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東方攻勢録

作者:ユーミー
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第六話

「なっ……!」
 注射器は地面に落ちると同時に割れ、中に入っていた薬が飛び散る。しばらく何が起こったか分からず、三人は何も言葉を発する事が出来なかった。
「やっときれた……案外効果が長続きするのね。その薬」
 その声はさとりの後方から聞こえてくる。ふと視線を向けると、ウサ耳をつけた血だらけの少女が、右手の人差指と親指をたてて男を睨んでいた。
「れっ……鈴仙さん……」
「永遠に効く薬なんてほとんどない。もちろん、一部例外はあるけどね。これでも医者の弟子なんだから」
 そう言いながら鈴仙は少しずつ歩き始める。だが、男から受けた攻撃のダメージが相当残っているのか、少しふらふらしていた。これでは攻撃するどころか、攻撃を避けることも難しいだろう。
「ずいぶんとへばっているな。もう動けないと思っていたが……」
「これでも妖怪なんです」
 鈴仙は男をきっちり視界に捕えたまま、少しずつ近づいていく。すると、男の顔には徐々にあせりの色が浮かび始めていた。
(なぜ……なぜあいつは俺に近づけるんだ?)
 拒絶を操る程度の能力で、鈴仙の拒絶も操っているはずだった。だが、彼女は男を拒絶するそぶりを全く見せていない。さっきの様に不意を突かれたとなれば話は別だが、面と向かっているのにも関わらず能力が効いていないのは、いままでになかったことだ。
 試しに相手の拒絶を少し強くしてみる。だが、彼女には何の変化もみられなかった。
(おかしい。何か種があるのか? いや、もしや……)
 考えるた末、ある仮定が浮かび上がっていた。男の能力で操れる対象は、自身に何かしら関係のある物と、意識を持った物の二つ。スペルカードを使用した状態だと、建物や水・相手の弾幕ですら拒絶で操ることができる。しかし、彼が思い浮かんだのはそれらではなく、目に見えない対象についてだった。
 目に見えないと言っても、性格や能力といった内面的な物だ。簡潔に言えば、自分自身の人格について、拒絶させることは不可能ということ。それは自身がひめている能力に対しても同じだった。
「なるほど。やっぱりそういうことなんですね」
 鈴仙も彼が考えていることに気付いたようだった。
「ある程度かけでやってみましたが、結構うまくいくもんですね」
「着眼点はほめてやるよ。だが、その体で戦うつもりか?」
 男はいままで使っていなかったハンドガンをホルスターから引き抜くと、銃口を彼女の頭に向ける。すると、鈴仙はその場に立ち止まり、男を睨みつけるのをやめていた。
「確かに、このままでは戦えませんね」
「なら無駄なあがきをしている場合じゃ――」
「だから私も薬に頼ることにします」
 そう言った鈴仙の手には、一本の注射器が握られていた。

「……はぁ」
 永遠亭でてゐと共に残っていた永琳は、外を眺めつつ溜息を漏らしていた。
「師匠?」
「ああ、ごめんなさいね。ちょっと心配だったから」
「鈴仙と姫様のこと?きっと大丈夫だよ」
 そう言っていたてゐも、さっきからその場を行ったり来たりの状態で、不安を隠しきれていない。本音を言えば今すぐにでも援軍に行きたいくらいだが、ここに残らないと非難している人達を危険にさらすことにもなる。ただ無事を祈るしかなかった。
「そうね……優曇華も姫様も昔よりもたくましくなったと思う。だからこそ心配なのよ」
「そうだね……」
「……少し休憩でもしましょうか」
 永琳は机の上においていた急須を使ってお茶を入れると、一口飲んで軽く息を吐いた。
「今頃鈴仙とにとりが、内部工作をしてることかぁ」
「そうね。あの薬を使うことがないといいのだけど……」
「薬?」
 てゐの問いかけに軽く返事をした永琳は、近くにおいていた黒い箱の中から、緑色の液体が入った注射器を取り出した。
「これを打てば、能力上昇と共に身体的なダメージと疲労を感じなくなるの。アドレナリンが活発になるみたいな感じかしら」
「でもそれって……」
「ええ。その後の反動が大きいわ。優曇華は妖怪だから耐えれると思うけど、普通の人間だったら……無理でしょうね。ここぞと言う時意外使うなと言ってるけど、大丈夫かしら」
 永琳はそう言って、再び外を眺めていた。

