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黒魔術師松本沙耶香 客船篇

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27部分:第二十七章


第二十七章

 美女は沙耶香を見てだ。ふと気付いた様にして問うた。
「貴女は?」
「通りすがりの客よ」
 ベッドの中の彼女をその切れ長の黒い目で見ながらの言葉である。
「ただのね」
「通りすがりですか」
「そうよ。それで貴女はどうなのかしら」
 彼女に顔を向けての言葉だった。
「貴女は」
「私は、ですか」
「夢を見ていたのね」
 今度は彼女の中へ向けた言葉だった。
「そうね。それも恐ろしい胸を」
「それもおわかりなのですか」
「わかるわ。そして」
 沙耶香は彼女をその切れ長の黒い目で見ながらだ。さらに言ってみせたのだった。言葉は自然と出ている。選ぶ必要はなかった。
「貴女の中には新しい命もあるわね」
 彼女はベッドの中から暫く沙耶香を見ていた。そうしてそのうえで静かに沙耶香から顔をそむけてだった。小さな声で答えた。
「・・・・・・はい」
「誰の子供かは言うまでもないわね」
「主人の子供です」
 今度は沙耶香に顔を向けての言葉だった。
「それは間違いありません」
「それもわかるわ」
「ただ」
 しかしだった。彼女はここでその沙耶香が見た夢のことを話すのだった。
「貴女のその御主人とも子供も貴女自身も」
「何故でしょうか」
 こう言うのだった。
「夢の中でいつも私も赤ちゃんも狙われます」
「そうね。いつもね」
「それは何故でしょうか」
「相手は貴女にはわからないものよ」
 それは彼女にはわかるものではないというのである。
「残念だけれどね」
「そうなのですか」
「ただ」
「ただ?」
「悪夢は終わるものよ」
 沙耶香はこう彼女に告げた。
「必ずね」
「終わるのですね」
「今終わるわ」
 また彼女に対して告げたのであった。
「今ね」
「今ですか」
「目を閉じなさい」
 彼女に静かに命じる様に告げた。
「そしてそのまま眠るのよ」
「けれど今起きたばかりで」
「いえ、眠れるわ」
 それが最初から決まっている様な言葉であった。その言葉を彼女にかける。すると彼女は沙耶香に言われるままにゆっくりと目を閉じた。するとであった。
 そのまま眠ったのだった。そして彼女が完全に眠るとであった。舞台は何時の間にか変わっていた、客船の部屋の中から得たいの知れない西洋風の宮殿の中になっていた。左右に無数の鏡が並んで互いに映し出し合い無数の世界を構成している。沙耶香はその中に立っていた。
 黒い壁や絹の白いカーテン、そして立派な窓を見回しているとであった。前から彼女が駆けて来た。何かから逃れる様に必死の顔である。そしてその後ろから。
 悪魔の様な仮面を着けた女が迫って来る。黒い喪服を着ておりその両手には死神の大鎌がある。その女が彼女に襲い掛かろうとしていた。
 そのまま鎌で彼女の腹を後ろから斬ろうとする。今まさに斬ろうとするその時だった。
「待ってもらうわ」
 沙耶香が前に出た。そのうえで鎌に己の右手の人差し指から放った水晶を思わせる水玉をかけた。すると鎌は水玉が触れたその部分から凍っていき。忽ちのうちに砕けてしまったのである。鏡の中にその有様が映っていた。
 
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