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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第十二章 妖精達の休日
  第四話 見よ! あれが浴場の灯だ!

 
前書き
 ハッキリ言います。
 色々やっちまったが後悔はしていない。
 これは殆んどパロです。
 読まなくても問題はないです。
 色々無茶やったので、そう言った系統が嫌いな方は飛ばしてください。
  

 
 



 ―――なんで……何で、こんな事になってしまったのだろう……。



 ……燃えている。

 ああ―――燃えている。

『糞ッ! 糞ッ! クソォオオッ!! 何だアイツッ?! 何なんだよアイツはッ?! 化物! 化物だぞッ!?』

『来るなッ! 来るなッ!? クルナアアアアああアアアアアアァァァッ!!?』

『痛い痛い痛い痛い痛いぃぃ!! 誰かッ! 誰かあああっ!!』

衛生兵(メディック)ッ! 衛生兵(メディィィッック)ッッ!』

『ああっ! ああ、ああッ!! 地獄だ! 地獄だぞココはッ!!』

 夜の帳が落ち闇に沈んだ世界に―――悲鳴が、怒声が、炎と燃え上がる。

 この世に顕現した地獄を前に、ただ、ただ立ち尽くすしか出来ない。

 頬を流れる涙が、燃え盛る炎に炙られ直後に乾く。

 崩折れた膝が地に落ち、天に祈るように仰ぎ見る視界に、赤く染まった月を背に浮かぶ影が映る。



「―――何で、こんな事になってしまったんだ?」 



 朱月を背に浮かぶ影が、大きく翼を広げ終末を告げる笛(ギャルンホルンの笛)のように咆哮を上げた。











 ―――地獄が現世に現れる数時間前。
 日が地平線に沈み始める頃。
 魔法学院の正門前に広がる平原に設置された軍用の天幕の中でも一際大きなそこに、三十人程の男が集まっていた。
 大きいとは言っても、縦横六、七メートル程度の大きさの天幕である。十~二十人ならばともかく、三十人もの男たちが入れば窮屈極まりない。明かりもわざとしているのか判然としないが、間近に見なければ互いの顔を確認できないほどの暗さである。入り口は締め切られ、窓もないことから、天幕の中は殆んどサウナ状態であった。それも、漢達の汗が熱せられて出来たミストサウナである。入るどころか近づきたくもない代物だ。
 日が沈み、気温が下がり始めるのに反し、天幕の中の温度は時間と共にジリジリと上がっていく。熱の発生源は男たちである。サウナと化した天幕の中にいるからではなく、これから始まる事に対する期待により生ま出てる熱だ。
 高まる熱と期待と漢達のテンション。
 それが最高潮に達した時、天幕の入り口が大きく開かれた。
 漢達が息を呑む中、明かりがなく、闇に沈んでいた天幕に光が差し、入口の前に立つ男の影を浮かび上げる。入り口が閉じ、再度天幕の中に闇が満ちると、数瞬の後、ぼうっと、魔法の明かりが灯った。その光が天幕の中を染めていた闇に慣れていた漢達の目を眩ませた。目を閉じ、強く目蓋を抑える等して視界を回復させた男たちが、再度顔を上げた時、既にそこには彼らが待っていた男がいた。



「―――諸君、わたしは女性が好きだ」



 魔法の明かりを天使の輪のように頭上に浮かべながら、一人の小太りの男、いや少年がにこやかに笑いながら前に並ぶ男達に語りかける。

「諸君……わたしは女性が好きだ」

 少年は何度も何度も繰り返す。

「諸君、わたしは女性が好きだ」

 確かめるように、訴えかけるように、同意するように、勧めるように―――大きく頷き、笑いながら……。

「偉大なる山脈の如く大きな胸が好きだ」

 胸の前に置いた両手を大きく山なりに動かし。

「滑らかな大理石のごとく小さな胸が好きだ」

 胸の上に置いた両手を一気に下へ滑らせながら。

「チョコレートのような浅黒い肌が好きだ。クリームのように白い肌が好きだ。長いカモシカのような足が好きだ。夜の闇のように黒い髪が好きだ。燃える炎のような赤い髪が好きだ。涼やかな水のような青い髪が好きだ。黄金のような金の髪が好きだ」