 研究施設の地下では、今まさにその薬が使われようとしていた。当然鈴仙はこの薬の効果と副作用のことを知っている。そのせいか、何かに怯えるように手が震えていた。
(……迷ってる暇なんてない!)
 迷いを振り切って注射器を首元にさすと、一気に液体を流し込む。体中の血管に極細の紐が通っていく様な感覚の後、心臓の鼓動が急に大きくなっていく。一度視界が壊れかけのテレビのようにおかしくなった後、体中から痛みや疲れが抜けていった。感じなくなったと言った方がいいだろう。
 大きく深呼吸して心を落ち着かせると、一気に駆け始める。その姿はさっきまでのふらふらとした彼女の面影は見られなかった。
「なっ!?」
 さすがに男も驚きを隠せないようだった。あわてた様子で構えていたハンドガンを二・三度発砲させる。だが驚きで狙いがぶれたのか、弾丸は彼女の左右を通り抜けていった。
 身体能力も上がっていたため、男との距離は一気に縮まっていく。鈴仙は構えられていたハンドガンを弾き飛ばすと、そのまま男の鳩尾を蹴り飛ばした。反動で男は軽く吹き飛ぶ。薬の反動もあってかダメージも大きいらしく、鳩尾を抱えるようにして立っていた。
「どうしたんですか?」
「ちっ……」
 男は新しい注射器を取り出すと、素早く首元に突き刺し液体を流し込む。その後鈴仙に飛びかかってきた。少し横に動いて攻撃をかわすと、無防備になった体に蹴りを繰り出す。だが、男は冷静に体勢を立て直して鈴仙の攻撃を受け流すと、二・三歩バックステップをして距離をとった。
「性能は互角と言ったところか」
「お互いボロボロですけどね!」
 一進一退の攻防戦が繰り広げられる。戦闘は次第に激しさを増し、さとり達でも肉眼で追いつけるのがやっとというくらいのスピードになっていた。当然援護をするどころの話ではなく、ただ見守ることしかできない。
「どっどうしよう……お姉ちゃん」
「……こいし、まずはにとりさんをここに連れて来て。安全を確保しないと」
「わかった!」
 辺りを見渡すと、にとりは部屋の隅で倒れていた。意識ははっきりしているらしく、微かに目を開けて鈴仙の方を見ている。とりあえず彼女の元まで行くと、こいしは体に負担をかけないよう注意しながら、さとりのもとまで連れていった。
「大丈夫ですか!」
「あははっ……ごめん」
「にとりさん、とりあえずあの水を元に戻してもらえないでしょうか」
「あ、うん」
 にとりは懐から竹の水筒を取り出すと、大量の水を元に戻した。
「これでいいね。さっきはありがとう」
「いえ、お礼を言うのはこちらです。それに……現状に変わりはありません」
 現在鈴仙がなんとか男を抑えているが、彼女が打開策を考えていなければ、全滅は免れていなかっただろう。それに現状どこまで耐えられるかもわからない。男の薬が再度きれるまで戦える可能性も低いし、鈴仙の薬が先にきれてしまえば、副作用の関係で動けなくなるだろう。
 勝負は短時間で決まる。三人がそう考え始めた時だった。
「甘い!」
「なっ……ぐふっ!?」
 急に壁が崩れる音が室内を駆け巡る。そして三人の視界に入ったのは、大きくへこんだ壁とその下でぐったりとした男だった。 
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