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美味しいオムライス

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第一章


第一章

                   美味しいオムライス
 若槻亜紀は誰がどう見てもそうだと断定できる美人だった。鼻が高く目は二重で切れ長、唇は小さく髪は黒いそれを長く伸ばして上手くまとめている。
 長身でスラリとしたスタイルだ。脚も長く奇麗だ。その脚をよく膝までのスカートで覆っている。それがまた実によく似合うのだった。しかも肌も白く艶々としている。
「はっきりとわかる美人だこと」
「全く」
 周りの女友達も羨望の声を送る。しかし性格も悪くはなかったので嫌われてもいなかった。何かと恵まれた美女であると言えた。
「それでも不思議よね」
「そうそう、不思議」
 その亜紀に関して皆はこうも言うのだった。
「あんなに奇麗なのに」
「性格もいいのに」
 性格まで考慮された。
「どうしてまだ結婚していないのかしら」
「もう二十八なのよ」
 かなりいい年頃である。
「それでもまだ」
「しかも彼氏もいない」
「別に作りたくないわけじゃないわよ」
 それに対する本人のコメントである。
「私だって女だしいい歳だし」
「自覚はあるのね」
「勿論よ」
 それはあるのだった。はっきりと。
「あるけれど。ただ」
「ただ?」
「何かね。巡り合わせが」
 それが話に出るのだった。つまり偶然というこの世で最もあやふやで意地悪で気紛れなものが。こればかりはというわけなのであった。
「なくて」
「それでなのね」
「そうよ。学生時代はともかく」
 またかなり昔のことを話す亜紀だった。
「仕事はじめてからは全然なのよ」
「あんた四年制の大学だったっけ」
「ええ」
 女友達の言葉にこくりと頷く。場所はうどん屋だ。和風の雰囲気のいい店だ。そこで肉うどんを食べながら彼女と話しているのである。
「そうよ」
「じゃあ彼氏いない暦六年ね」
「七年よ」
 本人から訂正が入った。
「だって。三年の頃に別れたから」
「そうなの」
「そういうこと。七年の間ずっと」
「合コンとか出てみた?」
「あまり好きじゃないから」
 そういうのは好まない亜紀であった。意外と物静かなところがあるのだ。
「そういうのって」
「そうなの。あんた結構男の人見てない?」
「容姿は別に」
 いいというのだった。
「それはいいの」
「性格が」
 彼女が気にするのはそこであった。それを今話すのだった。
「やっぱり。よく見ないと」
「成程ね。性格ね」
 その女友達はきつねうどんを食べていた。その薄揚を食べながら言う。
「そう、性格なのよ」
「顔はいいの?」
「顔も確かに重要だけれど」
 それはあえてはっきりと述べるのだった。
「それでも」
「性格なの」
「ええ。その七年前に別れた彼氏だけれど」
 肉うどんの肉を食べながらまた話す。
「外面はよかったのよ」
「中身は?」
「よくなかったわ」
 外面がいいという言葉の後には必ず出て来る言葉であった。この場面での亜紀もまた同じだった。彼女はさらに友人に対して言葉を続ける。
「顔や一見とは違って」
「そんなになの」
「いいと思ったのよ。その時は」
 一応はこう話す。
「けれど。実際は」
「最悪だったと」
「最悪だったってものじゃなかったわ」
 うどんを一口入れた後で首を横に振ったうえで述べた。うどんの美味さは今は感じずに憂いの強い言葉を出すのだ。この場にはいささか不適当な感じなのは彼女もわかっていたが。
「浮気はするし嘘はつくし」
「うわ、それはまた」
「挙句にお金持ち逃げするし。今はどうしているやら」
「また随分酷い男と付き合ったのね」
「そうなのよ。だから」
 ここまで話してさらに述べるのだった。
「今までね。どうしても」
「相手を選んでいたってわけね」
「性格なのよ」
 また性格を話に出した。
「それがよくないと。まずはそれが第一なのよ」
「ふうん。顔よりもね」
「駄目かしら」
「亜紀正直言って美人だからね」
 彼女はまた随分とストレートに自分が亜紀に対して思っていることを述べた。ここではあえてそうしてみせたのである。考えたうえで。
「だからね。それはね」
「釣り合った容姿の人をってこと?」
「世の中はそう考えるのよ」
 あえて周りをこう表現したのだった。彼女は今度はつゆをすすっている。関西風の薄口醤油だった。ダシは鰹に昆布といいものを使っているのがわかってそれには満足しながらの言葉だった。
「世の中はね」
「そうなの」
「美男美女のカップル」
 またはっきりと言ってみせた。
「それっていいじゃない」
「よくそれは言われるけれど」
「だからよ。皆亜紀には期待してるのよ」
 随分とにこにことした顔での言葉だった。
「本当にね」
「別にそういうことで期待されても」
 しかしその亜紀の顔は浮かない。
「どうなのかしら」
「まあ恋をしなさい」
 煮え切らない亜紀に告げた。
「いい相手とね」
「わかったわ。ところで」
「ところで。何?」
「今度はオムライスにしない?」
 こう彼女に提案するのだった。
「オムライス!?」
「ええ、好きなのよ」
 今はうどんを食べているがもう他の食べ物の話をしていた。
「オムライスが」
「美味しいオムライスのお店知ってるの?」
「ええ。それでも」
「それでも。何?」
 亜紀に対して問う。彼女はまだうどんを食べている。
 
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