101番目の哿物語
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第六話。リサ・アヴェ・デュ・アンクと二人の子供
「え、メイド……さん?」
音央が戸惑ったような声を発し、声こそ出さないが一之江はジッと鋭い視線をしたまま、目の前の少女達を見つめている。
「あ、はい。お初にお目に掛かります。
私、リサ・アヴェ・デュ・アンクと申します」
メイドさん、リサはスカートの先を摘み、優雅に一礼して名乗った。
「ふえー」
外国人のリサに挨拶されて驚いたのか音央は一之江の背後に隠れてしまった。
「くすっ、リサさん。先に戻って色々準備してきてくれる?」
「あ、はい。わかりました……」
赤いワンピースを着た少女に言われ、メイド服を着た少女……リサは自治会館の中に戻っていった。
「みんなー、また迷い込んだ人がきたよー⁉︎」
足早に建物の中に戻るリサの背を見ながら赤いワンピースを着た少女が大きな声を出して自治会館の中に呼びかけるとその声に反応して、中から老若男女。様々な人々達がわらわらと出てきた。
「おっ、ほんとうだ」
「今回は3人もかぁ」
「何があったか解らんっていう顔してるなぁ」
「まあ、無理もないよなぁ」
口々に俺達を見て呟く。その様子はいかにも善良な村人といった感じだ。
俺達3人がリアクションに困っていると、赤いワンピースを着た少女が俺達の前にやって来て声をかけてきた。
「こんにちは、初めまして? 富士蔵村にようこそ!」
その少女は人懐こい笑みを浮かべた、なかなか可愛い子だった。
俺の知り合いの中だと理子やキリカみたいた感じで、キリカより少し幼くした感じの体型をした子だ。
そんな子が満面の笑みを浮かべて俺達を見てきた。
「ご丁寧に挨拶をありがとう。こんにちは、初めまして。
村の子かな? ちょっと聞きたい事があるから大人の方……出来れば村長さんとかはいるかな?」
代表して俺が挨拶を返すと、少女は嬉しそうに目を細めて返事をしてきた。
「くすっ、村人の代表はわたしよ?
わたしは、朱井詞乃。お兄さん達もこの村に迷い込んじゃった人でしょ?
色々と説明するから、一度この中に入ってちょ?」
「え、あ、うん」
村人の代表がこの少女?
色々疑問に思いつつ、一之江の方を見ると、彼女はしばらく悩んでから頷いた。
警戒を完全に解いたわけではないが……詞乃ちゃんからは敵意は感じられなかったし、村人達も……心配そうにしている顔、安心させようと頷いている顔、興味深げに俺達を見ている顔、などをしている為、噂にあるような『村系都市伝説』の怖いイメージはまるでなかった。
なので俺は詞乃ちゃんの言う通り、話を聞くために中に入る事を一之江達に促した。
「入ってみようか」
「……そうですね」
「……うん」
「うん! じゃあ、3名様ご案内でいい?」
やたらと明るい声に導かれて、俺達はその自治会館の中に入る事にした。
2010年6月1日午後8時。 富士蔵村自治会館内。
俺達は自治会館内の和室に案内されてそこで村人達に質問されたりした。
「おい、あれが新入りらしいぜっ」
「え、どれどれ、見えないようー」
中には、小さな子供にまで物珍しそうに見られた。
村人達に囲まれてまるで見世物になった気分を感じたね。
今は落ち着いて、部屋の中にいる村人は詞乃ちゃんを入れて3人だ。
都市伝説の中でも特に恐ろしいとされている『村系』のロアに『神隠し』されたはずなんだけど……。
なんだか、やたらと平和だなぁ。
「いかにも普通っぽくて驚いたでしょ?」
俺の内心を察したのか、詞乃ちゃんは俺の顔を見て微笑みながらそう言ってきた。
「うん……正直な話、こんなに人がいるとは思わなかったよ」
『誰もいない村』みたいなイメージを勝手に持っていたからね。
だからこんなに人がいるなんて思っていなかったよ。
「まあ、無理もないでしょうなぁ」
多くの村人達が退室した後に、部屋の中に残っていたおじいさんが笑いながら頷くと、隣にいるおばちゃんもうんうん、と首を上下に動かして頷いた。
「最初はみんな戸惑ってたよね?」
「うむ。俺も騒いだもんだ」
詞乃ちゃんとおじいさんが感慨深げに話し始めた。
「うーんと、つまりどういう事なのかな?」
「単刀直入に言うとね? 今村にいる人達は、みんなこの村に迷い込んだ人達なの」
詞乃ちゃんがそう説明すると村人達はみんな頷いた。
この場での説明役は詞乃ちゃんで、他の人はサポート役みたいた役割り分担がされているみたいだ。
おじいさんは山中を散歩中に、おばちゃんは家族でバーベキューをしている最中に、気がついたらこの村に迷い込んでいたみたいだ。
何処で迷い込んだのか尋ねると、日本各地から人々が迷い込んでいるようで、途中お茶を運んで来たメイドさんは……。
「わ、わたしは都内で……ご主人様を探している最中に……」
と瞳を潤ませながらしゅんと、した表情で話した。
ごめんよ、リサ。
辛い思いさせてしまったね。
君のご主人様は実は目の前にいるんだけど……ちょっと説明しにくいからもう少し待ってくれ。
というか異世界にいたはずのリサまでこれまた異世界の村に連れて来てしまうとは……恐ろしいな『神隠し』。
「ここで皆さん、普通の生活が出来ているのですか?」
それまで黙っていた一之江が挙手をして質問をした。
「うん。川も近くに流れているし、農作物も取れるしね?」
「何故か電気は通っているみたいで助かっているんだ」
一之江の質問に詞乃ちゃんとおじいさんがそう返事をした。
「テレビとかは無理だけど、ラジオの電波だけは入るから。
この村の外がどんな感じなのかも解ったりするんだよ?」
テーブルの端にあった古いラジオを手元に持ってきながら詞乃ちゃんは言った。
「へえー、ラジオは入るのか」
電気が通っていて、ラジオも入る。川もあるから水には困らないし、農作物で食事も摂れる。
不便そう、と思っていたがそれなりに快適に暮らせるのかもしれないな。
「みんなそれぞれ助け合って生きてるのよね?」
詞乃ちゃんが誇らしげに胸を張ってそう語った。
______神隠しに遭い、村に閉じ込められた人々。
それがこうして逞しく生きている。
そんな事実を目の当たりにすると、なんだか安心できるね。
「この村に最初に来たのはどなたですか?」
「お客様、お話しはそのくらいにしてこちらのお菓子はいかがですか?」
「いえ。喉も渇いていませんし、ダイエット中ですのでお菓子もいりません」
「それでしたらこちらのお茶はいかがですか?
