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101番目の百物語 畏集いし百鬼夜行

作者:biwanosin
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第十四話

◆2010‐05‐12T20:00:00  “Nagi’s Room”

 テンと別れた後、俺は自室のベッドの上でDフォンを開いたりいじったりしていた。理由は特になく、『まだ使い方よく分かってないなー』なんて思ったからいじってるだけなんだけど。
 で、結論は。

「さっぱりわかんねー」

 普段から取扱説明書は読まない俺なんだけど、Dフォンについてはぜひ取扱説明書がほしい。普通の携帯でできることは一通りできるっぽいし、その辺りのやり方は分かったんだけど、Dフォンでならできる、というようなものがなんなのか、全く分からないからだ。まだコードの読み取りくらいしか分からないぞ、俺。
 ラインちゃんに言ったら取扱説明書をくれたりしないだろうか?テンに聞いても、『主人公のロアのDフォン特有のものもあると思う』って言われたし、誰かに聞くこともできない。

「今度、長いことロアやってるっぽい絵さんに聞いてみようかな」

 そんな結論に至った時、階段を上ってくる音が聞こえたので俺はDフォンをカバンに突っ込んで、普通の携帯を手にする。すると、

「なーぎくんっ、ごっはんっだよ~」

 とっても楽しそうな様子で、笑顔な姉さんが部屋に入ってきた。エプロンをつけてお玉を片手にという、まあ何ともらしい様子。こんな光景リアルで見ることはないと中学時代は話していたものだが、あるみたいだぞ、友たちよ。しかもこの人、たぶん意識してやったわけじゃない。ついでに違和感もない。

「ん?なになに~?誰かとお電話だったりした?お姉ちゃん邪魔しちゃった?」
「電話じゃなくて、メールだったりネットだったりだから大丈夫」
「そっか。ならよかった♪」

 姉さんはそう言いながらとてとてと歩いてきて、ベッドに腰掛けている俺のすぐ隣に座る。男の部屋、ベッドの上、腕が当たるくらい近い、という要素が詰まっていてちょっとドキドキしてるんだけど、たぶんこれ俺だけだよなぁ。でも仕方ないよな、胸とかも当たってるんだから。

「それでそれで?なぎくんは何を調べてたの?」
「んー、ちょっと民俗学っぽいこと?」
「民俗学?」
「うん、民俗学。といっても、分類的にはそれになるってだけで、ちゃんと民俗学してるわけじゃないんだけど」

 そう言いながら俺は、姉さんに携帯の画面を見せる。そこには、Dフォンをいじる直前まで調べていた怪談系の都市伝説がまとめられているページが開かれている。
 読んでて思ったこととしては、どれもこれもなかなかに怖い。絶対にこんな体験したくないなぁなんて考えながら読んでたんだけど、途中でテンの件とか、これからもあるんだろうなぁとかいう考えに至った瞬間に見る気が失せてしまったのだ。
 縁ができたらその目に会う、って言われたし、これが縁になってそのロアに会ってしまったら……なぁ。

「……ねえ凪くん、どうして興味を持ったの?」
「姉さん……?」
「いいから、お姉ちゃんに教えて?」

 俺の携帯の画面をのぞいていた姉さんは、俺の顔をまっすぐ見てそう聞いて来る。普段の姉さんとは違う、ちょっと真剣な様子だ。どうしたんだろう……?

「あー、えっと……最近、クラスメイトと都市伝説の話をしたんだよ。姉さんも知ってるだろ?ティア」
「ああ、うん。あの子か……」

 一瞬、さらに真剣な様子の表情になった姉さんなんだけど、すぐに普段の表情に戻った。なんだったんだろうか、あれは。

「それじゃあ、いまなぎくんの周りでは何か都市伝説のお話がされてたりするのかな?」
「あ、ああ……うん。中学の時にあった『音楽室のクラリネット』みたいな怪談系が多いのかな」

 色々と気にはなったんだけど、聞く気にはなれなくてそのまま質問に答えてしまう。今目の前にいる姉さんは、さっきのが俺の目の錯覚であったのかと疑ってしまいそうなほどに普段通りの姉さんなのだ。だから……

「それじゃあ、その話をしながらごはんにしよっ。おなかいっぱい食べてね、なぎくん」
「うん、姉さんの作るご飯はおいしいから、いくらでも」

 俺の頭からはこの時の姉さんのことは、完全に抜けていた。

◆2010‐05‐12T23:50:00  “Nagi’s Room”

