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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第七話。常闇からの襲撃者

「タッくん、ミーちゃん大丈夫かな……」

怖がって、荒い吐息を吐きながらも、音央はさっきの子供達を心配していた。
不安が不安を呼び、混乱しそうになりそうな自分を必死に抑えつけているかのように。
音央の肩を抱いている俺の腕をぎゅううっと強く掴みながら、瞳から溢れ落ちようとする涙を堪えて。

「うくっ……」

「音央、大丈夫か?」

「ぁう……うぅ……今さっきまでは平和だったのに……」

そう。さっきまでは平和だった。
だが、今は平和ではない。
いや、元から平和なはずはなかったんだ。
音央はともかく、俺は最初から解っていたはずだ。
______元々、平和なはずがない場所だという事を。
やたらと穏やかな時間をこの村で過ごしたせいで俺は音央を怖がらせてしまったんだ。
恐怖というものは一度安心した後に増大するものだからな。
音央を怖がらせた責任は俺にもある。
元々音央はこの村に来る予定ではなかったのに。
俺が楽観視した為に……せめて柵越えしないようにもっと後ろに下がらせていれば音央は俺や一之江のように『富士蔵村』に入る事はなかったんだ。
だからこれは俺の責任だ。

「大丈夫だからな」

今俺がすべき事は、音央を守って無事に帰す事だ。
それには……。

「まずは、一之江と合流しないとな」

Dフォンを取り出してみると、思っいきり赤く光っていた。
これは……マズイな。
こんなに赤く光っているのは一之江に襲われた時以来だ。
Dフォンが赤く光っている時……それは俺に危険が迫っている事を示す。


「なんか……真っ赤ね、その携帯電話……」

「ああ。
……これが赤く光って熱くなっていると、ピンチって事なんだ」

「え、それって……」

音央が何か言おうとした瞬間だった。





______ザザザザザザザザザザザザザッ‼︎



再び、そのノイズ音が鳴り響いた。
俺の足元からそれは聞こえて______。
と、その時。
赤くぼんやりと照らされた部屋の中に、小さな影が入ってきた。

「音央!」

俺は音央を突き飛ばした。
直後、刃物の先端が俺の目前に迫った。

「よっと」

両手を合わせるように刃物を包み込んで白羽取りの要領で刺さるのを防いだ。
その影は刃物を俺の腹部に突き刺そうとして力一杯動かすが、刃物の刀身を俺が両手で挟んでいる為、刃物はそれ以上俺の方には進まない。
すると、刃物を突き刺す事は諦め、今度は刃物を一度引いて抜いてから思っいきり振り下ろしてきた。

「チッ」

______ニ指真剣白羽取り(エッジ・キャッチング・ビーク)‼︎

パシッ!

俺は咄嗟に片手を出して、右手の人差し指と中指でそれを受け止め、俺を襲った襲撃者の姿を確認した。

「え、タッくん⁉︎」

音央の驚いた叫び声が辺りに響いた。
彼女の視線の先、Dフォンの赤い光に、ぼんやりと照らし出されているのは、さっきまで遊んでいた少年『タッくん』の姿が見える。
見えるのは確かに『タッくん』だが……。

「ヒッ!」

音央が小さく悲鳴を上げたが無理はない。
彼の目……眼球が、まるで闇色の飴玉のように真っ黒だからだ。
さっきまでの快活そうな表情はなくなっており、今はただ無表情に俺の右手の人差し指と中指の間に包丁を突き立てている。
……白羽取りができなければ、俺はこの包丁で刺されていただろう。

「っと、タッくん、どういうつもりだ」

ニ指で受け止めた切っ先が俺の腹に向けて迫ろうとしていた。
子供の力とは思えないほどの、強い力だ。
強い力だが今の俺なら対抗出来ないほどではない。
しかし、普通の人間だったら押し返すことすら出来ずに刺されていただろう。
まあ、この言い方だと自分で自分を普通じゃないと言っているみたいで嫌だが、対抗出来ているのは事実だ。
ハーフロアとして覚醒したおかげか、或いはヒステリアモードを発動した今の俺だからこそ対抗出来ているのかは解らんが。

