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101番目の百物語 畏集いし百鬼夜行

作者:biwanosin
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第十三話

◆2010‐05‐12T18:15:00  “Yatugiri Junior High Scool Music Room”

「……なあ、テンさんよ。ロアってこんなやつもいるのか?」
「ま、まあ……うん。十人十色っていうか、なんというか……いなくはない、わね。ロアの持つ物語の中でどこかおかしくなることはあるわよ」
「そうなんだな……なんとなくだけど、俺の中ではそういうのはいないと思ってたから、さ」
「まあ、分からなくはないわ。あたしも、ここまでのには会ったことがないもの」

 テンのその言葉に軽いめまいを覚えながら、顔をあげて前を見る。そこにいるのは、先程の少女。ただし……

「うわーん、まただめだったぁ!頑張って練習したのにぃ!練習では出来てたのにぃ!」
「うむ、確かに練習では出来ていた。だからそこまで悲観することはないのではないかな?次に向けて練習していけば、いつか緊張もしなくなる時が来るとも」
「でもぉ!」

 床に座り込み、先程まで座っていた椅子に置いた腕に顔を伏せて思いっきり泣いている。そしてそれを壁から飛んできたベートーベンの絵が慰めている。なんだこの光景は。あとベートーベン声渋いな。

「今回来た人たち、なんか凄そうなんだもん!」
「大丈夫だとも。どうせ、こんなロアに勝っても何にもならないと呆れて立ち去るだけだ」
「それはそれで嫌ー!」

 と言われても、そろそろ本気で呆れてきて帰りたいんだけど。帰っちゃだめなのかな?

「……なあ、テン」
「……なにかしら?」
「これ、どうする?」
「あたしとしては、どうもしないでそっと帰りたいところなんだけど」
「やっぱり、そうだよなぁ……。けど……」

 このまま放置して帰る、というのもそれはそれで罪悪感がある。そして、主人公としてそれはどうなんだと思う。けど関わりたくない。
 さて、これはどうしたものか……

「結局、いつまでたってもダメなままなんだよー!最後までカミナパイセンにも聞いてもらえなかったし!」
「それも、君が頑張って入れ替わればいい話なんだ。頑張ろうじゃないか」
「それ、気付いてもらえないよぉ!見た目変わっちゃってるんだから~!」
「……えっ?」

 あれ、今の……。まさか、と思った俺のからだは、とくに意識しないまま女の子の方へと向かっていた。テンが俺を止めようと声をかけてくるけど、それでも止まれない。いや、まさか。そんなことはあり得ない。でも……いま彼女は、確かに言った。だとしたら。

「……なあ、ちょっといいか?」
「え?あ、ちょ、今は……」
「悪いんだけど、顔、見せてくれ」

 どうしても確認せずにはいられなくて、俺は彼女の両頬に両手を当てて、こっちを向かせる。彼女が泣きながら大きく動きすぎたせいなのか、そこで長髪のウィッグが落ちた。うん、間違いない。それに、彼女も俺の顔を見て驚いた様子だから気付いたんだろう。

「やっぱり……お前、鈴ちゃんなんだな」
「うそ……カミナパイセン!?」

 あぁ……やっぱり、そうなのか。

◆2010‐05‐12T18:20:00  “Yatugiri Junior High Scool Music Room”

 あの後、鈴ちゃんにハンカチを渡してとりあえず落ち着くまで待つことにした。知り合いだった以上、このまま帰ることはできない。聞かないといけないこともあるし。

「あの……パイセン、これ、どうもです。本当なら洗濯して返した方がいいんだけど……出来ない、ので」
「いや、気にしなくていいよ。俺も気にしないし、仕方ないから」

 大分しっとりとしたハンカチを受け取り、ポケットにしまいながらどうしたものかと考える。聞きたいことは多々あるんだけど、かといっていきなり一番聞きたいことを聞くわけにもいかないだろう。あれは、慎重に聞いた方がいい。かといって、何から始めるか……

「あ、えっと……パイセン、そちらの方は?」
「ん?って、ああ。そうか。二人はお互いが誰なのかは知らないんだったな」

 鈴ちゃんが聞いてくれたおかげで、少し救われた。このままでは、無言で気まずい時間を過ごすことになってたかもしれないから。それに、俺もベートーベンさんがなんなのかは知らない。いや、見ればわかるような気もするけど。

