クール=ビューティー
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第三章
第三章
「何かかえっていいですよ」
「いいの?」
「ええ」
敦子は答える。
「だって。今までの長野さんて何処か近寄りにくくて」
「あっ、それはあるな」
「そうだな」
二人もそれに納得して頷く。
「何処かな」
「冷たい感じがしてな」
「それが急に変わった感じがするんですよ」
「方言だけで?」
「そうですよ。何か急に」
彼女は語る。
「人間味があるように感じられました。あっ」
言ったところでふと左手で口を押さえてしまった。
「すいません。こんなこと言ったら失礼ですよね」
「いえ、いいわ」
だが沙代子はそれをよしとした。
「けれど。そうなのね」
「はい、何か凄く親しみを感じたというか」
さらに言う。これは沙代子にとってかなり意外な言葉であった。
「可愛かったですよ」
「えっ」
沙代子はその言葉を聞いた時思わず目が点になってしまった。
「あの、今」
そして敦子に問う。問う声にも動揺が見られた。
「可愛いって・・・・・・私が?」
「はい」
敦子はそのにこりとした笑みのまままた答える。
「私はそう感じましたよ」
「そうなの」
何か呆然とさえしているという感じであった。それが周りの者に面白いようにわかる。
「何かね」
「はい」
そしてそれに応える。三人もそれを聞いている。
「そんなこと言われたのってあまりないから」
「そうなんですか」
「やっぱりね。こんなふうに近寄り難いってイメージがあるから」
「それが消えちゃって」
敦子はまた言う。
「くだけていましたし」
「不思議ね」
その話を聞いているうちにどういうわけか沙代子も笑顔になってきた。微かに、少しずつだが確かに笑顔になってきていたのだ。それは自分でもわかった。
「言葉一つで」
「言葉って大事だからね」
「そうそう」
男二人がここで言った。
「九州弁ってさ、何か違うんだよ」
「そうなんですか」
この言葉もまた意外なものであった。思わず問うてしまった。
「そうなんだよな。そこにいたらわからないけれど」
「関西弁と同じで」
彼等はそう沙代子に対して言う。
「血が通っているんだよ」
「血が」
「そういうことなんですよ」
敦子もまた言った。どういうわけか彼女の言葉がことさら心に残る。それが凄く印象的なのである。
「沙代子さんって冷たい感じがしたんですよ。こう言うと本当に失礼なんですけれど」
「ええ」
何時しかビールも進んでいる。リラックスしてきた証拠だろうか。
「ジョッキね」
「はいよ」
男達がまた注文すると店の兄ちゃんが威勢のいい声をあげる。その声は何処か関西弁に近いニュアンスを持っていてどういうわけか人間味を感じさせた。
「それがあれで」
「変わったのかしら」
「はい、それもよく」
「そうだよな」
「むしろ意外」
男達は自分の手にあるジョッキを飲み干し烏賊の足の天麩羅を食べながら答えた。
「そこんところがさ」
「長野さんって凄い東京的なイメージがあったんだよ」
「東京的・・・・・・」
何かはじめて聞く言葉であった。
「そう、東京」
「よく言えば合理的だけれど悪く言えば無機質だよね」
どうしても東京の一部分にはそうしたイメージがある。これは都会ならば何処でもあるものだが東京がそのイメージがとりわけ強いのは否定できないであろう。東京はそういう街なのだ。
「けれどね」
ここで彼等は言う。
「それがなくなって」
「凄く人間的に感じられたよ」
「はあ」
「けれどですね」
敦子はジョッキを受け取りながら沙代子に言う。早速ガブガブと飲みはじめる。
「そんなに意識することはないですよ」
「言葉を?」
「そうですよ。自然でいいんです」
「自然で」
また話がわからなくなってきたのを感じた。
「ええ。自然に」
「話したいように話せばさ」
「それでいいんじゃないかな」
「そうなんですか」
また心が落ち着いてきているのを感じた。
「じゃあこれからは」
「はい」
敦子がにこりと笑って答えてくれた。
「長野さんが好きなようにされたらいいですよ」
「そうね。じゃあ」
こで全ては決まった。
「これからは。砕けていくわ」
「わかりました」
沙代子はにこりと微笑む。それから沙代子は温かさを感じさせながらもしっかりとした女性になった。そしてそのもとになったお見合いの話も上手くいった。ふと出てしまった方言が彼女の全てを変えてしまった。言葉一つで人の運命は変わってしまうものということであろうか。
クール=ビューティー 完
2006・12・6
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