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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第八話。ジェヴォーダンの獣

「 何を「黙って!」っ⁉︎」

一之江の言葉を遮り彼女の前に出た。

「……モンジ、はっきり言って足手纏いです。
貴方は音央さんを連れてさっさと逃げなさい」

「悪いがそれは聞けないね。
一之江1人に戦いを任せるなんて出来ない。
ここは俺が引き受けるから一之江こそ、音央を連れて逃げてくれ」

一之江は俺の顔を数秒見つめたあと「ふぅ〜」と溜息を吐いてから囁いた。

「……仕方ありませんね。
では私は音央さんを連れてさっさと退散しますから殿(しんがり)をお願いします。
何かあったら電話してください」

「ああ、わかった」

「ん、では行きます……っと」

「え? あ、ちょっと……きゃあ」

一之江は音央を抱き抱えてくるりとその場で回転し部屋の外、廊下に向かって駆け出した。

「ちょっと離してよ。一之江さん、モンジも一緒に……」

「心配いりません。あのハゲなら大丈夫です」

「ハゲてねえよ⁉︎」

いつも通りのやり取りをしながら俺は一之江の背中を見送った。
そして俺は俺達を眺めていた詞乃ちゃんに向かい合う。
俺と目が合った詞乃ちゃんはクスクスと笑ったまま口元を歪ませた。

「あれ? お兄さん1人で()るんだ。
あのお姉さんと一緒に戦っても私はいいよ?」

「いや、君と戦るのは俺1人でいい。
一之江が出る幕ではないよ」

俺は子供達から拝借した包丁を握ったまま、右腕を垂直に伸ばし刃物の先端が詞乃ちゃんに向かうようにしながらそう告げた。

「ふーん、随分と余裕があるんだね」

「このくらいの修羅場なら何度も経験してきたからね」

「へえー、ならこういうのはどうかなぁ?」

詞乃ちゃんがニヤっと笑った瞬間______

「______私は、神を呪う……」

強烈な寒気を背後から感じ、後ろを振り向くと。
俺の真後ろ、距離にして3メートルくらいのところに人影らしきものが佇んでいた。

パッ!

「うおっ⁉︎ 目が……」

突然部屋の電気が点き、あまりの光量の差に眩しく感じて瞼を閉じる。
数秒後、ゆっくり瞼を開けると目の前にいるその人物の容姿が目に入った。
典型的な、北ヨーロッパ人。
それ自体が光を放っているかのような、天然ものの金髪。
肌は抜けるように白く、瞳は翠玉色(エメラルド)
その姿は紛れもなく……

「この力を私に与えた、神を……」

俺がよく知るとある人物のものだった。
俺の背後に佇んでいたその人物。
彼女の名前はリサ・アヴェ・デュ・アンク。
自治会館の前で俺達に挨拶をした例のメイドさんで、前世で世話をしてくれていた俺専属の契約メイド。
そのメイド、リサが俺の真後ろに佇んでいた。

「リサっ⁉︎ その姿……」

リサの姿をよく見ると人間の姿から獣の姿へと変貌していた。
いや、正確にはまだ完全には獣になっていないが人間と狼の中間のような『獣人』と呼ばれる姿をしていた。リサの腕は白い獣の腕へと変貌していき、メキメキと膨れ上って、どんな図鑑にも載ってないような大型獣のものへと変化しようとしていた。
その姿はまさに______。

「……ジェヴォーダンの……獣……!」

『ジェヴォーダンの獣』。
人狼(ウェアウルフ)』と似た怪物。

それは______秂狼(ルウガル)、人狼、狼男………日本語訳はいろいろあるが、ようは吸血鬼のライバルとして多くの物語に出てくる伝説の獣だ。
あらゆる動物を従わせる能力のある、百獣の王。
18世紀、西ヨーロッパに現れて、村や町を荒らしまわったとされる有名な都市伝説の一つだ。
日本に住んでいても狼男の話を知らない人はいないだろう。
そのくらい有名で強力な都市伝説の怪物だ。

「……厄介だね」

厄介な都市伝説と遭遇してしまった。
かつて、眷属(グレナダ)のカツェ、イヴィリタ長官、パトラ達がリサの事を『眷属最強』と言っていた。
最初聞いた時は何かの間違いじゃないのかと思ったが間違いではなかったというのが後になって解った。
リサは普段は大人しく、人畜無害だがある条件を満たすと、たちまち暴れまわって辺り一面を壊滅しちゃう困った体質を抱えているメイドさんだ。

「さあ、リサさん。
このお兄さんと遊んであげて!
なんなら食べちゃってもいいよ」

「止めるんだリサ。俺は知ってるよ、君はそんな事を望んでいない。
人を傷つけるより、メイドの仕事をしている方が好きなんだって事を」

詞乃ちゃんがリサに指示を出したので俺がそれを遮るように言うとリサは驚いたような顔をして俺の顔をじっと見つめると何やら考え込み「もしかして(je bedoelt)貴方(Bent)(u) リサの(van Lisa)勇者、様(een held)……?」とオランダ語で呟いた。