「……それじゃあ、全員の自己紹介しとくか」
「そうしよう。そもそも(わたくし)はここにいる者について、この子しか知らない。ついでにいうのならあまり強いロアではないのでね。出来ることなら、君たちがなんなのかも含めて自己紹介してくれるとうれしいね」

 ベートーベンはそう提案してきた。ふむ、出来るならまだロア関連の話には入りたくないんだけどな……

「カミナが何考えてるのかは分かるけど、ちゃんと話とかないといけないことなんでしょ?」
「……まあ、そうなんだよな。鈴ちゃんもそれでいい?」
「あ、はい。大丈夫です!」

 そういうことなら、そういう感じでいかせてもらおうとしよう。

「じゃあ、まず俺から。俺は神無月凪、八霧高校二年。まだハーフロアになったばかりのひよっこだけど、『畏集いし百鬼夜行』の主人公らしい」
「……これはこれは。大物じゃないかとは思っていたけど、まさか『百鬼夜行』の主人公だったとは」

 ベートーベンさんはなんか驚いた様子だけど、そんなにすごいのだろうか、『百鬼夜行』の主人公というのは。今現在やれることがないから、どれくらいのものなのか全くもって分からない。

「じゃあ、次はあたしね。あたしは夢宮天樹。名前の方はなんだかごつい感じがするから、テンって呼んで」
「了解しました、テン嬢」
「テンでいいわよ、その呼び方だとあっちみたいだから」

 テンはそう言いながら上を指さす。確かに、そっちに聞こえるよな。

「で、『日影の正夢造り』。他にも『夢違い』って呼ばれることもあるから、どっちで覚えてくれても構わないわ。今は八霧高校の二年生」
「えっ……翠緑学園じゃないんですか?」
「前まではそうだったんだけど、八霧に転入したのよ。今はこいつと同じクラス」

 まあ、制服翠緑学園のままだしな。そう思うのが普通か。

「……これはまた、お二人とも予想外の大物のようで。(わたくし)たちでは、逃げることすらできそうにない」
「そっちが何かしてこない限り、こっちは何もしないわよ」
「それはありがたい。(わたくし)はここ八霧中学にいるロアの中でも最古参となります。何度か名前が変わり、今では『音楽室のコンポッサーズ』と呼ばれております」
「名前が変わるなんてことあるんですか?」
「『世界』がそう認識すれば、名前も自然と変わります。仲間内には絵さんなどと呼ばれていますので、どうぞそのように」

 絵さんて、そのまんま……まあでも、うん。そう言うのならそう呼ばせてもらおう。で、最後は……

「あ、えっと……道里(みちさと) (すず)です。カミナパイセンには委員会で一緒になった時からいろいろとお世話になってました。で、えっと……『音楽室のクラリネット』?っていうロアに最近なったみたいです」
「最近っていうと、どれくらい?」
「まだひと月もたってないですねー」

 そう言いながら鈴ちゃんは笑ってるけど、そんなはずはない。だって、この音楽室のクラリネットの噂は俺が中学生だった頃にはすでに広まっていたのだ。なら、そのころからすでにロアとして存在したはずじゃないのか?
 それと、もう一個。どうしても気になる点がある。

「……パイセン、何か聞きたいことがあるんじゃないですか?」
「まあ、あるんだけどな……」
「やっぱり、そうですよね。……ここに来るまでに、見たんですよね?鈴を」

 そう、その通り。俺は見たはずなんだ、友達と楽しそうに話しながら下校する鈴ちゃんを。だから、はっきりと真正面から見るまでは違うはずだという考えが消えなかった。

「そのあたりを説明するにあたって『音楽室のクラリネット』というのがどんなロアなのかを説明しなきゃなんですけど、いいですか?まだどんなロアなのか、ちゃんと理解してない状態での説明になるんですけど」
「……まあ、それを聞いて分かるだけの情報があれば、俺はいいよ」
「テンさんは?」
「んー、まあいいわよ。Dフォンで調べるよりは、本人に聞いた方がいいだろうし」
「それに、何か説明が足りなかったら(わたくし)も補足する。安心したまえ」

 そういう二人に促されてか、鈴ちゃんは話し始める。というか、なんか本当に絵さんがかっこいいんだけど。

「それでは……パイセンは、どこまで知ってますか?」
「どこまで、なぁ……さっき鈴ちゃんがやってたようなやつとか、クラリネットだけ宙に浮いて演奏し出すとか」
「なるほど、全体的に知られてたところまでなんですね。なら、吹奏楽部で知られていたものは知ってますか?」
「……そんなものがあったことすら、知らない」