ダイエットに最適なカテキンが多く含まれていますし……」
「いえ、結構です」
「そうですか。失礼しました」
リサの得意な話術も一之江には通じなかったみたいでリサは俺達に一礼するとそそくさと部屋を出ていった。部屋を出る際に目が合ったがすぐに逸らされた。
やっぱりこの姿では気づかれないみたいだな。
「で、先ほどの質問ですが……どなたです?」
一之江が再度尋ねた。
一之江は先ほどからリサがお茶やお菓子を勧めても頑なにそれを拒み続けている。
この建物に辿り着くまで結構歩いたから喉が乾かないはずはないんだけどなあ。
それに一之江にはダイエットは必要ない気もするし。
スレンダーな身体付きだからダイエットしたらよけい無くなるんじゃ……と、なんだか背中が熱いな。
それに……ポケットとズボンのポケットに入れているDフォンから発熱しているみたいな熱を感じるな。
……何も思ってないですよ? 一之江様。
「うん、わたしかな?」
そんな俺の内心を他所に詞乃ちゃんは元気に返事をした。
2010年6月1日。午前11時30分。
それから村がどんな作りになっているか、村人がどこに住んでいるのかを説明して貰った。
話がひと段落した頃、ドアから見つめていた2人の子供……先ほどの男の子と女の子と遊ぶ事になった。
音央が面倒みると、言いだしたから本当は音央一人に任せるつもりだったが、一之江に追い出された。
一之江は何か考えがあるらしく、俺と音央の2人で面倒をみることになった。
「モンジー、モンジー!」
「こらっ、タッくん! 俺のことはハヤテお兄さんと呼びなさい!」
「モンジおにいちゃんー」
「ミーちゃんも! ハヤテおにいちゃん♪ と呼ぼうね?」
「わははは、モンジー、モンジー!」
「きゃはは、モンジおにいちゃん、モンジおにいちゃん!」
「って、君らねー」
俺の周りをドタバタと走り周る子供達。
男の子は『タッくん』。
女の子は『ミーちゃん』。
そう詞乃ちゃんが呼んでいた。
「あはは、モンジ好かれてるわねぇ」
「音央も一緒にどうだい?」
音央は笑いながら座布団に座って寛いでいる。
「よし、タッくん。あのお姉ちゃんのボインにダイブしてくるんだ」
「って、何言ってんのあんた⁉︎」
「えー、やだよー! 女の胸なんか!」
「タッくん、これは今しか許されないんだよ。
女性の胸にダイブできるのはとても幸せな事なんだ」
「けしかけんなバカ⁉︎」
「わーい、じゃあわたしがいくー!」
パタパタと駆け出したミーちゃんが音央に抱きついていった。
「ふわー、すごーい、ふわふわー!」
「あっ、ちょっ……んもう」
ムニムニと胸を弄られている音央だが、流石に幼女に強い抵抗は出来ないようだ。
プルンプルンと揺れる胸を見ていたらヒステリアモードが強化された。
「って、何見てんの⁉︎」
うん、ご馳走様です。
座布団を投つけてきたが片手で楽々キャッチしてタッくんに手渡した。
「タッくん、音央お姉ちゃんは座布団投げをしたいみたいだよ。
これで当てちゃえ」
音央に向けて投げるように促したが……。
「よーっし‼︎」
「タッくん、悪モンはそっちよ! 座布団で叩いちゃえ!」
「おうよー‼︎」
まさかの裏切にあった。
「わっ、ちょっ、よっと」
座布団で叩こうとタッくんが振り上げたが、振り下ろされた座布団を真剣白羽取りの要領でキャッチして防いだ。
まさか、こんなところで白羽取りが役に立つとはね。
アリアに感謝だな。
「って、硬い物は良くないぞ、ミーちゃんっ」
部屋の片隅にあった小型のラジオを投げてきたミーちゃん。
______ラジオ掴み!
パシッと片手でラジオのアンテナ部分をキャッチしてどうにか落下を防いだ。
古いとはいえ、貴重な情報源なんだから大事にしないと……。
「今だ!」
「えーい!」
