101番目の百物語 畏集いし百鬼夜行
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第十二話
◆2010‐05‐12T18:00:00 “Yatugiri Junior High Scool”
「あ、お久しぶりです渡辺先生」
八霧中学につくと、校門の前には何ともなくかしい教師がいた。この時間ってことは、部活が終わった生徒を見送ってるのだろう。
まだ活動している部活もあるんだけど、そっちはたぶん大会が近い部活。そうでない部活はこの下校時刻には帰ることになっている。
「ん?ああ、神無月君!久しぶりだねぇ」
「渡辺先生もお元気そうでなんによりです」
この渡辺先生は、俺の中学時代三年間を通して担任だった先生だ。担当科目は理科で、とても親しみやすい性格から生徒からの人気も信頼も高い、恩師。ジャージ姿なところをみると、部活からそのままここに来たのだろう。
「今日はどうしたの?部活を見に?」
「俺はそんなことができるほどうまくなかったですよ。顧問に顔を出すくらいはするかもしれないですけど」
もうすでに部活の方も終わってしまってるから、今行っても何にもならない。そもそも、高校に入ってから射撃に移った関係で一年ちょっとやってないから、何もできない可能性も高いし。
「えっと、それでそちらのお嬢さんは?」
「初めまして、夢宮天樹と申します。今日は私から彼に『神無月君』の卒業した中学校を見てみたいと頼み、こちらに伺わせていただきました」
俺はつい反射的にテンの顔を視た。何、今の丁寧なあいさつ。かなり自然にスラスラと言ってた。先生もさすがに驚いたのか、テンを見て、そのあと俺を視てくる。どんな関係だ、と聞いてきているようだ。
が、すぐにスイッチを切り替えて。
「そういうことでしたら、お客さんとして招かせてもらいます。僕は彼の担任を三年間していた渡辺といいます。古いだけで何もない学校ですが」
「これはどうもご丁寧にありがとうございます、渡辺先生」
渡辺先生がどういう方向に勘違いしたのかは分からないが、さすがに親しい関係であるということはわかったようで「頑張れ」というような視線を向けてくる。
そのまま渡辺先生は事務室で入校手続きをしてくるように言って、再び生徒の見送りを再開する。場所は俺が知っているだろうから大丈夫だと判断したのだろう。
「いい先生じゃない。生徒からの人気も高そうな」
「ああ、相談にも本当に真摯に乗ってくれる、いい先生だよ。おかげでだいぶ安心して過ごせた」
何かあって本当にどうしようもなくなってもどうにかしてくれる。そんな安心感を抱かせてくれる先生だった。あの人のおかげで幼馴染関連のこともどうにかなったりしたから、感謝してもしきれない。
そんなことを考えながら事務室に向かい、そこで来校者用のパスとスリッパを受け取って廊下を歩き出す。ただ廊下を歩いてるだけなのに懐かしく感じるのはなんでなんだろう?
「あ……」
「どうしたの?」
「ああいや、なんでもない。ちょっと後輩を見つけただけだ」
向こうは気付いてないみたいだし、友達と話ていたから声をかけても迷惑だろうと考え、気にしないことにする。そもそも、委員会で一緒だったという繋がりくらいしかないから、もう忘れられてるかもしれないし。
「ふぅん。どんな子?」
「そうだな……委員会で一緒になった時に話すようになったんだけど、元気な子だったよ。吹奏楽部に入ってて、本人いわくあんまりうまくはなかったらしい」
「本人いわくって、聞いたことはなかったの?」
「なかったなぁ。まあ、そんな感じの子」
背の小さいショートヘアーで、頑張ってる姿がなんだか微笑ましかった。仲良くなってくるにつれて遠慮もなくなっていって、最終的に俺の呼び方は『カミナパイセン』だった程だ。今考えてみると、中々あいつもキャラが濃いな。俺の周りはそんなんばっかか?
