婆娑羅絵巻
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
壱章
信太の杜の巫女~下~
前書き
京~甘味処から河原~
____これが一目で見初める恋なのだろうか?
まぁ所謂、『一目惚れ』でなくともこれから何かが始まる予感を感じさせる出会いだった。
面紗の下の顔を見た時、いや…あの娘、鈴彦に見つめられた瞬間はまるで時が止まった様に感じた。
____まるで夜の闇のように艶やかな長い黒髪、雪の様に白く溶けてしまいそうな柔肌
静かな光を持った瑠璃の瞳
そして、僅かに幼さが残りながら女として開花し始めの頃の娘の照れ顔を見てしまったらもうその顔を、忘れることは二度とないだろう。
あの全身から滲み出ている気品や纏っている衣の質の良さから身分の高い家の娘、おそらく土御門の親類あたりではないかと推測した。
オレ自身、藤次郎の名しか伝えて居ないが娘も本名は鈴彦ではないらしい。
鈴彦、と言う時ほんの僅かだが頭文字の『す』ではなく別の言葉を言おうとしていた。
いつか本当の名を知りたいもんだ、一筋縄ではいかないのがまた良い。
可憐な夕顔の君を見初めた光君もこんな気持ちだったんだろうか?、……まぁ、オレはあんなに沢山の女性を囲おうとは思わないが…。
……それにしても隣に座って団子を方張っている姿は照れ顔と同じくらいの愛らしさを感じる。
匕首で斬りかかってきた時の狼が牙を剥いたような殺気や凄みが嘘のようだ。
_____どうして此処で団子を食べて居るのかというと
あの後、誤解だったのを謝罪した後、話が弾み何故あんな山奥に居たのかという話から色々なことがわかった。
おそらく葛の葉狐と言われているのは巫女に扮した叔父だということ、何故叔父が女装しているのかと聞いたらなんともいえない複雑な顔をしたため詳しくは聞かなかった…というか聞けなかった。
鈴彦が彼処に居たのはその叔父の代わりに舞を奉納しにいったため。
偶然か必然か彼女も京にある屋敷に暫くの間滞在するらしいこと。
他にもお互いの趣味について語り合い、和歌の話や南蛮の舶来品の話へと話題には困らなかった。
___自分も男である、気になった娘とこんなに話の合うとなるとまるで出会ったのが運命のように感じる。
それに先刻のこともあるため丁度良い機会だし、偶然知り合いから聞いていた茶屋に行って団子を奢ることにした。
一旦屋敷に後藤黒を戻し、その京の茶屋に行った。
其処で団子を奢り、店内は混んでいたので何処か静かな場所はないかと探し歩いていたらやや街より外れた川の側に生えた、この柳の下にたどり着いた。
____その知り合い、ふらりと現れては色恋だのなんだのの良さがどうとか言うわ、うちの軍には女っ気がねぇだの散々騒いだり、頼んでもいねぇのに勝手に独り身のオレにはいらない、女が喜びそうな場所の情報を教えてきてイラつくことも多々あったが、まぁ(此処で初めて)役に立ったし許してやるか……。
Thanks、前田の風来坊。
「………藤次郎様。」
不意に名を呼ばれ隣の鈴彦の方に顔を向ける。
「Ah…?どうした?」
「私、誤解とはいえ貴方様に斬りかかったのに甘味奢って頂いてしまって宜しいんですか?」
鈴彦は気まずそうに眉を下げ苦笑した。
「お互い様だろうよ、……外出たの久しぶりなんだろ?、それにこうして暇潰しまで付き合わせちまったしな。」
「ですが流石に何もしないわけには…。」
うぬぬ、と口を結んではどうしようかと考えている。
……なんだか弄らしく思い、ちょっこっと意地悪したくなる。
どうしてやろうか考え、ふとあることを思いつく。
「そんなら、その団子貰えるか?」
半分冗談で聞いてみた。
今残っているのは手に持っている串に刺さっ た食いかけの一個のみ。
ホントに貰えたら美女の食いかけだし、喜んで食べるが……
「え、あぁ…これですか?」
これでもいいなら、とその一本を躊躇なく鈴彦は差し出す。
……オレが口にしたら間接的に口を合わせたことになる、その事を分かっているのだろうか?
あまりにも無防備過ぎる。
じっと見つめていると首をかしげて見つめ返してきた。
自分の指を唇に当て、それを鈴彦の唇に軽く当てる。
「………あ」
間を置いて鈴彦が小さくつぶやいた。
その時、初めて自分がしようとしている行為の意味がわかったようだ。
差し出していた手がぎこちなく離れていく。
その離れようとする手を掴み、串に刺さった団子を口に入れた。
「御馳走さん。」
串を持った白い手を放し、思わずにゅっと口許が緩む。
一方の鈴彦はというと、
「あ…え、えっと……………。」
困惑して歯切れが悪くなり身体を小さく縮ませては、顔を鬼灯のように真っ赤に染めフルフルと身を震わせている。
少し、意地悪が過ぎたか。
____頭をくしゃりと撫でると更に耳まで紅く染め、顔を伏せてしまったが鈴彦は何も言わず、顔を伏せたまま大人しく撫でられていた。
ページ上へ戻る