MA芸能事務所
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
偏に、彼に祝福を。
第二章
六話 惰性
前書き
前回のあらすじ
「時間切れまで一時間」
今回はクラリスの目線で、達也(P)の過去が明らかになります。
オリジナルキャラ、綾瀬美香が出てきます。
二十一時過ぎ、事務所内ではちひろさんに協力してもらって、関東で今までで複数人で仕事をした場所、もしくは慰安旅行で訪れた場所を調べていた。
私はこのゲームに最初から違和感があった。達也様は何故わざわざこのようなことをしたのか。ちひろさんが提案したからゲームをしたのか、と。
ゲームにしては、しっかり自身の足取りを追わせないようにしている。彼のご両親は既に他界していて頼る場所もない。それに、わざわざ自身の携帯ではなくメール転送サービスとやらを使っていること。
更に今まで、幾つものことが調子よく起こっていた。泰葉さんがPCを使えること。事務所で自由に使えるPCがあったこと。そもそもちひろさんが、無理なお願いを聞いてくれたこと。
都合が良すぎないだろうか。神の導きだろうか。いや、違う。これは綿密に予定されていたに違いない。ちひろさんが彼にゲームを提案するより前、更には明さんがPCを買う前、一月中。恐らく彼が倒れた時に。そう仮定した時、ちひろさんは中立な立場ではなく彼の味方ということになる。恐らくこれは、達也様とちひろさんが仕組んだゲームなのだ。
そうした時、最初の疑問に戻る。何故こんなゲームをしたのか、と。彼が勝った時の追わないという約束は、彼が私達に言わずに携帯を変えて、隣県にでも引っ越しすれば事足りる。ならば追われたら都合が悪いことがあるのではないだろうか。例えばそう、例え離れたとしても、例え連絡手段を断っても、他の方法で見つかってしまうことがありえてしまうことがある場合。
そこまで考えた時、私はその職業柄一つの可能性に至った。それは恐らくアイドル達には馴染みのないことだろう。
本人の意志に関係なく、本人が有名であるほど周りが騒ぐこと。本人が無名であっても、時たま地方紙に書かれてしまうこと。自殺、もしくは其れに近い何か。
そう考えれば話が繋がる。万が一にも自身の名前を探させない為のゲーム。
死体発見時に彼の携帯は調べられるだろう。もし死ぬ間際私達にメールを送っていたとなれば当然私達の元へその死亡に関することが流れてくる。その為の転送サービス。恐らく彼が持っている携帯には、もう皆のアドレスはなく転送用のアドレスとちひろさんのものとしかない。警察からの連絡はちひろさんが応対すれば私達が知ることもない。
ゆかりさんが調べ終わりチャットを書いている時、ちひろさんに話しかけた。
「ちひろさん。つかぬことをお訊きしますが……達也様、死ぬおつもりですね?」
神経を尖らせる。今まで教会で重ねてきた経験を総動員する。彼女の言葉の真偽を得るために。
「……さぁ」
しかし、返ってきたのはそんなものは必要なかったかのような、わかりやすい返事だった。
「貴方も、かんでいますね」
「気づいちゃったか。クラリスちゃん」
「ええ。職業柄、死のうと思っている方も幾度と無く見てきましたので」
私は修道女として、信者の相談を時たま受けた。相談は複数の形を持つ。一番多いのは自身で解決した事を改めて話す確認。次に多いのは不満を零し、同意を求める愚痴。そうしたものとは別に、時たまいるのだ。その会話に何ら意味を持たない人間が。そういう人間は二別される。ただ話したいだけの人間か、それとも自殺志望者か。
「彼は随分前から決心していたのですね。それにちひろさんも関わっていた」
「そうよ。彼が決心したのは一月」
また違和感。何故今まで何も言わなかった彼女が、今になってべらべらと喋るのだろうか。
「何故今になってこんなに簡単に私に明かしてくれるのですか?」
「元々、私はこのゲームが終わった時、辞めると言った貴方に全てを明かすつもりだったのよ。……勝った時に彼の辞職を取りやめる。これは私の起こしたイレギュラーよ。巻き込んで辞めると宣言してしまった貴方には、事の全容を知って貰おうと思っていの。
先に明かしてしまったら、動揺するかと思っていて黙っていたけれど、察してしまっていたならば黙っている理由はもうないわ」
「彼の自殺を何故止めないのですか?」