「……仕方ないか」

本当は子供相手に手荒な真似はしたくなかったが……。
そう思いながら行動に移る。
ニ指で包丁を受け止めながら彼に近づき包丁を握るその手を右足で下から蹴飛ばした。
そして包丁を手放せてからの足払いをちょっと強めにかけた。
彼の軽い体はいとも簡単に畳の上に転んだ。
倒れた彼はその場からピクリとも動かなくなった。

______昔、強襲科(アサルト)で習った護身術だが、子供相手にやり過ぎたか?

少し心配になったが、そんな心配する間もなかった。

「っ⁉︎」

冷や汗を拭う間もなかった。
その気配に気づいた俺は音央の方に転がり込みながら畳の上に転がるDフォンを拾う。
まさに______その時。
ヒュン! と俺が今までいた場所を包丁が通り過ぎた。

「ミーちゃんまで……!」

俺は直接その姿を見ていないが、音央の呟きで俺が今までいた場所にその子がいる事を知る。
やっぱり、そうなるだろうな。
タッくんが襲ってきた時点でこうなる予感はしていた。
前世で強襲科(アサルト)の授業で蘭豹から訓練という名の体罰を受けてなかったら躱せなかったかもな。
まあ、ヒステリアモードの今なら習わなくても余裕で躱せたとは思うが、通常時の俺だったらかなり危なかったな。まさか、こんな子供達が襲ってくるなんて普通は思わないからな。
それはともかく……。

「襲ってきている相手とはいえ……女性……それも子供相手に危害は加えたくないな」

ヒステリアモードの俺は相手が誰であれ、女性だと傷つけるのを躊躇ってしまう。
女を守りたいと思うのが今の俺だからね。
とはいえ……音央と約束したしな。
彼女を守るって。
音央を庇うように、彼女と音央の間に俺は体を滑りこませて立った。
俺の目の前には無表情なその顔で俺を睨みつけているミーちゃんと、何事もなかったかのようにゆっくり立ち上がるタッくんの姿がある。
さっきまでの楽しそうな姿は一変し、その姿はまるでゾンビやアンデッドみたいな感じを連想させる。

「モンジ、どういう事⁉︎」

「多分、さっきのノイズ音が合図か何かだったんだろうね」

音央の足元を見ると、そこには床に転がっているラジオがあった。
さっきミーちゃんに投げつけられてキャッチしたあのラジオだ。
何故足元にあるのかは想像だが、キャチ後に床に置いたものがふざけあっているうちに転がったんだろうな。きっと……。
そして……あのノイズ音は、おそらくこのラジオから聞こえてきたんだろう。
詞乃ちゃんが言っていた話を思い出す。

______テレビは無理だけど、ラジオなら聞ける。

確か……そんな話をしていたね、彼女は。

「音央、ちょっとそのラジオ拾っておいてくれっ」

「え、あ、解った!」

音央がラジオを抱えるのと同時にタッくんとミーちゃんが俺に襲いかかってきた。
刃物を持っているとはいえ、相手は素人。それも子供だ。
だから正面から見ていれば、その動きは読める。
まずは俺に向かって包丁を突き刺してきたミーちゃんを避け、突き出された手に手刀を入れて手から包丁を叩き落とした。
包丁はよく研いであったのか、床に突き刺さった。
そしてミーちゃんの体を引っ張り、向かってきたタッくんの方にその体をつき飛ばした。
たったそれだけの動きでもつれあって倒れる2人の子供。
暗闇から襲ってきた幼い襲撃者達は仲良く畳の上で寝転んでいる。

「ま、こんなもんかな」

2人が倒れたのを確認して、床に突き刺さったままの2人が持っていた包丁を引き抜き、両手にそれぞれの包丁を握り締めた。

「持っきたわよっ、て、怖っ!」

音央の方を振り向くとドン引きされた。
床に倒れた子供と手に包丁を持った男。
……側から見たらかなりヤバイ人だよな。

「大丈夫だよ、俺は何もしてないって!
あの子達から取り上げただけだって」

ちょっと強く力を入れ過ぎたのか、2人は倒れた後、ピクリとも動かないけどね。
……大丈夫、だよ。多分……。

「殺しちゃったの?」

「いや、ぶつけて倒しただけだよ」

「だって、あれ……」

音央が右手人差し指を子供達に向ける。
その指先が示している方を見ると、じわあ、と2人の体から赤いものが流れはじめていた。
あれは……血だ。
タッくんやミーちゃんの目や鼻、口、そして服の下から大量の血が流れているんだ。

