水の国の王は転生者
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第四話 ヴァリエール公爵家
ヴァリエール公爵の誕生パーティーに参加することになった国王一行は三つある魔法衛士隊の一つグリフォン隊を伴って、王都トリスタニアのメインストリートとされるブルドンネ街を通過していた。
しかし、このブルドンネ街の道幅はわずか5メートル・・・ハルケギニアでは5メイルか、わずか5メイルしかなく沿道には国王一家を一目見ようとかなりの数の市民が詰め掛けている、国王一家専用の巨大で豪華な馬車は衛兵たちが交通整理しながらなんとか通れている状態だ。
この時オレは沿道の市民たちに笑顔で手を振っていた。
これも王家に生まれたものの義務としてこれでもかと愛想を振りまく。
「今回は、平民らへのマクシミリアンの初お披露目も兼ねているからな、こんなにも人が多いのだろう」
それだけとは思えないが・・・メインストリートにしてはこの道は狭すぎる。
王都増築、もしくは新王都建設を計画しといたほうがいいかな、でも実行に移すとしても大金が要るな。
「マクシミリアン、疲れたら止めてもいいんだよ?」
「いえ、父上大丈夫です、まだまだ頑張れます」
「そう、でもあまり無理はしないでね?」
「はい、母上」
そうこうしてるうちにグリフォン隊と国王一家を乗せた馬車は王都トリスタニアを抜け街道に出た。
ヴァリエール公爵領は馬を飛ばして二日の所にあるそうだが一行は各封建貴族の領地を歴訪しながら五日のスケジュールで向かうそうな。
馬車は街道をゆく、両親はワインセラーのワインを飲みながら談笑している、オレはというと窓の外を眺めながら前世での世界史の授業を思い出そうとしていた。
そう、たしか三圃式農法までは思い出したのだが、その後の四圃式農法・・・だったっけ? たしか、大麦、小麦、カブとあと一つは何だったっけ? それとノーなんとか農法、ノースロップだったかノーザンライトだったか・・・駄目だ思い出せない。
「マクシミリアン、何を見てるの?」
母さんが話しかけてくる、邪魔しないで欲しいけど無下にも出来ない。
「農地を見てました」
「農地? 農地になにかあるのかい?」
「平民たちがどのような作物を育てているのか気になりまして」
「そんな事知ってどうするの?」
「それは・・・」
「マクシミリアンは勉強家だからな、王立図書館に入り浸っていると聞いたぞ。何か良い案でもあれば検討してもいいな、ははは」
思っても見ないチャンス! 上手くプレゼンできれば実験用の農地を回してくれるかも! ・・・肝心の農法はまだ思い出せてないけど。
「じつh・・・」
「陛下、まだこの子には早いんじゃない?」
「そうかもな」
・・・おのれー
「父上、母上、僕はまだ小さいですがトリステインを想う気持ちは大人にも負けません。今はまだ良い案はありませんがいつの日か必ずトリステイン中が驚くような妙案を・・・」
「おお!」
「ああ!」
なんだよ!? 人が喋ってる途中になにを。
「今のを聞いたか、マリアンヌ!」
「聞きましたわ、陛下!」
ま、まさか車内で寸劇をやるのか?
「始祖ブリミルよ私たちの子はこんなにも立派に育ってくれた!」
「このような過分なご加護をありがとうございます!」
いい加減にしてくれ・・・
「マリアンヌゥゥ!」
「陛下ァァ!」
・・・天井の白百合がピンク色に見えた。
国王一行は順調にスケジュールを半分消化しヴァリエール公爵領まであと二日の所まで近づいてる。途中、休憩を入れながらの長旅、やる事といえば景色を見る事と、両親との会話に参加すること、昼寝をすることぐらいだ、いい加減オレは暇を持て余す様になった。
「今日はグラモン伯爵領で一泊する予定になっている」
「はい、父上」
今日はどうやって暇をつぶすか、ワインを試してみようかとか、今度旅行するときは本を何冊かもって行こうなど、いろいろ思案していたところに一瞬、窓に黒く大きな影が横切った。
「ん?」
「どうしたの?」
母さんが何事かと聞いてくる。
「窓に一瞬、黒いものが見えたので」
「何だって?」
今度は父さんが聞き返す。
「見間違いじゃないのか?」
「黒い影のようなものが、窓を横切ったんだ」
「鳥か何かじゃないの?」
「鳥じゃないよ、かなり大きかったから」
「・・・ちょっと待っててくれ」
何やら思案した後、父さんは席を立つと御者に指示を出し次に小窓を開け馬車と併走していたグリフォン隊の隊長に停車を命じた。
『停ぇ~車ぁ~!』
隊長の命令で馬車とグリフォン隊は停止した。グリフォンから降りた隊長は駆け足で近づいてくる。
「陛下、いかがなさいました?」
「マクシミリアンが何か窓に黒いものを見たと言っている。グリフォン隊は馬車と周辺の捜索を命ずる」
「ははっ」
隊長は一礼すると各小隊に指示するために去っていった。
「私たちは捜索の邪魔にならないように外に出ていよう・・・念のため杖を手放さないように」
「はい」
「近くに原っぱがあるからそこで待ちましょう」
先に馬車から降り原っぱへ向かう母さんの後を追う、オレのすぐ後ろを警戒しながら父さんと護衛係のグリフォン隊隊員が着いてきた。
原っぱでは御者と白髪の執事が折り畳みイスを三つ用意し終わったところだった。
「座りながら捜索結果を待とうか」
「マクシミリアンも座ってていいのよ」
「はい」
折り畳みイスに腰を下ろし、さっき見た黒い影がどのような姿かたちをしていたか思い出そうとしたが、なにせ一瞬の事だったせいか中々思い出せなかった。
30分ほど捜索したが結局怪しいものは見つからなかったため、再び出発することとなった。
(あの影はオレの見間違いだったんだろうか?)
