MA芸能事務所
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偏に、彼に祝福を。
第二章
七話 勝敗
前書き
ここまでで本編は終了です。後二話続きますが、殆どはオリジナルキャラである綾瀬美香と主人公たちの過去の話で、七話までの一日の話は少しだけです。
「事の真相はこのような形でした」
ビデオチャットの通話でクラリスさんから事の真相を聞いた私は、色々な感情が浮かびは消えたが、唯一つ今肝心なことを彼女に確認した。
「状況を考えるに……今日が、自殺の決行日ですね」
日を伸ばす必要性がない。このゲームに勝ってから、ほとぼりが冷めるまで待つという手もあるが、もうすぐ大型連休なのだ。ふとした拍子に出張したアイドルにでも見つかりかねない。
「ええ。私もそう思いますし、ちひろさんも恐らくそうであると言っています」
「決行は二十二時ですか。……方法は何でしょうか」
その方法によって、彼の決行から死亡までのタイムラグが決まる。首吊りだとするならば、ものの数分で助けだしたとしても脳に障害が残る。ただ、例えば彼の車内で一酸化炭素中毒を起こすとなれば、少しばかり猶予が増える。
「恐らく彼は首吊りや、出血死では死なないでしょう。あまり好ましい話ではありませんが、私が思うに……凍死かと」
「凍死? 何故……」
そこまで言って、結論に至った。このひらめきは、私にしては鋭かった。
嗚呼、なんて事だろう。
「自殺ではなく、事故を装うために」
「その通りです。東京はもう暖かいですが、関東圏で言うならば群馬の山地は、まだ雪が残っているほどの寒さです。そんなところにお酒でも飲んで外で眠ってしまえば……それは唯の泥酔した男性の凍死と処理されます」
歯噛みした。念には念を入れた行動。私達の好意も恋慕も信頼も尊敬も受け取らず、唯その目的のためにゲームをして、その姿を見せないための自殺。彼はそこまで、私情を混じえぬ人形だったのか。
だが、まだ諦めるな。凍死とするならば余裕がある。本当に死ぬのにはまだ数時間あるのだ。見つけ出せば生き残せる。
「この予測が正しいとするなら、彼は恐らく、栃木、群馬、神奈川の西部何れかにいる可能性が高いですね」
「私もそう思います。山地はその都合上、もし電車を使ったとしても目的地まで行くのには時間がかかる。夜ならばバスもないでしょう。達也様が勝つことを前提とした戦いをするなら絶好の場所です」
通話を切った私は麗さんに群馬、美世さんに箱根、拓海さんに栃木方面に向かってほしいことを連絡し、また二十二時を過ぎても捜索を続けるように連絡も入れた。
連絡をひと通り終えた私は、携帯を眺めてふと思った。もし彼を生きて連れ戻せたとしてもどうしようか、と。ゲームで言うならば、二十二時に見つけられなかった時点で私達の負けなのだ。もし彼の自殺を阻んだとしても彼はこの職場に復帰しないだろうし、私達の知らない時にまた自殺してしまうことも考えられる。
私は頭を振って、挑戦的な笑みを浮かべた。その時はその時だ。監禁してでも自殺を阻んでやる。何て思いながら。
二十二時ジャスト、全員にメールが来た。
『時間だ。私の勝ちだ』
このメールが来ると同時に、凛さんからの電話が来た。
「そっちはどう? 見つかった?」
「いえ」
まだです、と続けそうになった言葉を必死に飲み込んだ。落ち着け、落ち着け。
「そっか。私達の、負けだね」
「ええ」
ですが、彼に勝たせるつもりもありませんという言葉は、喉元に来ることすらなかった。
「凛さん、全員を寮に集めてください。もし難しい場合は、マネージャーをつけてホテルに泊まるよう指示を」
彼女たちは、彼が自殺を図っていることも、またそれによるタイムラグを使って私達が見つけようとしていることをしらない。
「分かった。明日、いろいろと話したいことあるから」
じゃあねと最後に彼女からの電話は切れた。彼女たちが調べた地点は、どれも駅が近い場所だ。まだ本命の数カ所は、バイク組に向かわせている。
そこで、私は拓海さんが見つけてきた携帯のことを思い出した。これは、一体何故残されていたのだろう……。
そのメールが来たのは、二十二時のメールが来てから五分経たない内だった。
『残された携帯、明日の朝までに達也さんを発見できなかった時、もし使わないなら私に使わせて
最後に、最高の彼の去り方を演出してみせるわ』
ちひろさんからのメールだった。私は、何を託されたか理解した。彼は私に託したのか。真実ではなく、アイドル達にとって都合のいい言葉を伝える仕事を、彼の死後に。
私は携帯を投げた。無意識の内にそれはソファーに向かって飛んでいき、何度か弾んだ後床に落ちた。
