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ロード・オブ・白御前

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ユグドラシル編
  第14話 “シャローム”


(もう絶対許さねえ! 街ごと吹き飛ばせる兵器でも、制御室を潰しちまえば使えなくなるはずだ)

 鎧武は変身を解きもせず、その制御室を探した。時には廊下で黒影トルーパーと槍を交えた。

 やがて鎧武は一直線の長い廊下に出た。その廊下の遙か先、立っているのはアーマードライダーだ。だが今までユグドラシルでは見たことがない。
 草色のライドウェア、オリーブの鎧。手には警棒らしき武器。

(ここで会ったってことは、敵ってことでいいんだよな)

 鎧武は腰を落とし、大橙丸を肩に担ぎ、じわじわと草色のアーマードライダーへとにじり寄る。
 距離を半分ほどようやく詰めた時、草色のアーマードライダーが口を開いた。

『俺が分かるか? 紘汰』

 その声を葛葉紘汰が間違えるわけがなかった。

『…ゆう、や…?』

 目の前で鎧武の行く手を阻んでいるのは、角居裕也だと、分かってしまった。

『何で…何でお前が、アーマードライダーに…』
『色々あって――じゃ、お前は納得してくれないよな』
『するわけねえだろ!! 何があったか一から説明しろよ!!』

 草色のアーマードライダーは肩を竦めると、オリーブの錠前を閉じ、変身を解除した。
 やはり変身者は角居裕也だった。忸怩たる思いで、紘汰も変身を解いた。

「お前らをここから出した時、いた子、覚えてるか?」
「碧沙ちゃん――だっけ。ミッチの妹さんの」
「そう。その子とユグドラシルのおかげで、俺、治ったんだ。インベス化」

 裕也は量産型ドライバーとオリーブのロックシードを掲げた。

「これは治療費代わり。体治してやるから、ユグドラシルのために働けってな。一応シリアルナンバーも貰った。シャロームっての」
「お前、あいつらのやり方に賛成なのかよ。あいつら、この街も人類も、虐殺しようとしてるんだぞ!?」
「反対に決まってるだろ。でもユグドラシルの中にいないと、碧沙のそばにはいられない。碧沙を独りぼっちにしちまう。あの子は今後のヘルヘイム対策の要になるから。無理強いされないよう、せめてそばにいてやらないと」
「ひとりぼっち? 無理強い? なあ裕也、さっきから何言ってんだよ。俺にも分かるように説明してくれよ!」

 裕也の表情は碧沙という少女への慈しみに染まっていて、まるで疎外された感じを受けた紘汰は、つい大声で叫んでいた。

「――ヘルヘイムの果実を食ったらどうなるかは」
「戦極凌馬から聞いた」
「じゃあ説明の必要はないな。俺も、食った。初めて森に入った時、すんげえ美味そうに見えて。普通の人間ならここでインベス化して終わりなんだけど、俺には続きがあった。一度インベスになったのに、俺はまた人間に戻れたんだ」

 裕也は腕の袖を両方捲り上げた。紘汰は目を見開いた。裕也の両腕の皮膚は注射針の痕だらけだった。

「ヘルヘイム抗体、ってプロフェッサーは呼んでる。それが俺の血にはあるらしい。だからヘルヘイムの果実を食っても、完全にはインベスにならないで、人間とインベスの間を行き来するような状態になってた。そこをユグドラシルの調査隊に拾われてな。あれこれ打たれたり抜かれたりしてきた」

 紘汰は思い出す。噴水公園で、ダメージを受けてビャッコインベスから人間になった裕也。戦極凌馬が語った、果実を食べた人間の末路。

「碧沙はその抗体が俺より何倍も強くて、ヘルヘイムの果実を食ってもインベスにならないんだってさ。俺はあの子の血から作った免疫血清、まあ分かりやすく言うとワクチンだな、それを打たれてこうして完全に人間に戻れた」
「インベスを人に戻せるのか!?」
「いいや。プロフェッサーによると、俺みたいに元から抗体持ちじゃないと無理らしい。試しに森のインベスの何体かに試薬を打ち込んだけど、ダメだった」
「そんな……」

 裕也は袖を元に戻しながら淡々と語りを続けた。

「その成功を受けて、予備として用意された人類救済策が、プロジェクトF。抗体持ちの碧沙と、碧沙の抗体で人間に戻った俺の間に子供を造らせて、ヘルヘイム感染に負けない新人類を造るって計画だ。俺ら二人で10年の間に何人産めると思ってんだって思ったけど、そこはさすがユグドラシル、成長促進剤とかクローン技術とか、バイオ方面何でもアリアリ。いくら何でもご都合主義過ぎるだろ」
「だからって……やっていいことと悪いことがあるだろ! それは裕也自身のやりたいことなのかよ!」
「やりたくないに決まってるだろ!!」

 ここで初めて裕也が感情を露わにした。

「相手はコドモなんだぞ!? 俺たちみたいにドロップアウトなんてしなくていい。まだいくらでも未来がある。そんな子を、人類のためだからって、子供を産む機械みたいに扱えるかよ!」

