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ソードアート・オンライン~神話と勇者と聖剣と~

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DAO:ゾーネンリヒト・レギオン~神々の狂宴~
  エピローグ~オワリノオワリ、ハジマリノハジマリ~

「これでよし、と……」

 清文はトランクから手をはなすと、そこそこ愛着もついてしまった、《時計塔》の自室を眺めまわした。つい昨日までは様々なもので散乱していたここにも、もう今は何もない。

 つまりは――――この部屋の住人が、いなくなることを示していた。

 そう、本日をもって、清文/セモンの一年にわたる《ジ・アリス・レプリカ》のテストは終了となるのだ。

 長かった、と言えば長かっただろう。本当に様々なことがあった。だが同時に、短かった、と言えばひどく短かったのだ。あっという間に一年は過ぎていった。

 まぁそれでも――――清文は、満足していた。得るモノは多かった。
 
「用意できたかい、清文」
「ああ」

 小波が声をかけてくる。

 彼女と何の気負いもなく話せるようになったのもその成果だ。ずっと嫌いだった姉のことを、やっと自分の家族として見られるようになった。

「……お疲れ。今まで悪かったね」
「そんな事言うなよ。俺なりに……楽しかった」
「そう言ってくれると助かる」

 苦笑する小波。

 本当は――――あの《白亜宮》との戦いの後に、清文は日本に帰ることを許されていた。仲間たちが待っている故郷に帰るのはとても魅力的だった。

 だが清文は、それを選ばなかったのだ。最初に『一年間』と約束したのだし、それに、しばらくの間は《時計塔》に残りたい気分だった。

「……みんなは、元気にしているのかい?」
「ああ。秋也によれば、エミリーさんの病気も快復傾向にあるらしい。キリトもラースの内定受かったって言うし……そう言えば、陰斗も、『この世界の』そうさんを見つけられたってな」

 京崎秋也の恋人である遠坂笑里は、なかなか難しい重病を患っていたらしい。だが医師たちの尽力や、なぜかその中に混じっていたハクア…元は薬剤師だったらしい…のおかげで、完治しかけているという話だ。

 桐ケ谷和人は、アンダーワールド事件という、清文がいなかった頃にあったとある事件で知り合ったVR専門企業のラースに、来年から入社することになっているらしい。

 そして――――天宮陰斗と天宮刹那は、《白亜宮》とは関係ない、新しい人生を歩み始めたそうだ。刹那は相変わらず陰斗の世話を焼いているようだが、前よりも笑顔を見せるようになった。友達も増えたらしい。
 
 一方の陰斗はというと――――先ほど清文が言った通り、『あの人』を見つけることに成功したらしい。
 
 日本に帰ってから、陰斗は全力を以てその発見に取り組んだ。「自分の事なんて覚えてないだろうけど、一応は謝りに行こうと思ってね。なぁに、最初っから自己満足人間なんだ。咎められても気にしない」と笑い、そして本当に発見してしまったらしい。

 あとから秋也に聞いた話だが、なんでも雪の多く振る田舎町に住んでいたらしくて…そこは陰斗が清文たちと出会う前に住んでいた場所の近くだった…、最初こそ困惑していたらしいが、現在は陰斗の数少ない友人として交友してくれているらしい。彼の友人としては感謝しきれない思いだ。

 そして、清文の帰還を日本で今か今かと待ってくれているのは、杉浦琥珀だ。本当は彼女もイギリスに残りたかったらしいが、清文が全力で頼み込んで帰国してもらっていた。これ以上彼女に無理はさせたくなかった。

 帰ったら、なんて言われるかな。

 こっちがいう事は、もう決まってるんだけど。


「清文……今まで世話になったな」
「また来いよ。俺も姉貴も待っている」
「ったく……褐色野郎も兎野郎もへらへらしやがって。おいセモン。お前はまだ未熟なんだからな。精進しろよ」

 千場(ラーヴェイ)黒覇(コクト)、そしてあの《白亜宮》騒動以後に初めて顔を合わせた竹王斬彦(ウォルギル)達も(一応は)笑顔で見送ってくれた。

「ああ……ありがとう」

 こちらも笑顔で応じる。彼らには本当に世話になった。ラーヴェイにはリアルで、コクト《六門世界》での旅で、清文/セモンを大きくサポートしてもらっていた。ウォルギルとは《白亜宮》騒動以後からしかかかわっていないが、彼のおかげで随分剣術が上達した気がする。なんせ本当はセモンの《師匠》になるはずだったのだ。上手なはずである。