 姉さんと俺の二人で楽しく夕食をとり、風呂に入った後。俺は再びインターネットで思いつく都市伝説について調べてみた。
 八霧中学にはなかったけど、全国的に有名な『花子さん』なんかは、それはもう凄いヒット数だった。
 書籍や映画なんかも出てきたくらいだから、有名度は半端じゃない。ロアとして現れたのなら、それはもう強力な敵となってしまうのではないだろうか。出来ることなら、友好な関係でありたい。

「学校の怪談系は定番ものが多いし、強いのばっかりなのかもなぁ」

 その辺りについては、明日テンに相談してみよう。ウチの学校にもいるんだったら、早めにあいさつした方がいいかもしれないし。とそこで、『8番目のセカイ』で『八霧高校』と検索すれば出るんじゃないかな?なんて思ったのだが、無理だということに気付いた。
 なんでなのかは分からないけど、俺の『Dフォン』は『8番目のセカイ』のサイトにつながってくれないのだ。
 まさかの初期不良というパターンも出てくる。普通ならこんな状況でそんな気の抜けてしまいそうなことはないと思うんだけど、鈴ちゃんのことがあった以上ないとは言えない。何でも起こりうるんだ、本当の意味で。

「となると、今現在分かってるのはコード読み取りくらいなのか……」

 一番重要そうなものではあるし、これが使えれば何とかなりそうではあるけど……それでも、なんだか不安だなぁ。
 これまでに読み取ったのは、二枚になるのか。これから先もっと増えていくことだろう。

「ああ、ここに保存されてるんだ。……って、写真なんだから当然と言えば当然か」

 偶然見つけたデータホルダを開いてみると、そこには二枚の写真が保存されていた。
 テンの時の黒猫と鈴ちゃんの時のクラリネット。どっちもなんだか独特の雰囲気を持っている。

「この時の猫、可愛かったなぁ」

 犬派か猫派かと言われたら犬派な俺だけど、猫も好きなのだ。だからちゃんと見たいなーと思って、何の気なしにそのデータを読み込んでみる。
 と、その時。

 ピロリロリーン♪

 Dフォンから軽快な音が鳴った瞬間。
 俺は背後から流れてくる熱気を感じていた。といっても、そんなに熱いわけじゃなくて……こう、湯気みたいな感じだけど。
 って、うん?熱気?湯気?なんで俺の部屋から?

「……あんた、何してくれてんのよ」
「……へ?この声は、もしや……」

 その声を聞いた瞬間にDフォンが熱くなり、赤く光る。さらに、夢を見た。

 その夢の舞台は、俺の部屋。登場人物は、俺とテンの……あの時最後に見た、赤い髪のテン二人だけ。
 そして、目の前に立つテンが俺の胸に飛び込んできて……そのままナイフを刺され、死亡する。

 意識が戻り、ようやく状況を理解した。今後ろにいるのは、間違いなくテンだ。そして……

「フンッ!」
「いっでー!?」

 今背中を思いっきり殴ってきたのも、テン。というか、痛い。本気でいたい。涙が出てきそう。

「な、なあ……確か、ハーフロアってのは身体能力が高くなるんだよな?」
「ええ、そうね。それに今のあたしはロアモードみたいだし、もっと高いわよ」
「そんな力で殴られたら、俺が死ぬだろ!」
「大丈夫よ。今のあんたをあたしが殺すには、夢の通りにしないといけないから」

 よく分からないけど……たぶん、それもロアとしてのルールみたいなものなんだろう。
 話もそらしたいので、聞いてみることにする。

「えっと、それはどうしてなんだ?」
「それを話すのは別にいいんだけど……何か着るものを貸してくれない?」
「……着るもの、ですと?」

 そう言えば、さっき湯気みたいなものが流れてきたっけ。つまり、ということは……!