 連続して息着く間もなく言葉を発し続けていた少年は、不意にピタリと口を閉じると周りを見渡した。誰もが口を閉じ、食い入るように自分を見ているのを確認すると、少年は大きく頷き続きを語り始める。

「王城で、街で、山村で、漁村で、屋敷で、学院で……」

 少年は目を閉じて語る。その瞼の裏には、一体どれだけの少女たちの姿が映っているのか……。

「この地上に存在する。ありとあらゆる女性が大好きだ!」

 目を見開き両腕を大きく開き叫ぶ少年。 

「少女の白く細やかな指がわたしの服を掴み、上目遣いでおねだりされるのが好きだ」

 歓喜の声を上げ、笑う少年。

「部屋で二人っきり、ほろ酔い気分で頬を染める少女を見た時など心がおどる」

 観衆たちが同意するように低く唸り声を上げる。

「授業中居眠りをしてしまった少女が、目が覚めて慌てて真っ赤に染まった顔で周りを見渡す姿が好きだ」

 フッ、とその光景を浮かべたのだろう漢達の笑い声が上がる。

「視線が合い、怒ったような、照れたような、恥ずかしそうな目で睨み付けられ、小さくメッと言われた時など胸がすくような気持ちだった」

 ほぅ、と気の抜けたような声が漢達の間で漏れた。

「匂い立つ花々のように着飾った乙女たちが、舞踏会で舞い踊る姿を見るのが好きだ」

 観衆の前に立つ少年が、両手を広げ天幕の天上を見上げ。あたかもそこに光々と輝くステンドグラスがあるかのように目を細めた。

「初めての舞踏会に緊張に身体を固くした少女が、手に汗を握り、ステップを何度も間違え羞恥に顔を赤く染める姿など感動すら覚える」

 想像した少女の姿に漢達から感嘆の声が漏れたのか、天幕の中に低いどよめきのような声が響く。

「舞踏会の勝手が分からず、所在無さげに壁の花とかした少女たちに声を掛けた際の、戸惑い、焦りながらも嬉しげに微笑む様などはもうたまらない」

 つま先立ちになり、小太りの身体を震わせる少年。

「声を上げて笑う少女たちが、わたしの視線に気付き、小さく悲鳴を上げ羞恥に顔を染めながら逃げ出す姿は最高だ」

 覚えがある者がいるのか、嘆息するような声が観衆たちの中から少なからず漏れた。 

「川べりで少女たちが水の掛け合いをして濡れた服が身体に張り付いた姿を見た時など絶頂すら覚える」

 おうふっ、と気色の悪い声が漢達から発せられる。
 その余韻が切れ、天幕の中がシンっと静まり返ると、観衆の前に一人立つ少年は、先程まで浮かべていたニタリといった感じの笑みをニチョリと粘着質な笑みに変え、低く湿った声で語り始めた。
 
