戦国異伝
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第百七十三話 信行の疑念その三
「幕府は今や織田家が支えておりじゃ」
「徳川殿もですな」
「その一角ですな」
「しかも徳川殿に副将軍になれと文を送っていたそうじゃな」
ここで信行はこの話も出した。
「そうじゃな」
「はい、そうして幕府につけと」
「そう仰っておられました」
「織田家につかず幕府を支えよと」
「その様に」
「そのうえでそれか」
家康の敗北を喜んでいたというのだ。
「徳川殿が断られたから」
「その様です」
「どうやら」
「兄上にはこのことは申し上げた」
六波羅にいて都を護る立場からだ、信行は当然としてそうしたのだ。それが彼の仕事の一つだからである。
「兄上も難しい顔をしておられたと聞く」
「ですな。他の家にどんどん文を送られ」
「当家を倒せと言っておられます」
「副将軍や管領にすると言われ」
「その様に」
「わしにも言ってきた」
当の信行にもというのだ。
「兄上ではなく武門の棟梁の自分に従えとな」
「何と、勘十郎様にもですか」
「その様なことをですか」
「家臣の主な者達にも文を送っておられる」
そうもしているというのだ、彼等にも。
「権六達にもな」
「何と、そこまでですか」
「そこまでされていますか」
「兄上が疎ましくてならないのだ」
義昭はというのだ。
「あの方はな」
「だからですか」
「勘十郎様にも」
「ましてわしは心を奪われていたとはいえ兄上に背いたことがある」
だから余計にというのだ。
「それもあってな」
「殿に背けと」
「そう仰っていますか」
「あの二人の入れ知恵もあろう」
天海、そして崇伝のというのだ。
「しかしじゃ」
「それはですな」
「勘十郎様は」
「二度とあんなことをしてなるものか」
強い声でだ、こう言ったのだった。
「兄上に背くなぞな」
「ですな、勘十郎様は殿のすぐ下の弟君」
「その方が」
「わしは兄上の家臣じゃ」
それに他ならないというのだ。
「あの様なことがない様傍の者にも気を配っておるからな」
「だからですな」
「もう二度と」
「そうじゃ。しかしこのままでは幕府も」
どうかというのだった。
「終わりかものう」
「幕府がですか」
「終わると」
「信なくば立たずじゃ」
儒学のこの言葉がここで出た。
「だからじゃ」
「最早幕府は信がない」
「だからですか」
「そうじゃ」
それ故にというのだ。
「もう幕府はな」
「終わりだと」
「そう言われますか」
「天下の害にしかならぬなら」
義昭、他ならぬ彼のせいでそうなっているのならというのだ。
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