「振り向くな!」
「グッ」

 両手で頭を固定された。これでは、いくら首を回そうと頑張っても回らないし、目を動かしても見ることができない。そして、テンの力に勝てるはずもなく。

「……分かった。とりあえず、ジャージの上を着ててくれ。それからスウェットのズボンでも出すから」
「そうね……身長差的に、それで大丈夫かしら」

 話がまとまったので、俺は今着ているジャージの上を脱いで後ろ手に渡す。一瞬ワイシャツをとって渡すって手も考えたんだけど、そんな姿を見て普通にしていられる自信もないので自分の中で却下した。

「着たわよ」
「はいよ」

 テンからの返事を聞いてから俺はベッドを下り、タンスをあけてスウェットを取り出す。さて、普通に手渡すのは……うん、ぜひ今のテンを見たいし、こっちでいこう。

「ほらテン、これでいいか?」
「そうね、それで……って、コッチ見んな!」

 テンの方を見て投げ渡したら、枕が顔面に返ってきた。しかし、その直前に見えたあれは、うん……いいものだった。
 本人の言うとおり風呂上りらしいその肌は軽く赤らんでいた。そして、その体を隠しているのは一枚のジャージのみ。サイズの違いによって軽く隠された手と、ジャージから真っすぐ伸びる細い足。大事なところはジャージで隠されていたけど、それでもとても興奮してしまう光景だった。おそらく、一生忘れることはないだろう。

「……ミカ、あんたよっぽど死にたいの?」
「申し訳ありませんでした」
「……はぁ」

 頭を下げた。もう一刻の猶予もないと思ったから、テンが言い終わる前に思いっきり。
 そうしている間に布がこすれる音がしているので、おそらく今ズボンをはいているのだろう。つまり、今顔をあげたら本当に殺される。このままの体勢を許可が出るまで維持。

「……さて、一個質問。あんたどうやってあたしを呼び出したの?」
「いや、どうというか……Dフォンの中に保存されてた写真を読み取ったら、今に至る感じなんだけど」
「ふぅん……主人公のDフォン特有の力なのかしら?」
「というと?」
「物語にしたロアを呼び出せる、とか」

 あー、それでテンが呼び出されたわけなのか。テンの方も確信があるわけじゃないみたいだけど、まあお互いに分からない以上考えても仕方ないのかな。本当に分からないことだらけだ。

「つまり、ここで鈴ちゃんのコードを読み取ったらここに呼び出されるのか?」
「たぶん、ね。あの子って場所指定型のロアだから、百パーセント確実とは言えないんだけど」

 言われてみるとその通りだ。テンもロアの姿で呼び出されたわけだし、鈴ちゃんも呼び出されるならロア状態のはず。だがしかし、場所指定のロアである以上ロアとして現れるならあの場所以外にあるのだろうか?ふむ、謎だ。謎なんだけど……

「今呼び出すのは、まずいかな?」
「マズイでしょうね。もう寝てるかもしれないし、こんな夜中に急に呼び出された側としては」
「その件に関しては本当に申し訳ありませんでした」
「あたしたちの意思と関係なく呼び出されるあたり、本当にたちが悪いわよねー」

 いやもうほんと、その辺りについては申し訳ない。しかも今回はタイミングが悪かった。風呂上りのところを呼び出しちゃったとか、うん……俺にとってはタイミングが良かったなぁ。

「ハァ……もういいわ」
「な、何がでしょうか?」

 一瞬、心が読まれてしまったのではないかとあわてる。いやまさか、それはないか。

「この状況よ。どうせどうにもならないんだし、帰れるようになるまで待つわ」
「うん?普通に戻れるのか?」
「たぶん、ね。こういうのは大抵呼び出した本人が意識を失えば戻れるものだし、そうじゃなくても朝になれば戻れるでしょ」

 うん、全く理屈は分からないがそういうものらしい。なら、そういうものなのだろう。

「そういうわけなんだけど、あんた今眠い?」
「そうでもなかったところにテンが登場して、眠気はどこかに飛んでいったかな」
「そう……なら、眠くなるまでちょっと話しましょ。ペストについても話しておきたいし。ほら、さっさとベッドに横になる」

 話すのはいいんだけど……横になる?

「なんで横になるんだ?」
「さっさと眠くなってほしいからよ。横になってれば、少しは眠くなるのも早まるでしょ」

 なるほど、道理である。女の子の前で一人ベッドに入ってるとかどうなんだとは思うけど、まあ緊急事態なので仕方ない。そう思うことで納得しよう。

「そういや、もし俺が寝てもテンが帰れなかった場合ってどうなるんだ?」
「うーん、そうね……こういうのは完全に意識がなくなれば戻れるものだし、多分大丈夫だと思うわよ。あんたがしっかり熟睡してくれれば」

 そういうことなら、そうだと信じよう。

「もしダメだったら、遠慮なく起こしてくれていいからな。俺は床で寝るから」
「あー、ハイハイ了解。分かりました」

 もうほとんど投げやりな言い方だけど、気にしないことにする。どうせ気にしたってどうにもならないんだろうし。
 そんなことを考えながら俺はテンが降りるのを待って、ベッドに横になる。枕に頭を載せて、テンの方を向いて。