「……女性に滅茶苦茶にされるのが好きだ」

 陰湿な、仄くらい闇の湿った場所から漏れ聞こえるかのような声で、少年は喜悦と共に語る。

「落ちたペンを拾って上げた少女から、忌避と避難の目を向けられるのはとてもとても悲しいものだ」

 顔を伏せ、悲しいと言いながらも、少年はどことなく嬉しげな様子を醸し出す。

「気の強い美人から罵倒されるのが好きだ」

 ふひっ、と笛の鳴るような奇妙な笑い声が観衆たちの中から微かに聞こえた。

「卑猥な言葉でからかわれ、顔を真っ赤に染めながらキレた女性に追いまわされ、害虫の様に地べたを這い回るのは屈辱の極みだ」

 ぶゅふっ、と豚の鳴き声のような声が少年から、観衆の中の隅から漏れる。

「諸君、わたしは女性を、ありとあらゆる女性が好きだ」

 高らかに宣言する少年。

「諸君、わたしに付き従う小隊戦友諸君」

 少年を自分を熱い眼差しで見つめる観衆たちを見回す。

「君達は一体、何を望んでいる?」

 肩を軽く竦め、目を細め尋ねる。

「少女たちの裸体を望むか?」

 口の端を曲げ、濡れた唇を歪め問う。

「あられもない少女たちの裸体を望むか?」

 熱く濡れた声で男達に―――漢達に―――問う―――問う―――問う―――ッ!!

「鉄風雷火の限りを尽くし、三千世界の漢等を魅了する少女たちが入浴する浴場を望むか?」

 漢達に問いた時、観衆たちが一気に立ち上がる。空間ごと上に移動したかのような一糸乱れぬ動きで立ち上がった漢達は、右手をピンッと頭上に掲げ口々に叫ぶ。



「浴場!! 浴場ッ!! 浴場ッッ!!」



「よろしい、ならば浴場だ」

 その様子に笑みを増々深くした少年は、大きく頷き右手を掲げた。
 強く握り締められた拳は細かく震え、興奮で赤く染まった腕には血管が浮き出ている。

「我々は今やまさに発射寸前の熱き棍棒だ」

 右手を掲げながら少年は漢達を見回す。

「だがこの暗い闇の底で、あの女のシゴキに堪え続けてきた我々にただの浴場ではもはや足りないッ!!」

 喉よ裂けろとばかりに叫んだ少年は、下げていた左手も上げ絶叫するように叫んだ。

「大浴場をっ!! 一心不乱の大浴場をッッ!!」

 ビリビリと天幕が揺れ、震える空気が収まると、少年は先程まで絶叫から一変して穏やかな口調で語りかける。

「我らはわずかに二個小隊三十人に満たぬ敗残兵にすぎない」

 悲しげに、しかし不敵に少年は語りかける漢達に。 

「だが諸君は、一騎当千の古強者だと私は信仰している」

 少年の輝く瞳が漢達の鈍く輝く瞳と重なる。

「ならば我らは、諸君とわたしで総兵力三万と一人の師団となる」

 両手を掲げ、宣言する少年。

「我々を忘却の彼方へと追いやり、何処の馬の骨かも分からぬ奴らに尻を振る女連中を叩き起こそう」

 指先を背後に、天幕の向こうにある魔法学院へと向ける。

「その珠の肌を隅々まで視姦し、誰が本当の漢かを思い出させよう」

 爛々と瞳を輝かせ、飢えた野獣のような吐息を漏らす漢達。

「連中に漢がどういうものか思い出させてやる」

 漢達の口の端が引きつったように持ち上がる。

「連中に我々が雄と言うものを思い出させてやる」

 喜悦に漢達の顔が歪む。

「男と女の狭間には、女の哲学では思いもよらないものがあることを思い出させてやる」

 地響きのような唸り声が漢達の喉の奥から響き出す。

「我ら六十と二つの瞳で、浴場の(ことごと)くを見尽くしてやる」
「「「「マリコルヌ殿! 童帝! 隊長! 小隊指揮官殿!」」」」

 感極まったように、漢達から歓呼の声を上げる。
 少年―――マリコルヌが漢達に向き直り、改めて天幕の中を見渡す。
 静まった漢達の誰も彼もが男臭い笑みを浮かべていた。
 満足するようにマリコルヌが頷く。

「小隊指揮官より全漢たちへ。目標魔法学院本塔地下女風呂ッ!!」

 後ろに回した手を組み、背を逸らしながらマリコルヌは作戦を命じる。

「第一次女風呂覗き作戦(モグラ作戦)状況を開始せよ!」

 一糸乱れぬ姿で敬礼を返す漢達に、マリコルヌは口元まで裂けたかのような笑みを向けた。



「征くぞ諸君―――大浴場だ」

 









