薬の如き甘く危険な多幸感。
その感覚が呼び水のようにフリアグネの裡なる焔を呼び醒ます。
ソレに共鳴して剣に宿った白蓮の炎が今迄以上に激しく逆巻いて強烈に燃え上がり、
瞬時に集束してドス黒い放電現象を引き起こし始めた。
「ッッ!?」
眼前の変異を敏感に察知したシャナの、
驚愕とほぼ同時に背筋を駆け昇る戦慄。
ソレはかつて、少女が一度だけ感じた存在と限りなく酷似していた。
しかしその事実を分析する間もなく。
「無駄だァァァァァァァァァァァァァ――――――――――――ッッッッ!!!!」
咆哮。
継いで衝撃。
「―――――――ッッ!!?」
突如、シャナの眼下から己の刀身を押し込みながら疾駆する黒い斬閃。
細身の、しかも片腕だけから刳り出されたとは想えない
得体の知れない力の籠もった右薙ぎ払いの一閃。
反射的に刀の腹を顎の下で構えていなければ、
そして手にした剣が戦慄の大太刀 “贄殿遮那” でなければ、
間違いなく今の一撃で首を刎ね飛ばされていた。
そしてフリアグネの渾心の力で以て空間へと刳り出された
黒い放電を伴う斬光閃は、贄殿遮那、その刀身ごとシャナを空中へと
強烈な力を以て弾き飛ばす。
「きゃうッッッ!!!」
膠着状態、寧ろ自分の方が優勢だった鍔迫り合いの予期せぬ終結に、
シャナは半思考停止状態のまま空中へと飛ばされ
バランスを崩して荒れたコンクリートの上に華奢な身を叩きつけられる。
「あうぅぅッッ!!」
落下衝撃で大きくバウンドした躰を何とか中空で反転させ体勢を立て直し、
靴裏を瓦礫に滑らせながら強引に停止させ
激突で新たに開いた側頭部の裂傷に左手を押し当てながら
ブレる視界を無理に繋ぎ直す。
「うぅ……今、のは……?」
シャナは流れてきた血を目に入らないよう黒衣で拭いながら
痛みを堪えて状況の分析にかかる。
先刻、強烈な斬撃閃に弾き飛ばされる瞬間、
自分は確かに感じた、フリアグネの背後に確かに視た。
かつて自分を絶対絶命の窮地に陥れ、
フレイムヘイズの誇りも尊厳も全て跡形もなく蹂躙し尽くした、
この世界史上最大最強の存在。
艶めかしい首筋に刻まれた星形の痣、
その魔性の美が彩る絢爛たる永遠の器を裡に称えた
“邪悪の化身” 『幽血の統世王』 の姿、を。
そし、て。
その強大なる存在の邪気をまるでアイツの操る
『幽波紋』 のように背後へ携えた、
長衣を翻す 「覚醒」 した紅世の王。
今はその壮麗なる瞳の裡に常闇の暗黒の光を宿す “狩人” フリアグネ。
否、悪夢と絶望を司る統世王の完全なる僕、
【幽靈と劫炎の簒奪者】
(こ……の……この気配は……! まさか……ッ! まさか……!?)
かつて一度だけ対峙したアノ時の光景が、シャナの脳裡にフラッシュバックする。
「む……ぅぅ……」
胸元のアラストールまでもが眼前のフリアグネ、
その余りの変貌振りに驚きを隠せないようだった。
沈黙する二人の前で、暗黒の炎をパールグレーの瞳に
宿らせたフリアグネが静かに口を開く。
「自分だけが、 「何か」 を背負って戦っていると想い上がるな……
私のアノ御方に対する 「忠誠」 と 「覚悟」 の強さは
貴様如き小娘の到底及ぶ処ではない……ッ!」
ゾッとするような絶対零度の声音でそう告げ、
白蓮の炎と漆黒の放電とに包まれた氷刃
“獅子王ウィンザレオ” をこちらに突きつける。
「クッ!」
心底口惜しそうに、少女は口中を軋らせる。
(アイツ……さっきまでと雰囲気が違う……!