モヤモヤしたものを抱えながら、今日の宿泊地であるグラモン伯爵の屋敷に到着した。
グラモン伯爵の屋敷に到着した国王一行は贅を尽くしたもてなしを受けた。来る途中に領地を見たがあまり手入れをしてないせいのか痩せた土地の印象だった、グラモン領の財政は大丈夫なのか?
そんな中、晩餐会の会場にてグラモン伯爵に三男のジョルジュ君を紹介された、歳はオレと同い年の五歳だそうだ。
「は、初めまして、マクシミリアン殿下、ぼ、僕はグラモン伯爵の三男ジョルジュ・ド・グラモンです!」
元気いっぱいに挨拶された。
「初めまして、マクシミリアン・ド・トリステインです、ジョルジュ君のような歳の近いの子とほとんど遊んだことが無いんで、もしよかったら友達になってくれませんか?」
「は、はい!」
なんとも良い笑顔で返された。・・・失礼だが尻尾をパタパタ振る子犬を幻視してしまうような笑顔だった。
宴も酣になり、宛がわれた寝室へ向かう、オレと両親の三人で大きめの客室を使うことになっている。グラモン伯爵はそれぞれ個室を用意しようかと提案してきたが両親は断ったようだ、オレは個室がよかったんだが。
転生してからずっと寝起きは三人一緒だ、いい加減に個室が欲しいが両親は首を縦に振ってくれない。母さんなど泣いて止めに来る始末だ。二人ともオレを愛してくれているのは分かる、分かるが故にそろそろ耐えられなくなってきたのだ。
・・・実の親にすら演技で接するオレにその資格はあるのかと、ね。
幸い五歳児の身体はより多くの睡眠時間を要求する、そしてだんだんまぶたが重くなり昼間見た黒い影のことなど忘却してしまった。
旅行五日目、ようやく目的地であるヴァリエール公爵領に入った、途中、ヴァリエール公爵自ら少数の兵を率いて国王一行と合流し、西日が馬車内に差し込むころにヴァリエール公爵の屋敷、というより城に到着した。
屋敷内は誕生パーティーに招待された貴族たちが国王一行到着を今や遅しと待ち構えていた。
ヴァリエール公爵に伴われてパーティーの催される会場に入ると会場内を埋め尽くさんばかりの拍手で向かいいれられた。
『トリステイン王国万歳! 国王陛下万歳!』
『トリステイン王国万歳! 王妃殿下万歳!』
『トリステイン王国万歳! 王太子殿下万歳!』
定番の万歳三唱、いつもありがとうございます。
父さんが壇上に立ってスピーチをしている内容はどこにでもある様なスピーチらしいスピーチだ。
ふと、ヴァリエール公爵の方を見ると公爵の隣に奇妙なオーラを放つ女性がいる、あの人がヴァリエール公爵夫人か、さらに隣には二人の少女が、金髪の娘と桃色髪の娘、背の高さから金髪の娘がお姉さんぽい。
視線を壇上に戻し父さんを見るとワイングラスを片手に乾杯の音頭を取ろうとしていた。あわてて近くにあったリンゴジュースの手に取る。
「乾杯!」
『乾杯!』
宴が始まった。
顔と名前を覚えてもらおうと寄ってくる貴族連中を適当に捌きながら時間をつぶしていると、父さんとヴァリエール公爵が二人の娘を伴って近づいてきた。
「マクシミリアン、パーティーを楽しんでいるか?」
「はい、とても楽しんでいます」
「紹介しよう、こちらはヴァリエール公爵」
「初めまして、マクシリアン殿下。此度は私の誕生パーティーにご足労頂き誠にありがとうございます」
「初めまして、とても楽しいパーティーです」
とりあえず、社交辞令。
すると、公爵は後ろに控えていた、二人の娘に前に出るように促した。
「殿下に私の娘を紹介します、二人とも殿下にあいさつを」
最初に金髪の娘が一歩前に出て可愛らしく両手でスカートの裾をつまみ、軽く持ち上げて一礼。
「エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールと申します。今日はマクシミリアン殿下にお会いできて大変光栄です」
ヴァリエール公爵の長女でオレの三つ年上の八歳。文句なしに可愛い。
「初めまして、マクシミリアン・ド・トリステインです、僕も会うことが出来てうれしいです」
次に桃色髪の娘が前に立つ、先ほどのエレオノール嬢と同じように一礼。次女の娘で同い年と聞いていたから、多分この娘がオレの婚約者なのだろう。
「カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。マクシミリアン殿下にお会いすることができて大変光栄です」
