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東方攻勢録

作者:ユーミー
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第四話

 にとりとこいしは辺りを見渡してみるが、男の姿どころか、何かが通る様子も見ることができない。ただ何かが風を切るような音は部屋中から聞こえてきていた。
 敵が見えずに音だけが聞こえる。どうしようもない状況に二人は手も足も出すことができず、恐怖心で思考能力と精神が削られていった。
「ぐっ……このままじゃ……」
 一番最初に吹き飛ばされていた鈴仙は、地面に伏せたまま援護をする機会を失っていた。
 しかし壁に叩きつけられた際の衝撃がまだ体に残っており、立ち上がろうとすると節々から痛みが出てくる状態だ。へたすれば足手まといになってしまう。鈴仙は動けないふりをしながら、冷静に行動しようとしていた。
(このままじっとしてても二人がやられるだけ……まずは合流して、体勢を立て直した方が!)
 一度呼吸を整えると、鈴仙は痛む体を無理やり起こして、二人と合流しようとする。
「二人とも! まずは合流し――」
「はい、お疲れさん」
「えっ?」
 誰かの声が聞こえたかと思うと、鈴仙の体が宙に浮き上がる。その直後、背中に突き落とされるような衝撃が走り、大きな衝撃音と共に地面にたたきつけられた。
「れっ鈴仙!」
「一気にしとめるよりも、一人ずつしとめる。二兎を追う者は一兎をも得ずって言うしな」
 倒れたままの鈴仙は指一本動かしていない。死んではいないだろうが、あの衝撃では背骨か肋骨が折れているだろう。頭からは血が垂れており、へたすれば危険な状態の可能性もある。
 幸い相手は殺しにかかってはいない。手加減はしているはずだ。ただ耐えれても二発が限界かもしれない。二人の頬には冷や汗が垂れ始めていた。
「どっどうしよう……」
「鈴仙は気絶してる。さとりさんはへたに動かせない……アレ使うしかなさそうだね」
 にとりはそう言うと、ポケットから竹製の水筒を二本取り出した。
「なにを……」
「河童の私に……水の中で勝てるのかな?」
 不敵な笑みを浮かべながら、にとりは水筒の栓を抜く。すると中から大量の水があふれ始め、氾濫した川のような勢いで部屋全体を埋め尽くして行った。
「しまっ――」
 男は避難することも出来ず、水の中に飲み込まれていく。やがて部屋のほとんどが水で埋まり、完全な水中フィールドとなっていた。
「これでよし。みんなは……」
 こいし達には大きな泡で体を包ませて、呼吸を出来るように配慮している。さっきの水の流れを利用して部屋の隅に三人を集めたので、何かあったとしても援護に行きやすくなった。
「に……にとりさん……」
「こいしはそこでみんなを援護して! 私がある程度時間を稼ぐから!」
 にとりはそう言った後、三人から距離を取り辺りを見渡す。
「あの男は……いた!」
 男は気を失ってはいないものの、水中にいるためうまく動けていないようだった。どうやら薬の力でも、水中を高速で泳ぐことはできないようだ。ただ普通の人に比べると、少し速く泳げている。
 水中は河童にとってはホームグラウンド。ましてや『水を扱う程度の能力』を持っているにとりにはもってこいの場所だ。にとりは軽い弾幕を作りあげると、男に向けて撃ち始めた。
(ちっ!)
 男は弾幕に気付いたみたいだが、思うように動けないせいで弾を避けきれず被弾していく。しかし薬の影響もあってか、通常の状態よりも少し動きが早い。被弾してもかすっているばかりだった。
 戦況はこちらが有利だ。にとりはここぞとばかりに弾幕を造り続ける。
「まだまだ!!」
 ある程度弾幕を打ち終えると、にとりはポケットから一枚のカードを取り出す。そこには河符『ディバイジングエッジ』と書かれていた。
(スペルカード!? まずい!!)