明らかに気配が、違うッ! 『存在』 が変貌った……!)
優勢だった先刻までの 「流れ」 が、
これで再び一気にゼロまで、否、それよりも遙か前に巻き戻された。
焦れるシャナの胸元で炎の魔神が対照的に感慨を漏らす。
「うむ。真に恐るべきは 『幽血の統世王』
彼の者、その常軌を逸した 「器」 か。
此処より遙か彼方より、自らは指一本すら動かす事なく
“存在のみで” 彼奴の 「器」 に力を注ぎ込むとは」
「じゃあ、やっぱり」
一番良くない事態が到来しようとしていた。
目の前にいる紅世の王も今、
“自分以外の存在によって自らの存在の力を増大させている!”
本人の意志とは、意識とは無関係の領域で。
「うむ。それにしても、げに恐ろしきモノよ。
盟友と大奥方より伝え聞いてはいたが、
他者を介して生み出される 『精神』 の存在の力というモノは。
先刻のお前、そして昨日の彼奴の変貌振りにも驚かされたが、
今の彼奴はソレ以上かもしれぬ。
否、それは最早 「数値」 等という 「領域」 に
属するモノではないのかもしれぬ、な……」
「そう……だね……確かに」
そう呟いて押し黙るシャナ。
紅世の徒を、それも “王” を、
ただ力で支配するだけではなくここまで 「魅了」 してしまう
『超人性』
身体だけではなくその精神までも、
“人間を止めた者” だけが初めて持つコトを赦される
無限の能力。
やっぱり、凄い。
自分が想ってるより何十倍も何百倍も、
本当にアノ男は凄い。
その完全なる僕と化した紅世の王が、
暗黒を宿した双眸で傲然と少女を見下ろす。
「終わりだ、フレイムヘイズ。最早貴様に勝ち目はない。
何故ならば私は、 今、“アノ方の存在と共に” 戦っているのだからッ!」
何よりも強く己を誇り、フリアグネは悪意の放つ雷の流散で彩られた宝具、
“ホワイトブレス” を鮮麗に翻す。
「そしてソレだけではないッ!
この胸元のマリアンヌと友の名誉の為にも私は戦っているッ!
紅世の徒の討滅のみを目的としている貴様等フレイムヘイズとは、
戦う 「動機」 の 「格」 が違うのだ!!」
「ご主人様ァァァッッ!!」
その威風堂々たる姿に胸元のマリアンヌが歓喜の叫びをあげる。
「……ッ!」
自分もその事実を実感しているだけに、
有無を言わさぬ説得力にシャナは口籠もりそうになる。
でも、それでも!
自然と心の淵から湧き昇って来る気持ちが、
決然と裡に宿る炎を呼び熾す。
シャナの精神を灼き焦がす。
熱く、激しく、燃え尽きるほどに。
(私……私……! 今まで……
“自分の気持ちの為だけに” 戦ってきた……!
生きて……きた……ッ!)
まるで悔恨のように、心中で言葉を漏らし
少女は胸元で拳をギュッと握り締める。
しかしすぐに、溢れ出す決意と共にその風貌を上げる。
(でも!! もう違う!! “もう昨日までの私じゃないッッ!!”)
だから。
そういう 「理由」 なら 「こっち」 も負けてない!
そういう 「気持ち」 ならッ! おまえなんかに絶対負けない!!
“私に人間の「精神」を与えてくれた!!
みんなの想いの為に戦ってみせるッッ!!”
だから!
少女は渾心の想いで叫ぶ、吠える!
「うるさいうるさいうるさい!! おまえが忠誠を誓う統世王なんかより!
アイツの方が! 私の承太郎の方が絶対に強いンだからッッ!!」
贄殿遮那と共に突き出された言葉、
それに対しフリアグネはアノ男から譲り受けたような
視線で難険にシャナを見下ろした。
「追い詰められて、とうとう気でも違ったか?
一体何をどうすればそのような結論が出る?
