ソードアート・オンライン~神話と勇者と聖剣と~
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DAO:ゾーネンリヒト・レギオン~神々の狂宴~
第二十七話
自在式、《《セイヴァー・オブ・ゴッドフリード》》。その権能は、端的に言えば『《変遷》を促すこと』である。
この自在式を受けた対象は、強制的な変化ではなく自発的な変化を、無意識のうちに引き起こすことになる。セモンの起源《変遷》を剣にのせて放つため、攻撃さえ届けば、今までは自分だけだった対象は無限に広がる。
そして一度当たってしまえば――――あとは、相手が自ら『変わる』のを待つだけである。
――――届かせる。
――――届かせて見せる。
《自我の太陽》に――――陰斗に。お前はもう1人じゃない。だから拒絶するな、と、伝えるために。
高速で《自我の太陽》へと近づき、両剣を振るう。《自我の太陽》が二対の巨剣を使って《拒絶》する。
はじかれあう刀身。崩れる体制。
だが――――諦めては、行けない。
「セモン!」
ハザードが、龍翼をはためかせて近づく。空中でセモンを支えると、そのまま投げ飛ばした。
「悪ぃ!」
「気にするな! 行けェェェッ!!」
加速する。
もっと速く、もっと強く。
そうして――――見えた。
交差した四本の巨剣の隙間。その奥にある、《自我の太陽》の本体。
「おぉぉぉぁぁぁあああああああああッッ!!」
両剣の刀身。その半分が《雪牙律双》のそれになり、もう半分がALOでシャノンが作り上げた両剣の姿になる。
完成した新たな武器が、《自我の太陽》の胸に深々と突き刺さり―――――
内部から、激しい光を放った。
***
「……」
天宮陰斗は蹲り、耳を、目を、口をふさいでいた。漆黒の空間で蹲り、ただただ《拒絶》していた。
此処には何もないと。
此処には何もいらないと。
拒絶する。あらゆる全てを《拒絶》する。
もう意味なんてない。
僕は――――一人だ。独りだ。
大切な人たちは、皆いなくなってしまった。
そもそも――――最初から一人だったのだ。人間は一人では生きていけないと言っても、結局ひとりきりなのだから、つまりは生きていけないのである。
あとは滅びを待つのみ――――
「僕は……独りだ……」
その時だった。
漆黒の空が割れて、まばゆい光が入り込んできたのは。
それはさながら太陽の様で。その光が与える安心感が快くて――――
でも、それには手を伸ばせない。
偽りだと、知っているから。結局それは、自己満足でしかないと知っているから。本物の『思いやり』何て、この世には存在すらしないと――――もう、何億年も前から知っている。
けれど。
けれども。
そんな全ての《拒絶》すら。
そんな遍く《否定》すら。
飲み込んで、包み込んで、温めてくれるその光を感じて――――
いつの間にか、陰斗は立ち上がっていた。
目を閉じて。でも、両手は広げて。光を受け入れる。拒絶はしない。
この優しい光を――――受け入れる。
そういう意思を以て。
光からは、『思いやり』があふれていた。人の心が、つまっていた。
だから分かったのだ。
ああ、もう僕は一人じゃない。
いや――――ずっと、一人じゃなかったんだ。最初から、皆ここに居たんだ――――
「僕はもう……独りじゃない……」
その時だった。
『始まりの名前』を呼ばれたのは。
ふりかえれば、そこには”彼女”が――――最初に出会った時と、同じ姿で立っていた。
よく見せてくれた、不器用な笑顔で。確かに、微笑んで。
「……今まで、すまなかったね」
陰斗は、彼女に向けて……もしかしたら独り言のつもりで、呟いた。
「けど、忘れないで欲しい。どれだけ世界が廻り廻っても、僕は君を愛したことを忘れない。いつだって君は、僕の『大好き』。永遠の『大好き』を、君に――――」
そう言って、近づいて。一度だけ彼女を抱きしめて。
殴られないうちに、すぐに離れて、踵を返す。
――――その瞬間。
「いってらっしゃい」
鈴の音の声で、いつかのように口にした彼女に――――
