青砥縞花紅彩画
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19部分:雪の下浜松屋の場その四
雪の下浜松屋の場その四
南郷「まさか」
赤星「これはどういうことですかな」
与九「やはりそういうことだったか。これは何処のものですかな」
弁天「(青い顔をして)それは」
与九「さて、覚悟はできておりますな。(赤星と丁稚達に顔を向けて)わかってるな」
赤星「へい」
丁稚「勿論です」
与九「ではやれ。二人共袋だ」
赤星「わかりました」
こうして彼等は二人を取り囲む。南郷は弁天を庇おうとする。だがそれより早く赤星が出て来て弁天の額を打つ。
弁天「ああっ」
それを受けて蹲る弁天。そこへ浜松屋の息子宗之助が騒ぎを聞いて左手から出て来る。
宗之「一体何の騒ぎじゃ」
与九「あ、これは若旦那様」
宗之「店の中で騒がしい。何事か」
与九「いえ、万引きがありまして」
宗之「万引き!?こちらのお武家様方がか」
赤星「ええ。とんだ食わせ者でした」
南郷「馬鹿を申せ」
赤星「ではこの緋鹿子は何ですかな」
南郷「そうじゃ。お嬢様が万引きされたというのはそれか」
赤星「左様」
南郷「それは山形屋で買うたものじゃ。よく見てみい」
与九「何っ!?」
赤星「そんな筈がなかろう」
南郷「そこまで言うのなら絹の紋を見やれ」
与九「紋を(二人ここで赤星が手に持つ緋鹿子を見る。そして愕然とする)」
二人「何と」
与九「これはまさしく山形屋のもの」
赤星「はい、違いありませぬ。これは一体」
南郷「そしてこれが証拠じゃ(二人に懐から取り出した一枚の紙を取り出す)」
二人はそれを受け取る。そしてそれを見てさらに青い顔になる。
二人「これはまさしく山形屋の、そして緋鹿子のもの」
南郷「そうじゃ。これで文句はあるまい(彼は怒りに満ちた顔で二人を見ている)」
店の者は真っ青になっている。弁天は尚も蹲っている。南郷は彼等をまだ睨んでいる。ここで宗之助が出て来る。
宗之「あの」
南郷「何じゃ」
宗之「私はこの家の倅でございます。何でもうちの者が粗相をしたようで」
南郷「全くじゃ。言うに事欠いて万引きとは」
宗之「この者達には私からよく言っておきますのでここはお許し下さい」
一同「申し訳ありませんでした」
南郷「(だがまだ怒っている)それで済むと思うてか」
宗之「そこを何とか」
与九「お願い申す」
南郷「戯れ言を。まだ言うか」
赤星「お願いします」
南郷「(いい加減頭にきたという素振りで)ええい、聞きやれ。よいか、このお嬢様は二階堂信濃守のお目付けであられる早乙女主水様の御息女なるぞ。そしてこの度秋田の家へ嫁がれる予定なのじゃ」
一同「何と」
南郷「そのお嬢様にこの様な悪名を付けてどうするつもりじゃ。お主等責を果たせるのか」
宗之「それは」
南郷「お主では話にならぬ。主を出すがいい」
ここで騒ぎを聞いた幸兵衛が出て来る。
幸兵「御呼びでしょうか。一体何事で」
南郷「(彼を見据えて)お主がここの主か」
幸兵「はい、そうですが。何でも万引きと間違えられたとか」
南郷「そうじゃ。この落とし前どうつけるつもりじゃ」
幸兵「それですがこちらの不始末なのは承知、重ね重ねご容赦の程を(そう言って頭を下げる)」
南郷「それで済むと思うてか。見やれ」
ここで弁天を助け起こす。何と額には傷がある。一同それを見てあっと驚く。
一同「何と」
南郷「これは一体どうしてくれるのじゃ。もうすぐ嫁がれるというのにこの傷。消えはせぬぞ」
一同「しかし」
南郷「言い訳はよい。こうなっては是非もなし。貴様等全員その首刎ねて拙者も切腹致す」
弁天「(憤る南郷を止めて)これ四十八。その様な無体なことは」
南郷「お嬢様、そうは言われましても」
弁天「この程度の傷、大したことはない。白粉で隠せる故な」
南郷「しかしそれがしが殿に申し訳が立ちませぬ」
弁天「父上には私から申しておく」
南郷「しかし」
弁天「ここは抑えて。私からも頼む」
弁天に言われ南郷もようやく落ち着きを取り戻したふりをする。見れば店の者は幸兵衛以下全員土下座をしている。
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