東方攻勢録
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第五話
「ごはっ!?」
衝撃と共ににとりの口から大量の空気が漏れていく。その衝撃が体全体を駆け巡っていった後、彼女の体は大きく吹き飛ばされた。
やがて水中から勢いよく飛び出すと、にとりは勢いを保ったまま天井に叩きつけられた。天井にはクモの巣の様な日々が大きく造られ、衝撃の強さを物語っている。なんとか体勢を立て直そうとしたにとりだったが、体に力を入れることができず、そのまま水中へと落ちていった。
「やれやれ……やっと一息つけるな」
にとりを吹き飛ばした後、男は再び水中から飛び出して壁に張り付いていた。
「とは言えど……こちらもまだ二人も残っているわけだ。これだから厄介事は嫌いなんだよ……ん?」
男が独り言を言っていると、水面にさっき吹き飛ばした彼女の体が浮かび上がる。ただ反撃してくる様子はなく、微かに開いた目で男を見ていた。
「まだ意識があるのか……」
「くそっ……まともに動けない……」
にとりはなんとか意識を保っているようだったが、視界もほとんど霞んでいて、全身が激痛で悲鳴をあげていた。声もまともに出せていない。おそらくあの男には聞こえていないだろう。
にとりの様子をしばらく見ていた男だったが、一度溜息をつくと、鋭い目つきで彼女を睨みつけた。
「とりあえず眠ってもらおうか」
男は壁を思いっきり蹴り飛ばし、にとりに最後の一撃を加えようと拳を突き出す。にとりも何かが向かってきている事に気が付いているようだが、体を動かすことができないため、ただ男を見るしかなかった。
「くっ……もう……だめ……」
にとりはもう対抗できないと判断したのか、抗うことをやめて静かに目を閉じる。
「あきらめたか……ん?」
男もにとりの様子を見てあきらめたと判断していた。だが、目をつむったままのにとりは、なぜか右手の手のひらをこちらに向けている。まるで何かに指示を出しているかのようだ。
「なにを……っ!?」
男がそう呟いた瞬間、彼女の周りの水面が少しずつ浮き上がり始める。やがて大きな水の柱がが何本も出来あがり、男を突き飛ばそうとし始めた。
「くそっ……がっ!?」
男はナイフを使って攻撃を受け止めたが、そのまま吹き飛ばされ天井に激突する。それを逃さないとばかりに、何本もの水の柱が男を攻撃していった。
「ちっ……これはあいつの能力だったか。完全に油断した」
男は一瞬の隙をついて攻撃を避けると、天井を蹴り飛ばし水中の中に逃げ込んだ。
(一体なぜ……あいつにはもう攻撃する気力なんてないはずだぞ)
水が意識を持ったように動いたということは、にとりの能力である水を操る程度の能力だと考えるべきだろう。だが、体力と精神力を奪われた彼女にそれを出来るとは到底思えない。それに彼女は目をつむっていたにも関わらず、寸分の狂いもなく水の柱を飛ばしてきたのもおかしな話だ。
(彼女が自分の意識でやったとしても考えられない……いや、まてよ……)
男は何か思いついたのか、ふと視線を部屋の隅に向ける。そこでは大きな泡につつまれた二人の少女が、こちらを鋭い目つきで見ていた。
(なるほど……そういうことか!)
地面に足をつけた瞬間、男はまた地面を蹴って壁まで飛び、ナイフを構えて二人に狙いを定める。その後もう一度壁を蹴ると、彼女達めがけて飛び始めた。
しかし、それまでまったくなかった水の流れが急に発生したかと思うと、男の体は一気に流され、そのまま壁に激突した。
(思った通りだ。これはあの子自身の攻撃であって、あの子自身の攻撃ではない。あの二人を先にしとめておくべきだった!!)
