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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第三章。音速を超えしもの
  第七話。遭遇

2010年6月19日午前0時半。

土砂降りだった雨が、真夜中には止んだ頃。
俺と一之江は、二人でコンビニに向かっていた。アイスの買い出しだ。
二人で出たのには理由がある。
お風呂に入ったばかりの詩穂先輩や音央、鳴央ちゃんを連れて出したら湯冷めしそうだったからだ。
というのは建前で……本当は一之江とゆっくり会話したかったからだ。

「『ベッド下の斧女』はそんなに凄かったのですか」

「ああ。あれはなんていうか……バグだな。存在自体がチートな奴だから。正直一之江が来てくれてよかったぜ」

さすがの一之江でもあの人を倒せるとは思えないが、一之江が負ける姿も想像できない。戦いになっても一之江ならなんとかしそうな気がする。

「私の強さが解りましたか」

「身にしみたっていう感じだな」

「身に刻んでもいますしね」

「正直、本当に勘弁してほしいんだが」

「あの痛みを知っているからこそ、敵に襲われても頑張れるんですよ。それこそ音央さんの時のように」

一之江のその言葉で音央を探しに『妖精庭園(フェアリーガーデン)』の中に突っ込んだ時を思い出す。
あの時。茨の棘が刺さりまくりかなり痛かったが、それでも前へと進めたのは『一之江の刃物の方が痛い』とか思ったから、という事実があるわけで……

「いや、それを見越したとしても、本当に痛いんでマジでやめて下さい」

文句を言ってやろうと思ったが、背中にチクチクとした硬いものが当たった瞬間、口から出た言葉が途中から敬語になった。
矜持(プライド)? 何だそれ、喰んのか?

「まあ、私も鬼ではありません、ほどほどにするとしましょう。グサグサ」

「って言いながら人の背中を刃物で突付くなよ⁉︎」

「今私に命令しましたか?」

「……麗しき一之江瑞江様。その刃物によるザクザク攻撃をお止め遊ばせ下さいませ」

「よしなに」

あっさりと突き刺す手を止める一之江。
クソ、一之江の奴!
俺の背中を突き刺すのが当たり前になっていやがる。
最初のうちは嫉妬とか、お叱りの合図だと思っていたが。今となっては単に暇つぶしに刺しているような気がする。
それだけ打ち解けたから、親愛の表現のようなものと思いたいが……なにより厄介なのが、そのザクザク攻撃にすっかり慣れてしまったせいで刺されるのが当たり前になっていることだ。
アリアのガバハンと言い、一之江のザクザクといい、スキンシップが過激過ぎる女子が多いな。
俺にはそういった女子しか寄ってこないのか。
泣けてくるぜ。
思いがけずではあるが、せっかく新たな人生を歩んでいるのに……俺には安らぎがないのか。

などと内心愚痴りながらも。

「『ベッド下の男』はもう解決でいいのか?」

倒せなかったが、一旦は綴を退けたのも事実なので念のために一之江に確認すると。

「そういうのを確認するためにも『8番目のセカイ』はお勧めですよ」

澄まし顔のまま、一之江は答えた。

「そうなのか」

一之江に言われるままに、Dフォンを取り出しサイト接続を行う。

「そこの情報板です」

「ああ、これか」

画面には『速報はこちら』というリンクがあった。


※ただし真偽確認の為、デマにご注意下さい!

という注意書きも同時に目に入る。

「嘘の可能性もあるのか?」

「まあ、誰かが適当に『あの都市伝説やっつけたぜー』とか書き込むこともありますからね。こう名前を売りたい小物とかが」

なるほどなー。

一之江の情報収集力に関心しつつ、サイトを見ていると。




タイトル・『神隠し』が『ベッド下の男』と引き分け!
内容・『夜霞のチェンジリング』と『ベッド下の小人斧女』が、戦闘を開始し、結果引き分けに終わりました。



「こんなところに載るのか」

「後は管理人がその事実を確認して、事実だと解ればきちんと都市伝説として掲載される形です。その確認は早ければ一晩で済みますが、どうしても検証出来ないものもありますので、そういうのは過去ログ倉庫に流されます」