「それで、何を話すんだ?ペストの魔女については多少は聞いたと思うんだけど」
「多少聞いただけで、まだちゃんと説明できてないもの。言ったのだって、放置しておいたら破滅を招きそう、ってくらいでしょ?」
「それだけ分かってれば十分な気もするけどな」

 とりあえず、超危険だということはあれでよく分かった。効果範囲が広すぎるし、そう言う噂は十分にありそうだし。

「でも、それ以外で何ができるのかは説明まだでしょ?」
「そう言えばまだ聞いてなかったな。……ペストっていう病気に関わる魔女なんだし、そういう系統なのか?」
「よく聞くのはそれね。一気に滅ぼす以外でも、小さな範囲で出来たりもするって。それこそ、特定の人物に発病させるとか」

 発覚したら大事になりそうだな、それは。

「ペストって、もう対策は確立されてるんだっけ?」
「うーん、確立されてるわけじゃないわよ。肺ペスト、っていうのはもう死亡率ほぼ百パーセントだし、ワクチンによる適切な処置をしなければまず間違いなく死亡。とはいえ、日本では1930年に起こって以来発病はないわね」
「なら、意外と弱かったりしないのか?ほら、『もう対策は出来た』とか『それ以来起こっていない』とか、噂が広まるとロアの力は弱くなるんだろ?」
「よく気づいたわね。偉いわ、カミナ」

 ほめられた、ちょっと嬉しい。

「とはいえ、そう上手くいってるならあたしは来てないわね」
「やっぱり、上手くいかないのか?」
「ええ。なにせ、彼女はなにもペストだけの存在じゃないもの。噂の始まりは魔女裁判にあった魔女だから、普通の魔術も使えるし」

 つまり、一般的に魔女ができそうなことは一通りできるというわけだ。そこにペストという要素が加わった、と。何それ超怖い。

「他にも、ペストが関わる逸話とかはいくらでもあるから、それが人に知られている限り消えることもないもの」
「消えない、ってことは童話みたいに広く知られてるものなのか?」
「それもあるわね。例えば……ペスト説はほぼ支持されてないけど、『ハーメルンの笛吹き男』」

 なんとなく、聞いたことがある。カラフルな服を着た男が笛を吹いてネズミを追い払ったり、子供を連れ去ったりする話だ。

「これは、実際に起こった『子供が一斉にいなくなる』っていう話がモデルになってるの。それで、その実話の説の一つがペストによる集団感染」
「それで、ペストというものが語られ続けて、その魔女も力を?」
「そう言うこと。他にも探せばいくらでも出てくるし、ペストっていうのは関係のなさそうな話からも影響を受けたりしちゃうし」
「関係ないのに、なのか?」
「間接的に、ね。簡単に説明すると、ペストが流行した時代にはペスト医師っていう人たちもいたんだけど、その中には今でも都市伝説として語られることがある有名人もいるのよ。そういう人たちのことが語られることによって、間接的に力を得るの」
「ペスト医師、ってんならむしろ力をそいでくれそうなもんだけどな」
「そう上手くいかないのよねー。ほら、ペストって病気を出来る限り怖く、恐ろしく語れば、比例してペスト医師として活躍した人も凄そうになるでしょ?」
「ああ、なるほど」

 つまり、期せずしてペストの恐ろしさまで噂され、人に知られていくということだ。何ともまあできたシステムである。

「しかもそれが、ノストラダムスとかパラケルススとか、超有名な人だからもう……」
「それは確かに、いくらでも強くなっていきそうだよなぁ……」

 ノストラダムスの大予言で有名なノストラダムスと、錬金術師として有名なパラケルスス。それを凄そうに語ることによって、間接的にペストも凄くなっていく。どうやって勝つんだ、そんなん……

「……頭使ったら眠くなってきた」
「また簡単に眠くなるわね……もしかしなくても、勉強とか慣れてない?」
「この時間に、となるとないかなぁ……普段よりも覚えよう、って強く意識してたからかもしれないけど」

 まあなんにしても、眠くなれたのはいいことだ。このまま眠る方向でいこう。

「それじゃあ……おやすみ、テン」
「ええ。おやすみなさい、カミナ」

 テンはそう言ってから、俺の頭をやさしくなでてくれて……それが心地よくて、俺は眠りについた。いい夢が見れるといいなぁ……
 
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