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ロード・オブ・白御前

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ユグドラシル編
  第12話 白鹿毛vsマリカ! 取り戻すために



 巴は森を駆け抜け、一気にユグドラシルのベースキャンプに乗り込んだ。

『止まれ!』
「誰が止まるものですか!」

 クラック前にいた量産型黒影を、巴は変身せず体術だけでねじ伏せた。

 ――一度目の侵入は、新兵器のチューリップホッパーに阻まれた。だがDJサガラの予期せぬ援護により、彼女たちは2度目の侵入を成功させた。
 そして戒斗はシグルドを、紘汰は斬月を足止めするべく残った。結果として巴がラボに一番乗りしたのだ。

(碧沙――っ)

 巴はクラックを、紺のスカートと長い黒髪を翻して飛び越えた。

 赤一面のラボの中に人はいない。前に来た時は白衣の研究員がたくさんいたのに。
 警戒していると出入口が開いた。身構える。入ってきたのは、黒いジャケットと白いミニスカートに身を包んだ湊耀子だった。

「ようこそ、ユグドラシル・コーポレーションへ。アポイントもない失礼なお客様」

 よりによって一番の武闘派が出て来た。じっとりとイヤな汗が背筋に、握り締めた拳に滲む。前に捕まった時は互角にやり合えたが、今日もやれるとは限らない。

 すると耀子は、そんな巴のたじろぎを呼んだように笑顔を見せた。

「安心して。ここで戦うつもりはないから」
「信じろと?」
「そうね。じゃあこう言いましょう。――今から呉島碧沙の下へ行くから、会いたいならそのまま付いてらっしゃい」
「碧沙に!?」

 耀子は挑発的な笑みを浮かべてから、踵を返してラボを出て行った。巴はドライバーと錠前を懐に入れ、急いで耀子の後を追った。





 耀子が巴を連れて来たのは、プラネタリウムのように丸まったホールだった。外面がガラス張りになっていて、外の景色は高い場所からのそれだ。ここは高い階層のようだ。頭上には左右を繋ぐ渡り廊下がある。

「ここに碧沙がいるんですか」
「ええ。あそこ」

 耀子が指したのは上の渡り廊下。
 そこの右側から、舞台袖から舞台に出た役者のように、碧沙は、現れた。

「碧沙!」
「! 巴っ」

 碧沙は飛び降りかねない勢いで手摺から身を乗り出した。巴は慌てて思い留まるよう伝えた。碧沙も先走ったことを恥じらってか身を引いた。

 耀子が巴の横から離れ、ガラス壁のほうへ歩いて行った。二人で話させてくれるらしい。

「あー…元気?」
「え、あ、その、全面的に元気、では、ないんだけど。巴の顔見たら吹き飛んじゃった」
「そ、そう。わたしも、碧沙の顔見れて嬉しい」
「――――」
「……」

 予想以上にこの距離感や大声を張らねば聴こえないこと、久しぶりだという事実が、気まずい。
 だが、巴は問わねばならないから、顔を上げた。

「ねえ。全面的に元気じゃないって、どういうこと?」

 碧沙の顔から笑みが消えた。

「ちょっと……検査疲れ。別に変なことされてるわけじゃないから。これも人類の未来のためだと思えば、軽いものよ」
「それは碧沙が望んでされてることなの?」

 碧沙は答えなかった。巴には分かった。碧沙自身はそれらの「検査」を望んではいないのだと。

 巴は大きく息を吸い、吐いた。そして決然と碧沙を見上げた。

「――あなたが望んでないことを強いるのなら、わたしは何もかも捨てて、碧沙を攫って世界の果てまででも逃げてやるわ」

 あの日の別れで言えなかったこと。関口巴は人類70億より呉島碧沙一人を想っているというまぎれもない事実を、伝えた。

「えっ――巴、が?」
「わたしと一緒は、いや?」
「そんなことない! でも、巴は…巴はかっこよくて、優しくて。そんな巴が、わたしなんかのためだけに何もかも捨てるなんて絶対だめ!」

