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相棒は妹

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志乃「兄貴なんて知らない」

 「これから一緒にお出かけしない?」

 その言葉は、今の本山の状態に相応しくないものだった。

 本山の拳は血に濡れ、白のTシャツやピンクのミニスカートにはあちこちに血が付着している。まるで壮絶な喧嘩をしてきた後のようだった。つか、何でこいつは――

 何でこいつは、そこまでして俺に付きまとうんだ?

 「本山」

 「何?」

 「何でそこまで俺に構うんだよ」

 俺は遠回し無しに直接聞いてみた。すると、本山はその質問こそがおかしいとばかりに、困ったような笑みを顔に貼り付けた。

 「だって、葉山君だけ私に振り向かないじゃない」

 「は?」

 そんな顔で言える台詞だとは思えない。そもそも、お前はどうやってチンピラ達の魔の手から逃れてきた?

 まさか、本当に闘ったのか?あいつらに対して。

 それを見透かしたのか、本山は言葉を吐き出した。

 「私、昔から女子に疎まれたり男性に寄られる事が多かったから。だから自分で身体を鍛えたの」

 「だから、さっきの奴らを振り切れたのか」

 「そういうこと」

 そんな笑顔で言われても、こっちは怖いだけなんだよ。お前、チンピラ相手に、しかも三対一で勝つって、どういう神経してんの?将来裏の人間になる気か?

 これは脅しなのか?ここまで来たら俺に断る資格は無い。そういう意味か。じゃあ、その裏を掻こう。お前に振り向かない?そんなの勝手にしろ。お前に振り向いて何があるってんだ。

 「俺、これから買い物する用事あるんだよ。悪いけどお前とどっか出かけるのは……」

 「なら、私もそのお買い物付き合うよ」

 「いや結構。一人で済ませられる内容だし」

 「じゃあ目的地まで一緒に行こうよ」

 「あいにくチャリなんでね。お前とは一緒に歩く気は無いんだわ」

 「知ってる?私足速いんだよ?」

 どうやら、こいつの言い分から逃れられる方法は無いらしい。仮に逃れたとしても、こいつの場合マジで走って追ってくる。ストーカーもびっくりの堂々とした態度で。

 だが、自分の言いたい事だけはちゃんと伝えておこう。勝手に着いてこられても困るだけだし。

 「とにかく、俺はこれからやるべき事がある。付き合ってる場合じゃない」

 実際、マイクを買いに行くだけなので大した用事じゃないんだが、本山といるだけで俺の幸福が失われちまうんだよ。こんなところ、クラスメイトに見られたら、それこそお陀仏だ。俺は精神的病に侵されて学校に通えなくなってしまうかもしれない。

 「そう。じゃあ……」

 それでも、本山は懲りず俺に反抗してくる。そして、次に吐き出された言葉が、俺の中に楔となって打ち付けられる。

 ニヤリと、不敵な笑みを作り出し、本山は言い放つ。

 「さっきまでの事、クラスの皆に言うとしたら、葉山君はどうするの?」

 ……やられた。でも、ここまで計算されてたとは思いたく無い。それこそ、俺の考え全部を否定されたのと同然なんだから。しかし、それにしても、これは酷すぎる。本当にやり返されたと、心の底からそう思う。

 これをクラスメイト(本山ファン)が知ったら。想像するだけで俺がフルボッコにされている姿が目に浮かぶ。志乃はきっと「グッジョブ」とか言って喜ぶのかもしれないけど。

 まさか、俺の学校での状態を利用してくるとは。確かに、俺は妬まれているだけで嫌がらせなどは受けていない。それは俺が年上だからか、本気で嫌がっているのが伝わるからか、それは分からない。

 でも、この情報が奴らに知れれば、正式に物理的な攻撃が開始されるだろう。女子からは、ピンチな女子を見捨てたクズとして、男子からは、本山とお出かけ(デート)したリア充クソ野郎として。どっちにしても、俺に待ち受ける結果は不幸でしかない。いや待て、俺がこいつとお出かけをした件については目撃証言が出る可能性が……。

