青砥縞花紅彩画
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18部分:雪の下浜松屋の場その三
雪の下浜松屋の場その三
与九「ところでお客様」
南郷「何でござろう」
与九「近頃の芝居は如何でしょうか」
弁天「芝居ですか」
与九「はい。お嫌いではないでしょう」
弁天「(頷いて)はい」
与九「お嬢様のご贔屓はどの役者ですかな。今売り出し中の羽左衛門はどうでしょうか」
弁天「私は音羽屋は嫌いなので」
与九「おや、それでは権十郎か粂三郎でしょうか」
弁天「いいえ」
与九「それで芝カンですかな」
弁天「(恥ずかしそうに)はい」
与九「いやいや、恥ずかしがることはないかと。あの男はこれから伸びますよ」
南郷「いや、それは嘘でしょう」
与九「何故ですか」
南郷「あいつは真面目過ぎます。まず酒が嫌い、女が嫌い、そして賭け事が嫌い」
与九「宜しいではありませんか。田之助とはえらい違いです」
南郷「もう一つ真面目ついでに台詞を覚えるのが嫌いです。真面目過ぎます」
与九「ははは、それは駄目ですな」
弁天「止めなさい。またその様なことを」
南郷「あいや、これは失礼。ところで」
与九「はい」
南郷「お主の好きな役者は誰だ」
与九「私ですか」
南郷「うむ。一体誰が好みなのかのう」
与九「十蔵です。片岡十蔵」
南郷「また渋いのう」
与九「そうでしょうか」
南郷「そういえばお主は十蔵にそっくりじゃのう」
与九「ははは、よく言われます」
南郷「うむ、本人かと思った程じゃ。さて」
与九「はい」
南郷「何故十蔵なのじゃ。確かに悪くはないがいささか渋いと思うが」
与九「やはり演技でしょう。最近伸びてますぞ」
南郷「ふむ、確かに」
与九「そして背も。とりわけ高いでしょう」
南郷「(笑いながら)ふふふ、面白いのう。確かにあれだけののっぽはそうそうおるまいて」
与九「はい、男はやっぱり背が高くないと」
南郷「おいおい、低い者に悪いぞそれは」
与九「ははは」
ここで赤星と先程の丁稚が言われた着物を持って来てやって来る。
与九「おお、来たか」
赤星「はい、こちらに」
ここで赤星と弁天、南郷は互いに見やる。だがやはり誰もそれに気付かない。
与九「これ佐兵どん」
赤星「へい」
与九「こちらへ。一緒にこちらのお客様にお付きしてくれ。身分の高い方故な」
赤星「わかりました。それでは」
与九「うむ」
二人は弁天と南郷のところにやって来る。弁天と南郷は着物を見る。
弁天「四十八」
南郷「はい」
弁天「どれがいいかのう」
南郷「お嬢様のお気に入れられたものを」
弁天「そう言われるとさらに迷う。一体どれがよいのか」
南郷「どれでも。金はあります故御心配は無用ですぞ」
弁天「左様か。それではこれにしようか」
南郷「それでよろしいかと」
弁天「(考えながら)ちと地味ではないかえ」
南郷「御婚礼ゆえそれ位のものでよろしいかと思いますが」
与九「ほう、御婚礼ですか」
弁天「あ、これ。言うなどと」
南郷「いや、うかりとしました。失敬」
この時左手から茶が来る。
赤星「番頭」
与九「何だい」
赤星「お茶が届きましたが」
与九「お、早いな」
赤星「はい、こちらです」
ここで彼等は弁天と南郷から目を離し茶に視線を移す。その時に赤星はやはり二人に目で合図をする。二人は頷きまず弁天が動く。緋鹿子の布を懐に入れる。赤星はそれをしかと見ている。
そしてすぐに与九にそっと耳打ちする。与九はそれを受けて頷き他の者にも言う。弁天と南郷はそれには気付かないふりをしている。
与九「(怖い顔で)もし」
南郷「おう」
与九「悪ふざけはいけませんな」
南郷「?何のことだ」
与九「いえね、そちらのお嬢様が」
南郷「お嬢様が如何いたしたか」
与九「お隠しになったものをお出しして欲しいのですよ」
南郷「それは一体どういう意味だ(弁天を庇って)」
与九「はっきり申し上げましょうか。そちらのお嬢様が万引きをなさったのですよ」
南郷「馬鹿なことを言うな、お嬢様がその様なことを為される筈がなかろう」
与九「いや、私もそう思ったのですがね。こちらの者が(ここで赤星を指し示す)」
赤星「間違いありません。この目で見ました」
南郷「(憤るふりをして)痴れ者、戯れ言を言うとい許さんぞ」
赤星「嘘ではございませんよ。この商売を長い間やっておりますから」
与九「その通り、この者はうちの店に来る前からこの手の商売をしておりましてね」
赤星「へい、前は京におりました」
南郷「京だと。この前赤星十三郎が暴れていたところか(弁天はその後ろで震えている)」
赤星「おやおや、またえらく名のある盗人を」
南郷「ふん、その名は天下に知られておるわ」
赤星「本人が聞いたら喜びますな。で、そちらのお嬢様は何も言われないのですかな」
与九「そう。さもないと身体にお聞きしますぞ」
小僧「早くお出しなさい。さもないと痛い目に遭いますぞ」
そう言って彼等は南郷と弁天と引き離す。
弁天「(おろおろして)これ四十八、どうしたらよいのじゃ」
南郷「何、心配なさいますな」
弁天「しかし」
南郷「言うに事欠いてお嬢様を万引きと言うとは。この落とし前つけさせてやります故」
弁天「それでもこの者達は」
南郷「ここはこの四十八にお任せ下さい。よいですね」
弁天「う、うむ」
与九「(弁天に向かって)まだ仰られないのですかな」
弁天「何を」
与九「万引きされたことですよ。証拠もありますぞ」
弁天「証拠」
赤星「(弁天を捉えて)こちらに(そして懐を引っ張る)」
弁天「あれえ」
懐から緋鹿子が出て来る。南郷それを見て顔を凍らせる。
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