魔法使いの知らないソラ
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第四章 雨の想い編
第三話 無情の真実・無情の別れ
《PM18:00》
ソラは黒一色に染まり、世界はまるで闇に包まれたように真っ暗だった。
町は、人々が生活に使う光で、暗さを凌ぐ。
そして暗くなることで、太陽の熱を失ったこの世界は極寒の空間になる。
吐息は純白に染まり、全身は芯から冷えていく。
そんな夜の灯火町の中にある灯火学園の屋上で、ルチア=ダルクは一人、何もせずにそこにいた。
生徒は恐らく、ほぼ全員下校して教師陣も残っている人は僅かだろう。
学園の電気の大半が消えているのが何よりもの証拠で、この学園にいる生徒はルチア=ダルクだけだろう。
彼女は先ほど、同級生である桜乃春人に呼び出され、ある話しをしてからずっとここにいた。
その話しのことが頭から離れず、ずっと思い悩んでいた。
春人はルチアにこう聞いた。
――――――『ルチアは翔のこと――――――好きなんじゃないのか?』
好き‥‥‥そんなこと、考えたこともなかった。
だが、好きという単語を聞いたときに、胸につっかえていたものが取れた気がした。
今まで、相良翔に対する考えの中で一つだけ、正体不明の感情があった。
心臓がドキドキして、呼吸が荒くなり、身体は熱を帯びるようなことがあった。
他の女と仲良くしているとムカムカしてくる、感情が高ぶるような感じ。
そして極めつけは、いつも彼のことを考え、気にしてしまうこと。
彼が今、何を思い、何を求めているのか‥‥‥それらが気になって仕方がなくなってしまうことがある。
そんな気持ちになるのはどうしてか?
彼女はひたすらに考えたが、結論にはたどり着けずにいた。
だが、春人の言ったようにルチアが相良翔に恋をしていると考えれば納得がいった。
その人を想い、嫉妬したりするなんて恋愛以外の何者でもない。
そんな簡単なことにすら気づけなかったと思うと少し恥ずかしかったが、おかげで自分の気持ちに気づいた。
そう‥‥‥ルチアは、相良翔のことが好きなのだ。
「でも‥‥‥」
でも、彼女はそこで言葉を失う。
好きだけど、この想いを伝えてはいけないと思った。
それは、相良翔と自分の間にある目に見えない距離。
様々な過去を経て乗り越えた彼と、ただ平凡に暮らしてきたルチアとの距離は明らかだった。
だから届かない、近づけない。
‥‥‥でも、それでも。
「私は翔のことが‥‥‥」
――――――『好きだって言いたいのか?』
「ッ!?」
だが、そんな彼女の想いを遮ったのは一人の男性の声だった。
緑色の髪、黒いコートを羽織った男は不敵な笑みを浮かべながらこの場所に現れた。
突然、気配もなく‥‥‥まるで幽霊かのように。
だが実体を持つ彼は間違いなく、ルチアの知る人物だった。
「冷羅魏‥‥‥氷華」
氷の魔法使い、冷羅魏氷華だった。
彼は今に至るまで、何もしてこなかったがようやく姿を現した。
つまり今が、彼を倒す数少ない機会。
そう考えた瞬間、ルチアは一瞬にして全身を魔法使いとしての姿にし、左手に巨大な鎌をもって構えた。
すると氷華は微笑混じりに両手を軽く上げて言った。
「待った待った! 今日は戦うために来たんじゃない」
「あなたとは戦う以外にすることはないわ。 それとも、おとなしく捕まる気にでもなったかしら?」