 「お前、俺らが一緒に見られたらどうする気?」

 「大丈夫、今日はこの辺と周りの街にクラスメイトいないから」

 え、それどういうこと?全く意味が分からないんだけど。

 「皆、今日この区域にテロリストが来るって言ったら、素直に聞いてくれたから」

 「従順すぎる!」

 うちのクラスメイト大丈夫か?そんな嘘丸見えなネタで釣られるなんて。まぁ、中には志乃とか五十嵐みたいに普通な奴もいるから、完全ってわけにはいかないだろうけどさ。

 「で、葉山君は私に付き合ってくれるの?」

 言い方がグレードアップした気がするが、あえて無視しておく。

 ここで、自分の用事を優先するか、自分のこの先の学校生活を優先するか、頭の中で天秤に掛けてみる。どちらも俺にとっては大切な事だ。だが、今日一日で済むのと今後ずっとしこりが残るので話はだいぶ変わってくる。

 悩むだけ悩んで、俺は最終的な答えを吐き出した。

 「……分かった。でも、一時間ぐらいな」

 「せめて四時間」

 「長すぎるわ!」

 「文句言うならぁ~」

 「ああもうウゼェ!分かったから!」

 半ばキレ気味にそう返す。だが、そんな俺の様子に歯牙も掛けず、本山は嬉しそうに微笑んだ。

 「ありがとう!じゃあ、一緒に行きましょ!」

 そうして、俺のゴールデンウィーク初日は、本山由実という一人の女によって征服された。

 ……そんな俺達が最初に行ったのは、本山の手を消毒する事だったが。

 *****

 その後、俺は見知った地元を本山に振り回された。最初は洋服店に行って、血がこびりついた服から着替えた。買ったのは白の清楚コーデだった。清楚の名の通り、そこまで目立つわけでも無く、それでいて可愛さを保っている。てっきり、露出度の高い服を選ぶと思っていた俺は少々驚いたが、あえてそれを口にはしない。素直に褒めたら調子に乗るからだ。

途中、ビッゴカメラ内で迷子になったフリをして抜け出そうとしたのだが、あいつはとんでもない事をして俺を捕まえた。迷子案内センターから呼び出したのである。

 「葉山伊月君、葉山伊月君。県立藤崎高校一年の葉山伊月君。まだこの店内にいたら、一階の迷子案内センターに来てね~」

 さっきと同じ、俺の個人情報をバラす作戦か。この際どうでも良くなったので、俺は無視してデパートから出ようとしたのだが――

 「もし無視するなら、さっきの事をここでぶちまけて、精神ズタボロにしたいと思いまーす。それとも、葉山君は私の身体に手を出したいけど言えなくて逃げ出しちゃったのかな?」

 係員、どうしても止めない!あの腐れビッチを自由にさせちゃダメだろ!つか、余計行きにくくなったよ!

 結果、俺は顔を俯けながら案内センターに向かい、本山と合流した。あの時の女性係員の優しげな顔が、俺の精神を必要以上に抉ってくれた。

 それから、俺は本山の希望によりファッション系の店に入ったり、ゲームセンターで遊んだりしていた。その時も、周囲から本山への視線を感じ、ものすごく窮屈感を味わった。皆、隣にいる俺を「何あの冴えない男」みたいな目で見ている気がして仕方が無かった。