男は再び壁を蹴り飛ばすと、また水中を電光石火のごとく動き始めた。
「どうやらばれたみたいだよ。お姉ちゃん」
「大丈夫よこいし。こちらの行動がばれたところで、相手は何もすることはできない」
部屋の隅で泡に守られていた古明地姉妹は、男の行動をじっと監視し続けていた。隙を見てはにとりの援護をするため弾幕を張る準備はしていたのだが、水中での彼女の動きに合わせることができず、ただ見守るだけになっていたのだ。
にとりが行動不能になってしまった際二人も助けに行こうと考えたのだが、何せよ水中を速く泳げないため、助けに行くのが間に合わない。そこで二人はにとりの心情を読みとりながら危機を察知し、無意識で彼女の能力を使ったのだ。
「こいし、あなたはあの男を監視し続けてちょうだい。私はにとりさんの心を読みながら、弾幕で援護するわ」
「わかったよ、お姉ちゃん」
こいしはにとりを通じて水の流れをあやつり、こちらに突撃をしようとする男を翻弄していく。さらにはさとりが弾幕を作りあげ、水中の流れに合わせるように設置し男を攻撃し始めた。
いくら素早い動きをしている男でも、多少は水の流れに影響されて思うように水中を進むことができない。そこに設置されている弾幕が現れればなおさらだ。男は無理やり体をひねらせて弾幕を回避していったが、疲れが出始めたのか徐々に体に弾がかすり始める。
(ちっ……このままじゃこっちが不利か)
男は一度壁に張り付くと、何も言うことなく辺りを見渡す。
「なにをしてるのかな……」
「気を緩めちゃだめよこいし。あいつも何をしてるかわからな……い……」
さとりは急に声を小さくしたかと思うと、何かを見ながら目を見開いていた。
彼女の視線は言うまでもなくあの男を捕えていた。だが、男が水の流れを逆らうようなスピードで迫ってきているわけでもないし、遠距離攻撃をしようとしているわけでもない。特に脅威を感じるような事をしている訳ではなかった。
しかし、こいしもあの男を見た瞬間、危機感を感じ取っていた。いや、正確に言えば男を見た瞬間ではなく、男が持っていたある物を見た瞬間だろう。
「すっ……スペルカード!? なんで持って……いや、持っていてもおかしくはないはず……」
「どっどうするのお姉ちゃん!」
「……止めるわ。今動いても周りは水中……逃げ場なんてないわ」
二人が話をしている間にも、男の持つスペルカードの光は強まっていく。二人は水の流れと弾幕を使って妨害しようと試みるが、男はそれに動じようとはしない。
ついに彼女達の攻撃は彼の目の前まで接近していた。
「これでいけ――」
二人が同時に笑みを浮かべようとした瞬間、男に向けて一直線に飛んでいた彼女体の攻撃が、まるで意志を持ったかのように男を避け、背後にあった壁に当たって消滅した。
何が起こったかわからず呆然とする二人。だが、不可解な出来事はさらに過度を増して行く。
「なに……攻撃があいつを避けたの?」
「そんなはず……おっお姉ちゃん、あれ!!」
「えっ……なっ!?」
男の周囲には徐々に空気あ集まり始めていた。もちろん、男がなにか空気をかき集めているような事をしていなければ、とつぜん機械を持ってきた訳ではない。だが、周囲の水はなぜか男を避けるように動いていた。それだけではない。部屋全体の水がどんどんと天井に向かって登り始めていた。
やがて完全に空気と水の位置が入れ替わると、男は地面に足をつけて彼女達に近づいてくる。さとり達は現状が全く理解できず、目を点にしたままその場を動く事ができなかった。
「何を驚いているかはしらないが、俺は何も特別な事はしていないぞ?」
「なにを……」
「俺の能力は拒絶を操るんだ。だからそれを利用した。もちろん、拒絶で操れるのは意志を持った者のみだ。水や弾幕の弾を拒絶で操るなんてことはできない。それで、こいつを使ったと言うわけだ」
二人はやっと現状をりかいしていた。男の使ったスペルカードは、自身の能力を強化するスペルカード。俊司と同じで、弾幕を作ることができない彼ら特有の考え方だ。つまりさっき攻撃が彼を避けたのも、水が彼や地面を避けるように動いたのも、このスペルカードの効果で拒否を操られていたからだ。言いかえれば、スペルカードが発動している状態では、彼に攻撃を当てることができない。
完全に不利な状況になっていることは二人も察していた。格闘戦では相手の速度に合わせることができないうえ、弾幕も軽々と避けられてしまうだろう。二人の顔にはあせりの色が浮かび始めていた。
だが、勝機はまだ残っているみたいだった。
「さあ……どうするか……な」
「えっ……?」
男はそう言いながら眉間にしわを寄せ始めていた。足元も少しおぼつかないみたいで、ふらふらしている。
(ちっ……薬がきれたか)
どうやら薬が切れた反動が出ているようだ。視界も少し霞んでおり、思った以上の副作用が出ている。
(もしかして……薬が切れた? なら、今の状態は元の外来人と同じ。だったら今のうちに!)
二人も男が使った薬が切れたことに感ずいているようだ。さとりは動けないため、こいしが薬を使うのを阻止しようと動き始める。
しかし、こいしは数歩動いた瞬間その足を止めていた。
「こいし?」
「ごめん……なんでかわからないけど、あいつに近寄れない……いや、近寄りたくないの」
こいしはそういいながら後ずさりを始めていた。
「まさか……こいしがあいつを拒否しているの!?」
「あたりまえだ。こんな時のためのスペルカードだからな」
男はそう言いながら新しい薬を取り出す。さとりはなんとかして止めようと考えるが、弾幕も拒否されて当たらないし、自身はさっき攻撃を受けたせいでまともに動けない。打開策は完全に封じられていた。
しかし、絶望を感じた二人の背後では、ある人物が密かに行動を始めていた。
「さて、これでおしま――」
男が薬を首元にうとうとした瞬間、何かが風を切っていく音が流れる。
その直後、彼が持っていた薬は宙を舞っていた。
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