 人生で初めて受ける賛辞の数々に赤面するが、恥ずかしがってばかりもいられない。

「そんなことない。碧沙はわたしみたいに意地っ張りでも冷たくもないし、いつも笑ってみんなを幸せにしてて。そんな碧沙だから、わたしだって憧れた。一方的な片想いだったのに、碧沙は友達になってくれた。だからわたしも、碧沙が苦しい時は助けてあげたいのよ」

 碧沙が胸の上に両手を持ってきて縮こまっている。――押せている。

「わたしがあなたの盾になる。わたしがあなたの剣になる。だから痛い思いも苦しい思いもしなくていい。あなたが笑っていられる世界に行く。わたしは、わたしはそのためにアーマードライダーになったのよ!」
「とも、え…っ」
「一緒にここを出ましょう、碧沙!!」

 碧沙は手摺を飛び越え、巴に向かって飛び降りた。
 巴は自分と同じくらいの体格の少女を強く受け止めた。抱き留めた碧沙に重さは感じなかった。碧沙は本当に天女なのかもしれない。

「巴……トモ、トモ…!」
「ヘキサ……」

 巴に擦り寄る碧沙に、限りない大切さを感じた。

 そんな二人のふれあいを、唐突な拍手が終わらせた。

「友情復活おめでとう。呉島碧沙さん。関口巴さん」
「湊、さん」

 碧沙が怯えた表情で巴に縋りつく。

「でもあなたはユグドラシルのプロジェクトにとって大切な存在。それが分かっていてここを出るの?」
「わたし…わたしは…ユグドラシルのやり方に反対だからっ。わたしと裕也さんがいればそれをやめてくれると思ったから! でも、やめてくれなかった。だからわたし、もう…!」
「もうこちらの要求は呑めない、というわけ」

 耀子がこちらへと歩いてくる。顔には貼りつけたような笑み。シドや凌馬のそれよりよほど恐ろしい貌。

「一度引き受けたことを投げ出すのは、大人の世界ではね、無責任って言うのよ。お嬢さん」
《 ピーチエナジー 》

 耀子の頭上にチャックが開き、桃を象った中華鎧が出現する。耀子がピーチエナジーロックシードをバックルにセットする。桃色の鎧が耀子を覆い、アーマードライダーへと変貌させる。手には他のライダーが持つ物と同じアーチェリー風の弓。

『プロフェッサー凌馬の受け売りだけどね。人は一度希望を見た後で心をへし折られると、二度とその相手に反抗する気がなくなるんですって』

 巴も碧沙も息を呑んだ。

(何て人。最初から碧沙の反抗心を潰すためだけに、わたしを利用したんだ!)

「巴……」

 碧沙がブレザーを掴む。巴はその手に手を重ね、肯いた。

(正直、勝てる気がしない。でも戦えないと、この先、碧沙を守るなんて絶対無理)

 巴は量産型ドライバーを腹に装着し、アーモンドの錠前を開錠した。

「変身」
《 ソイヤッ  アーモンドアームズ  ロード・オブ・白鹿毛 》

 白鹿毛は薙刀を構え、桃色のライダーに挑みかかった。

(先手必勝!)

 桃色のライダーが弓からソニックアローを放つ。白鹿毛はそれらを、床を前転して避けた。

 距離が縮めにくい。ソニックアローを弾き、避けながら、白鹿毛は口の端の片方を吊り上げた。敵が中遠距離型の攻撃のせいで、なかなか懐に潜り込めない。

『来ないの? ならこちらから行くわよ』

 桃色のライダーは弓を左手から右手に持ち替え、足を踏み出した。

 気づけば至近距離に桃色のライダーがいた。白鹿毛は慌てて薙刀を引き、弓による斬撃を防いだ。金属同士がぶつかる激しい音と、散る火花。

『っく…弓で斬れるとか、反則でしょ…ぅ!』
『先進的と言ってちょうだい。最近は銃まで近接戦なんてやるんだから、弓が斬れてもいいでしょう?』
『よく――ない!』

 何とか桃色のライダーを弾き、後ろへ跳んで一気に距離を開ける。

(真正面からじゃこの人には勝てない。一か八か……!)