 さて、彼ら漢と言う名の変態たちが、群れと成して本塔地下の女風呂へと覗きに向かうに至ったのには原因がある。 
 その原因を推測するには、彼らの構成員を知る必要がある。マリコルヌをリーダーとした漢達の構成は、先日正式に水精霊騎士隊へと入隊したギーシュら四人と、そのギーシュたちと一戦やらかしたクルデンホルフ大公国の竜騎士団―――空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)の団員たちだ。
 敵であった筈の彼らが、何故手を組み共に女風呂へ覗きに向かうに至ったのか?
 それは、彼らの戦いが終わった後の話である。
 著名な騎士団である空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)と数で劣りながらも互角以上と言っていい戦いを繰り広げたギーシュたちの人気は一気に高まり、学院の少女たちからの熱い眼差しが向けられ―――はしなかった。
 正確に言えば、ないとは言い切れない。
 あの戦いの後、ギーシュたちは女生徒たちから何度かプレゼントを渡される事があり、マリコルヌも一年生の黒髪(ブルネット)の少女と親しくなってもいる。
 しかし、それでもあの二人(・・・・)に比べれば無いも同然であった。
 その二人。
 セイバー(アルトリア)と衛宮士郎の二人である。
 片や竜をまるで自分の手足のように操り、踊るように空を翔け、圧倒的な力で二人の竜騎士を倒してしまった美しい女騎士。
 片や逃げ遅れた生徒たちの盾となり、空から落ちてきた家一軒はあろうかと言う竜を片手で押し止めた英雄。
 モテない筈がない。
 モテなければ嘘である。
 つまるところ、ギーシュたちの人気は士郎たち二人に横からほぼ全てかっさらわれてしまったという事だ。 
 だがまあ、それはいい。
 良くはないが我慢は出来る。
 実際に空を竜に乗り翔けるセイバーの姿は美しく。生徒たちの盾となり竜を止めた士郎は格好良かった。
 だから、ギーシュたちは納得は出来ないが我慢は出来ていた。
 そのため、それが原因ではな―――……くはないと言い切れないがないとは思う……。
 ではその原因とは?
 何故空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)の団員たちが覗きに加わっているのか?
 それは新たに水精霊騎士隊(ウンディーネ)に配属された副隊長が原因であった。
 水精霊騎士隊(ウンディーネ)に配属された副隊長。
 それは魔法学院一年生アルトリア・ペンドラゴン―――つまりはセイバーである。
 正式な水精霊騎士隊(ウンディーネ)の隊員となったギーシュたちに、副隊長として紹介されたセイバー。セイバーの実力を目にしたギーシュたちに文句はなく。なにより極上の美少女である。反対の意見は出ることなくギーシュたちにセイバーは歓迎された。
 しかし、もし、彼らの中に未来視を持つ者がいれば、なんとしてもセイバーの入隊は阻止しようとしたであろうが……もはや後の祭りである。
 無事水精霊騎士隊(ウンディーネ)の副隊長となったセイバー。責任感の強いセイバーである、積極的に副隊長としての仕事をしようとした。しかし、形式的には女王陛下の近衛隊である水精霊騎士隊(ウンディーネ)だが、その中身はほぼ全員が学院の生徒である。そのため仕事はあってないようなものであった。だから、騎士隊の副隊長の仕事もないと言ってもいいだろう。
 だから副隊長であるセイバーは考えた。
 何か仕事はないか?
 考え抜いたセイバーが閃いた仕事―――それは訓練であった。
 それも実戦的な訓練だ。
 それから毎日のようにセイバー対ギーシュたち四人の模擬戦は行われることになった。しかし、士郎が鍛えたとは言え学院の生徒四人が伝説の騎士王を相手にするには戦力が足りなさ過ぎる。模擬戦が始まり三十分後―――倒れ伏し呼吸が停止したギーシュたちの心肺蘇生をする士郎を見たセイバーはその事に遅まきながら気付いた。