 男は弾幕が止まっている隙になんとか水面にでようとする。さっきより泳ぎに焦りが見られた。どうやら息が限界になっているようだ。
(すべて計算通り……)
 不敵な笑みを浮かべながらスペルカードを発動させる。大量の弾幕がにとりを包み込むように発生し、水中を埋め尽くすようにばらまかれていく。
 弾幕は男が水面に出る前に到達し、次々に彼の体をかすめていく。痛みに少し顔をゆがめながらも、男は無理やり水面に出ようとしていた。だが、少し無理があったみたいだ。
(くそっ! やっぱり先に弾幕を避けたほうが――)
 男は振り返って弾幕を避けるのに専念しようとする。だが、目の前には大きな弾がこっちに迫って来ていた。
(しまっ……ぐっ!?)
 骨が軋む音がなりながら、弾は男の腹部にめり込んでいく。衝撃で肺に残っていた空気が、大きな気泡を造りながら漏れていく。男はそのまま気を失ってしまったのか、そのまま水底まで沈んでいった。
「やっと止まった」
 にとりは少し警戒しながら男に近づいて行く。男が動くような気配はない。完全に気絶しているようだ。
 このままでは男は死んでしまう。にとりは呼吸ができるように、男を抱えて水面へ上がろうとする。
「殺しはしないよ。あんたも殺そうとはしなかったからね」
 そう言いながら男の体を持ち上げる。だが男の顔を見た瞬間、にとりの手は止まっていた。
「なっ!?」
 男は歯をむき出しにし、こっちを見ながら笑っていた。ホラー映画で化け物になった人間が、笑いながらこっちを見ているかのようだ。恐怖心をあおられ、思考が崩れるように停止していく。
 その直後、腹部に衝撃が走ったかと思うと、潜水艦から魚雷が発射されたかのように急上昇しはじめる。そのまま水中から飛び出して、部屋の壁に打ち付けられた。
「がっ……ごふっ!」
 にとりの口から大量の血が吐き出される。腹部には男の右手が、肉体を抉るかのように食い込んでいた。
 水中で動く事は困難だと判断した男は、にとりの攻撃を受けた後、気絶したふりをして足をつくことができる水底に沈んだのだ。その後にとりが助けようと体を起こした瞬間に床を思いっきり蹴り、そのままにとりの腹部を抉りながら壁にぶつけたというわけだ。
「油断大敵だな……はぁ。あぶないあぶない。もう少しで窒息死するところだったよ」
「ぐっ……くそ!」
 にとりは背負っていた小さなリュックから先端が手になったアームをのばすと、そのまま男を突き飛ばす。その後水中に逃げ込み泳ぎながら、男の動きを観察していた。
「……やられた。衝撃で肋骨折れてるな……これ」
 上半身に大きな釘を打ちつけられるような痛みを感じながらも、にとりは男から距離を取ろうと動き続ける。
 状況は決して良くはない。運よく水中に逃げれたものの、激痛でうまく泳げていない。さらに相手は壁を蹴って行動し始めたので、水中の利点が薄くなってしまった。打開策を見つけなければ、相手がどんどん有利になるだけだ。
「さてどうしようか――」
 そう呟いた瞬間、彼女のすぐ横を何かが猛スピードで通り抜けていった。
「なっ!?」
 水底に視線を向けると、さっき吹き飛ばしたはずの男がこっちを見ながらしゃがみこんでいた。思っていた以上のスピードを出しており、完全に察知することができない。
「あいつ……さっきもろに攻撃をくらってたはずなのに!」
 にとりは五発ほどの弾を作り出すと、周囲に漂わせたまま男に向かって突撃し始める。
 だが、男はこちらを見たままピクリとも動かない。突撃のタイミングの計っているのか、じっとこちらを見つめている。
「動かないなら牽制するのみ!」
 にとりは弾を二発発射させて、男を無理やり動かそうとする。
 だが、それこそが男の狙いだった。
「えっ……?」
 弾が数メートルほど進んだ瞬間、力のない声が漏れ彼女は目を見開く。全身から力が抜けていく感覚が、彼女をおそっていた。
 にとりの目の前には男の姿が現れていたのだ。床を蹴った勢いで、避ける隙すら作らせないほどのスピードをだしている。それに右手はにとりの腹部に向けられており、もはやなすすべがない。
 すべてを悟った彼女は、頭の中が真っ白になっていく。男は徐々に近づいて行く。そして、
「残念だったな」
 彼の口が呟くように動いた瞬間、鉄の塊を猛スピードでぶつけられたような衝撃と痛みが彼女を襲った。 
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