まぐれとはいえ、私の友に勝利したその存在は一応認めてやっても良いが、
所詮は 「人間」 アノ方の絶大なる存在を前にすれば塵芥に等しきモノに過ぎん。
第一アノ方に手も足も出なかった! 貴様風情が今更何をほざくッ!」
「うるさいうるさいうるさい!! ジョセフから聞いたわッッ!!
おまえの主はかつてジョセフの 「祖父」 と
“二度も戦って二度とも負けた” って!」
フリアグネの言葉に気圧される事無く、決然とシャナはそう叫び先鋭に
黒衣に覆われた左手を真一文字に翻した。
「ッッ!!」
予期せぬ言葉、だが、100年前の真実。
首だけとなった運命の片割れを胸に抱き、
業火の中、永遠の眠りにつく一人の青年。
完全無欠の絶対者に、唯一付けられた消せない瑕疵。
「貴様、一体いま、何と言った……?」
ワナワナと破れた手袋の拳を震わせ、
余りにも凄まじい怒りで一瞬頭の中が白くなり
口内で歯が自分の使役する人形のようにカタカタと音を立てる。
その 「事実」 は、その 「過去」 だけは、
DIOを崇拝し一命を賭して仕える者で在るならば
決して触れてはならない 「禁忌」 中の 『禁忌』
ソレに触れる事は絶対の死を意味する。
その 『禁忌』 が忌むべき宿敵の口から
無造作に曝け出され無分別に叩きつけられる。
その痛み、その屈辱。
「フ……フ……ッ!」
シャナの告げた事実に、決して触れてはならないその 「真実」 に
今度こそフリアグネの理性は完全に決壊した。
「フザけるなァァァァァァァァ!! 貴様ァァァァァァァァァァッッッ!!!
アノ御方を愚弄する事はこの私が赦さんぞッッ!!
アノ方にその存在全てを蹂躙され尽くされ!!
そして滅ぼされた脆弱な 「敗北者」 の片割れ如きが戯れ言をほざくなァァァァァァァァ!!!!」
絶対が絶対でなくなれば、ソレを崇拝する己も意味を無くす、
刹那に消え逝く塵灰に等しき存在となる。
これまで努めて冷静さを保ってきたフリアグネが、
ここまで激昂した理由はシャナの言った内容もさることながら
その言葉を彼女に語った 「存在」 にこそ有った。
その存在。
『神滅の奇巧士』
“ジョセフ・ジョースター”
ただの人の身に過ぎず、そしてミステスですら無いが
その異名は片割れである 『幻麗の獅子』 師である『千年妃』 と共に
紅世の徒の間にも広く轟いている。
紅世の徒にとって単なる 「餌」 に過ぎない「人間」 の中でも
『例外』 或いは 【特異点】 とも呼ばれる存在。
その 「理由」 は史上最悪のミステス “天目一個” が生まれるよりも遙か以前、
“ソレ以上の” 存在が現世と紅世とを恐怖の坩堝に巻き込んで
席巻していたという事実に端を発する。
数千年の永きに渡り、紅世の徒、王ですらも見境なく討ち滅ぼし、
人間、徒、フレイムヘイズ他この地上に生ける者全てを
無差別に掻き喰らっていた 『光』 『炎』 『風』 を司る太古の最強種。
その禍々しい外見からは想像もつかない傑出した知性で
創成した血塗られた「宝具」によって、夥しい数の 「魔物」 を生み出し
自らソレを 「餌」 として喰らっていたという凄惨なる事実から、
【殺 戮 の 三 狂 神】 の名で呼ばれていた懼るべき存在。
功名心、闘争本能、或いは危機感、使命感、
異なる動機に駆られた多くのフレイムヘイズと紅世の王が彼らに戦いを挑むも、
その 悉 くが撃砕、炎蒸、そして斬断されて討ち滅ぼされ
骨も遺らず喰らわれたというその事実から、
徒の最大規模を誇る組織、時の 『仮面舞踏会』 ですら危険過ぎて
彼らが 「休眠」 に入るまで 「傍観」 のみを余儀なくされたという
絶大なる三つの巨頭。
その途轍もない存在を全て、人間で在りながら信じがたい事に
僅か一ヶ月余りという超短期間の内に全て討滅した伝説的存在。
その 『柱の男』 以上の存在の魔の手が自分達に及ばないよう、
全ての紅世の徒が 「彼」 との 「接触」 を意図的に避ける事を暗黙の内に了承したという
その “伝説の男” の言葉ならば、心の裡で幾ら否定しても圧倒的な説得力を持つ。
その対象が紅世の王で在ったとしても例外ではない。
心は渦巻く幾つもの感情がブツかり合い、
「葛藤」の「軋轢」という精神の乱反射を引き起こす。
そこに、止めの一言。
「おまえの崇拝するアノ男は!! ジョセフの祖父に一度も勝てずッ!