 そこでセイバーは考え―――思いついた……思いついてしまった。
 『ああ、そう言えば丁度良いのがいましたね』と。
 その丁度良いのとは、魔法学院正門の向こうのいる空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)であった。
 タイミングも良い事に、セイバーはクンデホルフ大公国のお姫様であるベアトリスから、先日のお詫びとして風竜の一体を送られていた。セイバーはその風竜に“スタリオン”と言うかつての愛馬の名を与えると、暇が出来れば空を飛ぶようになったのだが。やはり飛ぶだけでは騎士であるセイバーは少し物足りなく感じていた。
 だからセイバーは直ぐさま嬉々としてベアトリスに空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)との合同訓練を提案することにした。セイバーのファンと言うか信奉者であるベアトリスが断る筈もなく、無事セイバーは許可を得た。
 主人であるベアトリスから水精霊騎士隊との合同訓練を命じられた空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)は、素人に竜の扱いで負けたという汚名を返上しようと奮起していたが、そんなものは実際に訓練が始まると一瞬にして崩れ去ることになった。
 セイバー(竜有)対水精霊騎士隊&空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)(竜有)の模擬戦の結果は、それなりに時間は掛かったがやはりと言うか順当と言うか……セイバーの圧勝で終わった。ギーシュたちと空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)は身も心もボロボロとなり、もう二度とこんな模擬戦などやらないぞと誓ったのだが。えらくこの模擬戦が気に入ったセイバーが、連日同じメンバーで模擬戦を行うようになり。結果、たまにならともかく毎日のように行われる模擬戦に、ギーシュたちは精神も肉体も限界まで追い詰められることになったのである。
 色々な意味で崖っぷちに陥ったギーシュたちと空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)は、何とかこの現状から脱しようとした。それはもう色々とやった。夜討ち朝駆けは勿論、落とし穴やら騙し討ちやら様々な仕掛けをするもその尽くが失敗に終わり、お約束のごとく最後にはセイバーから蹂躙されると言う日々が続いた。
 男たちはどんな方法でもいいからセイバーの鼻を明かしたかった。
 だが、そんな方法はなく、誰もが諦め顔に死相が浮かび始めた―――そんな時である。
 水精霊騎士隊(ウンディーネ)の隊員の一人であるギムリがとあるモノを持ってきたのだ。
 空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)が使用している天幕の一つで、最近では空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)の一部と水精霊騎士隊が溜まり場となっている場所へとやってきたギムリは、手に持ったとある図面を、何時も通りセイバーにボロボロにされ酒を飲んで管を巻いていたギーシュたちの前に突き付けた。
 ギムリがギーシュたちに突き付けたその図面―――それは女風呂が設置されている本塔の図面であった。
 ギムリが手に持った図面が女風呂が設置されている本塔のものであると説明を受けたギーシュたちは、困惑しながらも食い入るような目で図面に釘付けになった。その様子を確認したギムリは、不敵に笑いながら言い放った。