 聞いてみると、吹奏楽部なら全員、そうでない生徒でもちらほらと知っている物らしく、絵さんは昔なら生徒全員が知っていたと言った。ということは、大分昔からその噂は存在するらしい。

「じゃあ、そこから話しますね。……元々は、神隠しの一種として噂されていたものなんです」


  昔、ここ八霧中学の吹奏楽部にとても熱心に練習している部員がいました。
  その子はクラリネットを演奏していて、決して上手とは言えなかった。
  それでもとても楽しそうに、そして熱心に練習していたので、大会に出場するメンバーにも入れました。
  ほら、この学校って昔から吹奏楽部が強くて部員が多かったじゃないですか。
  だから、昔は出場メンバーの選出とかやってたらしいんです。
  それで大会の前々日。その子はうっかり楽譜とか一式を音楽室(ここ)に忘れてしまったんです。
  まだ次の日には練習があるから絶対に持ち帰らないといけないわけじゃないんですけど、その子はまじめで。
  リード……って言っても分からないですよね。ここの、口をつけるところのことなんですけど。
  これって、湿度とかで簡単に形が変わったりしちゃうんですよ。困ったことに。
  だから毎日ちゃんとしてたのを学校に置きっぱなしにするのがどうしても出来なくて。
  それで、学校に向かって入れてもらったんです。そしてそのまま、音楽室に向かいます。
  そのこはそのまま音楽室に入ろうとしたんですけど、もう夜なのに中からクラリネットの音が聞こえてくるんです。
  その子はおかしいということに気付きながらも、その上手な演奏に惹かれてそっと音楽室に入り、その演奏を後ろでじっと聞きます。
  と、ここまではパイセンが知ってるのと同じような流れですね。違ってくるのはここからなんですけど。
  どうしても誰が演奏してるのか気になったその子は、演奏していた子に近づいて、あることに気付きました。
  なんと、その子が使っていたのは忘れたクラリネット……いえ、正確には忘れさせられたクラリネットなんですよ。
  まあつまり、その演奏している子に隠されていたわけですね。
  そこに気付いたところで、演奏していた子はどんどん近付いていきます。
  それが怖かったのに動けないでいる彼女にあとは腕を合わせば抱きつけるというような距離まで近づいて、耳元で一言。
  「貴女よりうまいでしょう?だから……変わって?」
  翌日以降、その子は見違えるようにうまくなりました。まるで……入れ替わったかのように。


「と、以上がこの都市伝説の説明になります。まだちゃんと理解していないので分かりづらいですけど、それは勘弁くださいな」
「いや……大丈夫。ちゃんと分かったから」

 どういう都市伝説なのかは、分かった。そして、入れ替わるという都市伝説である以上、別の鈴ちゃんがいても不思議ではない。

「それにしても、凄いよな。それだけ昔から噂がある都市伝説なのに、ロアになったのはつい最近だなんて」
「いやいや、この都市伝説のロア自体はかなり昔からあるよ。それこそ、彼女が何代目なのか覚えてないくらいに」
「……それは、どういうことなのかしら?」

 と、テンが絵さんに尋ねた。俺は何一つ呑み込めていなかったので、テンの質問で分かりやすくなっていると助かる。

「えっと、何のことでしょうか?」
「それは……ううん、貴方に聞いても仕方ないわね。だから絵さん。貴方が答えてくれないかしら?」
「構わないとも。それに、このことがどれだけのことなのかを理解しているのは、(わたくし)だけだろうからね。とはいえ、説明するのも難しいことだから、そこは見逃してくほしい」

 絵さんはそう前置きしてから、さてどう話したものかと考え……話し出した。

「元々、『音楽室のクラリネット』という都市伝説は、純粋なロアとして発生したんだ」
「えっ……じゃあ、なんで今、鈴ちゃんがハーフロアとしてやってるんですか?」
「そう、まさにそこなのだよ。この都市伝説の、このロアの特殊性は」

 絵さんはどこか興奮しているようにも見える。もしかすると、そのことを誰かに話したくて仕方なかったのかもしれない。
 だから、そのまま聞くことにする。

「普通なら、入れ替わり系の都市伝説は入れ替わってからもロアであり続けるものだ。例としては、チェンジリングなんかがあげられる」
「いつの間にか子供が妖精と入れ替わっている。神隠しの一種ね」
「そうだ。そして、この都市伝説では入れ替わったものが『人間』になるのではなく、『妖精』のままであるというのは、分かるかね?」
「それは……はい、分かります」