「いってきます」
僕もまた、同じように答えて。
――――さぁ、今いくよ。
天宮陰斗は、闇から駆け出した。
***
『ルォォォォォォォォ――――――……ンン……』
咆哮は、もう『慟哭』のそれではなくなっていた。
《自我の太陽》が、柔らかい色の無数の光へと爆散・消滅する。キラキラと光が舞い散るその中を――――シャノンが堕ちてくる。
「お兄様!!」
刹那が駆けだして、彼を抱き留めた。
「ああ……刹那かい……心配かけたね」
「本当ですよ……もうっ……お兄様……っ!」
シャノンを思いっきり抱きしめる刹那。その背をさすりながら、シャノンは目を閉じる。その顔は、『満たされた』ことを物語る、笑顔だった。
「……やったな」
「おう」
ハザードが近づいてくる。シャノンと刹那を眺めて微笑んでいたセモンは、それを受けてニッ、と笑った。
直後。
「うへぇっ!」
「うわっ!」
バシィッ!! という音が響き、天上の空間が割れる。そこから、見覚えのある赤い少年と緑の少年が落下してきた。
「カズ! リーリュウ!」
「おーいてて……あれ? どこだここ?」
「助かった……のか?」
困惑した、という表情で、あたりをきょろきょろ見渡す二人。
そして事態はそれだけにとどまらない。
「きゃっ!」
バシィッ!! という音が再び起こり、今度は右側の空間が爆発、そこからコハクが飛び出してくる。
「お、おいっ!?」
思わず抱き留める。すでに騎士装のあちこちは破れ、大小無数の傷が彼女を蓋っていた。
「あ……セモン……?」
「お、おう」
「ごめん……勝てなかった」
「……いいよ。無事でいてくれたならそれで」
そう。
それが一番大切だ。ボロボロになっても、生きていてくれたことが何よりうれしい。
《玉座》の《主》の隣の空間も罅割れて、ガラディーンが姿を現す。
「……倒しませんでした」
「嘘言え、ガラディーン。倒さなかったんじゃなくて、倒せなかったんだろ? ……っていてぇ!」
バシッ、と音を立てて、《主》がはたかれる。
「やっぱり大嫌いです」
「つれないなぁ」
シャノンと同じ顔で苦笑いしてから、《主》はこちらを見て、言った。
「さて……おめでとう、諸君。君は友を救いだした。人は孤独ではないことを証明した」
そして。
やけに厳しげな表情で、続ける。
「――――だが本当にそうだろうか? その手を誰もが望んでいるとは証明できまい? 差し伸べたその手はただの自己満足で終わっているという現実を知らないわけではあるまい? そう――――結局はその程度なのだ。所詮貴様たちの《思い》など、そこで止まるのだ。
故に教えろ。お前は――――どう、思う?」
そう言い放った《主》は、どこか寂しげで。
ああ、こいつも、本当は一人が嫌なんだな、と、セモンは悟った。同時に、《白亜宮》なんてものがあって、彼ら…否、『彼女ら』か……? …が異様な強さを誇る理由も。
彼女たちは、《主》を見守るために居るのだ。たった一人では生きていけない彼を守るために居るのだ。彼女たちが強いのは、《主》の元からいなくならないため――――
白い少年神は、一人ぼっちが大嫌いなのだ。
故に―――否、そうでなくても。
答えは、最初から決まっていた。
「……それでも、俺は手を差し伸べるよ。どうしてもって言うなら、手を差し伸べない。けど、それが結果として『手を差し伸べる』ことになるのはきっと変わらないよ。
自己満足だって? 当り前さ。そんなこと、ずっと前から知ってる。
けど。
それでも。
俺は、一人ぼっちの人を作りたくないと思っている。結局さ、どこかで、俺達の『セカイ』って、繋がってるんだよ。それは、否定できないんだよ。
だったら――――全力で、隣の人とかかわれるように、変わろうぜ」
それを聞いて。
《主》は、一瞬目を見開いて――――それから、笑い始めた。
「くふふっ……くはははははははっ!! 素晴らしい! 予想以上だ! なるほど。キミならそう言うと信じていた。だが、それ以上だ。キミはそれ以上の事を言ってくれた――――
ああ、そうか……なるほどな。それがキミの答えか……いいね」