 『今度の戦場は、とびっきりに熱いようだぜ』、と。

 その瞬間―――漢達の瞳に暗い炎が灯った。
 ありとあらゆる方法を試すも擦り傷一つ付けられず、どうにかして鼻を明かせないかと苦慮していた相手が、確実に無防備な姿を晒している場所へと続く道がその手に有る。
 新たな戦場へ参加することを拒否する者は誰もいる筈がない。
 そこからの彼らの行動は速かった。
 本塔に設置された女風呂は半地下の構造で造られているため、覗くには陸路で接近するしか方法はない。しかし、その周囲には五体の屈強なゴーレムが常に守護し、それを何とか打倒したとしても、覗くための窓には魔法が掛かっており、風呂側からは見えるが覗く側からは見えないと言った代物で、しかも強力な“固定化”の魔法が掛けられていることから“錬金”で何とかすることも出来ず、例え可能だったとしても魔法探知装置があるため魔法は最初から使えない。
 だが、変た―――漢達の手には本塔の図面がある。
 おそらく本塔を作った技師の誰かが書いた図面なのだろう。図面には本塔に掛けられた“固定化”の詳細が記されており、それを見る限りでは、“固定化”が掛けられているのは地上部分だけで、土に埋もれた地下の壁石には掛かっていないようであった。
 ならば男たちの取る手は一つ―――掘るだけだ。
 さて、その変態て……壮大な反撃作戦の指揮を取ったのは、意外なことに空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)の団長でもギーシュでもなくマリコルヌであった。
 何故マリコルヌなのかと言うと、それには深く大きな理ゆ―――変態だからである。
 では何故変態のマリコルヌが指揮を取ることになったのか? 理由は単純―――打たれ強いからである。特に女性からの攻撃には強い耐性をマリコルヌは持っていた。ギーシュたちはこれまで何度となく様々な作戦でセイバーへと挑んだが、その尽く返り討ちにされボコボコにされ、苦い記憶と痛みを精神と肉体に刻み込まれていた。そのためか、調教と言うか条件反射と言うかセイバーに関わる事に対して拒否反応めいたものが出るようになってしまっていた。それは空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)の団長やギーシュだけではなく、他の団員や隊員たちも同様であった。
 しかし、マリコルヌだけは違った。
 セイバーを前にすればハートマン軍曹を前にした訓練生のように震えてしまうギーシュたちの中で、マリコルヌだけが歪んだ笑みを浮かべては隙を見てはセイバーへとちょっかいを掛け続け、その度に地面へと這い蹲らせられては悦びに身をうち震わせていた。
 明らかに異常であった。
 確実に変態であった。
 しかし、彼らの中で唯一人セイバーへと立ち向かえる人材であった。
 セイバーに仕返しをしたい。だが、セイバーへと反抗しようとすると身体が震え思考がまとまらない。そのため、誰かに指揮を取ってもらい前へと引っ張ってもらわなければセイバーへの仕返しなど夢のまた夢の状態であった。
 だからこそ、唯一人セイバーへと立ち向かえるマリコルヌをギーシュたちは指揮官に仕立て上げたのである。



 そして現在、ギーシュの使い魔であるモグラのヴェルダンデや魔法を使い、彼らは異様と言える情熱と執念を持って地下を掘り進んでいき、僅か数時間で女風呂と繋がる灰色の石壁へと辿り着いた。彼らはその場にいる全員が同時に覗きが出来るよう壁沿いに穴を広げると、横一列に並び壁に張り付いた。目を血張らせ、壁に頬を擦り付けながら歪んだ顔で彼らは一心不乱に呪文を唱え続ける。
 唱える呪文は“錬金”―――土系統の基本の呪文だ。
 錬金をキリとして、厚さ二十センチの浴槽の壁石に一センチ程度の小さな穴を開ける。ただ開けるだけならば難しいが不可能ではない。しかし、彼らが穴を開けようとする壁石の地上部分には、魔力を感知する“探知(ディテクト・マジック)”が掛けられている。地下にはその効果が及ばないと確信はしているが、しかし絶対と言うわけではない。もし、万が一であるが感知される事があれば、それは計画の失敗と言うだけでなく、彼らの死を意味する。
 世間的にも……肉体的にも……である。
 そのため、彼らは“錬金”に細心の注意を持ってコントロールを行っていた。弱過ぎれば壁に穴は開かず、強過ぎれば探知される……常にその中間で持って“錬金”を唱え続けなければならない―――それはもはやシャベルで細かな銀細工を作るかのような無茶な行為であった。
 時間を掛ければ気づかれてしまう可能性がある。だから僅かな時間で行わなければならない、しかし、それには一体どれだけの集中力がいるのか……無理や無謀と言うよりも、もはや不可能と言ってもいい。
 だが、それでも漢達はやる。
 限界まで目を見開き、力んだ身体を汗で濡らしながら、しかし諦める事なく壁に張り付き“錬金”を唱え続ける。
 額に浮かんだ血管は微かに震え、何時か切れて倒れてしまうのではないかと心配になる程だ。
 しかし、何故彼らはここまでするのか?
 セイバーの鼻を明かすためか?
 これまでの鬱憤を晴らすためか?
 否―――否である。
 彼らがここまでする理由―――それは―――。