「……セモン!」
「リーリュウ」
 
 真剣な表情で見つめていた、様々なデータが表示された大型ディスプレイから顔を上げ、里見良太郎が破顔する。彼とはここ数か月で急速に仲が良くなった気がする。

 カズが雪村の家に正式に迎え入れられ、ハクガ、ハクナがハクアに付いて日本に渡って以来、イギリスには彼だけが残っていたのだ。かつての師と共に《ボルボロ》のオペレーターになるらしい。機械にはつよいんだ、という話だった。

「行っちまうんだな……少し、寂しくなる」
 
 砕けた調子で話すリーリュウ。かつてはもっと硬い少年だと思っていたのだが、意外にこういう面が多い奴だった。まぁ、なんとなくやけにノリがいいあたりから予想はしていたんだが。

 別れを惜しむリーリュウに対して、清文は笑顔で答える。
 
「ああ。またいつか来るよ」
「……約束だぞ」

 そう言って拳を打ちつけ合い――――


 《時計塔》を後にする。

「お待ちしておりました。お嬢様、清文様」

 車の前には、大門が待ち構えていた。彼に促されてリムジンに乗り込むと、意図せずして小波と対面的に座ることになってしまった。

 改めて見ると、本当に自分によく似た顔だ、と、今更ながらに実感する。琥珀が以前彼女のことを、「清文が女の子だったら将来あんな感じになったんじゃない?」と言ったのもうなずける話である。

 そんな小波はしばしの間、珍しくうつむいていたが、ふいに顔を上げて呟いた。

「……俺はさ、今回の事件で、なんか気が付いた気がするんだ」
「何に……?」
「大切なこと」

 ふっ、と、穏やかな表情になる小波。そこには空気を読まないじゃじゃ馬の姿ではなく、本当に何かを得た、一人の人間の姿があった。

「ずっと、自分が今いる世界は無意味だと思ってたんだ。変わらない周囲、変われない自分。そんなの下らないって。だったら他の世界に渡ってしまえばいい、と思ってた。
 けどさ、清文、言ったろ。『前に進むために変わるんだ』って」
「……ああ」

 今となってはもう懐かしい、半年以上前の《白亜宮》事件の最終局面で――――清文が、その長たる少年神、《主》に向かって言い放った言葉だった。

 あの時は心の奥からこみあげてくる何かを口にしただけだったのだが……いや、だからこそ。小波の中に、何か大きな変化をもたらしていたらしい。

「その時にさ――――気が付いたんだ。無意味な世界が先に在るんじゃなくて、それが有意なのか無意味なのか、俺達自身で決められるんだ、って。だから、もう……前みたいに、ヘンに必死にならなくて済む」

 そう言って、安らかに頷く小波を見て――――


 清文は、感動どころか強烈な違和感を覚えた。

「……あんたには似合わないよ。やっぱり姉貴は、馬鹿みたいに騒いでるのが一番似合う。だってそれが姉貴だろ? ヘンに変える必要はないと思うよ。時間をかけて、変わっていけばいい……というか、俺の力ってそう言うのだから」

 そう、と言えばいいのか。ところで、と言えばいいのか。

 あの事件以後――――清文には、いまだに《異能》が残ったままだった。一体何の間違いなのか、肉体能力まで強化されてしまっており、箸やスプーン、フォークを粉々に砕いてしまうという事が一度だけあり、大いに困った。

 その際には《白亜宮》で心意の手ほどきを受けていたらしいウォルギルと、その上位技術である《自在式》に多少通じているハクガが手助けをしてくれたため、今現在は何とか調整できているのだが。

 因みに同じく、いわば《覚醒》してしまったキリトの方でも、こちらは手助けをしてくれる仲間がいないが故か、皿を割ったり箸を壊したり、一度何て鉄パイプを間違って破壊してしまっただかで大騒ぎになったらしい。まぁ今はハクガが向こうにいるので、そもそも《白亜宮》の関係者だったらしい鈴ヶ原の家に出入りすることで、制御の術を学んでいる最中らしい。ラースに正式に配属されるまでに自由にコントロールできるようになればいいのだが。

 というわけで、清文が小波にその違和感を訴えた結果。

「……ぷっ」

 彼女は、一瞬きょとん、とした表情を見せて。

 直後――――

「あははははははははははっ!! なるほど! 俺らしくないってか! 納得だ。自分でも薄々気が付いてたんだ。あっはっはっはっは!」

 壊れたように腹を抱えて笑いだした。

「……」

 ――――自分でもそう思ってたのかよ!