「ふぅん……吹奏楽部、ね」
「どうかしたのか?」
「ううん。ただ、その子からそのクラリネットのことを聞けたかもなー、って」
言われてみれば、確かにその通りだ。音楽室の怪談なんだから、吹奏楽部なら詳しかったかもしれない。
これは、ちょっとミスったかなぁ……
◆2010‐05‐12T18:10:00 “Yatugiri Junior High Scool Music Room”
結局、あの後部活の後輩に会い、そいつから音楽室のクラリネットについては聞くことができた。なので、ここで簡単に説明してしまおうと思う。
元々の形としては、ちょっと怖い話だったそうだ。放課後、誰もいなくなった音楽室から楽器の音が聞こえてくる。誰もいないはずなのにおかしいな、と思い、少し怖いと思いながらも近づいて行って、音楽室の扉をあける。そこから覗き込むと、そこにはイスに座ってクラリネットを吹いている女子生徒の後ろ姿があったそうだ。
それを見てホッとしたその人は、ようやくそのクラリネットの音にちゃんと耳を傾けた。とてもうまかったのだ。だから邪魔をしないようにとそっと音楽室に入り、その後ろ姿を見ながらクラリネットの音を聞く。やがて、演奏が終わると無意識のうちに拍手をしていた。
その拍手の音に対して、演奏者はゆっくりと振り返る。その顔はとてもかわいらしいものであったが、その人はそれどころではなかった。ただただ、うまい演奏に拍手を送り続けていたのだ。やがて状況を理解したのか、その子は笑みを見せてから一言。
『ねえ、私の演奏うまかった?』
返事を待たずその少女は消えてしまい、その場には楽譜とクラリネットが残された。
この話は、一般的なものだとピアノであることが多いものだというのは、後にテンから聞いたことなんだけど、まあ確かにその通りだと思う。他にも、誰もいない中宙に浮いたクラリネットから音が出ているとか、そんなバリエーションがあるわけなのだが……まあ、その後輩から聞けたのは色々とあるのだが、どれも似たようなものなので割愛とする。
「そして、ここがその噂のある音楽室だ。ちなみに、こことは別に第二音楽室もあったりする」
「まあ、ああいうたぐいの噂ってより古い方にできるもの。イメージ的に古そうな第一音楽室にいるのは当然でしょうね」
「そういうものなのか」
「そういうものなのよ」
テンがここまではっきりというってことは、そうなんだろう。そんなことを考えながらとりあえずDフォンを向けてみるが、
「……反応はない、な」
「噂の内容的には音楽室がコードになると思ったんだけど、そうじゃないのかしら?」
「初心者の俺に聞かれてもなぁ……まあ、クラリネットが中心みたいだし」
それなら、音楽室にあるクラリネットがコードになるのかもしれない。とはいえそんなことを考えているだけではどうしようもないので。
「入るか?」
「そうね。入ってみれば何かあるかもしれないし」
「だよな……ん?」
と、そこで俺は首をかしげ、次に目を瞑った。
「カミナ?どうかした?」
「いや……何か、聞こえてこないか?」
「何か?」
俺の言葉にテンは首をかしげながらも目を瞑り、音に集中する。俺もそれに倣って、目を瞑って音を聞く。そして……
「やっぱり、何か聞こえてくる……」
「ううん、何かじゃなくて……クラリネットの音よ」
ということは、つまり……!
「言われてみれば確かに、条件はそろってるわね。放課後の校舎、この辺りにあたしとカミナ以外はだれもいなくて、ついさっきその噂を聞いたばかり。さらには主人公までいる」
「出た、ってわけか。コードを読み取らなくても出てくるもんなのか」
「出るときは出るわよ。Dフォンがつながなくても縁があることだってあるだろうし」
確かに、なにもかもDフォンだより出なければならないというのはおかしな話だ。なら、この音がそのロアによるもののはず!
俺とテンは一つアイコンタクトをして、音楽室の扉に手をかけ
ブヒュッ
「……………………」
「……………………」
うん?
「えっと、今のは?」
「いやいそんなはずないじゃない。だって、『うまい演奏をする』ロアよ?きっとミスじゃなくて、演奏するうえで必要な手順なのよ」
「ああなるほど、そういうことね」
俺もテンもクラリネットには詳しくないので、危うく勘違いしてしまうところだった。それにしても、そこまでちゃんとやるとはさすがは『クラリネットのロア』。これは侮れない相手なのかもしれない。
落ち着くためにも一つ深呼吸をしてから、再びアイコンタクト。触れたままであった扉に力を
ブヒャッ プピィ~
「……………………」
「……………………」
「えっと、今のもやっぱり?」
「そんなわけないでしょ……」
ついに扉から手を離して、額に当ててしまった。うん、その気持ちよく分かるぞ。俺としても、今すぐにでも頭を抱えたい。だがしかし、そろってその体勢になったらもう戻れなくなると思うから、このまま扉に手を当てた体勢でいることにした。
「……うがーっ!また間違えたー!」
と、そのまま少したったところで音楽室の中からそんな声が聞こえてくる。女子の声だ。というか、この感じだとクラリネットを吹いてたこの声だ。
なんにしても、これでロアじゃなかったという結論を得ることができればロアへのイメージが保たれる。そうすれば復活できるだろうと希望をもって音楽室の扉を開いて中に入る。その先には、長い髪の、この学校の制服に身を包んだ女子がクラリネットを片手に頭を抱えているのが見える。演奏していた子だろう。
と、扉のしまる音で気づいたのか、手を下し、ゆっくりとこっちを向く。その顔はとてもかわいい顔なのだが、目に涙がたまっている。というか、あれ?どこかで見たことが……
「ねぇ……」
と、その顔に違和感を感じているとその子は口を開いた。
今にも涙がこぼれそうな目で、次の瞬間には崩れてしまいそうな儚い(?)笑顔で、一言。
「私の演奏、うまかった?」
「「思いっきりミスってただろ!」」
俺とテンの突っ込みが完全にかぶった。
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