「え? 何、何?」

詞乃ちゃんが初めて戸惑ったような声を出した。

「ま、まさか……ご主人……様?」

今度は日本語でリサは呟いた。

「ああ、そうだよ。久しぶりだね、リサ。
こんなところで君に会えるなんてまさに奇跡だね」

俺が肯定して微笑みかけながらそう答えると。

「ご主人様!」

だきっ! リサに飛びつかれて、抱きつかれた。
変身の途中だったのか、リサの細腕は今や太く膨張していて、身体中にはモッサモッサのモフモフの金毛が生えてきている。

「2人は知り合いなの?
とーっても興味深いなぁ」

「はい、私が探していたご主人様です。
姿形は違いますけど間違いありません」

「どうして解るの?」

詞乃ちゃんが興味深そうにリサに聞くとリサは背筋をしゃんと伸ばして。

「メイドですから」

そう返答した。

「いや、その返答はどうかなぁ……」

うん、なんかごめんよ。うちのメイドがおかしくて。

「どうやってこの世界に?
いや、それよりその姿は?」

リサが『ジェヴォーダンの獣』に変身するのには、2つのトリガーが必要なはずだ。
一つ目は『死の淵(アゴニサント)』。
リサも俺のヒステリアモードと同じように、βエンドルフィンで変身するタイプで、発動には『死にかける』という発動条件と、もう一つ。
『満月』が必要なはずだ。
さっきチラッと外を見た時は、雲がかかっていた為、今日の月の様子は解らなかったがリサが変身している事からおそらく今日は満月なんだろう。

「そ、それは……ご主人様を探していたら気づいたらこの村に……。
村に通じる道を歩いていた時に白ずくめの女の子に出会って、その子の紹介でこの建物に来たら詞乃様に保護してもらえたのです」

目頭に溜まった涙が流れないようにしながら答えるリサ。
泣かしてしまった事に罪悪感を感じながらもリサの口から出た言葉に考え込んでしまう。

「白い……女の子?」

果てしなく嫌な予感がしているが聞かなければいけない。
予想はついているが俺が誰なのか尋ねてみると、案の定、予想通りの返答が返ってきた。

「はい、ヤシロという可愛らしい女のお子様でした」

「やっぱり、か……」

ヤシロちゃんは神出鬼没だね。まさか異世界の村にまで現れるなんて。
リサの正体に勘づくのなんて流石というべきか。
ヤシロちゃんがリサと出会っていた事も衝撃的で気になる内容だったが、それよりも気になる事がある……。

「変身しているって事はまさか……」

リサの変身には『死の淵』と『満月』が必要で、変身しかけているという事はつまり……。

「あ、いえ。今の私は満月を直接見なくても変身できるんです。
ヤシロ様からいただいたDフォンの機能に『変身ボタン』というボタンがありましてそれを押せば何時でも何処でも自由自在に変身できるのです」

「このように」と言ってリサはDフォンを操作した。
すると半人狼化していたリサの姿がたちまち元の普通の人間の姿になった。
お尻から出ていた尻尾も、太くなった腕も全て元通りに一瞬でなってしまった。
それは衝撃的な事実だった。ボタン一つで変身できるメイドって。
それもモッサモッサの獣に変身って。
辺り一面殲滅しちゃうような変身を自由自在に出来るメイドさんになっていたなんて。

「随分とシュールな光景が目に浮かぶな……うん」

「ふふっ、これからは必要な時に何時でもご主人様の元に駆けつける事ができますね」

「ああ。これからもよろしく頼むよ」

俺がリサにそう言った瞬間______。

「そんな事させないよ」

______ゾクリ。

Dフォンがメチャクチャ赤く光って警告を発している。

「お兄さん達も裏切り者のリサさんも決してこの村からは出さないよ」

「……詞……乃……様?」

リサが恐る恐る詞乃ちゃんに尋ねると詞乃ちゃんはニコっと笑ったまま、指をパチンと鳴らした。
途端に、部屋の外が騒がしくなり、3人の村人が部屋の中に入ってきた。
廊下の方も騒がしいからきっとまだいるのだろう。