「え、ちょっ、嘘だろ⁉︎」

一瞬、『殺してしまった』のか、という罪悪感に焦りそうになったが、よくよく考えてみれば俺は2人をつき飛ばしただけだ。
ちょっと強めに押したが、それだけであんなに大怪我を負わせるはずはない。
『殺さないで相手を制圧する技術』を長年磨いてきた俺が相手にあんな大怪我させるような技をかけるわけない。

「つ、ミーちゃん、タッくん!」

「よせ!」

2人に駆け寄ろうとする音央の前に俺は立って止める。

「で、でもっ!」

「さっきの2人はどう考えても正気ではなかっただろ?
何をしてくるか解らないんだ、無闇に近寄ってはいけないよ」

「う、ぐっ、だって……っ」

「本当は俺だってすぐに駆け寄って、状態を確かめたい。
だけど、すぐに起き上がってきて、襲ってくる可能性だってあるんだ。
そしたら、また襲われるかもしれない。
襲われるのが俺だけならいい。けど音央が襲われるのは嫌なんだ。
だから今は我慢してほしい」

「……うん、そう、ね」

「……とりあえず、一之江を呼び出そう」

「う、うん……」

一之江もおそらく似たような目に遭ってるだろうが、彼女なら絶対に無事なはずだ。
そう思い、Dフォンのデータフォルダを開いたところで______。

殺気⁉︎

「へえ、生き延びたんだ?」

強烈な殺気とともに、突然声をかけられた俺は______

ガキィン‼︎

咄嗟に振り向き、振り向きざまに手に握り締めていた包丁で振り下ろされた刃物を受け止めた。
刃物と刃物がぶつかり合う音が響く。
振り向いた視線の先。
赤い光の中に浮かんでいたのは……。

「一筋縄ではいかないんだね?」

朱井詞乃。
彼女が手に持つ出刃包丁を俺が握る包丁に突きつけて、にこやかに微笑んでいた。
そして包丁を引っ込めてから俺を見つめてきた。

「ロアと戦うのに慣れてるのかな?」

「さあね。黙秘権を行使したいね」

「ふーん、じゃあ話したくなるようにしてあげる」

詞乃ちゃんは俺に向けて出刃包丁を振り上げてきた。
しかし、その切っ先が俺に届く前に俺は包丁の先端を二本の指で受け止めた。

「わあっ! 刃物を指先だけで掴んで止めるなんて事ができるんだっ!
凄い、凄ーい」

「え? え? も、モンジ……人間……よね?」

俺がとった行動は簡単な動きだ。
振り下ろされた刃物の先を指先、人差し指と中指を使って挟み込むようにして止めただけ。
ただそれだけの動きをしただけにすぎない。
しかし、一般的な技ではなかったようで詞乃ちゃんは興奮気味で騒ぎ、音央は心底驚いた顔を浮かべた。
というか音央。驚くのは解るが後半の台詞は失礼だぞ。
俺はれっきとした人間だからね。

「その動き、モンジさんもロアなのかな」

「俺は人間だよ。どこにでもいるちょっと戦い慣れてるだけの普通の人間だ」

今の俺には普通に出来る事なのでそう言うと。

「……モンジが……普通?」

音央がなんだか残念な人を見る目で見つめてきた。
いや、あの。音央さん、そこは疑問に思わないでほしいな。
内心で音央に突っ込んでいると、詞乃ちゃんは一旦包丁を引き抜き______。