 思わず内心で突込みを入れてしまう。

 だが同時に、確かな安心感を得たのも真実だった。こうやって他人の裏をかいて、奇想天外な方向から仕掛けてくるのが栗原小波という、清文のたった一人の姉だ。


 そうこうしているうちに、いつの間にやら空港に到着していた。

 荷物を大門が引出し、手渡してくる。

「……御達者で。清文様」
「ああ。大門も元気で」

 すると彼は、そのキリッ、と引き締まった表情を、一瞬だけゆるめて、微笑んでくれた。

「清文」

 そして、小波は。

「……また……姉ちゃんに、かっこいい所見せてくれ」
「ああ――――またな、姉ちゃん」

 清文と、お互いの拳を打ち付け合った。

 少なくとも、イギリスと日本の間の距離を考えれば、そう簡単に会えるとは言えない。姉弟の別れとしては、随分あっさりしていたが――――

 清文は、これでいいと思っていた。俺達の別れなんて、多分こんなもので十分だと。

 だってどうせ――――その内、また会うんだろうから。


 そうして清文は、大英の地を後にして――――


 
 ***



「清文!!」
「うおっ!」

 ロビーに姿を見せた瞬間、突然飛び込んできた小柄な体を清文はとっさに受け止めた。約半年ぶりに直接会う杉浦琥珀は、以前よりもどこか大人びて見えた。

「よかった……ちゃんと到着するか……その……し、心配してたんだからね!」

 付き合い始めてもう二年近くになるのに、いまだに時々素直でなくなる彼女を見て、苦笑する清文。

「そうそう事故なんて起きないさ。いざとなったら『自分で何とかする』」
「うん……何か……やめといた方がいい気がする……」

 自分でもやりたくない。そう思う。

 とにかく。

「……帰ってきたんだな。俺」

 そう、強く実感した。ふと見れば、ロビーの向こう側に見知った人物が何人もいる。元気に手を振っている、赤い髪の毛の少年は四条和也(カズ)だ。その隣にハクア、そしてハクガ・ハクナ兄妹の師弟。
 
 その隣には、京崎秋也と、彼の押す車いすに乗った遠坂笑里。本当に久しぶりに見る、銀色の髪の人間はなんとゲイザーだ。リアルで直接会うのはこれが初めてだ。

 そしてすこしだけ伸びた髪を肩に垂らした天宮刹那と、以前よりも柔らかくなった笑顔の天宮陰斗。今日初めて見る、しかしどこかで見たことがあるような顔立ちのくせ毛の少女は、この世界の『そう』だろう。

 そして――――清文の眼前には、最愛の少女、杉浦琥珀。

「……ただいま、琥珀」

 単純だけども、清文がどうしても琥珀に言いたかったセリフ。それがこれだった。如実に、自分が帰還したのだ、という事を、お互いに実感できる言葉。

 それに琥珀は、

「お帰り、清文」

 と、花が咲くような笑顔と共に答えて――――

 どちらからともなく、唇が重なり合った。



 かくして、無限の異世界を舞台にした、勇者と聖剣の神話は、ここに終結したのだった。

 あとは、大団円に向けての幕が上がるのを、待つだけ―――― 
 

 
後書き
 ついに~
刹「ついに……!」
 ついに『神話剣』《六門神編》こと《DAO編》、完結いたしましたぁぁぁぁぁぁぁっ!!
刹「やりました――――っ!」
 珍しく刹那たんが大喜びだと……!? 写メ写メ(ぱしゃっ
刹「」(ざしゅっ
 ぐはぁっ!

 さてさて、長かった《六門神編》もこれにて終了となります。ラストまで駆け足、DEBANNの無いキャラはやっぱりいる、さらっとハザード編のネタバレだったりウォルギルの本名が出たりする最終回でした。
 因みに誰も気にしませんけど、この章の本来の題名である《DAO》というのは《ディエティ・アート・オンライン》と読みます。《ディエティ》というのは《神》という意味で、多分ラテン語の《(デウス)》起源の英語ですね。《ディエティ・アート》で《神の饗宴》みたいなのをイメージしてました。これは《白亜宮》の事もあるんですが、もとは《六門神》にかなりスポットを当てる話にする予定だったことに起因します。結局後編ではほとんど出てきませんでしたけど……《六門神編》って言うのもこの名残ですね。

 そんなこんなで一段落ついた『神話剣』。次回からは再びゆっくり更新に舞い戻り、コラボ編を含む『エピローグ編』に入ります。 ですが残念なことに、今年の更新はこれで最後となります。次回は来年の更新です。
刹「皆様がよいお年を過ごせますように。それでは次回もお楽しみに!」 
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