「いいや、そのつもりもない。 今日はお前に大切な話しがあってここに来たんだ」
「‥‥‥」
彼は魔力を一切出していない、武器らしいものもない。
翔からの情報であったように、湿り気や水らしいものも見当たらない。
恐らく彼の言っていることは本当だろう。
彼は戦う以外の目的でルチアの前に現れたのだ。
だが、何をしてくるか分からないため、ルチアは武器を構えたまま彼の話しを聞くことにした。
「分かったわ。 話して」
「武器を構えたままっていうのも変な気がするんだけどな‥‥‥まぁいいや。 それじゃ話すとしようか。 君の真実を」
「‥‥‥私の、真実?」
彼は間違いなく、ルチアのことを言った。
ルチアの真実‥‥‥ルチア自身が知らない真実だ。
彼は何を知っているのか、その言葉だけで十分に興味をそそるものがあった。
どうでもよければ、その場で彼を切り捨てると決意したルチアは彼の話しを聞き始めた。
「クロエから聞いたよ。 君は闇の魔法を使うんだってね。 それ自体は決して珍しくない。 けれど君と戦ったクロエは言ったよ。 君は普通では考えられない程の魔力量と力を秘めているって」
「それがなんだって言うの?」
ルチアにとってそれはどうでもよかった。
なぜなら魔法使いの力とは、そのものの意思次第でいくらでも上昇できるからだ。
ルチアだってその想い一つ、決意や覚悟一つでどこまでも力をつけられる。
それを知らない氷華でもないだろうが、なぜそれを言ったのか、本題はそこにあるのだろう。
「普通では考えられない。 それじゃ何で考えるかだ。 君の力は魔法使いよりも上の‥‥‥そう――――――『精霊級』の魔法使いだ」
「精霊‥‥‥」
その単語に、ルチアは衝撃を受けた。
精霊――――――かつてはこの世界に多数存在していたとされる、魔法を生み出した存在。
全ての魔法は精霊によって生み出されたとされており、精霊の持つ魔力は魔法使いの比ではないとされている。
だが現在は精霊という存在すらも伝説とされており、書物などでしかその存在を見ることはできないとされている。
ルチアの力は、その強大な力を持つ精霊並と言われたのだ。
「そしてお前は間違いなく、人間じゃなくて精霊だ」
「え‥‥‥!?」
訳がわからなかった。
自分が精霊? ‥‥‥そんなはずはない。
人として生まれ育ってきた、フランス出身だと言うのも知っている。
「嘘よ。 私は人として生まれて、父と母に育ててもらった」
「それを誰から聞いた?」
「当然、親に‥‥‥っ」
その時、ルチアはハッ!とした様子であることに気づいた。
そしてその場で俯き、驚きのあまり目を見開いてしまう。
「そんな‥‥‥うそ‥‥‥うそよ‥‥‥こんなの」
ルチアのリアクションは、氷華にとっては予想通りのものらしく、彼は笑いながらルチアを見つめた。
ルチアが驚いたのは一つ、覚えていないことだった。
親に育ててもらった記憶、生まれた場所の景色、親の顔も‥‥‥いや、そもそも彼女にはある時からの記憶が全てないのだ。
それは、赤ん坊の時から、小学生に入るまでの記憶がないのだ。
自分でもどうして今までそのことに気づかなかったのか、驚き過ぎて頭が混乱していた。
これは常識と言う錯覚に囚われたからだ。
赤ん坊の頃の記憶がないのは当然、両親が生んで育ててくれた‥‥‥それらが全て常識として捉えていたからこそ、それが嘘であると言う錯覚に囚われたのだ。
では‥‥‥本当に自分は精霊なのだろうか?