二十三時。心臓が高く鳴り響く。酷く喉が乾いていることに気がついていたが、何も喉を通りそうにないので水を飲まなかった。
無限に思えそうな、ただ思い返せばまるで一瞬だったかのような一時間だった。それはそうだろう。時計を見ながら時を意識し集中はするのだが、結局何もしないから脳には何も残らないのだ。思い返したところで一瞬のように感じるだろう。
私は、ただ待った。
時計の秒針が、もう何度回ったかわからない頃、麗さんから電話が来た。
「私達が旅行に来た時の旅館に来たが、彼も、彼の車も見当たらない。一応旅館の人にも伺ったが、達也に似た人間が泊まりに来たこともないそうだ」
そこまで言うと、彼女の声が遠ざかり、何やら人に訪ねているような言葉が並んだ。恐らく誰かに達也さんの人相を伝え、似た人がいたか聞いているのだろう。
「男が一人、昼間にここの近くに居たらしい。何でも足湯に使っていたとか。もしかしたら彼ということもある。もう一度近辺を探す」
結局私から何も言うこともなく電話は切れた。私は電話を切った時、今の時刻を知った。日付が、いつの間にか変わっていた。
それから、美世さんと拓海さんからの連絡を受け、今は私と明さんと慶さんが居間のソファーに座り、聖さんが連絡を受けた場所をリストから消していく作業をしていた。
携帯が鳴る。見れば麗さんからだった。今のところ、一番有力な情報主だ。私は通話ボタンを押した。
「駄目だ、居ない。もう別の場所に行ったのか……」
「足湯で見たという人が、達也さんではないこともありえます。殆どの場所を見たのなら、次のリストアップした場所に」
そこまで言った時、ぼそっと、明さんが言葉を零した。それは恐らく無意識になのだろう。彼女の目は長時間の緊張からか、力がなかった。
「懐かしいな、あの足湯」
麗さんにちょっと待って下さいと伝え、私は明さんに尋ねた。
「旅館の側の足湯に何かあったのですか?」
尋ねられた明さんははっとした様子で私を見た。ぼぅっとしていたのだろう。
「あ、ああ。皆で旅行に行った時の二日目だったかな、早朝ランニングしていた後に、達也さんとゆかりと一緒にあの足湯に入ったの」
「何か、他にありましたか?」
「いや、特に……ただ、彼はここが初めてじゃなくて、一度友人と来たことがあるとは言ったよ」
「他には?」
「あ、えっと」
彼女は瞬きを繰り返しながら顎に手を添えていた。
「何も……肇さんに、釣りの場所を紹介しようかな、って言ってたくらい。場所は、えっと、ゆ、ゆ……」
私はソファーから跳ね起きて明さんの部屋に入るとPCの前に立ち、ブラウザのアドレス欄に中禅寺湖と入れエンターキーを叩いた。検索結果の、中禅寺湖の地図をクリックしてブラウザを最大化した。マウスホイールで地図を縮小する。中禅寺湖付近に数個の湖があった。恐らくそのどれかが釣りのスポットだろう。
有名な五色沼が目に入る。だが探すのはゆから始まる場所だ。私は五色沼の東に位置する湖を拡大した。湯の湖という文字が、そこに表示された。
居間に戻って明さんに湯の湖であるか確認する。たしかその名前だったと彼女は答えた。私はまたPCの前に向かい、中禅寺湖から湯の湖への道を調べた。
「おまたせしました。麗さん、今何処ですか?」
「中禅寺湖の畔だ」
「国道百二十号線を北西方向に進んだ先に、湯の湖という場所があります。達也さんは以前そこに友人たちと行ったことがあるそうなんです。一応ということもあります。向かってください」
「了解」
通話の切れた携帯を握って、私はまた居間に戻った。私は勝手にキッチンに入って、カップに水を注いで飲んだ。一度飲んでしまえば乾いた喉は次を欲しがり、何杯も飲んだ。
ひとまず満足した私は、居間に残る三人に何か飲みたいものがあるか尋ねた。明さんが代わりにするという提案を断り、三人分の飲み物を作った。結局、最後まで私は体を動かさなかったんだな、なんて思いながら。
湯気立つ緑茶を眺めながら、ぼぅっとしていると携帯が鳴った。液晶画面には青木麗の文字があった。半ば無意識にそれを取り、通話ボタンを押した。
「もしもし」
「見つけた」
唯の一言で通話は切れた。私は携帯をゆっくり耳元から下ろす。時計を見やると、ぼやけて酷く見難いそれは、恐らく一時過ぎをさしていた。
後書き
というわけで、アイドル達の話は終わりです。後二話は過去のお話が殆どになります。
今まで22時投稿だったのはこのゲームの終了時刻を22時に設定したからだったりします。
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