魔法使いの知らないソラ
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第五章 友と明日のソラ編
第四話 終わる夜、始まる朝
俺、相良翔が使っていた天叢雲は、黒いラインが刀身に入り、黒い柄となり――――――『天照』と言う刀へと進化を遂げた。
魔法使いとしての姿である白銀の服も、黒いラインが縦に入り、新たな姿であることを証明する。
そしてルチアは、俺の中に魔力として溶け込んで一つとなった。
ルチアの声は、俺の脳にテレパシーとして伝わる。
(翔。 行くわよ!)
「ああ。 準備はできてる!」
俺は刀を立てて右手側に寄せ、左足を前に出して構える。
冷羅魏も同じ構えをとり、俺と冷羅魏は共に八双の構えとなって打ち込む機会を探り合う。
俺とあいつの間にある空間では、光と闇の魔力と、氷と闇の魔力が共に二重螺旋を作り出し、天に登りながらぶつかり合っていた。
この短い期間で、俺と冷羅魏は互いの手の内を見せ合っている。
つまり、次にどの一手を打つか、先読みされやすくなっている。
ほんの僅かな動作の気配で行動は読まれ、狙いや攻撃の意図は察知され、その動きは封じられ、隙となってしまう。
だから、この瞬間、俺と冷羅魏は同時に駆け出した。
「せいッ!!」
「おらっ!!」
気合を放ちながら駆け出した俺と冷羅魏は、丁度中央で刃と刃をぶつけ合った。
なんの技でもない、そんなひと振り同士のぶつけ合いにも関わらず、ぶつかり合った衝撃で、二人を中心に大地に巨大な地割れが発生した。
だが、その衝撃波によって俺たちが吹き飛ばされることはなかった。
衝撃波を受けながらも、俺は次の攻撃に出る。
両足に魔力を集中させ、脚力・移動速度を上昇させる。
ダンッ!! と言う音を立てながら右足で地面を蹴り、俺は一瞬にも満たない速度で冷羅魏の背後に立ち、刀を腰に添え、居合切りの構えになる。
「ルチアッ!!」
《分かってるわッ!!》
俺がルチアの名を呼ぶと、脳にルチアの返事が伝わる。
俺の持つ、精霊の為に用意された『固有空間』と呼ばれる中で、ルチアは存在している。
精霊系魔法使いとの契約の際、魔法使い側には固有空間と呼ばれる特殊な空間が作られる。
その空間は、魔力の光に包まれた宇宙空間――――――ルチア談――――――らしい。
そこで放たれる行動や声は、魔法使いの脳にテレパシーとして伝わる。
逆に魔法使い側の思考や行動も、精霊の脳にテレパシーとして伝わる。
つまり精霊系魔法使いとは、精霊と魔法使いが一心同体になると言うこと。
そして今、俺とルチアの身体能力・ステータス・魔力量・技など、全てが共有されている。
そんな俺がルチアに命令したのは、ルチアの魔法の発動だ。
精霊の使う魔法は、固有空間にいる精霊による詠唱、魔法使いによる具現化によって成り立つ。
これを――――――『共鳴魔法』と呼ぶ。
《傲慢を切り裂け、闇の|邪刀ッ!!》
俺の刀は、白銀と漆黒の魔力が二重螺旋となって絡まり、そして変化して刃となる。
光と闇、決して交わることのない二つが今一つとなり、目前の敵を切り裂く刃となる。
そしてこれは、大罪を切り裂く一閃――――――『傲慢斬る堕天使の一閃』。
放たれた一閃は光の尾を引き、闇の刃が背後から冷羅魏を切り裂かんと迫る。
「がぁっ!?」
冷羅魏は魔力で全身を強化して、一瞬にしてこちらに振り向いた。
だが、それよりもルチアの魔法/俺の刃が冷羅魏の腹部を横一線に切り裂く。
彼の腹部から鮮血が飛沫をあげ、俺の刀とコートに付着する。
だけど、手応えがあまり感じ取れないところを見ると、恐らく深くは入っていないだろう。
恐らく臓器まで達することはなかっただろう。
俺は一撃の後に生まれる隙を突かれないように、再び魔力で脚力・移動速度を上昇させて後ろに飛ぶ。
離れた位置に着地すると、俺は再び八双の構えになる。
全身に魔力を行き渡らせ、全ての攻撃が来ても対応できるようにする。
「調子に‥‥‥乗るなよッ!!」
冷羅魏は怒りながらそう言うと、彼を中心に、空中に千を超える氷の槍を作り出した。
ソラは氷の槍によって見えなくなり、避けることのできない量に余裕を感じた冷羅魏は笑を見せた。