 そしてお昼の時間になったところで、本山は俺に昼食を食べる事を提案してきた。どうやらまだ俺を解放してくれるわけでは無いらしい。

 「で、どこで食べるんだ?」

 「葉山君はどこで食べたい?」

 「俺は本来駅そばが良かったんだけど……」

 「せっかく可愛い女の子と一緒なんだから、もっと洒落てる所にしようよぉ」

 自分で可愛い女の子と言うか。さすが腹黒腐れビッチ、堂々としていて逆に恐ろしい。

 にしても、洒落てる店ね。そんなの、駅前のズタバかビッゴカメラの地下ぐらいだぞ。ズタバに関しては高いし。

 それを本山に聞いてみると、笑顔でこう言った。

 「じゃあ、ズタバ行こう!」

 「マジで?」

 さっきの服はあいつが自腹だったけど、今度は俺に払わせる気じゃないだろうな?お茶飲むぐらい奢ってよ的な感じで。

 と思ったら、返答は意外なものだった。

 「ああ、安心して。自分のお金は自分で払うから」

 「へぇ」

 「今、こいつ意外だなって思ったでしょ」

 「よく分かったじゃん」

 「まぁね」

 そして、一拍置いて本山が言葉を紡いだ。

 「お金の貸し借りは、人間関係を揺らがせるからね」

 *****

 全国チェーン店として経営している喫茶店ズタバは、各々のメニューの値段がその辺の店よりも張るが、それに見合う美味しい商品を提供しており、各店舗で多くの常連客を作り出している人気店だ。喫茶店なので席があまり多く用意されていないので、母さんはいつもお持ち帰りで買っていた。

 昼頃という事もあり、店内は人でごった返していた。レジには常に人が列を生み出しており、店員が忙しそうに仕事をこなしている。俺達も列に加わり、注文したのだが、席が空かないため、お持ち帰りの人を先に回す事になり、数十分ののち、ようやく品を持って座る事が出来た。

 こうして椅子に座るのは自転車を漕いでいた時以来だ。あれから本山にいろんな所に連れられ、足を休める時間すら無かった。

 文句を言おうと本山を見ると、あいつも疲れた顔をしていた。どうやら、あいつも歩きっぱなしで足に疲労が溜まっていたようだ。そうならそうと言ってくれればいいのに。

 俺らが座っている位置は、デパートの中にある店の外側――ガラスに近い席で、駅前を歩く人達から丸見えだ。だが、俺達に気を留める奴がいるわけでも無く、俺達はただただくつろいでいた。

 すると、本山が俺に問い掛ける。

 「ねぇ、葉山君の用事って何?」

 ああ、そういえば言ってなかったな。さっきビッゴカメラ行った時は離れるなってうるさくて見れなかったし、そもそもこいつが俺に用事を言わせる機会を作ってくれなかったんだよ。今頃って感じだ。

 けど、ここで意地を張るのも面倒なので簡単に説明する。

 「マイマイクだ」

 簡略しすぎたかも。

 「何それ。日本語で話してくれると嬉しいな」

 こりゃ自滅した。俺の所為だとしても、余計ウゼェ。

 頼んだコーヒーを口に含み、乾いた口内に水分を行き渡らせる。そしてもう少し中身の詰まった説明をしようとした時だった。

 突然ガラスの方が急に暗くなった。あれ、おかしいな。たった今まで太陽の光が当たってたのに。それに今日は雨が降るなんて予報はされてなかったぞ。

 それいついて聞こうと、本山の顔を見る。だが、本山はこっちを見ておらず、ガラス側を見ていた。その顔は素で驚いた表情をしていた。

 何か虫でもいるのかと、特に何の心配もせずガラス側を向いたのだが――そこで俺は全身が怖気で震えるのを感じた。

 そこにいたのは、虫でも怪物でも有名人でもマフィアでも総理大臣でも無い――今までの中で一番無表情を浮かばせた、我が妹だった。

 *****

 どれ程の時間が経っただろうか。

 気付いた時には志乃の姿は消えており、俺の視界の先には、それぞれ違う空気を纏った通行人達が街を踏みしめていた。太陽の陽射しが当たり、テーブルがわずかな暖かさを浴びている。

 顔を元に戻すと、そこには俺と同じく顔を硬直させている本山がいた。俺が肩を叩くと、本山はビクリとして我に返り、「今葉山志乃さんいたよね?」と聞いてきた。

 俺は頷き、さっきの志乃の顔を思い出す。

 徹底的、圧倒的、絶対的な無表情。無表情キャラ決定戦にいたら確実に優勝狙える程のあの顔。そこに感情の色は無く、旧世代のロボットを彷彿とさせる。じっと、俺の顔を、目を覗き込んでいるだけだった。

