Ball Driver
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第十四話 何が野球だ馬鹿馬鹿しい
第十四話
「権城くん、また文化祭の準備来てくれたんだ?」
「演劇部に野球部に、厳しい部活掛け持ちしてるのにね」
「違うんだよ、今あいつ、野球部は謹慎なってるんだって」
「へぇー、なんでー?」
「どうやら、先輩をブン殴ったらしいぜ?」
夏休み中も精力的に教室に出向いて、文化祭の準備を手伝っている権城を見て、クラスメートはヒソヒソと噂話をしている。
権城はそんなクラスメートを振り返り、睨んだ。
「うるせぇー!俺の謹慎の話なんてどうでも良いだろうが!さっさとこのパネル仕上げんぞコラ!」
「「「はーい」」」
一言怒鳴って、権城はまた自分の仕事に戻る。
その脳裏には、夏の大会が思い出されていた。
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最後のバッターが三振に取られると、帝東応援団がドッと沸き返り、マウンド上では飛鳥が小さくガッツポーズして、ホッとした表情の先輩とハイタッチしていた。
それとは対照的に、南十字学園ナインは重い足取りで整列に向かう。
結局、8回の4点が決め手になって、6-5で帝東が5回戦に進んだ。たかが4回戦で帝東がここまで苦労したのも久しぶりだが、しかし圧倒的な強さで勝ち上がってきた難敵を退けたのは帝東にとっても大きいだろう。
試合後、球場の外でミーティングを行う時、紅緒は泣いていた。キッと睨みつけるような目つきで、涙を流していた。「先輩方ともう野球ができなくなるなんて……」とかいうような、感動的な事は言わない。「負けて悔しい」ただそれだけである。それが紅緒だった。
もっとも、よそから見れば週三でしか練習してないのだから負けて当然かもしれないんだけど……
かなり致命的な無気力ディフェンスを見せつけ、打撃でも全打席見送り三振というもはや偉業を成し遂げた礼二は、実に涼しい顔をしていた。
その礼二が、自分の周りで泣いている何人かの様子を見て、口走った。
「まぁまぁ、そう泣くなよ。何が野球だ、バカバカしい」
次の瞬間、礼二の顔面に権城の拳が叩き込まれていた。周囲が止めるまで(なお、周囲は一分ほどは静観していたが、権城の加減の知らなさに慌てて取り押さえた)権城はマウントポジションをとって殴り続けた。
そこまで派手にやってしまえば、さすがに何らかの処分は免れない。そして権城は謹慎になった。
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(たかが野球……)
権城はパネルの絵を塗りながら思い起こす。
試合終了時の、帝東ナインの、一仕事を終えたような充実した顔。応援団の歓喜の輪。
彼らは輝いていた。誇らしげだった。
(“たかがそんなもん”に、野球をしてるのは、お前自身じゃねぇかよ……)
権城の持つ筆に、自然と力がこもっていく。
(そのたかが野球に、何かを感じる奴が居るんだ。たかが野球してるだけで、あんな立派な面構えになるんだぜ?)
権城はグランドから聞こえてきた金属バットの音に振り向いた。窓の外には、球場で練習を始めたチームメイトの姿が見えた。
(……だったらやらなきゃ損だろうがよ)
権城はグランドから視線を離して、塗り絵に集中した。
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