「止めたわよ。けど彼は何も聞かなかった……青木さん達が彼に言ってきた、趣味もなく、ずっと貴方達に尽くすことをやめて欲しいということ。今でも彼は変わらないでしょ? 終ぞ、変われないままなのかもね」
「変われなくても、何で今のままでいることすら放棄するのですか?」
「逆よ。今までが異常だったの。彼は今まで惰性で生きてきた。今その立場にいて、そうして今までプロデューサーだったのだから彼はプロデューサーを続けた。そこに仕事をしているという義務感はなかった。故にお金に執着もなかった。彼の部屋に行ったアイドル達に聞いたでしょ? 無趣味。ただ育てるという惰性で動いていたのよ今まで」
惰性。だから、一度止まるような事が起きれば、もう動き出せない。それが一月の倒れるという事態。
だが惰性ならば、其れに至る加速の道があったはず。
「何故彼はプロデューサーを始めたのですか」
「一人の女性をプロデュースするためよ。少し、昔の事を話しましょうか。私と、彼女と、そうして達也さんは幼なじみだった。三人の内、私は親が社長を務めていた芸能事務所についた。彼女……綾瀬美香は、元々はバレエ団に入ることを目指してた。けど、バレリーナとしての限界を感じた彼女は、私の事務所に来てアイドルとして歩み出すことにしたのよ。今から二年前の事だったわ」
思い返す。私も賛美歌を弾く為、オルガンの覚えがある。また、練習の一環としてクラシックも幾らかか聞いたり弾いたことがある。達也様が泰葉さんに言った曲、ボレロは色々な場面で使われる有名な曲だが、元々はバレエ曲だ。綾瀬美香なる女性に彼が影響を受けているのは本当だろう。
「彼女が芸能事務所に来る前から、私の親は達也さんに自身の会社で働かないかと提案していたの。断っていた彼だけど、美香が来てすぐに事務所に来たわ。口では言ってなかったけど、美香のプロデュースをしたがってたのは明らかだった。
私の親は彼に美香のプロデュースを命じた。マネージャーのようなこともさせていたわ。 美香は才能があった。歌も良かったし、今までバレエをしていたからダンスの上達も早かった。プロポーションも、悪くなかった。
昨年の暮れ、私達は新しい事務所を任せられることになった。ここのことね。事務員として私、プロデューサーとして達也さん。そして一人目のアイドルとして美香を連れて。この事務所はこの三人で、どんどん大きくしていく予定だった。私も、達也さんも美香も、私の親に試されていた。
彼女は一度そこで切ると、慌てふためくゆかりさん達を眺めた。その目は、とてもやさしい。
「去年の二月、美香は死体となって見つかった。恐らくは事故だったわ。初めに遺体を見つけたのは達也さんだった。
そんな状況でも、私達は事務所をどうにかしなければならなかった。私達は事務所の名前を変えて何事もなかったように新人を募り始めた。その頃は忙しかった。だから達也さんも狂っていた事に気づいたのはずっと後だった。美香を追ってきた彼が、その対象が不意に消えてしまったせいで今はその惰性で動き続けていると気づいた時はもう、この事務所の為にもそのままにしておくことしかできなかった」
大体の事はわかってきた。後尋ねることは幾つかのこと。
「それでも、何故自殺を……」
「彼は、足が止まってしまった。もう彼は貴方達の為には動けない。今の彼は唯の人形。そんな姿を皆に見せたくはなかったのか。はたまた別の理由があったのかは分からない」
「貴方はそれでいいのですか?」
「良い訳ないでしょ!」
突然の大声に、事務所の中が静まり返り、皆がちひろさんのほうを向いた。ちひろさんはそれを全く意に介さない。
「だから私は貴方達に全て賭けた。勝利報酬の言葉遊びも、辞職届の受理を遅らせもした。彼に対する最初で最後の裏切りよ。
私が幾ら言葉を重ねても彼は変えられなかった。けど貴方達なら彼をこのゲームで変えられるかもしれない。だから貴方達は何としても彼を見つけて」
きっと、彼女は悔しいのだ。長く共にいた自身は何もできないことに。
だから、それに私は、笑顔で答える。
「お任せください」
時計を確認する。二十一時十分。ゲーム終了まで残り五十分。時間はもう、ない。
後書き
綾瀬美香は綾瀬穂乃香と姉妹というわけではありません。こんなキャラいないかなぁと探したらいい具合にバレエをやっているキャラがいましたので苗字だけ使わせていただきました。
ページ上へ戻る