「どこにでもある掲示板みたいだな……」

面白そうなので、カチカチと記事を進めて見てみる。



タイトル・『赤マント』が『メリーさん人形』と引き分け!
内容・『月隠のメリーズドール』と『夜霞のロッソ・パルデモントゥム』が、戦闘を開始し、結果引き分けに終わりました。



うわぁ、もうこの情報も載ってるのか。昨日の出来事なのに既に掲示板に知らされているとは、これを書いた奴はかなりの情報通に違いない。

「これを書いているのは誰なんだ?」

「大体が『語り部』と呼ばれる、色んな都市伝説を追いかけている情報通たちです。我々のクラスだと三枝さんですね」

あのメガネで真面目な委員長が、まさかこっち関係の人だったとは。

「語り部はロアなのか?」

「ロアである人物もいますし、普通の人間である場合もあります。その正体が解らないとかがほとんどなので、あまり気にしないのが正解ですよ」

うわぁ。まさか身近にロア関係者がいたとは。
俺が知らないだけでクラスの中にもロア関係者がいる可能性もありそうだな。
嫌だな。どんどん平穏な学園生活から遠ざかってる気がするな。
……いまさらだが。
とはいえ、クラス委員長が『語り部』とか言われれば気になって仕方ない。今度話をしてみるか。だが話すにしても何を尋ねればいいんだ。
駄目だ。話題が思いつかん。
ヒスれば普通に会話出来ると思うがそんな地雷は踏みたくない。
それに一之江の言葉は『忠告』だ。あまり気にしないのが正解なんだろう。
などと考え事をしながらコンビニの前まで歩いたところで。

「あー‼︎」

どこかで聞き覚えのある元気な女の子の声が響いてきた。
声がした方へ顔を向けると、見覚えのある金髪ドリル少女がコンビニの前に座り込んで、Dフォンと思わしき黒い携帯電話を見ていた。

「狙ってた『ベッド下の男』が取られたー!」

街中でそんな解りやすいことを叫んでいた。もうどう考えてもこっち系の子だ。

「話しかけた方がいいのか?」

「まあ、出会ってしまいましたからね」

一之江に目配せしてから、一応警戒して近くことにした。

「よう」

「ん? あー‼︎」

今は普通の女の子らしい私服に身を包んでいる金髪ドリル娘は近づいた俺達に気づくと俺や一之江を指差して口をポカンと開けていた。年齢はやっぱり中学生か、或いは小学生くらいだな。
背も低いせいで、従姉妹の理亜より年下に見えるし。

「こんなところにいるってことは買い物か?」

「そうよ! 張り込みのためにアンパンと牛乳とキャラメルを買おうとしてたんだからっ!」

確かに張り込みの定番アイテムだな。
アンパンと牛乳は。
だがしかし…

「アンパンと牛乳は解るがキャラメルは違うだろう」

「へ? そうなの?
でも私の仲間が張り込みの定番アイテムにはキャラメルもないとダメー、非合理的だって言ってたわよ?」

誰だ、張り込みアイテムにキャラメルを加えたやつは。
まるでかなめみたいな奴だなぁ。
かなめみたいな思考の奴が世の中にいたんだな……はっははは。

「……まあ、好きなもんは人それぞれだからそれは置いておくとして。『ベッド下の男』を張り込むつもりだったのか?」

「当たり前じゃない! 女の子の夜を守るのも正義の赤マントの使命だもの!」

……お前は女の子を攫うのが役目の物語だろ!
まあ、少なくとも正義の為に戦っている『良い都市伝説』なのは確かなのか?