「初めまして、マクシミリアン・ド・トリステインです、僕と同い年だと聞きましたこれからも仲良くしましょう」
挨拶としてはこんなものかな、父さんと公爵も微笑ましそうに見ているし、今日は顔見せ程度なんだろう。
「エレオノール、カトレアは殿下とお話があるから母さんの所に一緒に行こう」
「はい、父上。では、マクシミリアン殿下、また後で」
エレオノール嬢は一礼した後、公爵とともに去っていった。
「私もマリアンヌの所に行ってくる、マクシミリアン、カトレア嬢とお互いに親交を深めるように」
父さんも去っていった。残されるオレとカトレア嬢。
「ええっと、カトレア・・・さん」
「はい、何でしょう?」
「とりあえず、何か飲む? 僕はオレンジジュースを飲もうかな」
「それでは私も同じものを」
近くにいた給仕にジュースを二つ頼む。
・・・・・・
むむむ、五歳児相手に何を話せばいいんだ。
いろいろ考えているうちに給仕がジュースを持ってきた。
「それじゃ、今日の出会いとこれからのお付き合いに・・・その、乾杯!」
「うふふ、乾杯」
杯同士が重なってチンと軽く音を立てる。
いかん、笑われた。
「そのドレスとてもよく似合うよ」
「ありがとうございます、特別に仕立ててもらったドレスで初めて着るんですが気に入ってもらえたようで嬉しいです」
「うん、カトレアの魅力をよく引き立ててるよ」
我ながら臭いセリフ。
「・・・あ」
ポッと、頬を赤く染める。どうやらバッチリよい印象をあたえた様だ。
・・・・・・
お互いにこやかに談笑していると会場内で流れていた音楽が変わる。
「カトレアはダンスは踊れるの?」
「いえ、私は身体も弱いしダンスは・・・」
むむ、そうだった彼女は身体が弱いんだった。
「それじゃ、バルコニーへ行ってみようよ、月が綺麗だよ」
「はい!」
パッとカトレアの顔が華やいだ。
オレはカトレアの手をると、その手を引いてバルコニーへ向かう。
・・・・・・
バルコニーにて。
雲ひとつ無いいい夜だ、双月の光でお互いの顔が良く見える。
「月が綺麗だね」
「はい、とっても綺麗です」
「今日はカトレアにあえて嬉しかったよ」
「私も殿下に会うことができて嬉しいです」
「それよりもカトレアのこと何か聞かせてよ」
「私のこと?」
「そう、カトレアはどういったものが好きなのか気になってね」
「私は・・・動物が好きなんです」
「動物か、何か飼っているの?」
「インコと犬を飼ってるの」
「へぇ」
「あの、殿下はどういったものが好きなんですか?」
「僕は本を読むのが好きかな」
「御本ですか?」
「うん、歴史書なんか特にね」
「難しそうです・・・」
「そうかな? 歴史を物語として読めば、すごく分かりやすいんだけど」
「そういうものなんでしょうか?」
「そう思うよ、僕は」
その後も、とりとめのない会話を続けていると彼女が病に犯されていたことを思い出した。
「そういえば、カトレア」
「はい?」
「カトレアは病気だって聞いたんだけれど」
「はい、今日は体調が良くて、殿下のおかげかも」
双月を背にクスクスと笑う。うん、可愛い。むしろドキッときた。
前世のどこかで『月明かりは少女を女に映す』って聞いたような、どこだったかな?
「バルコニーは寒いだろうしそろそろ戻ろうか」
「はい」
カトレアの手を引いてパーティー会場に戻るさいにオレはカトレアに言った。
「カトレア、いつの日か病気が治ったら一緒にダンスを踊ろう」
「あ・・・はい」
互いににっこりと笑いあった
・・・・・・
パーティー終了後、寝室として宛がわれた部屋には巨大なキングサイズのベッドが一つ置いてあり、左から父さん、オレ、母さんの順に眠っている。
真夜中、ふと誰かの話し声で目と覚ました、父さんと母さんか?
「その話は本当なんですか?」
「ああ、本当だ、ヴァリエール公にも了承を得た」
「それじゃ、あまりにも不憫じゃないですか、この子が十二歳までに病気が治らなければ婚約解消だなんて」
「わざわざ病気持ちの娘を結婚相手に選べるのものか、王家はそう安いものではない、君だって分かっているはずだろう?」
「それはそうですけど」
「なにも今すぐに婚約解消と言っている訳ではない、その期間までに治ればよいのだ」
「・・・」
婚約解消・・・か。
双月を背に微笑むカトレアを思い出し、どうにか出来ないものか、と思い再び眠りに落ちた。
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