黒魔術師松本沙耶香 客船篇
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26部分:第二十六章
第二十六章
「それもですか」
「楽しむといったわね。仕事も」
「確かにそうですが」
「この船は美酒が揃っているわ」
既にワインを心ゆくまで楽しんでいる。沙耶香にとってワインは霊薬と同じ様なものである。彼女に深い潤いを与えるものなのだ。
「それに名花もね」
「やれやれ。もうどちらも楽しまれているとは」
「そういうことだから。仕事が終われば」
「後は御自由に」
「今まで通りにさせてもらうわ」
しかし沙耶香の返答はこうしたものだった。
「それでいいかしら」
「お仕事を終えて下さればそれでいいので」
彼が言うのはそれだけだった。それから先は言わないのだった。
「それだけですから」
「わかったわ。それじゃあ」
「御願いします。では」
こんなことを話してであった。彼等は別れた。沙耶香は席を立ちそのうえでレストランに入った。彼女のテーブルに着いて頼むメニューは。
「ハンバーグがいいわね」
「ハンバーグですか」
「ビスマルクの様にね」
そうしたハンバーグだというのである。
「大きさは五百グラムで」
「大きさはそれですね」
「そして上に目玉焼きを置いて」
こうも言い加えるのだった。
「それで御願いするわ」
「それをビスマルクのものと言われるとは」
それを言われたボーイはだ。微笑んで彼女に言ってみせたのだった。
「お見事です」
「お世辞はいいわよ」
「いえ。本当に御存知なのですね」
「何がかしら」
「料理というものが」
まさにそれ自体がというのである。
「では前菜は」
「生牡蠣がいいわ」
それだというのだった。
「そうね。それは」
「百個ですね」
「流石に百七十五個は辛いわね」
ビスマルクは大男であり大食漢でもあった。ある店で生牡蠣を百七十五個食べたという記録が残っている。他にはゆで卵を十個以上食べたという話もある。
「だから」
「百個で、ですね」
「それだけにしておくわ。後は」
「他は」
「ポテトサラダね」
サラダはそれだというのである。
「スープはコンソメで。パンでね」
「畏まりました」
「ワインは白と赤を一本ずつ御願いするわ」
それはどちらもだというのだ。
「白を先に出してくれるかしら」
「生牡蠣の為に」
「そうよ。それで御願いね」
「デザートは」
「ザッハトルテを」
それをだというのだ。
「御願いするわ」
「では」
こうしてメニューを頼み贅沢で量もある昼食を楽しむのだった。女ではあるが見事な美食家であり健啖家であった。そして食べ終えてレストランを出ると少し船の中を歩いて。そのうえである客室の前に来たのであった。
その扉に触れると扉は自然に開いた。下手の中はこの船の中ではエコノミーと言ってもいい部屋だった。それでも豪奢な絨毯に敷かれそのうえで立派なテーブルや椅子が見られる。そうした部屋であった。
その白いベッドの中にだ。一人の若い美女が眠っていた。長い黒髪でありそして白いガウンを着てベッドの中にいた。だがとても辛そうな顔をしており呻き声さえあげていた。
沙耶香はその彼女のところに来てだ。静かに右手をあげて親指と人差し指を鳴らした。するとそれだけで彼女は目を覚ましたのであった。
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