「貴女一人ですか?」

一之江が尋ねると、少女は途端に挙動不審なった。
チラチラ、とコンビニの中を見てはそわそわし始める。

「ひ、一人よ!」

「ふむ。じゃあ俺達が中に入っても問題はないんだな?」

「ちょっ、ばっ、ダメに決まってるじゃない!」

「どうしてだ?」

「このコンビニはわたしたちの占領下にあるからよ!」

「わたし『たち』?」

「しまったー⁉︎」

可哀想なくらい解りやすい子だった。
一之江はチラ、とコンビニを見て何事かを考え込むと。

「モンジ、少し歩いた先にある、アイスが充実しているコンビニに行きましょう」

「あれ、いいのか?」

「人が隠すものを、無理矢理暴くのは失礼に当たります。それが許されるのは『主人公』の中でも『探偵』に属する人だけなので」

人の背中に刃物を突き刺すのは失礼に当たらないのか、などと思ったが言えばザクザクなので黙って頷くことにした。
それにしても探偵か。
探偵というとどうしても『あの男』を思い出す。
死んだと見せかけて、生きてるのが当たり前のように描かれている奴だからな。
もしかしたらこっちの世界でも『あの男』の名前を冠したロアとかがいるかもしれない。

「まあ……俺は普通の『探偵』とかは無理かもな」

武装探偵ならやれそうだけど。

「おおお……いい人達だ……」

赤マントは、一之江の配慮に感激して目を潤ませていた。昨日は殺試合をしたような奴だが案外、こいつは本当は純粋でいいヤツなのかもしれないな。

「いい人でしょう。以後、私を崇めなさい」

「え、崇めないよ⁉︎」

「では崇拝するといいです」

「スーハイ?」

「尊敬して凄いなー、とか思うことだ」

「ああ、それならOK! ずっと凄いなーと思ってたもの!」

本当単純な奴だ。これから『赤マントはメリーズドールを崇拝している』という噂が流れてしまったらちょっと申し訳ないと思うが。

「時に私は一之江瑞江。こいつはモンジです。貴女のお名前は?」

「うん? わたしはスナオ・ミレニアムよ!」

苗字は凄いが、名前は性格のように素直だった。
というか、ロアっておいそれと名乗っていいんだっけ?
っていうか、スナオちゃんは本名なのか? 一之江も偽名なのだが。

「なんか凄い『主人公』に仕えている雰囲気ですね」

と、そんなことを考えていたら一之江が情報収集(聞き取り)を始めていた。

「へへん、そうよ。わたしの『主人公』ってば本当に最高なんだから! そっちのモンジとか変な名前の人よりも10倍素敵よ!」

「その人がコンビニの中いるんだな?」

「い、いいいいないってばさ! ぴゅーひゅるりー」

露骨に目を逸らし、下手くそな口笛まで吹き出した。

「ふむ……で、その主人公さんはどんな物語なんです?」

「うん? ふふーん、聞いて驚かないでよね! わたしの主人公は……」

スナオちゃんは得意げに、かなりもったいぶってから平坦な胸を張りながら答えた。


「『終わらない(エンドレス・)千夜一夜(シェラザード)』よ!」

その名を聞いた瞬間、一之江がもの凄く反応して。

「なるほど、流石です。モンジ、とっとと行きますよ」

大慌てで俺の手を引っ張った。

「あ、ああ……じゃ、またな、スナオちゃん」

「はーい、またねー!」


ぶんぶんと手を振るスナオちゃん。一之江はそんなスナオちゃんに見向きもせず、一刻も早くこの場から立ち去ろうという気概で俺を引っ張る。

「お、おい、ど、どうしたんだよっ」

やがてさっきのコンビニが見えなくなった辺りで解放された俺は一之江に尋ねた。
一之江の態度はあまりにもおかしい。スナオちゃんが『主人公』の名前を言った瞬間から血相を変えていた。
あの一之江をこんなに焦らす物語……そんなに凄いものなんだろうか?