「胸ぇ~~~~ッ!」
「尻ぃ~~~っ!」
「足ぃ~~~~っ!」

 そう、エロスである。
 肉欲である。
 復讐や鬱憤を晴らすためではなく、ただ石壁の向こうに広がる桃源郷を求めているだけであった。それぞれが求める果実の名を叫び、彼らは一心不乱に穴を開ける。
 そして、遂に―――。

「―――あ、ああ……ああ―――ッ!?」
「っく、ふふ、そうだ、アレが我々が待ちに望んだ浴場の光だ……」

 微かに空いた穴から漏れた明かりを目にし、感動に打ち震える男の後ろで、マリコルヌが両手を広げ宣言する。

「私は諸君らを約束通り連れて帰ったぞ…? あの懐かしの浴場へ……あの懐かしの浴場へ!」
「浴場だ! 浴場の灯だ!」

 一つ穴が貫通すると、次々に浴場へと繋がる穴が開きだす。穴から漏れる光を見て歓喜に打ち震える声を上げた男たちは、一斉に背後を振り返り自分たちの指揮官を仰ぎ見る。
 指示を待つ。
 彼らの指揮官の命令を待つ。
 誰かの喉が蠢き喉がなる。
 それが合図だったかのように、マリコルヌは大きく頷き口を開いた。

「穴は遂に石壁を貫通し、夢へと続く……! 小隊各員へ伝達! 隊長命令であるッ!」

 期待に満ちた眼差しを向けてくる変態たちへ男臭い笑みを向けたマリコルヌは、ゆっくりと暗い歪んだ笑みを浮かべた。

「さあ、諸君……覗きを始めよう」

 マリコルヌの言葉が言い切られる寸前に、彼らは一斉に振り返り自分たちが開けた穴に顔を、目を押し付ける。顔面が石壁にめり込むんじゃないかと心配になるほどの強さで顔を穴に押し付けていた彼らの目が、暗闇に慣れていた視界がゆっくりと明るさに適応されていく。ぼんやりと見えていた視界が段々とクリアになっていき、彼らの目に女風呂の全景が映り込む。

「「「「お、おお、おおおおおお―――!!!」」」」

 漢達の口から歓声とも感嘆ともとれる声が漏れ―――。

「「「「おおおおお―――おう?」」」」

 戸惑いへと変わった。

「え? ウソ?」

 ポツリと一人の男の口から呆けたような声が零れおちた。
 彼らの目。
 その視界には―――。



「まさか、とは思ってはいましたが、本当に来るとは……本当に情けない。覚悟はよろしいですか? 歯を食いしばりなさい―――っ!」



 青と白銀の鎧を身に纏い、デュランダル(絶世の名剣)を肩越しに振りかぶったセイバーの姿が―――。

「―――な、何でっ?!」

 その問いへの返信は―――剣の一振りであった。
 セイバーの剣の一閃は、“固定”の掛けられた硬い石壁を難なく切り裂き打ち砕き、風呂場とギーシュたちが作った坑道を繋ぐ巨大な穴を作り上げた。
 
「「「「…………」」」」

 脳の処理機能を超えたのか、漢達はただただ黙って立ち尽くしているだけ。
 今にも死にそうなほど顔を青く染め上げた漢達の一人が、身体の震えからか、細かく揺れる声でセイバーに声を掛けた。