 当然のことだ。どれだけ似せていようと、入れ替わっただけなのだから、その子に慣れるわけではない。
 だから、もしそんなロアがいて自らの物語を果たすのなら、入れ替わり一生その子として生きていく。人間ではなく、人間のふりをする妖精として。

「だがしかし、『音楽室のクラリネット』はそうではないんだ」
「どう違うの?」
「完全に入れ替わる。元々ここにいたロアであった子は、努力家ではあるものの演奏がうまいとはっきり言えるわけではなかった子に。そして、誰からも上手だといわれるクラリネットの腕でそれから先を過ごしていく。……ロアではなく、人間として、ね」

 ……待ってくれ。そう言いたかったのに、俺の口は動いてくれなかった。
 ロアが人間になる。それも、元々いた子を乗っ取るような形で。でもそれなら、その子はどこに行く。

「……そしてその子は、『音楽室のクラリネット』というロアになるの?」
「そうだとも。初代は完全なロアであり、二代目以降はハーフロアとして。そしてその二代目の少女が練習を重ね、プロを名乗れるくらいとまでは言わなくても、十人中十人がうまいというくらいのレベルになったら、また同じ境遇の子と入れ替わる。二代目の少女は、その女の子に。そしてそれから先、その女の子として暮らしていく」
「そしてその女の子は、三代目の『音楽室のクラリネット』になる」
「その通り。そして、それが繰り返され繰り返され、今は鈴嬢が『音楽室のクラリネット』となったのだ」

 ……ならつまり、俺が見た鈴ちゃんは、鈴ちゃんの前の『音楽室のクラリネット』ということ。

「……なあ、テン。こんなことあり得るのか?」
「本来なら、あり得ないわよ。でも……そう言う『物語』なら、可能性はあるわ」

 そして、これはそういう物語。だからそうなった、ということか。本当にどこまで自由なんだ、ロアというのは。
 でも……ロアなりたての俺には、理解するのが難しすぎる話だ。ちょっと頭が痛くなってきた気がする。

「大丈夫ですか、パイセン?」
「あ、ああ……まあ何とか。まだ大丈夫だ、うん。それで……鈴ちゃんは、このことに対して何かあるの?」
「う~ん、そうですね……最初は、ありましたよ。『なんでこんな目に会わないといけないんだー!』って。絵さんに当たり散らしたこともあります」

 それはそうだろう。俺みたいにいつの間にか勝手にロアにされてただけでも文句を言いたくなってくるのに、鈴ちゃんの場合は押し付けられたんだから。しかも、こういう場所固定型のロアはそこから離れることができないものらしいし。

「まあでも、今は割とそうでも無かったり」
「……そう、なのか?」
「はい。だって、前の人はこんな状況でずっと過ごしていたんですよ?そんなの耐えられない、戻りたい!って思う気持ちが理解できちゃって。その気持ちを抱いて、それはもう必死に練習したんだろうなー、って。そうしたら、もう仕方ないやって」

 ……鈴ちゃんが、強すぎる。どうやったらそこまで思えるんだろうか。
 目の前の笑みが無理しているように感じられなくて、俺はただひたすらに尊敬した。

「そういうわけで、まあいつかは同じことをして次の子と入れ替わるんでしょうけど、それまでは『入れ替わり』以外の物語を実行しつつ、それに対する人の反応を楽しみつつ、練習していくつもりです!……まあ、まずは緊張しないようにならないと、なんですけどね」
「……そっか。それは大変だ」
「ええ、大変です。でも、ちょっと楽しみです」

 そういうことなら、俺から何か言うのはお門違いだろう。鈴ちゃんにも、鈴ちゃんと入れ替わった子にも。だから、もう後はただ応援しているくらいなのかな?

「はい、以上で終わりです!ここからは、パイセンに質問していってもいいですか?」
「おう、いいぞ。つっても、俺はまだ俺のロアがどんなものなのか分かってないから、そこを聞かれてもどうしようもないんだけどな」
「それは大丈夫ですよ!そこには興味ないですから!」

 はっきりと言われて、ちょっと傷ついた。

「えっと、じゃあ何を?」
「それなんですけどね。パイセンって、主人公のロアなんですよね?」
「そうみたいだな」

 まだちゃんと実感できているわけではないのだけれど、まあ事実としてそういうものらしい。

「それって、自分の物語を集めていく存在だって聞いてるんですけど、もう誰かいるんですか?」
「あたしがそうね」

 と、俺に向けられた質問にはテンが答えた。
 というか……え?