そこだけは決定的な証拠がなかった。
「君、精霊がなぜこの世で姿を現さなくなったのか知ってるかい?」
「え?」
混乱する思考の中、彼は精霊のことについて話す。
それは恐らく、ルチアの疑問を解消させるためだろう。
「精霊は人間とかつては契約し、魔法使いを支えていた。 だがあるときから人は欲に染まり、精霊を利用して文明に大きな影響を及ぼした。 それを二度と起こさないために、精霊は人の前に現れなくなった。 では現在、精霊はどう生きているのだろうか?」
それは疑問だった。
森林伐採などがあり、この世界は自然と言うものがなくなっている。
人間以外の自然生物が生きるには生きづらい世界になっているのだ。
それはもちろん、精霊も同じだ。
精霊もまた、人から身を潜めている種であるということは、どこかに隠れて生息しなければならない。
それはどこか‥‥‥それを、冷羅魏氷華は知っている。
「それは驚くことに、――――――人間に紛れて生きているんだよ」
「人間に‥‥‥それじゃ、私は‥‥‥!?」
彼の言葉で、全ての辻褄が合った。
精霊はこの現代で、なんと人の姿となって、精霊としてではなく人として生きているのだ。
そして精霊から人になるとき、精霊であるとバレないために精霊であると言う記憶を消去させ、人間としての情報を脳に与えた。
そのことで、精霊は人となり、人に紛れて生きることができたのだ。
彼女、ルチア=ダルクもまたその一人だった‥‥‥そういうわけだ。
ルチアが何も覚えていないのは、そもそも経験していないからだったのだ。
「精霊も面白いことをするよね。 木の葉を隠すなら森の中とはよく言ったものだよ。 人から隠れるために人になるなんてね」
「私は‥‥‥精霊‥‥‥」
彼の言葉はルチアの耳には入らなかった。
今はただ、その事実と現実だけが支配していた。
自分は今まで、皆を騙してきた‥‥‥皆を欺いてきたのだと思ったら、怖くなっていた。
皆のためにと思ってしてきた今までの戦い‥‥‥それも全て、偽りを隠すための大義名分だったと思うと気が狂いそうになる。
自分は、そんなに最低な存在だったのだと。
「あぁそうそう。 君はさっき、相良翔のことが好きだって言ってたね」
「ッ!?」
触れてはいけない話題だった。
今、必死に考えないようにしていた存在。
無理やり忘れようとしていた存在のことを、存在の名前を‥‥‥彼は何の躊躇もなく出した。
「彼はどう思うかな~。 人を騙すだけ騙すような精霊、そんな人に好きだって言われるのは嫌だろうね。 むしろ今までの優しさも全部全部ウソだったんじゃないかって疑われちゃうよね~」
「や‥‥‥そんなの‥‥‥いや‥‥‥」
ルチアは絶望と恐怖に襲われ、声が震え、掠れる。
全身は大きく震え、膝は力なく崩れる。
その場に力なく座り、左手にあった鎌は消滅していた。
頬を大量の涙が伝い流れ、顔はひどくグシャグシャになっていた。
瞳は光を失い、遠くを見つめているようだった。
その姿に冷羅魏氷華は口の両端を釣り上げて笑い、座り尽くすルチアの瞳を覗き込みながら言った。
「君は彼らの邪魔者でしかないんじゃないのか? そう‥‥‥俺たちといるべき、こちら側の化物でしかないんじゃないのか!」
「っ――――――」
それは、彼女の心を粉々に砕くには十分過ぎる言葉だった。
信じたくない真実、彼女は全てに絶望した。
消えていく‥‥‥友達と呼べる存在と作っていった思い出。
笑い合い、喜び合い、時には怒りあったりした。
けれどその一つ一つは、彼女にとって大切な思い出だったはずだ。
だが、その全てが崩れ去っていく。
文字通り、砂上の楼閣のように‥‥‥砂で作り上げたものが、たった一度の小さな波に飲まれて崩れ去っていくように、今までの思い出もまた一つの真実によって崩れ去っていく。
そして信じがたいことに、目の前にいる冷羅魏氷華という存在が、自分にとって味方に見えた。