「無限の氷槍よ、天より降り注ぎ、迫る敵全てを貫けッ!!」
詠唱と共に、ソラに広がる氷の槍はマシンガンの如く音立てながら高速で落下して、俺たちに襲い来る。
天を包み、天から裁く氷の槍――――――『|天支配せし無限の氷槍(フィンブル・ヘイルストーム)』。
「避けることができないな‥‥‥」
《避けなけばいい‥‥‥そうよね?》
「ああ、そうだ!」
俺とルチアは、互いに理解し合っていた。
この窮地は、必ず脱することができると。
その手段は、ルチアが持っている。
《嫉妬を切り裂け、闇の|邪刀ッ!!》》
俺の刀は再び、白銀と漆黒の魔力が二重螺旋となって絡まり、そして変化して刃となる。
光と闇、決して交わることのない二つが今一つとなり、無限の槍を切り裂く刃となる。
これは、大罪を切り裂く一閃――――――『嫉妬斬る堕天使の一閃』。
放たれた一閃の周囲で無数の斬線が駆ける。
それは迫り来る氷の槍を切り裂き、粒子状にして消滅させた。
「な‥‥‥に‥‥‥!?」
驚き、後ずさりする冷羅魏を無視し、俺は更に攻めに転じる。
冷羅魏の懐まで駆け、次の一撃を加えようとする。
冷羅魏の鎌がそれを受け、反撃に転じようとするが、俺はそこで動きを止めた。
俺が動こうとすると、冷羅魏の体が後ろに下がる。
俺と冷羅魏の戦いは、荒れ狂う膨大な魔力によって包まれていたのだ。
技同士のぶつかり合いによって発生する魔力の衝撃波もそうだが、それとは別の魔力がまるで生きているかのように俺と冷羅魏の上空で渦を巻き、ぶつかり合っていた。
《翔ッ! 下がってッ!!》
「ああッ!」
危険を察知したのは、ルチアだった。
ルチアの指示に従い、俺は素早く後ろに下がった。
すると上空で渦を巻いていた冷羅魏の魔力が竜巻となって先ほどまで俺のいた位置に落下してきた。
魔法ではなく、魔力のみによる攻撃――――――『|魔龍激(まりゅうげき)』だ。
魔法使いであれば誰でも使える基本技の一つなのだが、大量の魔力を消費するため、多様する人は滅多にいない。
だが、この技は発動に成功すれば中々強力な性能を持っている。
高い攻撃力、そしてもう一つが――――――追尾機能だ。
冷羅魏の魔龍激は氷の水色と闇の黒が混ざった色となり、地面から方向を変えて再び俺に迫ってきた。
この技は発動に成功させると、使用者の意思によって自由に動き回らせることができる。
ただしそれもまた、膨大な魔力を消費するので、俺や冷羅魏のように、魔力量が多い魔法使いくらいしか使わない。
恐らく冷羅魏はこの魔龍激で俺たちを追い込もうとしているのだろう。
それを証拠に、魔龍激から感じ取れる魔力量はかなり高い‥‥‥掠めただけでもダメージは大きいだろう。
ならば、やはり避けるのではなく、迎え撃つしかない。
《憤怒を切り裂け、闇の|邪刀ッ!!》
俺の刀は、白銀と漆黒の魔力が二重螺旋となって絡まり、そして変化して刃となる。
光と闇、決して交わることのない二つが今一つとなり、迫る強大な魔龍を切り裂く刃となる。
これは、大罪を切り裂く一閃――――――『|憤怒斬る堕天使の一閃(イーラ・ルチーフェロ)』。
一閃はその膨大な魔力によって巨刀となって俺の手に収まり、振り下ろすと斬線の形を保った魔力の刃が進行上にある魔龍激を寸断していく。
俺は魔龍激を切り裂きながら、走り出した。
豪快な音を立てながら切り裂き、駆け抜ける俺は次の一手を考えると、それを察したルチアが無言で頷いた。
そして全てを切り裂いた後、ルチアが更に詠唱を行う。
《怠惰を切り裂け、闇の|邪刀ッ!!》
俺の刀は、白銀と漆黒の魔力が二重螺旋となって絡まり、そして変化して刃となる。
光と闇、決して交わることのない二つが今一つとなり、眼前の敵を貫く槍であり、刀になる。
これは、大罪を貫く一閃――――――『怠惰突く堕天使の一閃』。
前方に向けて剣先を突き出して放つと、刃が伸びて距離を伸ばし、冷羅魏の持つ鎌の刃に直撃する。
「ぐぅっ!!」
手から武器が飛ばされてしまわないように、冷羅魏は必死に握り締める。
抵抗するために、冷羅魏は精一杯の力を振り絞って鎌を地面に叩きつける。
すると俺の突きはいなされ、軌道が逸れて冷羅魏を通り過ぎる。