100年間その身を海底に 「封印」 されただけよ!!
もう二度と 「復活」 なんか出来ないよう!
私と承太郎に完全討滅される為にねッッ!!」
そう叫んで白金の燐光宿る紅蓮の双眸が、
暗黒の宿るパールグレーの瞳を真正面から貫く。
「そもそもジョセフの祖父の身体を奪わなければ生き残れなかった!
自らの宿敵の存在に縋らなければ生き延びられなかった!
その時点で! “アノ男の存在自体が敗北そのもの” よッッ!!」
「―――――――――ッッ!!」
そのシャナの言葉に、怒りが臨界を超え
危うい笑みすら浮かべて絶句するフリアグネ。
端正な口唇の隙間から、狂った音階が狂った符丁で零れ落ちた。
しかし即座に宝具 “ホワイトブレス” でその顔を覆い、
一瞬にしてドス黒い憎悪の風貌に戻った紅世の王は
歯を剥き出しに軋らせながらシャナに吼える。
「貴様ァァァァァァァ……!!
放っておけばどこまでもツケあがるその傲慢な心と無礼極まる穢れた口ッ!
どうやら早急に削ぎ落とす必要があるようだなッッ!!」
「どの口でそうほざくッッ!! やれるものならやってみろッッ!!」
シャナの炎髪から、フリアグネの全身から、それぞれ色彩の異なる
存在の火花が今まで以上の輝度で弾ける。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――!!!!」
「オラオラオラオラオラオラァァァァァァァァァ――――――――――!!!!」
そして、互いに吼え、大地を蹴り、空間を駆け抜けて。
ギャッッッッッッッッッグアアアアアアアアアアァァァァァァァッッッッ!!!!
三度、斬り結ぶ。
己が存在の全てを賭けて。
両者の放った斬轟が、屋上全体に響き渡る。
炎燃え盛る互いの愛刀を介して、激突する両者の視線。
「焼き尽くしてやるッッ!! 卑しい王の討滅の道具!!」
「浄めてあげるわッッ!! 堕落した哀れな紅世の王!!」
フリアグネは狂気の宿った暗黒の瞳孔で。
シャナは正義の宿った勇壮なる双眸で。
己が最大の存在を相手に刻みつける。
「おまえの!」
「貴様の!」
振り翳した剣で距離を取り、両者は左腕を先鋭に薙ぎ払う。
「存在全てをッッ!!」
「存在全てをッッ!!」
交叉した二つの誓約が、炎の空間に鳴り響く。
そして、再び。
「オラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
互いの眼前で夥しい数の剣戟があらゆる方位から刳り出される、熾烈なる斬滅戦。
色彩の異なる火炎の火走りが、先刻以上の輝きを以て空間に狂い咲く。
何度も。
何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァァ!!!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァァァァ!!!!」
超高速の剣捌きで互いに無数に斬撃を刳り出し続ける
そのシャナ、フリアグネの壮絶な存在の背後に浮かび上がる、
己が精神の支柱。
まるで、巨大なスタンドが 【顕現】 でもしたかのように。
時間も、空間も、存在すらも超えて
『星の白金』 空条 承太郎と 『邪悪の化身』 DIOが、
天空で真正面から睨み合う。
片や勇敢な風貌に誇り高き正義の精神を宿した救世者の瞳で。
片や挑発的な微笑にドス黒い邪悪を漲らせた支配者の瞳で。
いつか確実に激突する運命に在る二人が、
シャナとフリアグネの存在を介して刹那、此処でブツかり合う。
その、ジョースターとDIOにまつわる、
現世も紅世も巻き込んで廻り続ける余りにも巨大過ぎる因果の火車。
始末するべき因縁。
抹消するべき宿命。
フレイムヘイズと紅世の王とが織りなす、その壮絶なる運命の代理闘争は。
いつ果てる事もなく、その終局を誰が知る事もなく。
激しく存在の血風と炎風とを捲き散らしながらも。
続く……ッ!