「貴方という男は本当に恐ろしいものを引き寄せますね」

「そんなに凄いのか?」

そう指摘されると、確かに。『メリーさん人形』『魔女』『神隠し』『人狼』『悪戯妖精』『ベッド下の男』はどれもこれも恐ろしい都市伝説だが。

「あっちも主人公なんだから、仲良く協力とかは出来ないのか?」

それこそ、一之江の『仲間』達みたいに、情報交換とか出来たら助かるのだが。
主人公の知り合いがいない俺としては、別の『主人公』に会って話を聞いてみたいっていうのもある。

「……今から、まるで別の会話をしますが、これは前フリです」

「お、おう」

俺と一之江は話ながら大きな道路から隠れるように脇道に入っていく。小さな路地の入り口で立ち止まり。
一之江は真っ直ぐに俺を見つめて口を開いた。

「このままモンジが都市伝説を、今までと同じペースで集めていったら……合計百個。とてつもない時間がかかるのは解るでしょう」

「ああ、それは解る。やっぱそうだよな……」

ちょっと前に計算してみたが、週に一つ都市伝説を解決したとして、一年で48個。二年で96個。かなりの時間がかかる。それが二週間なら倍はかかるわけで。今のところ一之江と出会ったのは五月だから、2カ月で三、四個というペースだ。

「うん、かなり時間がかかるな」

このままだと一年で18個から20個くらいで。実に五年以上かかる計算になる。

「そこに、裏技があるとしたらどうしますか」

「裏技? 一気に物語が集まる技とかチートとかがあるのか?」

詳しくは知らんがゲームだとよくある、いわゆるズルみたいな技を裏技やチートという。
いきなり強くなったり、いきなりお金持ちになったり、そういうルールを逸脱して楽をする行為だ。便利だが、想定外の行為の為ゲームのシステムに負荷がかかったり、想定された遊びではない為、ゲームそのものがつまらなくなったりしてしまうこともあるとか。

「ええ、実は『こいつ到底百物語を集めるなんて無理だろ、ギャハハ』とか思っていたので、貴方がもうちょっと強くなってから言う予定だったのですが……割と事態は深刻ですので」

「そうか……」

さっきスナオちゃんが言っていた『終わらない(エンドレス)千夜一夜(シェラザード)』。
あれは一之江にとって、かなりの深刻な事態ということなんだろう。

「貴方には私やキリカさん、音央さん、鳴央さんと、かなり強いカードが揃っていますので、上手くやればいけると思っていました」

『メリーズドール』『魔女』『神隠し』……すでに裏技を使って物語にしたかのようなラインナップだよな。
どの都市伝説もおいそれと手が出せないくらいの強さがあるみたいだし。

「そんな私たちを上手く使いこなし。他の『主人公』を貴方がやっつけて、自分の物語に出来てしまえば……」

待て。一之江は今なんて言った?
他の『主人公』をやっつける、だって……?
ということはもしかして……

「そうすれば、その『主人公』の持つ物語が俺の物語になる、のか?」

「その通りです」

ここでようやく、『主人公』という存在が何者なのか理解できた。
様々な都市伝説を自分の物語として取り込み、強さを増す『伝説』。
それがよく物語で見るような『英雄』や『勇者』なんだろう。
主人公は倒した存在の持っていた物語を吸収する。
吸収した物語を取り込むことで物語としての質が上がる。
そして俺はいずれ『百』の物語を集めるとされる『主人公』だ。
______だからこそ、今まで色々なロアたちが俺を見て驚いていたんだな。

……って、待てよ?

「なあ、一之江。俺が『主人公』をやっつければ、その物語が全部俺の物語になるってことは……今さっき聞いた『千夜一夜』に狙われて、もしもやっつけられたら……」

「ええ。貴方はとても容易く取り込まれるでしょう。相手の物語許容量は、実に貴方の10倍ですしね」

自分が誰かの物語になる。
なってしまう……そんな可能性がある。
そうなってしまえば一之江たちの物語すら、相手の支配下の置かれてしまうんだ。
そしてこの俺すらも。
完全に自由を奪われ、後は取り込まれた『主人公』の為だけに存在する『単なる物語』になってしまう。
時には不本意な戦いを強いられ、俺の物語たちが使い捨てのように扱われても逆らうことも出来ない。
その可能性を示唆されただけで、体の芯が冷えるような。
______そんな恐怖を感じた。

「だから……」

俺の手を握る手に力を込めて、真剣な目で俺を見つめて一之江は告げた。

「『終わらない(エンドレス)千夜一夜(シェラザード)』には絶対に近づかないようにして下さいね」

真剣な表情で告げた一之江の言葉に、俺は頷くことしか出来なかった。 
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