「少しは手加減してくれー⁉︎」
そんな馬鹿騒ぎをしばらくしていると______
「あっ」
座布団を俺に向けて投げていたタッくんの手が止まった。
タッくんを見ると、その視線は壁にかけられた時計を見つめていた。
「どうしたの?」
音央の方を見ると、ミーちゃんも同じように時計を見つめてじっとしていた。
時計を見ると______時刻は、もう午前零時になろうとしていた。
「ああ、そろそろ寝る時間なのかな?」
「あ、うん。そうなんだけど……」
「ん?」
先ほどまでの元気な姿から一転し、タッくんは歯切れがわるそうにしていた。
「うー……」
見ると、ミーちゃんも何か言いたげな様子で音央にしがみついている。
「ま、しかたないよな」
「うん、そうだね」
タッくんがそう呟くと、ミーちゃんも渋々音央から離れる。
「そろそろ帰らないといけない時間なのね」
どこか寂しそうに音央がそう言うと。
「音央ちゃん」
「ん?」
ミーちゃんが音央の手をぎゅっと、一度強く握った。
そして……。
「食べられないでね?」
そんな不吉な言葉を呟いた。
「……え?」
「コラッ! いくぞ‼︎」
ミーちゃんの言葉を叱るように、タッくんが声を荒げた。
「じゃあな、モンジ!」
「コラ。モンジお兄さん、だ!」
「わははは、じゃあ、生きてたらまたな!」
「……は?」
「だめ、なんでしょ」
ミーちゃんがタッくんに何やら注意している。
何やら良いあった後、タッくんはミーちゃんの手を引いて、部屋を出ていった。
2人が去っていく後ろ姿を見ながら音央が呟いた。
「食べられないで……って?」
音央はミーちゃんに握られていた手を見つめた後で俺を見た。
「あんたにかしら?」
「ははっ、流石にこんな時にそういうことはしないよ。
そんな深い意味はないんじゃないかな?」
「……そうよねぇ」
そう言ったものの、なんでだろう。
騒ついた感覚がするな。
この、ぞわぞわするような落ち着かない気分には……。
覚えがあった。
『食べられる』と言えば……そう、キリカだ。
あの時に感じた、ヒリつくような恐怖がじわじわと胸に広がっている。
______どういう意味なのかは解らない。
……だけど、危険が迫っているという予感めいた感覚を俺は感じた。
「一之江と合流しておこう」
「う、うん、そうね」
音央も不安になっているようだ。
ミーちゃんとタッくんの言葉。
あれは「言っちゃいけない言葉を言っちゃた」みたいに思えた。
詞乃ちゃんや村人達との会話、そしてタッくんやミーちゃんの言葉。
遊んでいたから忘れかけていたが、ここは『8番目のセカイ』に載っている『人喰い村』なんだ。
警戒心を持っても損はないな。
「音央、それじゃ」
出るぞ、と言いかけた時だった。
フッ
と、いきなり部屋の明かりが消えて、真っ暗になった。
そして……。
ザザザザザザザザザザッ‼︎
俺達の足元辺りから、凄いノイズが聞こえてきた。
そして、俺の胸ポケットとズボンのポケットから焼けるような熱さを感じた。
これは______。
______Dフォンが危険を告げている⁉︎
「音央!」
暗闇の中、側にいるはずの音央に手を伸ばして自分の方に引き寄せた。
「も、モンジっ」
震えている音央の声と、カチカチと歯が鳴っている音まで聞こえてきた。
本気で怖がっているのだろう。
俺は音央の肩を強く抱きしめて……。
ああ、音央からいい匂いが漂っているな。
柔らかい肌の感触も……。
これは、止まらないな。
止められない。
この、血流の流れは……止まらない。
「なんで、暗く……今の音、なに……?」
「大丈夫、大丈夫だよ。
約束したろ。何かあったら君を守るって」
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