なぜなら彼は『こちら側の化物』と言ったからだ。
では彼もまた、ルチアと近しい化物であるのだろう。
つまり彼はこの世界で唯一、ルチアの味方でいてくれる存在。
絶望に染まったルチアは、そう解釈してしまった。
「俺たちと共に来ないか? ルチア=ダルク」
「‥‥‥」
ルチアはコクりと、首を縦に振った。
考えて出した結論であるわけがなかった。
これは間違いなく誘導されたものだ。
だが、真実によって絶望した彼女には何が嘘で何が真実なのか、それを見切ることはできなかった。
そしてどこまでも計算通りだった冷羅魏氷華は不敵に笑うと、その場を去ろうと立ち上がる。
――――――「やめろッ!!!」
刹那、冷羅魏とルチアの間に白銀の光が横切った。
そして次の瞬間、激しい火花を散らして地面が真っ二つに切り裂かれる。
即座に冷羅魏は後ろに飛んで回避し、その時にルチアを抱き寄せて飛んだ。
着地と同時に今の白銀の光を起こした人物も彼らの前に現れる。
「やっぱり君が最初にここに来たか‥‥‥待ってたよ」
冷羅魏は笑いを崩さず、その人物を見つめる。
白銀のコートを身に纏い、右手に持たれる白銀の刀。
鋭い眼光は冷羅魏を睨みつけ、今にも殺してしまいそうな殺気を感じさせる。
その正体は、ルチアの初恋にして、冷羅魏が最後に用意したキーマン――――――相良翔。
「冷羅魏ッ! ルチアを返せ!」
「そりゃ無理な相談だな。 ルチアは今から俺たちの味方だ。 今後はお前たちの敵なんだよ」
「ふざけるな!!」
翔は左足を強く踏みしめ、地面をえぐるほどの脚力で駆け出した。
魔力で強化された脚力により、その速度は弾丸にも匹敵するものとなる。
そして1秒もかからないうちに冷羅魏の懐に飛び込むと、刀を横薙に振るう。
「ふざけてなんていないさ!」
「ッ!?」
だが、翔の一撃は突如現れた氷の盾によって阻まれる。
それでも翔は諦めず、魔法の性質を炎に変換させた。
魔力は刀身で炎へと変化し、氷の盾を溶かしていく。
高い温度差のため、激しい音を立てながら蒸発していく氷。
そしてすぐに氷の盾は溶けて消えた。
「せいッ!!」
気合一閃、刀身に纏われた炎となった魔力は敵を焼き切らんとばかりに迫る。
この一撃は全力で放つ一撃、直撃すれば間違いなく命を落とす。
それだけのものを放っているにもかかわらず、冷羅魏は不気味なまでの笑を崩さずにこちらを見つめる。
そして冷羅魏がなぜそこまで余裕でいるのか、その理由が次に起こる現象で明らかになった。
「――――――漆黒の闇よ、我に迫る全てを防ぎ飲み込め」
翔の一閃はディスク状に変化した闇の魔力で出来た盾によって防がれる。
それは冷羅魏を守るためのものだった。
そしてそれを作り出すことができるのは、一人しかいない。
「なんで‥‥‥なんでなんだ、ルチア!?」
「‥‥‥」
ルチアは無言、無表情でこちらを見ると、翔に向けて回し蹴りを放つ。
あまりの衝撃に回避が遅れた翔は脇腹を蹴られ、20m程蹴り飛ばされる。
そして倒れる翔を見て、冷羅魏は高笑いをする。
「ハッハッハ!! 実に滑稽!! 最高だよ!!」
「冷羅魏‥‥‥お前、ルチアに何をした!!」
ルチアがなんの理由もなく、こちらを攻撃してくるわけがない。
冷羅魏の味方なんてするはずがない。
だとすれば、洗脳などをされたにきまっている。
翔はそう思い、冷羅魏に原因を問う。
「俺は何もしてない。 ただ事実を教えて、彼女が自分で選んだんだ」
「嘘をつくな! ルチアが、お前なんかの味方をするわけないだろ!?」
「いいや、ルチアはこっち側の存在だ。 お前らとは訳が違うんだよ」
翔には、その言葉の意味が全く理解できなかった。
なぜルチアが冷羅魏たちの味方なのか、そしてルチアが知った事実とはなんだ?
その事実が、ルチアを変えてしまったとでも言うのだろうか?