 叫ぶ裕也を見て、紘汰の胸に熱が込み上げた。変わらない。裕也は裕也のままだ。紘汰たちがリーダーと仰いだ男だ。

(やっぱりダメだ。裕也をこんなとこにいさせちゃいけない。裕也は光の下にいないとダメだ)

「だったらその碧沙ちゃんも連れてここから逃げよう!」
「それだとプロジェクトアークのほうが進む。10億人しか生き残れない計画を前にして、お前、見なかったフリして引き返せるか? 無理だよな。ここまで乗り込んでんだから」
「あ……」

 指摘され、紘汰は返す言葉を失った。裕也に対面するまでに抱いていたのは、確かにプロジェクトアークとそれを企てるユグドラシルへの憎悪だった。

「俺と碧沙の代で徹底的にヘルヘイム抗体を調べ上げて、ユグドラシルには免疫血清を造る技術を確立してもらう。子供をモルモットにさせる気はない。せいぜい献血ですむ程度にしてもらえるくらい、張り切って検体やるさ」
「けど、それじゃお前と碧沙ちゃんは……!」

 どれだけ切り刻まれるのか。どれだけ辱められるのか。

「俺はベルトで生き繋いでる10億人より、笑顔で暮らす70億人がいい。その70億の中から、俺と碧沙と二人、あぶれても」
「裕也……っ」

 打ちのめされた。裕也の覚悟は本物だ。紘汰の中には裕也を心動かすだけの言葉が湧いてこない。
 紘汰はただただ拳を握って俯くしかできなかった。


****


 裕也は医療部門がある棟の被験者用フロアに帰り着き、真っ先に碧沙の部屋を目指した。

 「待合室Ⅰ」のプレートがかかったドアを開ける。碧沙はベッドの上で、髪を流して膝を倒して座っていた。
 裕也が呼びかけると、茫洋としていた目に光が戻り、唇が笑みを描いた。

「おかえりなさい」

 やわらかい声。やわらかいまなざし。それらは裕也の沈んだ気分を少しだけ上向けた。

「ただいま」
「変身したんですよね。ケガ、しませんでした?」
「ああ。変身したっつっても誰かと戦ったわけじゃないから」

 答えながら裕也は、碧沙の隣に腰を下ろした。
 男と女が一つベッドの上。碧沙が妙齢であればその手の雰囲気になりかねない。それこそユグドラシルの望む所だろうが、裕也にその気はない。

「心配してくれた?」
「はい」
「ありがと」

 碧沙は頬を染めながらも、裕也に対して笑ってくれた。

「誰と会ったんですか?」
「ん?」
「誰かと、って言ったから。戦わなくても会いはしたんだな、と思ったんですけど……」

 彼女は鋭い。こうやって端々から情報を汲み上げて正解に辿り着く。こんな妹がいたのでは、光実が隠し事上手になるわけだ。

「紘汰に会った」
「同じチームの人ですよね?」
「ああ。俺とミッチのチームメイト。で、俺と同じドライバー被験者。怒ってたよ。プロジェクトアークのこと」

 裕也も碧沙も、自分がプロジェクトに使われるのはいいと思って被験者をしているが、プロジェクトアークについては反対だ。60億人の犠牲者を出す救済計画など、まともな神経で賛成できるものではない――ないのだが、一被験者に過ぎない彼らには口を出す権利がない。

 だから裕也は、アーマードライダーになるか、という凌馬の気まぐれな誘いを受けた。
 戦士として成果を上げることで中枢に食い込み、意見を通せるだけの立場を手に入れる。
 それが角居裕也が選んだ戦い方だった。

「大丈夫。俺がなんとかしてみせるから」

 碧沙は恐縮したふうを見せた。小動物のようで愛らしい。なので、犬猫にするように撫でてみた。





 唐突に撫でられた碧沙は照れつつも、撫でた手の主、裕也をじっと見上げた。当の裕也は笑顔で小首を傾げる。

 この人と、子を成せと、言われた。それが人類のためだと。

(いい人なのは分かる。わたし自身、この人のことは嫌いじゃない。でもそれだけで子作りしろって言われてできるか……無理かもしれない)

 自分一人の命より人類70億人のほうが重いに決まっている。巴にそう宣言しておきながら、碧沙は我が身可愛さから裕也との関係に踏み切れずにいる。

 裕也はそんな意気地なしの碧沙に、文句も言わず優しく接してくれる。

 裕也に対して湧く愛情は、異性へのものではなく、家族愛に近かった。貴虎とも光実とも違う、3人目の兄のようだとさえ。人見知りの自分が、巴以外にこうも滑らかに接せる他人はいない。

(いつか、ちゃんと好きになりたい。産まれる子には、お父さんとお母さんが愛し合ったから産まれたんだよって、胸を張りたいから)

 兄たちの愛情にくるまれて育った少女だからこそ、出せる結論だった。

 碧沙は頭から離れた裕也の手を追って握り、笑った。

「わたしも、がんばりますから」 
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