「まあ、いいよ。どっちでも」

「っ⁉︎」

標的を俺から音央に変えた。

「しまっ……」

詞乃ちゃんは音央に向かって駆け出した。
音央の頭上で出刃包丁が振り下ろされ出刃包丁の刃先が音央の喉元に突き刺さる……と思ったその時。

ガキィン‼︎

「油断するなと言ったでしょう」

刃物と刃物がぶつかり合う金属音が聞こえ……。
音央の前に高速移動してきた人物により、その刃物は受け止められた。

「一之江!」

一之江が駆けつけてきてくれた。
それだけで何故だか安心できるね。

「ロアと戦え慣れてるんだね、お兄さん達?」

「私はプロフェッショナルですが、彼はルーキー、そしてこちらのボインさんは素人です」

一之江は音央を守るように立ちながら、両手にナイフを構えて告げた。
ナイフによる二刀流。

「まさに双剣(ダブラ)の一之江、だね!」

「なるほどね?」

詞乃ちゃんは余裕そうな笑みを浮かべてタッくんとミーちゃんを見た。

「強いんだ? モンジさんも」

「まあ、そこのプロフェッショナルさんに日常的な特訓(虐め)を受けてるからね」

一之江の特訓は特訓という名の虐めに近いが、強襲科(アサルト)の訓練に比べたらかなり楽だ。
象殺し(M500)』を乱射したりとか、「死ね!」とか、「風穴を開けるわよ!」とか、そういう物騒な行動や言葉はあまり出ないからね。
一之江の機嫌が悪いと、背中に何かを突き刺したりしてくるけど。
その辺はもう慣れた。

「徹底的に鍛えてます」

「なるほどね」

こんな状況になっていても詞乃ちゃんの様子に変わった事はなかった。
目が真っ黒になったりもしなければ、表情や雰囲気とかも人懐こい雰囲気のままだ。

「なので、貴女の眷属の1人や2人では、モンジは倒せませんよ」

「眷属……?」

「所詮は死体だから脆いもんね? 新鮮な頃はもうちょっと強度があるんだけど」

「死体?」

チラリ、とタッくんとミーちゃんの姿を見る。
近寄らなかったから解らなかったが確かに、血を流してぐったりしている姿は、死体以外の何者でもない。

「そんな……さっきまであんなに元気に遊んでいたのに……」

音央はショックを受けているようだ。
無理もない。さっきまであんなに元気に遊んでいた子が実はすでに死んでいて死体となって動いていた、なんて事を普通の人間が受け止められる訳がない。

「村に……貴女に、喰われた人々の成れの果てが、あれですか?」

一之江が静かに尋ねる。詞乃ちゃんはクスクスと笑って______

「そういえば、一之江さんは出したお菓子もお茶も口にしなかったね?」

一之江に逆に尋ねた。

「異世界の食べ物を食べたら帰れなくなるのは、常識ですから」

「なるほど。そこの2人と違って、最初から警戒していたんだ?」

「当然です。獲物を安心させる理由なんて、童話の赤ずきんの頃から変わりませんから」

赤ずきんの童話は、狼が赤ずきんちゃんを油断させて食べてしまうお話。
それと同じでこの村では……詞乃ちゃんを筆頭に、死人となっている村人達が、俺達のような迷い込んで来た人を安心させて______食べてしまう、話。
これが『人喰い村』の実態。
本当にある都市伝説の真実のようだ。

「でも!」

人喰い村の実態を考えていた俺の横で音央が声を荒げた。

「でも、さっき……ミーちゃんは、言ってくれたのよ!」

「うん? なんて?」

「『音央ちゃん、食べられないでね?』って!」

音央がそう叫ぶと、詞乃ちゃんのニコニコ顔は驚きに変わった。

「……ほんとに?」

「ああ、俺も聞いたから間違いないよ。零時になる前のことだったよ」

「へえ……」

それまで人懐こいものだった詞乃ちゃんの笑顔がまるで蛇のようなじっとりした、気味の悪い笑みに変化した。

「面白いねぇ? ニンゲンって。まだそういう心が残っていたなんて、驚いた」

目を赤く光らせていき。

「そんな心を取り戻させた、貴女達も……食べたくなったよ?」

ゾクリとするような気味の悪い笑顔なままでそう呟いた。

「ひぅっ」

詞乃ちゃんから溢れる威圧感みたいなものに、音央は飲み込まれたのか、小さな悲鳴を上げる。
俺は両手に包丁を構えて______

「何処の魔女っ子だ⁉︎」

食事大好きなキリカを思い出してしまい、詞乃ちゃんに思わず突っ込みを入れていた。

「あいにく人喰いロア枠はいっぱいだよ」

俺が突っ込みを入れ終わるとすぐさま一之江が囁いてきた。

「モンジ、貴女達は先にさっさと逃げて下さい。足手まといです」

「いや、逃げるのは一之江の方だよ。
ここは俺一人で十分だ」

女性を一人残して逃げる……そんな選択肢は今の俺にはない。 
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