 あいつは何故あそこにいたのか。決まっている。マイクを探すためだ。俺と違う場所を探し、連絡を取り合い、目的のマイクを見つけ出す。それは俺が言いだした事だ。

 それなのに、俺は携帯を忘れ、挙句の果てにクラスの女子と喫茶店でのんびりお茶をしている。

 なんてバカなんだろう、俺は。自分の今後に気を取られ、本来やるべき事を後回しにしてしまった。簡単に言えば、最初に誘った友達がいるのに、後に誘われた友達と遊ぶようなものだ。

 志乃は俺に電話をしたのかもしれない。それでも俺は出ない。仕方なく街を歩いていたら、俺の姿を発見した。その結果、怒りを通り越して『無』になってしまったのだ。

 俺は自分の恥を思い知る。何故あの時、マイクの優先権を自分の今後よりも下にしてしまったのか。後悔と自分自身に対する怒りが止まらない。

 俺は無理を言って本山と別れ、駐輪場の自転車を取り出してペダルを漕いだ。とりあえず、家に帰ろう。志乃がいたら謝る。謝って許される事じゃないのは分かってる。でも、一度だけでもちゃんと頭を下げたい。

 あいつからすれば、さっきまでの俺は女子と遊んでいるようにしか見えなかっただろう。いや、俺は無理矢理と思いながらも、本山と遊んでいたんだ。あいつに何を言われようと、俺は弁解の言葉を投げかける事は出来ないのだ。

 ずっと足に力を入れていたからか、自転車を漕ぐスピードが遅くなってくる。でも止まらない。少しでも早く家に着き、志乃に土下座をする勢いで謝るのだ。もしかしたら志乃はまだ家に帰ってないかもしれない。なら、家に帰ってから謝る。何か命令されたら、聞ける範囲で聞いてやる。もう兄のプライドなんて知ったこっちゃない。

 だって、俺が悪いんだから。

 *****

 志乃が家に帰って来たのは、夜の八時だった。

 今まで志乃がこんなに遅くまで外出していた事は一度も無く、母さんや父さんが少し強めに注意していたのが聞こえてきた。

 「志乃!今までどこブラブラしてたの!誰かに襲われたりしたら危ないでしょ!」

 「……ごめん」

 「お前は女の子なんだから、ちゃんと自分の危険を理解しておかないとダメだぞ!」

 「……ごめんクソ親父」

 そんな会話が終わり、志乃が階段を上がってくる音がしたところで、俺は部屋を出た。

 そして、丁度二階に上がり終えた志乃と目を合わせる。志乃は訝しげに俺に問い掛ける。

 「兄貴、何か用?」

 その様子に、話は通じると感じ、俺は昼頃の事を謝ろうとしたのだが――

 「女とイチャイチャして重要な事をほったらかす兄貴なんて知らない。早くそこをどいて」

 それだけを俺に言い、横を通り抜けていく志乃。言葉を返すのも許さないといった圧力を志乃の目から感じた。俺の視界の先で、志乃が自室に入り、おもむろにドアを閉める様子が映し出される。

 やらかした。それが俺の頭に浮かんだ最初の言葉だった。俺の考えが甘かった。謝れば許してもらえる。この世はそんな甘い世界じゃないのだ。それを剣道を通して学んだ筈なのに。俺は、その事を志乃を対象にして考えていなかったのだ。志乃なら何とかなる、志乃なら許してくれると、内心どこかで思ってしまっていた。

 妹だから、余裕だったのか?兄だから格が高いのか?兄妹だから心の範囲は広いのか?そんな筈あるか。他人だろうと血の繋がった関係だろうと、許してもらうために必要なのは、謝る事だけじゃ無いのだ。

 部屋に戻ってベッドに飛び込む。心は至って静かだった。でも、それは冷静なんじゃなくて、志乃の見捨てさせてしまったという後悔からくるものなのかもしれない。 
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