 巴はカッティングブレードを3回倒した。

《 アーモンドスパーキング 》
『でぇ――やあ!』

 高エネルギーを撓めた薙刀を投げつけた。桃色のライダーは彗星と化した薙刀を正面から防ぎに来た。
 小爆発が起こる。それを確かめ、白鹿毛は碧沙を担いだ。
 要するに目晦ましからの逃亡を狙ったのだ。

 走り出す。ホールの出入口はすぐ目の前。境界線をまたぐ――

《 ロック・オン  ピーチエナジー 》

 ずどん、と背中に鋭利な痛みが広がった。

 白鹿毛は抱えた碧沙もろとも転がった。変身が解ける。背中にソニックアローを食らったのだ。

「は、ぅ…っ」
「巴! 巴ぇ!」
『敵前逃亡ならもっと私を弱らせてからするべきだったわね』

 桃色のライダーが歩いてくる。こつん、こつん。ホールに反響する足音は、死刑宣告にも似て。

(彼女が強いんじゃない。わたしが……わたしが弱いんだ)

 巴は歯を食い縛った。
 幼い頃に武術をやっていたといっても、今やどこにでもいるただの中学生。戦闘のプロフェッショナルたる湊耀子が相手では、実力はそれこそ雲と泥。

 どこかで分かっていた。関口巴が戦士でも何でもないことを。
 だから、今まで何度も変身すべき場面があったのに、そうしなかった。自分の隠した弱さが曝されるのが怖かったからだ。

『これで終わりよ』

 桃色のライダーが巴の前に立ち、弓を大上段に振り上げる。その弓の切れ味をたったさっき知ったばかりだ。

(待ってよ。ねえ。だって特撮とか魔法少女ものとか、変身が解けたキャラに攻撃するなんて、ありえないのに)


 ――ちがう。
 ここは、現実だ。これが、現実なのだ。


 桃色のライダーが弓を振り下ろした。

「いやあああああああ!!」

 巴は頭を抱えて丸まった。恥も外聞もなかった。ただ恐ろしかった、痛みが、死が。碧沙が見ていることさえ忘れた。

「湊さん、やめてぇ!」

 碧沙が、桃色のライダーの弓を持った手にしがみついた。

「わたし、何でもしますから! 言うこと聞きますから! これ以上、わたしの親友を傷つけないでぇ!」
『ここから出て行かない? ちゃんとプロフェッサー凌馬の言うことを聞く?』
「…はい…っはい…」

 桃色のライダーが腕を下ろすと、腕がほどけた碧沙がその場に座り込んだ。

 巴は肘を使って上半身だけを立て、碧沙に触れようとした。だが、思い留まった。
 自分は今、最低の裏切りを彼女に対して働いた。
 守ると言ったくせに。一緒に行こうと言ったくせに。

 碧沙はそっと巴の手を取った。

「こわい思いをさせてごめんなさい。痛い目に遭わせてごめんなさい」

 巴の手に落ちる、碧沙の涙の粒。それは巴という邪悪を責め苛む神水のようだった。失望された。誰でもない碧沙に失望された!

「ああ、あ…っ」
「巻き込んじゃって…ごめんなさい…!」

 変身を解いた耀子が碧沙の肩に後ろから手を添える。碧沙は巴の手を離し、立ち上がった。
 ふらつく碧沙を耀子が支え、二人はホールを出て行った。




 巴は拳を振り上げ、床を力一杯殴った。衝撃で目尻に溜まった涙が飛び散った。

「うわあああああああああ!!!!」 
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