そうして、《主》は。
純白の少年神は、微笑んだ。初めて、優しそうに、笑った。
それは――――子の成長を喜ぶ、親のような顔で。
「……天宮陰斗。天宮刹那」
《主》は自らの代替と、その妹の名を呼ぶ。
「キミ達は、もう自由だ。その”運命”からは逃れられずとも、キミ達は『キミ達』である限り、その意思をキミ達自身の望むままに使うことを許そう――――いや、キミ達が、そうしてくれることを祈る」
ふりかえって。
「グリヴィネ」
「はい、お兄様」
突如として空間が歪み、いつの間にか姿を消していた白い王妃が再び召喚される。
「みんなもおいで」
『『『はい、お兄様』』』
グリーヴィネスシャドウに続いて、初めて見る者も含む、総勢三十を超える《白亜宮》のメンバーたちが姿を現す。
「お父様――――っ!」
「皆徒ぉぉぉっ!」
その中からぴょいーんと飛び出した金髪の少女を抱きかかえて、《主》は笑う。さっきからアイツ笑いっぱなしだぞ……いや、最初からか。
「お母様」
「……」
皆徒、と呼ばれた少女は、ガラディーンに向かって手を伸ばす。だが、彼女は答えない。けど――――ほんの少しだけ、少女の方をみて。
「……皆徒」
「うん!」
”神の娘”は花が咲くような笑顔を浮かべた。
「お兄様~《黒の剣士》さんを取り逃しましたぁぁ……」
「良いんだよ。もう。彼の役割は終わった……」
刹那によく似た少女――――ホロウが《主》に泣きつく。《主》は彼女の頭を撫でて、下がらせた。
「お疲れ、ホロウ。《七剣王》のみんなも」
その言葉に、七人の少女たちは顔を輝かせる。
「ダーク、メア、リヴィアソード、デルタブレイド」
「ここに。お兄様」
「ん……マスター」
「はい、王よ」
「すでに此処に」
数少ない男性メンバー…なんとハザードと顔がそっくりだ…と、その配下と思われる少女二人と少年が歩み出る。
「キミ達に出番を与えてやれなくてすまなかったね。お疲れ」
「……それだけで、俺達は十分です」
青年は微笑んで、群衆の中に戻った。
「”セラフドールズ”」
『『『はい、お兄様』』』
メイド服やローブと言った、どこか非戦闘員っぽい服装の少女たちが姿を現す。全員透き通るような真っ白い、一房だけ、先端が紅蓮、付け根が蒼藍という髪が混じった髪で、どこか機械めいた紅蓮色の瞳だ。しかし全員が、確かに暖かい表情を浮かべている。
「《白亜宮》の管理有難う」
『『『すべては、あなたの御心の儘に』』』
「……そうか……お疲れ」
少女たちが下がる。
そして《主》は、ひときわ強大な気配を放つ少女たちに向かって。
「《七眷王》。今回もキミ達のおかげで本当に助かった。いつもありがとう。そして今回もお疲れ様」
ねぎらった。
「シャル、サク」
「「はい、お兄様」」
金色の髪の少女と、黒髪の刀少女が答える。
「アニィ」
「ヤヴォール、兄者」
黄金の少女が前に進み出る。
「エリィ」
「御意に、兄者」
十二単の女が笑う。
「ノイゾ」
「御心のままに、我が兄」
黒髪になった青い策女が跪く。
「エイン」
「……はい、お兄様」
半目の小さな少女が頷く。
「トリス」
「はい、お兄様」
先端が紅蓮い、白ローブの少女士官が頭を下げる。
「グリヴィネ」
「はい、お兄様……お疲れ様でした」
にっこりと、白い王妃が微笑んで。
「ああ。ありがとう――――さぁ、帰るよ。居残り組のみんなが待ってる――――アクセス、《ガイア・イクス・アギオンス・ヌーベルバーグ》。《白亜宮》の転移を開始する」
『――――イエス、マスター。管理・維持を実行します』
「頼んだよ――――
『遠くや何居黄泉二世
いと尊き我がレギオンに、この誓いを授けよう』」
――――《主》が、祝詞を紡ぎだした。
「『終わりへと至った物語は、始まりへと還る。
さぁ、帰ろう。我らの居城へ。
道しるべはここに――――』」
それに答えるように、《七眷王》と、ホロウと、そしてガラディーンが、次の祝詞を紡いでいく。
「「『其の名は《破軍》』」」
シャルルフォンシャルロッテと、サクリファイスが紡ぐ。