「あ、あの……ミス・ペンドラゴン? その、これはつい出来心で、だから、その、ね。このまま解散ってことで」
「ええ、宜しいですよ」

 予想外の返答に、どよめきが漢達の間から漏れるが、直ぐさまそれは悲鳴へと取って代わられる事になった。

「―――罰を与えてからですが」









 
 つい先程まで夜の闇の中に響いていた悲鳴は、もはや何処からも聞こえてこない。ただ遠くで炎の赤が揺らめく姿と、何かが焦げる臭いが辺りに漂っている。意識があるものは、今では僅か二名しかいない。
 額から流れる血が汗に塗れた頬を伝い、顎先から珠となって流れ落ちていく。
 力なく本塔の壁石に背を預け、足を投げ出した格好で倒れ伏したマリコルヌが、震える顔を持ち上げ自分を見下ろす影を見る。

「く、くく……、さ、流石と言っておこうか」

 血に濡れたマリコルヌは、頬を引きつらせ笑みを浮かべる。

「だ、だが、こ、これで終わったと思うな……ここでわたしが倒れたとしても、第二、第三のわたしが必ず―――」
「ならばその度打倒(うちたお)しましょう」
 
 デュランダル(絶世の名剣)を右手にダラリと下げ、セイバーは静かにマリコルヌに語りかける。
 何の表情も浮かんでいない顔は、整っているからこそ人形染みた美しさと恐ろしさを漂わせていた。
 
「っくく、やはりあなたは素晴らしい……! 水精霊騎士隊副隊長アルトリア・ペンドラゴン―――! あなたこそわたし達の上に君臨するに相応しく―――あなたこそわたし達が覗くに値する存在だ」
「―――言いたいことはそれだけですか?」
「くひっ」

 セイバーの鋭い刃のような視線に晒されたマリコルヌが、引きつけを起こしたように身体を震わせ喉奥から悦びの声を上げる。
 ゆっくりと肩越しにデュランダルを振りかぶったセイバーが、硬く冷えた目でマリコルヌを見下ろす。

「さて、言い残したことはもうないか? 神への祈りはどうだ? 震えて命乞いをする心の準備はすませたか?」
「ひっ―――ひひ」

 掲げた剣先が月光と炎の赤を反射させ、ギラリと不吉な輝きをマリコルヌの歪んだ笑みが浮かんだ顔に差す。

「さあ―――裁きの時だ」












 後日談だが、とある筋から覗きの情報を得たセイバーが完全武装で女風呂で待機し、ノコノコと覗きに来たギーシュたち実行犯を絞めた後の話である。
 覗きの実行犯達は、セイバーに全員叩き潰された後、ベッドの上で学院からさたが下された。とは言っても実質的な被害がないため学院何の掃除という軽いものではあったが。空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)はそれに加え給料の減額があったそうである。
 ギーシュたちの完全敗北。良い事無しで終わったこの事件であるが、この覗き未遂事件の後、流石にギーシュたちへの訓練がやりすぎだったかもしれないと考えたセイバーが訓練を減らすことに決めたことから完全に無駄ではなかったようだ。
 とは言うものの、前代未聞の女風呂の覗きと言う事で、ギーシュ達には学院側の罰などよりも大きな罰として先日の大戦果の反響がそのまま逆にその身に降りかかる事になった。憧れの視線は侮蔑に、親しみの声は悲鳴へと。
 さて、この女風呂覗き事件は“遠き理想郷事件”―――“第一次ウンディーネ事件”と呼ばれる事になるのだが、“第一次”と名付けられ通り、その後も様々な事件が起きる事になる。
 美女を常に傍に侍らしている士郎をストーカーの如く付け回し監視をした“男魂事件”。
 空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)と協力、風竜の背に乗り、上空から風を起こし女子生徒のスカートを捲った“風上事件”。
 他にも様々だ。
 その度に大小様々な騒ぎを起こす事になるのだが……まあ、その話はまた今度語ることにしよう。







 
 

 
後書き
 感想ご指摘お願いします。

 ヘルシングはおもしれぇ~。
 アニメ十巻一気見してしまいました。
 やっぱ少佐はイカれてる。
 だが、そこが良い。 
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