「まぁそんなわけで、お前はルチアを諦めろ。 こいつは俺たちのものだ」
「させるかよッ!!」
翔は全身を雷の魔力で纏わせ、雷と同じ速度で大地を駆け抜ける。
閃光のように駆け抜ける高速移動の魔法――――――『|金星駆ける閃光の軌跡(ブリッツ・ムーブ)』
更に刀身は白銀の光に包まれ、強力な一撃へと変化する。
光り輝く裁きの一閃――――――『|天星光りし明星の一閃(レディアント・シュトラール)』
ルチアを解放させるため、翔は冷羅魏を殺さんとばかりに刃を振るった。
「させない」
「な――――――ッ!?」
だが、冷羅魏を庇うために身代わりとなってルチアが両手を左右に広げて自分を盾にした。
翔は瞬時に魔法を解除して擦れ擦れのところで刃を止めた。
あと少し遅ければその刃はルチアの首を切り落としていた。
そしてその行動は、翔の動きを停止させてしまう。
その隙を逃さない冷羅魏ではない。
冷羅魏は右拳を魔力で強化させ、重い拳を翔の腹部にぶつける。
「ぐあっ!?」
「ざまぁねえな!!」
殴り飛ばされた翔は低空を飛ばされる。
更に追い打ちをかけるために冷羅魏は両足に魔力を込める。
すると足元が薄い氷に変化して、周囲に広がる。
まるでフィギュアスケートのフィールドのようになった氷の地面を冷羅魏は駆け出す。
氷によって足は滑り、速度は上昇してすぐに翔の真横にたどり着く。
「おらよッ!」
冷羅魏の拳は魔力で構成された氷に覆われ、氷の拳が翔の腹部に放たれる。
そしてそのまま地面に叩きつけられ、口から大量の血をはき出す。
「がはッ!」
「無様だな。 さっきまでの威勢はどこに行ったんだよ!」
そう言って冷羅魏は右足で翔を蹴り飛ばした。
鉄柵に叩きつけられた翔はそのまま力なくその場にうつぶせで倒れる。
「ぅっ‥‥‥ぁ‥‥‥っく」
激痛のあまり、身体を動かせなかった。
恐らく骨が何本も折れているというのも理由だろう。
だが、翔は諦めなかった。
身体に鞭を打って、強引に立ち上がろうとする。
「そうこなくっちゃな!!」
「っ!?」
冷羅魏は凍った地面をスケートのように滑り、翔に迫る。
避けることができない翔は、避ける考えを捨てて迎え撃つことにした。
下段の構えから刀身の魔力を込める。
炎を纏わせ、一撃で断ち切るためである。
「炎より求めよ、断罪の焔ッ!」
刀身を纏う炎はその熱量を増していく。
大量に白い煙を発生させ、周囲の熱に弱いものがドロドロと溶けていく。
その一撃をもって、翔は冷羅魏を迎え撃つ――――――はずだった。
「夜天より舞い降り、我らが敵の尽くを打ち払わん」
その声と共に、黒く収束した闇が真っ直ぐ翔に向けて、レーザーのように放つ。
収束し、放たれる闇――――――『|夜天撃つ漆黒の魔弾(ヴォーパル・インスティンクション)』
「何ッ!? ぐっ!?」
翔は反射的に刀身に溜めた魔力による一撃を冷羅魏にではなく、先に迫ってきた漆黒のレーザーを迎え撃つに放った。
灼熱で悪を断罪する――――――『神罰切り裂く断罪の刃』。
闇と炎がぶつかり合い、強大な衝撃波を起こす。
翔はボロボロの身体をなんとか踏ん張らせてそれに耐える。
「ぐっ‥‥‥どうして、ルチア‥‥‥ルチア!!」
この一撃は、ルチアによるものだ。
ルチアは再び、冷羅魏の味方をしたのだ。
そしてそのせいで翔は身動きがとれなくなり、冷羅魏が翔の懐に飛び込む。
右手は魔力によって氷の拳になり、蒼い魔力が漏れている。