「『其の名は《武曲》』」
アニィが紡ぐ。
「『其の名は《開陽》』」
ホロウが紡ぐ。
「『其の名は《廉貞》』」
エリィが紡ぐ。
「『其の名は《文曲》』」
ノイゾが紡ぐ。
「『其の名は《禄存》』」
エインヘルヤルが紡ぐ。
「『其の名は《巨門》』」
トリスアギオンが紡ぐ。
「『其の名は《天輔》』」
ガラディーンが紡ぐ。
「『其の名は《貪狼》』」
グリヴィネが紡ぐ。
「『其の名は《極天帝》
此処に、導は揃いて、我らは在るべき地へと帰る』」
――――《惟神》――――
「『《終わりより来たりて、始まりへと紡ぐ》』」
空が、割れる。
そこには、一機の巨大な、純白の戦艦が浮いていた。一人、また一人と、《白亜宮》が姿を消す。きっとあの船に乗り込んだのだろう。
「じゃぁね、人間のみんな!」
「……」
「みなさん、元気でいてくださいね~!」
「さらばだ、人間たちよ。僕は君たちに――――期待しているよ」
そして皆徒が。ガラディーンが。グリヴィネが。《主》が。
姿を消した。確かに満ち足りた。そんな表情をして。
《六門世界》の空が歪む。虹色のオーロラのようなものが出現して、それが世界を包んでいく。同時に、セモンの意識も薄れ始めて―――――
***
「う……?」
目を覚ませば、そこは《白亜宮》の王城ではなく、何度か見た時計塔の一室だった。シンプルな作りのこの部屋は、小波にしては珍しいので記憶に残っていた。
「「清文!」」
その小波と、琥珀が、部屋の扉をバァン! という音と共に明け払って飛び込んでくる。
「うわわっ!? ど、どうしたんだよ二人とも……」
「どうしたんだよ、じゃないだろう……!!」
「もうぅっ……し、心配、したんだからぁ……っ!」
琥珀に至っては泣き出してしまう。見れば、小波の方でも瞳に涙を浮かべていた。
「ご、ごめん……心配、掛けた……」
「うん……もう……ど、どこにもいかないでよね」
「おう。善処する」
清文は琥珀の頭を撫でて、彼女をあやす。すると琥珀はキッ、とこちらを睨み付けて、
「善処じゃなくて、約束して!」
「え、ええ……? だ、だって……もしもの場合というのがだな……」
「そう言うのを起こさないでって言ってるのよ!!」
「本当だよ全く……」
小波が一歩進み出て、少しバツが悪そうな顔をする。
「まぁ、今回は俺の方にも非があったわけだし……ごめんな」
「いや……いいよ。別に」
清文は、本心からそう思っていた。
きっと姉も――――心から叶えたい夢があったから、こうやって自分を巻き込んだのだろう。《主》の介入があったにせよ、自分が面白そうだと思うことには他人を巻き込む、小波の悪い癖だ。
清文の答えを聞いて、彼女はすこし驚いたような表情を取ると、それから、小さく笑った。
「そうか……ありがと。――――とにかく。お帰り、清文」
「ああ。ただいま……姉ちゃん」
同時刻。
全仮想世界から、イレギュラークリーチャーを含むあらゆる《白亜宮》の爪痕は消滅した。進軍に手を貸していた《六王神》は《六門世界》へと回収され、《土の六王神》の断罪を受けたという。
《光の六王神》は罰が悪そうに笑い。
《風の六王神》はどこ吹く風で。
そして《火の六王神》は、どこか、穏やかな表情で。
かくして、白き神が巻き起こした世界破壊は、一端の集束を見せたのであった。
後書き
はいどーも、Askaです!
いやー、やっとここまで来た……長かったねぇ……一年になるんだよ一年。
刹「一年あるというのに話が全然進まなかったこの状況を責めるべきなのか……それともそれでも完結させたあなたを褒めるべきなのか……」
残念だがまだ完結してないぞ。でも褒めて。
さて、そんなわけで駆け足でやってきました『神話剣』、《六門神編》もいよいよ次回で最終回(の予定)! 果たしてAskaはちゃんとエピローグを書けるのか!?
刹「問題そこですか……?
遅くなるとは思いますが、とにかく次回をお楽しみに!」
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