ロード・オブ・白御前
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ユグドラシル編
第13話 最終防衛ライン
ある日のヘルヘイムの森。
白鹿毛は次々と襲い来るインベスを、片っ端から薙刀で斬り捨てていた。
ロックシードのカッティングを行っていないにも関わらず、白鹿毛の薙刀の一閃、一打には、必殺の威力があった。そのレベルアップすら、白鹿毛は自覚していなかったが。
(こいつらは怖くない。戦う自分も怖くない。のに)
フラッシュバックするのは、桃色のアーマードライダーが巴に弓を振り上げた瞬間。
『く、あぅ……うああああ!』
出て来るな。その思いを込めて薙刀を揮い、セイリュウインベスを十字に斬った。セイリュウインベスが爆散した。
向かって来た全てのインベスを倒し終えても、白鹿毛の脳裏から桃色の影は消えない。それどころか碧沙の懇願まで思い出してしまった。
白鹿毛はフェイスマスクの下で涙を流した。
アーモンドのロックシードを閉じる。アーモンドの鎧と薄桜色のライドウェアが光粒子となって散った。
変身を解くと疲れがどっと体に押し寄せる。変身中は感じないのに。まるでランナーズ・ハイだ。
地上に戻るためにチューリップホッパーを取り出した。紘汰が譲ってくれた品だ。自分にはバイクのロックビークルがあるからいい、と言っていた。
(それにしても今日はインベスが騒がしい)
言い換えると、関口巴はインベスの変化を肌で感じられる程度には、頻繁にヘルヘイムの森に出入りするようになったのだ。湊耀子に敗れたあの日以来、ずっと。
数体のインベスが視界に入った。巴は幹に姿を隠す。全力で戦った後で、疲労がまだ回復していないからだ。
インベスはまるで何かに導かれるようにどこかを目指していた。
(そういえば、インベスにはヘルヘイムの果実以外にも、クラックに惹かれる性質があるのよね。まさか!)
どこかへ向かうインベスの後を、巴はぴったりと尾行した。
案の定、着いた場所には、空中に今まで見たものの倍の長さがあるクラックが開いていた。集まったインベスはどれもこれもがそのクラックを超えようとしている。
しかも、そのクラックからインベスが外に出ないように戦って阻んでいるのは――
『忘れたの!?』
全身が跳ねた。その声を関口巴が忘れられるはずがなかった。
(なぜ湊耀子が、ユグドラシルが“森”にいるの!)
巴は木陰から息を殺して騒ぎの場を覗いた。桃色のライダーと、10人近い量産型黒影。それに葛葉紘汰と、戦極凌馬までいる。
『ここでインベスを食い止めないと、今すぐあなたの街が灰になるのよ!』
(灰になる? 前に碧沙が話してたスカラー装置? まさか使うというの!?)
紘汰は悔しげに桃色のライダーを見上げたものの、見慣れないアームズのライダーに変身して戦い始めた。
動けないでいた巴の前に、桃色のライダーが斬ったインベスが転がってきた。
「きゃっ」
『! あなた――変わった所で会うのね』
くす、と笑われた気がして、巴は顔が熱くなった。
『状況は見ての通りよ。ここでインベスを食い止めないと、あのクラックから街に秘密が溢れ出る。あなたも葛葉紘汰のように手を貸してくれるのかしら。それともただの通りすがり?』
「~~っだれが通りすがりですか!」
巴は勢い任せに量産型ドライバーを腹に装着し、アーモンドの錠前を嵌めた。
「変身!」
《 ソイヤッ アーモンドアームズ ロード・オブ・白鹿毛 》
アーモンドの鎧をまとって白鹿毛へと変わり、薙刀を持っていくさ場に飛び込んだ。
『巴ちゃん!?』
『助太刀します!』
白鹿毛はそこら中にいて外を目指すインベスを、次々と薙刀で斬り捨てて行った。
『と、巴ちゃん、なんか強くなった?』
『特にそういったことはありません』
関口巴は耀子に敗れたあの日からずっと弱いまま。どれだけインベスを殺そうが、この一刀が桃色のライダーを捉えなければ、それは巴にとって「強くなった」とは言えない。
『そうおっしゃる紘汰さんは、太刀筋が荒いですね。怒っています?』
『ああ…! 戦極凌馬とユグドラシルのゲスっぷりにな!!』
鎧武が視界から消えた、と思ったら横にいた。見慣れないチェリーの陣羽織。これの効果はどうやら高速移動らしい。
『あいつら、ベルトで救える人数は10億人が限度だって。残りの60億は10年経つ前に殺すって言ったんだ。最っ低だ!』
(そういえば碧沙、言った。今は10億人でも、必ず自分たちが全人類の光になると。あの時は意味が分からないから置いといたけれど、こういうことだったのね)