俺は背後から攻められないように、素早く魔法を解除して振り返る。
そして刀をしっかりと握り直し、再び八双の構えになる。
「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥っ」
体力、魔力共にかなり消費した冷羅魏は、どうやら限界が来ているらしい。
肩まで息が上がり、脚が震えているところは、もはや立っているのが限界なのだろう。
気は抜けないけれど、最初の時よりも俺には心に余裕が出来ていた。
勝てる自信、負けない余裕、それが俺とルチアにあった。
油断なんてしていない。
けれど、俺は絶対に勝つという自信があった。
俺の大切な人が、誰よりも近くにいてくれるから、恐ることがない。
だから俺は、魔力を刀身に込めながら言った。
「決着をつけよう。 白銀の堕天使と、凍結の悪魔のな‥‥‥。 ルチア、行くぞ」
《ええ。 いつでも》
「くっ‥‥‥」
白銀・漆黒の魔力の輝きが増していくと、漆黒の鎌を携えた冷羅魏は頬に動揺の色が現れた。
そして俺が一歩進むと、一歩後退る。
「逃げるんじゃないぞ? 俺とルチアが今まで戦ってきた人は、誰一人逃げたりはしてない。 俺の知る中では、お前は誰よりも強い。 だけど今のお前は、誰よりも弱いぞ?」
「んだ‥‥‥とッ!!?」
その瞬間、冷羅魏の表情は一層大きく歪んだ。
「俺は負けてねぇ! 俺は弱くねぇ! 俺は強い、最強だ! まだまだ俺は本気じゃねぇ!!」
「強がりはその辺にしておけ。 今なら降参したって構わないんだぞ?」
「くっそ‥‥‥舐めやがってぇ!!」
冷羅魏は鎌を俺に突きつけ、更に叫ぼうとするが、全身が悲鳴を上げている冷羅魏は遂にガクッ!と音を立てながら膝をついた。
「無理して動かない方が良いと思うけど?」
立ち上がろうとする冷羅魏に、俺はそう声をかける。
「いくら魔力で強化された体であろうとも、無理をすれば筋肉が壊れるぞ?」
今でさえ、ルチアの持つ膨大にして強大な魔力を使っているんだ。
そんな状態で、身体能力、魔力量を増大させている。
人間の体にだって限界があり、無理をすれば身体が持たないという事に繋がる。
「てめぇらに、何が分かるんだ?」
全身を無理矢理、魔力で強化して起き上がらせながら冷羅魏は言う。
「生まれてすぐに親に捨てられ、生きる意味も分からない中で周囲に生きろと言われ、そして何かをしなければいけないと突き動かされてしまう気持ちは、お前らのような裕福な奴らには分からない!!」
「‥‥‥」
はっきりと言われた俺は、無言で、そして無表情で冷羅魏に言った。
「俺だって、人生の何もかもが幸せだったわけじゃない。 むしろ不幸だったらからここにいるんだ。 孤児院で育って、義理の家族が出来て、義理の家族を、義妹を傷つけたからここにいるんだ」
「‥‥‥」
「不幸だからって、被害者だからって、誰かを裁く権利を得るなんてことはない。 お前が本当にするべきだったのは、お前と同じ境遇の人を、救ってあげることだったんだ」
俺はそう言い切ると、魔力が刀身を纏い、ルチアの詠唱が終わった刀を両手でしっかりと握り締め頭上に振り上げ、上段の構えになる。
「お前は間違えた。 だからここにいて、俺と戦っている。 ただ、――――――それだけのことだ」
息が届く程の距離についた俺は、刀を振り下ろした。
白銀の光の尾を引き、その一閃は闇を纏いながら迫る。
大罪を切り裂く一閃――――――『強欲斬る堕天使の一閃』。
「ふざ‥‥‥っけるな!!」
「ッ!?」
その瞬間、冷羅魏は全身に鞭を打って魔法を発動させた。
上段で刀を振り下ろす俺。
斜め上から鎌を振り上げる冷羅魏。
その間で、俺と冷羅魏の間で激しい火花が散った。
互いの刃はぶつかり合い、拮抗する。
それが、冷羅魏の抵抗なのだ。
「ふざけるな! 俺は認めない! 俺が負けるなんて認めない!!」
「いや! お前は俺たちには勝てない! 絶対にだ!!」
「ぐぅぅぅッ!!」
均衡はすぐに崩れた。
俺の刃が押して、冷羅魏は力尽きて切り裂かれる。
「ぐあっ!?」
「まだだッ!!」
肩から切り裂いて、刃が地面擦れ擦れにある中、俺はさらに追撃する。
