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第五章
第五章
「歌う?」
「いいの?」
「その為のカラオケだよ」
それはそうだった。カラオケだから歌うのは当然だ。
「それで何歌うの?」
「そうね。中森明菜なんか」
中森明菜も多恵の好きな歌手だった。これもまた千恵もまた好きな歌手だった。二人の好みはここでも同じだったのだ。しかし純が見るのはやはり多恵だったのだ。
「好きだけれど」
「中森明菜だね」
「それも昔の曲が好きなのよ」
彼女が若い頃の曲というわけだ。
「それでいいかしら」
「うん、いいよ」
静かに微笑んで彼女に答えるのだった。
「それでね。じゃあ」
曲の番号のページを出してきた。中森明菜の場所もしっかりとあった。そこを開いて多恵に向けるのだった。
「どれがいいの?」
「そうね。それじゃあ」
その中の一曲を選んだ。それはアル=マージだった。中森明菜らしい曲の中の一つだった。中森明菜はその大人のものを感じさせる妖艶な歌い方が特徴だがそれがよく出ている曲である。その中でもこの曲はそれがかなり出ていた。多恵はその曲を選んだのであった。
「アル=マージだね」
「ええ、アル=マージ」
こくりと頷いて答える。
「それを歌わせてもらうわ」
「わかったよ」
すぐにリモコンの番号を入れてそれを送信する。すぐに曲がはじまった。多恵はそのはじまった曲に合わせて歌いはじめる。場は完全に多恵のものになった。これも全て純の演出であった。
皆歌の間は聴き惚れていてそれが終わってから拍手を送るのだった。拍手が終わってから裕香奈が多恵に声をかけてきた。
「凄いじゃない、多恵」
「そうかしら」
「ええ。上手かったわよ」
楽しく笑って彼女に声をかけるのだった。
「それもかなりね」
「だったらいいけれど」
「前から思っていたけれどね」
裕香奈はここでこう言うのだった。
「前からって?」
「多恵って中森明菜に似てる感じあるわよね」
「そうかしら」
言われると実感はない。首を傾げてそれに応えるだけだった。
「私は別にそれは」
「実感ないの?」
「考えたこともなかったわ」
首をまた捻って答える。
「そんなことは」
「そうなの」
「今はじめて言われたわ」
こうも言う。それと一緒に千恵を見てそれからまた言うのだった。
「千恵だってそうよね」
「ええ、そうよ」
多恵の言葉に頷く。しかし今一つその言葉に元気がなかった。
「それはね」
「そういうことなのよ」
千恵の言葉を受けてからまた裕香奈に顔を向けて述べるのだった。
「実はね」
「そうだったの」
「そうよ。けれど嬉しいわ」
にこりと笑って述べる。その言葉は今の彼女の心境を何よりも雄弁に語っていた。
「あの人に似てるって言われてね」
「雰囲気だよね」
また純が言ってきた。多恵に対して。
「雰囲気が合っているんだよね、多恵ちゃんに」
「そうなのかしら、やっぱり」
「例え歌うのが上手くても」
今度はこう言ってきた。言葉の説得力がさっきより増した感じがあった。
「雰囲気が合わないと駄目なんだよ」
「そうなのね」
「そうだよ。多恵ちゃんには中森明菜の曲が雰囲気として合ってるんだよ」
彼が言うにはこうなのだ。雰囲気だと。多恵はそれを言われてまだ今一つわからない顔をしているがそれでもだった。その言葉は続くのだった。
「それでね」
「ええ」
「今度は何を歌うの?」
それを多恵に問うてきた。
「また私?」
「うん。何がいいの?」
「それはちょっと」
彼の勧めを今回は微妙な顔で応えるのだった。
「遠慮させてもらうわ」
「どうしてなの?」
「私はもう一曲歌ったからよ」
理由はこれだった。気を使っているのだ。
「また中森明菜よね」
「うん」
多恵のその言葉にこくりと頷いてきた。
「そのつもりだけれど」
「だったら。千恵に御願い」
ここで双子の妹に話を振るのだった。
「中森明菜だったら」
また彼女のことが出る。見れば本当に二人の雰囲気は中森明菜のそれだった。
「千恵だって歌えるわよ。だって雰囲気だから」
「多恵」
ここで千恵が多恵に声をかけてきた。多恵も彼女に顔を向けた。
「私はいいわ」
「いいって」
「いいのよ」
微笑んで右手を前に出しての言葉だった。制止である。
「私はね」
「歌わないの」
「ちょっと。喉の調子が悪くて」
それが理由であった。千恵自身が言うにはで、ある。
「だからいいの。悪いわね」
「そうだったの」
「そういうこと。いいわね、それで」
「ええ、まあ」
千恵が寂しい笑顔になっているのを見ながら応えた。ここでは彼女の気持ちはただ喉が悪いからとだけ思うのだった。それだけであった。
「それなら。仕方ないわよね」
「悪いわね」
「謝ることはないわよ」
それはいいとするのだった。多恵は気軽に妹に対して告げた。
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