『なるほど。ではその辺を問い詰めるためにも、ここを片付けてしまいましょうか』
白鹿毛はカッティングブレードを落とした。
《 アーモンドオーレ 》
『すぅ――――はあ!』
回転しながら薙刀を薙いだ。円状のソニックブームが広がり、周囲にいたインベスを残らず爆散させた。討ち零しは鎧武とマリカが片付けた。
戦いが一段落つくと同時、ついにクラックは閉じた。
長いようで短かった防衛戦は、終わったのだ。
「よっし! 一件落着だ。まさか本当に持ち堪えるとはねえ」
その声を合図に耀子が、紘汰が変身を解いたので、巴もロックシードを畳んで変身を解いた。
「お疲れ様。――葛葉君と関口君もよくがんばってくれた。キミたちがいなかったら、正直、ちょっと危なかったかもね」
なおも喜々としている凌馬に対し、紘汰の表情はどんどん険しくなっていく。
「――紘汰さん、そろそろ行って」
紘汰は答えなかった。ただ踵を返して走って行った。それを最後まで見届けず、巴は前に向き直った。
「待ちなさい!」
「放っておきたまえ」
「しかしっ、あの方角には我々のクラックが」
「本部には貴虎も新人君もいる。どうとでもなるさ。我々は我々で、こうして残ってくれたお客様をもてなそうじゃないか」
10人近い量産型黒影と、湊耀子、そして戦極凌馬。正直、巴のほうが走って逃げたい布陣だ。
「キミ一人で我々を足止めできるとでも?」
「思いませんが、そちらの方には借りがありまして」
巴は量産型ドライバーにアーモンドのロックシードをセットし直し、カッティングブレードを落とした。
《 ソイヤッ アーモンドアームズ ロード・オブ・白鹿毛 》
薄桜色のライドウェアとアーモンドの鎧が巴を装甲し、アーマードライダーへと変貌させる。
『アーマードライダー白鹿毛、参ります』
薙刀を正眼に、凌馬や耀子たちに向けた。
「名乗りを挙げての勝負なんて、本当に武将みたい。じゃあ私も。――変身」
耀子がピーチエナジーロックシードをゲネシスドライバーにセットした。桃の鎧が耀子を装甲し、桃色のアーマードライダーへ変えた。
『アーマードライダーマリカ、行くわよ』
マリカが弓を構える。
白鹿毛とマリカは同時に地面を蹴った。
『はぁっ!!』
『――っふ』
白鹿毛の一薙ぎをマリカは弓で受け止めた。鍔迫り合い、弾き合って離れる。間合いを測ろうとしたが、その前にマリカが桃色のソニックアローを放った。白鹿毛は横に跳んでそれを避けた。
マリカは容赦なく、雨あられと桃色のソニックアローを放つ。白鹿毛はそれらの矢を薙刀で全て弾いた。
(あちらの得物が弓である以上、懐に入れないと勝機はない。でも――)
白鹿毛の意思とは無関係に浮かんでは消える、湊耀子との初戦の記憶。大見得を切りながら負け、果ては醜態を曝し、碧沙に失望されたあの時。
(腹を括れ、関口巴。これと、碧沙を失うのと、本当に恐ろしいのはどっち?)
マリカが弓を振り被る。斬りつける前動作。
(ならば、いっそ)
白鹿毛はマリカの間合いに大きく入り込み、自ら弓の斬撃を受けた。
『え!?』
『――、あは』
(なんだ。案外、痛くない)
自分に嘘をついてから、息を停める。
刃近くを握った薙刀を、マリカの肩に、突き立てた。
『ああッ!』
マリカが肩を押さえて後ろへよろめいた。
『やああああああッッ!!』
握った刃でマリカを袈裟斬りにした。
白鹿毛は停めていた呼吸を再開した。存外長い時間だったようで、マラソンの後のようにぜいぜいと全身で息を吸って吐いた。
してやった。白鹿毛は、関口巴は、この桃色のトラウマに打ち克った。
変身が解けた耀子のドライバーから、ピーチエナジーロックシードが外れ、白鹿毛の手に飛んできた。白鹿毛はロックシードを掴んだ。それは戦利品であり、トラウマ克服の祝福品にも思えた。
『ではわたしはこれにて失礼申し上げます』
確かに笑っているだろう実感があった。
白鹿毛は踵を返そうとした。目指すはユグドラシル・タワー。今度こそ碧沙を解き放つために。
「一つだけ予言しておこう。先に行った葛葉君と協力して、と思っているなら、それは無理だ。彼は我々が用意した新しいアーマードライダーを突破できない」
『――なぜですか?』
「我らがラプンツェルの番人に就いたのは、葛葉君の友人だからだよ」
――ユグドラシル内部において、紘汰の友人と呼べる人間を巴は一人しか知らない。
白鹿毛は紘汰が走って行った方向を思わず見やった。
凌馬の言葉が正しいなら、紘汰の前に立ち塞がるのは、紘汰にとって最悪の相手だ。
(紘汰さん――!)
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