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婆娑羅絵巻

作者:みかわ猫
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壱章
  陸奥の しのぶもぢずり ~上~

 
前書き
夕暮れ~京・大通り~ 

 
いつの間にか夕刻になっていた。
辺りは夕焼けに染まり元気に街中を走り回っていた子供達も家に帰って行く。

「____今日は、本当に色々とありがとうございました。」
信芽、鈴彦は深々と頭を下げる。

「いいんだよ、此方も此方で付き合わせちまったしな……オマエがenjoyできたならいいが。」
藤次郎は頭を掻きながら苦笑しやや間を置いたあと続ける。

「………なぁ、"また会えるか?"」

「…………!」
その言葉に思わず頭を上げる・



____”また会えるか?”
なんと嬉しい言葉だろう。


だがそう思った次の瞬間、首に鎖を巻き付けられた時の圧迫感のような絶望を感じた 。

今日1日…いや、藤次郎と居た間は私がまだ友人達と遊び回って居た時のような自由を感じていた。
だが、自分はあまり自由に行動することはできない身だった。
『檻の中の狗』であることが今までは何一つ邪魔になって居なかったいたはずのに。
________その檻の存在がとても残酷で邪魔であるように感じた。

ふと、あることを思いつく。
幾ら封じられているとはいえ、『侍女』に協力を頼めば協力してくれるかも知れない。
だが昼間では人の目もある為、危険だろう。
ならばせめて、皆が寝静まった夜に……。

「…………鈴彦?」

藤次郎の声で意識が現実に引き戻される。
…いつの間にか顔を伏せて居たようだ、心配して藤次郎が顔を覗き込む。
鈴彦は顔を伏せたまま迷いを払うように首を横に振った後、重い口を開ける。

「……夜なら可能です。」

____嗚呼、私はなんてことをしようとしてるのだろうか
今、足を踏み出そうとしているの背徳的な道だ
もしかしたら、相手にまで危険が及ぶかもしれない
だけど、許されるなら
またこの方に会えるならば_____


「だから、もし『逢える』なら、……『赦してくれる』なら_____」
_____また、逢いたい_____
最後の方は声が震えてしまった。

会ったばかりの男と逢い引きするなんて他人からすれば愚かな娘の気紛れ、もしかしたら猥らな卑しい女と蔑まれるだろう。
だけどこの人とは身の危険があろうともどうしても逢いたい、もっと色々な話をしたい……そんな感情が胸中から湧き出てくる。

_______それにこの方といれば私自身がもっと変われるような気がする。
なんとなく、藤次郎は父・信長と似ているのだ。
だからこそ賭けてみたい。
そう、思ったのだ____

鈴彦はその後も顔を伏せ続けている。
その様子を暫し見つめ、藤次郎は軽く鈴彦の頭に手を伸ばし、壊れてしまいそうな物に触るように撫でた。

「ah………なら二日後、今日行った甘味屋の近くの橋の辺りで待ち合わせしねぇか?」


「!?、宜しいのですか?」

「お前が言ったんだろうが、…冗談じゃねェんだろ?」

「え、えぇ…。」
…正直面食らった、駄目元で言ったのに。

「…お前、夜なら大丈夫って言ってたよな?」

その言葉に鈴彦はゆっくり頷く。
何を思ったか藤次郎は再び鈴彦をじっと見つめた後、口を開いた。
「…OK、夜に男に逢い引き申し込むなんざお前みたいなtypeから言われるなんて思ってもみなかったがな。
……まぁ薄々勘づいてはいたがお前も結構ワケありっつうか、色々抱え込んでる身の上みてぇだしよ。」

「…………。」
藤次郎の言葉が胸に鋭い矢のように刺さり、思わず顔を背けてしまった。

此方を全く見ようともしない鈴彦を見兼ねた藤次郎は小さく息をついた後、鈴彦の頬をツンと押した。
「図星ってか…。
ま…、理由は聞かねぇけどよ。
………流石に今からじゃ時間が足りねぇだろうし、何時かお前自身が言いたい時とか、誰かに聞いてほしいって時に聞いてやるよ。」


「………貴方様は____。」
一言続けようとしたがその言葉を飲み込み、
逢える時間は?、と話を逸らした。

僅かに首を傾けた後、藤次郎は、
「そうだな…子の刻はどうだ?」
と、口にした。

「え、あ、あぁ…子の刻ならば問題有りません。」

「んじゃ二日後また逢おうな、今日は楽しかったぜ?……『良いもん』も見れたしな。」
そう言うと藤次郎は手を降りながら背を向け____……ん?

「………あの、藤次郎様?『良いもん』とは?」

「……あ?良いもんは『良いもん』だろ。」
藤次郎は立ち止まり、顔だけをこちらに向け意味深な笑みを浮かべた後、それじゃと再び背を向け帰っていった。



………後に残った鈴彦もまた藤次郎の言った『良いもん』の意味がわからず首を傾げながら帰路に着いた。
 
 

 
後書き
________その様子を一羽の一際大きな、三つ足の鴉が見つめていたなんて気づいたのは自分だけだろう。

鴉は伊達政宗を鋭利な劔の様に敵意に満ちた目で一瞥し織田信芽が屋敷に入って行くのを見届けた後、名残惜しそうに暫く彼女の自室を見つめ何処かにへと飛び去って行った。

その辺に居る鳥類に人間的な感情があるかは不明だが【彼】の使いである者なら可能だろう。


【彼】直々に使いを遣わせるなんて滅多にないだろうし
もしかしたら近いうちに大きな出来事が起きるかもしれない。
それに備えそろそろ小生も戻ろうか………
……おや…彼処に居るのは……………。

…訂正しよう、どうやら小生以外にもあの鴉を見つけたものがいたようだ、まぁ【彼女】が気づかないはずもないだろうが。
小生のよく知っている姿の面影はあるが随分見た目の齢が変わっている、もしかしたら【彼女】の趣味なのかもしれないし案外特に意味の無い気紛れかもしれない。

【彼女】が織田屋敷に居るということは随分前にあの娘、『織田信芽、又は土御門鈴彦』の正体に気づいていたようだ。

…さて、今度こそ小生も消えるとしよう。
あの娘について気になる事は山ほどあるがこれからは幾らでも機会はあるし。
それよりも、今此処で【彼女】に見つかったら消し炭にされてしまうかもしれないからね。



___男は青い襟巻きで隠れた口許に微笑を浮かべ、先程まで立っていた場所に青い光の粒子を残して文字通り、跡形もなく消えた。

彼が其処に居た事を知るのは、西の空に耀く蒼白い月のみだろう。 
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