クール=ビューティー
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第二章
第二章
「私、生まれは九州の博多です」
「そうですか」
「やっぱり」
「はい」
小さくなってこくりと頷く。
「高校までずっとそれで。大学はこっちで」
「それで九州弁は何でまた隠していたんですか?」
「そうですよ。私だって新潟の生まれで」
オフィスで沙代子に声をかけた新人の女の子が言う。小柄で可愛らしい感じの娘だ。名前を久保敦子という。
「別に。ねえ」
「けれど」
それでも彼女は言う。
「こっちは凄く垢抜けていて。それで」
「隠したんですか」
「ええ」
ビールをちびりと飲みながらこくりと頷く。そこにはいつもの冷静で知的な様子は何処にもなく小さくなっているのがよくわかった。
「何かねえ」
背広の中年の男が腕を組んで述べた。
「意外だよね」
「そうだよな」
それに同じ位の歳の髭の剃り跡が青々とした男が頷いた。どうやら元々は髭がかなり濃い男であるらしい。それがやけに目立っている。
「九州生まれなんだよね」
「それでそんなに隠すなんて」
やはり九州生まれというのは何か特別な認識を持たれている。どうしても開けっぴろげで堂々と方言を言うような、そんなイメージがあるのだ。これは関西人も同じように思われているが。
「それって人それぞれですよ」
新潟生まれの敦子がそう述べた。
「だって。シャイな人だっていますし」
「長野さんはそのシャイな人だったと」
「そういうことですよ」
「ううん」
「けれど何か」
意外だと認識せざるを得なかった。どうしても頭の中であのクールな沙代子と九州弁が合わないのだ。それに違和感を感じずにはいられなかった。
酒は飲んでいるが今一つ進まない。やはり話が話だからだ。
「別に隠すことはないじゃないですか」
敦子がまた言った。
「私だって隠していませんし」
「けれど」
それでも沙代子はまだ俯いていた。
「やっぱり私今のままで」
「今のままでいてもいいんですよ」
ここで彼女が言ったことは以外であった。
「いいって?」
「だって長野さんは長野さんですから」
こうも言った。
「方言使ってもそれは変わりませんよ」
「そうかしら」
「だって。九州でも冷静な人はいますよね」
「ええ、まあ」
少し考えれば当然のことである。何処にも冷静な人間もいれば熱くなりやすい人間もいる。九州人が誰もが豪放磊落なわけがないのだ。人には個性があるのだから。
「だからですよ」
敦子はさらに言う。
「そんなに方言とか気にすることはないですよ。ほら、私だって」
「貴女だって?」
ふと敦子の目を見た。
「時々出ますから、新潟弁」
「そうなの」
「そうですよ。関西の人なんてもっとじゃないですか」
「そうね」
会社にも関西人はいる。彼等はどうしても関西弁が出るのである。関東であっても関西弁がよく聞かれるのはこのせいである。とりわけ東京ドームでの阪神のゲームではそうである。
「ですから別に気にすることないですよ」
「じゃあ」
「はい」
敦子はにこりと微笑んできた。
「誰だって方言はありますから」
「そうだよな」
男達もそれに頷いてきた。
「俺はまあ神奈川生まれだけれどやっぱり」
「俺も千葉だけれど」
「ほら、同じなんですよ」
「九州でもそれは同じなのね」
「私はそう思いますよ」
敦子はにこりとした笑みのまま述べる。本当に優しい顔になっている。
「ですから」
「わかったわ」
ここまできてやっと沙代子は頷くことができた。
「そうよね。誰だって」
「そうですよ。それどころか」
「それどころか?」
敦子の言葉に顔を向けた。その時漂ってきたつまみの焼き餅の匂いが何故か彼女をイメージさせた。それは彼女が新潟生まれだからであろうか。ふとそうしたイメージを感じたのである。
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