刃の向きを逆にして、下段の構えからさらに魔法を発動し、刃を振り上げる。
光の尾を引き、闇の一閃が天に昇るかの様に放たれる。
大罪を切り裂く一閃――――――『|暴食斬る堕天使の一閃(グーラ・ルチーフェロ)』。
ソラまで昇る白銀と漆黒の魔力。
そして飛沫をあげる冷羅魏の鮮血。
「ぐはぁッ!!」
右腕/左腕の付け根を切り裂いた。
だからもう、彼は武器を持てない、――――――戦えない。
これ以上は戦いにならないから、事実上では俺たちの勝ちだ。
‥‥‥だけど、冷羅魏は諦めていない。
それを証拠に、全身に流れる魔力は、その流れを止めていない。
俺も、このまま終わらせるつもりはない。
つまり、俺は今から、――――――彼を殺す。
「復讐は、誰にでもある。 だから俺は、お前の生き方を肯定も否定もできない」
両親から育児放棄によって捨てられ、俺と同じ様に孤児院で育った彼。
親というものを信じられず、そして親という存在を憎んでいた。
その憎しみは、魔法使いとなった彼をさらに外道の道に落とした。
もし、彼が両親に恵まれ、普通の人間の平凡な日常を送っていたら‥‥‥。
もし、俺が両親や家族を恨み、今ここにいたら‥‥‥。
もしかしたら、俺と冷羅魏の立場は、逆になっていたかもしれない。
俺と冷羅魏は、紙一重なんだ。
だから俺は、必要以上に彼を怒れない。
‥‥‥でも、今ここにいる俺が、彼に言える最期の言葉はただ一つ。
「俺はお前を倒す。 それが、ここにいる俺の立場だ」
呟くと、俺は刀を振り上げた。
振り上げた刀は白銀と漆黒の魔力が互いに交わり、一刀の刃へと変化する。
「詫びるつもりはない。 これで、――――――最期だッ!」
そして俺は、――――――刀を振り下ろした。
大罪を切り裂く一閃――――――『色欲斬る堕天使の一閃』。
振り下ろされた一閃は、冷羅魏を切り裂くと、冷羅魏は白銀の光に包まれる。
そして光に包まれた冷羅魏は、その姿を消滅させた。
優しい祝福の光に包まれ、絶望の闇に飲み込まれた冷羅魏は、この世界から消滅したのだった――――――。
***
<AM6:00>
「――――――終わったな」
「そうね‥‥‥」
朝日が登り、灯火町を明るく照らし出す。
光は俺と、俺の背中に背を預けて座るルチアの顔から全身に当たる。
「ようやく朝か」
「長い夜‥‥‥だったわね」
「ああ。 本当に‥‥‥長い、悪夢を見ているような気がしたよ」
「ふふっ‥‥‥そうね」
ルチアの微笑む声が聞こえた俺は、その微笑みを見たくて顔だけを振り向かせる。
「んッ!?」
「んっ‥‥‥」
振り向いた瞬間、俺の唇に、ルチアの唇が重なった。
柔らかな感触に、俺の頭の中が真っ白になる。
理性を取り戻そうとするが、ルチアの吐息が香り、それを許そうとはしなかった。
「翔‥‥‥好きよ」
ルチアの瞳から、大粒の涙が零れ落ち、朝日が反射して煌めいた。
「愛してる」
「‥‥‥俺も、ルチアのこと、――――――愛してる」
俺の返事を聞いたルチアは、そっと顔を近づける。
まるでそれが合図だったかのように、どちらからともなく唇が重なり、互いにぎこちないキスを交わした。
唇が触れるだけの、単なるキスだ。
けれどそれは俺にとって、ずっと欠けていたものを、やっと取り戻したかのような充実感を全身に与えるものだった。
そして二度と失いたくない、手放したくなくて、俺とルチアは互いにそっと抱きしめた。
「やっと‥‥‥守れた。 取り戻せた‥‥‥俺、やっと‥‥‥」
「ええ。 ありがとう、翔」
――――――『ありがとう』。
その一言が、こんなにも幸福感や満足感を与えるものだったとは思わなかった。
そして、この一言に辿りつくまで、長い道のりだったと思うと、なんとも言えない感情が奥底から溢れてくる。
だけど、今の俺が言いたいことは、ただ一つ。
「ルチア! お帰りなさい!」
「ええ、ただいま!」
守ること、取り戻すことができた、最愛の人への再会の言葉だった。
そして俺とルチア、そしてこの灯火町で巻き起こる、長い長い夜は終りを向け、新たな朝が始まるのだった――――――。
‥‥‥それから、数ヶ月後。
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