「テンって、そうだったのか?」
「そうよ?もしかして知らなかったの?」
「知らなかった。ってか、そんなこと言わなかったじゃねえか!」
「まさか知らないとは思わないでしょ……。Dフォンから祝福するような音、でなかった?」
「出たな」
「あれ、物語になった、っていうことよ?」

 あの音は、そういうものだったのか。
 やっぱり、どう考えても『ロア』関連の説明が足りない。Dフォンを配るなら、一緒に簡単なレクチャーもしてほしいものだ。

「あー……そういうことらしい」
「他にはいないんですか?」
「いないなぁ……ってか、体験したロア自体鈴ちゃんが二回目だし」
「じゃあ、立候補していいですか?」

 ……うん?

「えっと、俺の物語に?」
「はい、カミナパイセンの……『畏集いし百鬼夜行』の物語の一つに」
「……そんなことできるのか?」

 俺は本当にまだ何も知らないので、テンに聞いてみる。

「あー、そうね……縁があればできるわよ」
「つまり、コードをDフォンに登録できれば、ってことか?」
「そういうこと。もちろん、そうじゃなくてもそのロアの『物語』をちゃんと攻略できればいいんだけど、今回のは、ちょっと……」
「あぁ、確かに……」
「あれは、無理だろうねぇ」
「スイマセン……」

 鈴ちゃんが申し訳なさそうにしているけど、まあその通りだと思う。あれを『音楽室のクラリネット』の『物語』だというのは、ちょっと無理がある。というか、鈴ちゃんのためにもしたくない。

「だから、今回のあれでも行けるように、『Dフォン』で『コード』を読み取る必要があると思う。それさえ出来れば、縁がより強くつながれて、『物語』にできるんじゃないかしら」

 もっとも、ちゃんと縁があり、そしてカミナの『物語』となるものであれば、だけど。
 そうテンがつなげた以上、もちろん鈴ちゃんが俺の物語ではない可能性もあるんだろう。だけど、なぜだろうか。俺は、彼女を俺の物語にできると思った。

「……じゃあ、『音楽室のクラリネット』のコードはなんなんだ?」
「……うぅ、分からないです」
「はっはっは。まあ、鈴嬢はまだそのロアになってから日が浅いからね。知らなくても当然だろう。……『コード』になるとしたら、そのクラリネットじゃないかな?」

 絵さんが言っているのは、おそらく鈴ちゃんが持っているクラリネットのことだろう。今この部屋には、それ以外のクラリネットはない。

「え……絵さん、これ何ですか?」
「ああ、おそらくね。そもそも、この学校でピアノではなくクラリネットの噂が流れたのは、それがあったからなんだから」

 絵さんが言うことには、どうにもそのクラリネットはこの学校が建てられた年からずっとある、そこそこに高い品らしい。それがあったからこそ、この学校ではクラリネットの都市伝説ができたわけだ。

「じゃあ……どうぞ、パイセン」

 鈴ちゃんはそう言いながら両手に乗せたクラリネットを差し出してくれたので、それにDフォンのカメラを向ける。その瞬間。

 ピロリロリーン♪

 たしかに、コードが読み取られた。

「……読み取られた、な」
「……読み取られました、ね」

 俺と鈴ちゃんはそう言ってから顔を見合わせて、そろって笑顔になる。見ると、テンと絵さんも笑顔になってくれていた。
 よし、これなら。これなら、できる!

「パイセン、『音楽室のクラリネット』を、貴方の物語にしてください」
「ああ、もちろん」

 シャラリラリーン。
 ほらな?出来た。

「じゃあ、これからよろしくな、鈴ちゃん」
「はい!よろしくお願いします、パイセン!」

 ……ここからは、完全に余談なんだけど。
 あれだけ渋い声で、なんともかっこいいと思えることを言っていた絵さんなんだけど、ずっと変顔だった。最初のころは慣れるまで笑いをこらえてないといけなかったし、慣れてからも変顔のまま笑顔になったりされると、笑い出しそうになった。あれはダメだろ。
 
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