「オッッッッッラァァァァァァァァァァァァァ――――――――ッッッッ!!!!」
「無駄だァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――ッッッッ!!!!」
グァッッッッッギャアアアアアアアアアアアァァァァ
ァァァァァァァァァ―――――――――!!!!!!!!!
←To Be Continued……
後書き
はいどうもこんにちは。
この回は正直「冗長」メインのための引き延ばしと捉えられても仕方ないですネ。
この後の「真のクライマックス」のために、
なるべく「引き」を造っておきたかったのです。
まぁシャナの放った「技」は結構気に入っているのですが。
(某バンドと映画「ブラック・レイン」を観て想いついたのはナイショ・・・・('A`))
それと、何故DIOサマの「カリスマ」がここまでスゴイのか? というのを
補足説明しますと、無論人それぞれ考えは違うでしょうが
ワタシの「私見」を申しますと、
ソレは『ジョナサンと融合しているから』だと想います。
その証左の一端として挙げられるのが5部の「ジョルノ・ジョバァーナ」の存在で、
リアルタイムで読んでいた人は5部が始まったとき、
「おいおい“DIOの息子”って大丈夫かよ?
最終的に承太郎や仗助達と戦うコトになるんじゃねーの?」
と危ぶんだモノですが(ワタシは6部のラスボスになると想ってました)
結果的にその心配は杞憂に終わり、彼は最初からの高潔な精神を失わないまま
(まぁ康一クンの荷物盗んだりしてますが・・・・('A`)
お国柄と生きてくためなら仕方ないのか? まだ15歳だしなぁ・・・・('A`))
宿敵を斃しギャングのボスになるという「夢」を果たしました。
つまりコレはどういうコトかというと、ジョナサン・ジョースターは
「肉体的には」ディオ・ブランドーに敗れましたが、
「精神的には」勝利していたというコトを意味します。
ジョジョ全般に流れる『運命』という概念は、
ソレは結局「最後になってみなければ解らない」というのが前提で、
その「過程」に於いて悲惨だったり無駄に想えたり失敗だったと
受け止めてしまい「がち」ですが、大きな流れの中では
「正しかったり」「必要なコト」で結局スベテは
「繫がっている」というコトなのです。
仮にディオがジョナサンに斃された未来が在るとしましょう。
ならば当然承太郎はスタンド能力に目覚めませんし、それは仗助も同様です。
花京院、アブドゥル、イギーは死なないかもしれませんが、
(そもそも最初から出会わない)
「じゃあディアボロは一体誰が斃すんだ?」というコトになり、
ジョサナンの「死」によってDIOサマが生まれなければ、
「未来の邪悪」を斃す者が誰もいなくなってしまうのです。
故にジョジョに於いての『受け継がれる』という精神が
否応なく我々の心を打つのであり、この作品を「傑作」足らしめている
大きな理由の一つだと想います。
(大人は「ジョジョ」を必須科目にし、
課題図書のコーナーには常に全巻置いとかなければいけません)
故にワタシの描くDIOサマが原作とやや違って見えるのは、
この「融合」しているという部分をフューチャーしているからであり、
ジョナサンの死は決して無駄ではなかったと解って欲しいからかもしれません。
ソレでは。ノシ
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