「この人達も……⁉︎」

「うん。この村にいる人達はみんな死人だよ!
『人喰い村』だからね、この村は」

「そっか。という事は君が……」

「うん、私は『人喰い村(カーニヴァル)』のロアだよ」

「なるほどね。『人喰い(カニバル)』と『祭り(カーニヴァル)』をかけた名前なんだね?」

「そうだよ」

「やけに素直に答えるんだね?
これも罠かな?」

「ううん。私はロアだからね。
嘘はつけないんだよ」

嘘はつけない?
うーん、その言葉を信じていいのか、迷うな。

「リサさん。裏切らないよね?」

「も、申し訳ありません。
私はご主人様と共に生きたいのです。
ですので私はここから……」

「出られるって思ってるの?」

「そ、それは……」

「大丈夫だ。後は任せて」

俺は手に持っていた包丁を床に下ろし、リサに近づいた。
そして______ぎゅっとリサを抱きしめた。
俯いてしまったリサに代わり俺が詞乃ちゃんに返答をする。

「出られるさ。君のロアは『二度と出る事が出来ないかもしれません』というロアだからね。
つまり……」

ビシッと指で詞乃ちゃんを指しながら告げる。

「出る事が出来てしまったら、その力はかなり弱くなるはずだ!」

「へえ、出来るんだ」

「出来るさ」

「ふぅん?」

詞乃ちゃんは自信満々に告げた俺の顔を見ながら何やら考えていたが……クスッと笑って。

「じゃあ、見事に出てみせて」

その言葉と同時に村人達が一斉に走り寄ってきた。

「ご、ご主人様〜」

「大丈夫だ!
俺を信じろ」

俺はリサをお姫様抱っこするように抱えてその場から飛び跳ねた。
ハーフロアとして覚醒したおかげか、身体能力がかなり上がっている。
斧を持った村人の頭上を楽々と飛び越えるとリサを抱えたまま、斧や鉈を持った村人達の攻撃を躱しながら廊下に飛び出した。
廊下に出た俺は素早く周囲を見回して安全の確認したが廊下には村人達が大量に転がっていた。
よくみると腹や頬に靴の跡が残っている。
______この靴跡は一之江のものだ。
蹴られた事がある俺にはよく解る。
一之江の匂いもするしね。

「姫はここでおとなしくご観戦を。ああいうのと戦うのは俺1人でいいからね」

一之江の匂いや形跡が残っている事に妙に安心した俺はリサを床に下ろすとすぐ様村人達の方向に向かって駆け出した。

______『潜林(せんりん)』ッ!

駆け出した俺は村人が振りかざした斧を避けてから伏せるような姿勢で地を這うヘビのように移動しながら床に置いた包丁を両手に持って、その包丁で村人達の足のアキレス腱を斬りながら進んで行く。

「男性のみなさん、悪いがこれで成仏してくれ」

襲ってきたのは男性だけだったから遠慮なく代々遠山家に伝わる秘技を使って斬る事が出来た。
これが女性なら出来なかっただろう。
俺に足を斬られた村人達は赤い光の粒子となって霧散していった。
足の腱を斬っただけで消える……こんな事は今までなかった。
やはり『タッくん』や『ミーちゃん』と同じようにこの村人達はすでに死んでいるようだ。

「凄い、凄い!
村人達じゃあ相手にならないのかな?」

「諦めてくれるのかな?」

「まさか!
まだまだ村人達ならたくさんいるよ!
それにリサさんを連れてじゃあ逃げ切ることは出来ないと思うけど?」

「何故だい?」

「だって彼女、私と同じで『神隠し』さんを裏切れないもの」

「っ⁉︎」

リサは『神隠し』と聞いた途端、ビクッと震え出した。

「リサさんは『神隠し』さんに救って貰った身なんだから裏切れない、よね?」

「そ、それは……」

「それとも『神隠し』さんを敵に回す覚悟がリサさんにはあるんだ?」

「ご、ご主人様ならきっと『お嬢様』の事も助「そう、裏切るんだ」……はい。
リサはご主人様と一緒にいたいのです」

「ああ、一緒にいよう、リサ」

「勝手な事言わないで!
そもそもモンジさんが何者であってもリサさんを連れ出す資格はないよね?
関係ないあかの他人なんだから……貴方は。
それにリサさんははっきりいって戦闘の役には立たないと思うよ。
せっかく変身出来ても戦おうとしない人だし」

俺の事が気に入らないのか、ニコニコと笑いながらも俺とリサの間を引き離そうとする詞乃ちゃん。

「うっ、ご主人様……私……」

関係ないあかの他人と俺とリサを糾弾してくる詞乃ちゃん。
その言葉に傷ついたのかリサは涙目で俺の顔を見ながら何やら期待するように俺の顔を見つめてきた。

「それは違うよ!」

「ん? 何が違うの?」

「俺とリサは他人なんかじゃないからね。
俺はリサとある契約を結んでいるし、彼女を他の人に任せるつもりもない」

「でも彼女はロアになったんだよ」

「わかってるよ」

「貴方が知る彼女とは違うよ?」

「それもわかってるよ」

「ふーん、じゃあどうするの」

「こうするよ」

俺はDフォンのカメラをリサに向けた。
カメラを向けた瞬間______。

ピロリロリーン!

手に持っているDフォンから音が鳴って。
それまで赤く発光し、発熱していたDフォンが青白い光を放つ。

「……何をしたの?」

詞乃ちゃんが驚きの声をあげた。
詞乃ちゃんの声を聞き流しながら確認を取る事にした。
念のため、そのDフォンを詞乃ちゃんに向けてカメラで写してみたがそのDフォンはなんの変化もなかった。
詞乃ちゃんはどうやら『百物語』の対象ではないらしい。
詞乃ちゃんは違ったが……。
よし!
______上手くいった。
青白くなったDフォンを操作し、データフォルダを見てみると俺の予想通り、そこには全身に金毛が生えた犬みたいな姿をしている獣がボロボロのドレスを着た人形の横に写っていた。
一之江の時と同じでちゃんとリサも出来たみたいだ。
俺の『物語』に!

「リサ。これで嘘じゃない記録が出来ただろう?もう君も俺の大切な物語だ!」 
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