強力な拳が、翔に迫る。
「終わりだ」
「くっ――――――」
そして拳は真っ直ぐ、翔の腹部を直撃し、激しい爆発音が空間を支配する。
言葉にできない激痛が翔を襲い、そして屋上から学園の校庭にまで隕石のように落下し、仰向けのまま叩きつけられる。
声にならない叫びと、地面を砕く音。
全身は地面にめり込み、身動き一つ取れなくなる。
あらゆる場所から血が流れ出し、呼吸もままならない。
意識も徐々に薄れていた。
「ちっ‥‥‥まだ死なないか。 随分と頑丈な身体してるじゃないか」
舌打ちをしながら冷羅魏がルチアを連れて校庭に飛び降りて着地した。
そして翔のところへトドメを刺すために歩み寄る。
冷羅魏の右手は氷の刃が生まれており、恐らく刺して終わりだろう。
「今度こそ終わりだ」
「‥‥‥」
声が出ない。
だが、その代わりに涙が溢れた。
死ぬのが怖いんじゃない。
ただ‥‥‥大切な人を、大好きな人を救えなかったことが悔しかったのだ。
敵の手に取られ、それでも何もできなかった自分。
救いたかった、守りたかった。
それなのに、何もできなかった。
全身の痛みよりも、心のほうが‥‥‥もっと痛かった。
迫る氷の刃に、翔は何もできなかった。
――――――『その辺にしなさい。 冷羅魏君!』
「ッ!?」
その時、氷の刃が一瞬で消滅した。
誰もが突然の事に、何が起こったのかを理解できなかった。
冷羅魏も最初は驚いたが、すぐにその正体を理解した。
そして現れる、一人の女性。
相良翔を守るように前に立ち、冷羅魏を睨みつける。
淡く金髪の入った首まで伸びた髪。
黒いボーダーワンピース。
そして全てを見透かしているかのようなエメラルド色の瞳。
今まで、外で戦う姿を見たことがない女性。
「翔。 遅れてごめんなさい。 もう大丈夫だから」
その声を始めとして、こちらに数名の魔法使いが接近している。
翔の仲間が‥‥‥こちらに来ている。
「冷羅魏君。 ここからは私達が相手をするけど、どうする?」
「‥‥‥はぁ」
女性の覇気のある声に気圧されることなく、彼は諦めたようにため息をつく。
そして両手をあげ、降参と言った。
「今日はこの辺にしておく。 次は殺す。 そんじゃな」
そう言うと冷羅魏は全身から真っ白な冷気を噴出して世界を冷気に染める。
そして冷気が風によって消え去ったとき、冷羅魏は姿を消していた。
もちろん‥‥‥ルチアも。
「‥‥‥翔。 もう大丈夫。 ゆっくり休んで」
「ぁ‥‥‥瞳‥‥‥さん――――――」
そこで翔は力尽きた。
そんな彼に女性――――――『斑鳩 瞳』は治癒魔法をかける。
治癒魔法の最中、井上静香、護河奈々がこちらにやってきた。
そしてボロボロになり、力尽きて倒れる翔を見つけるやいなや、慌てて駆け寄った。
「翔さん!!」
「お兄ちゃん!!」
全身から血の気が引くような感覚に囚われながら、二人は翔の両脇につく。
「大丈夫。 傷は深いけど、致命傷は避けてる。 多分、魔法で全身を強化させたから致命傷へのダメージが少なかったのでしょうね」
瞳がそう言うと、二人は安堵の息を漏らす。
とはいえ、傷が治ったとしても、彼にはもっと深い傷があることに瞳は気づいていた。
ルチア=ダルクの裏切り、それが彼にとってどれほど根深い傷を負わせたか。
恐らく冷羅魏はこれを狙っていたのだ。
相良翔が絶望に染まり、完全敗北させるために。
たとえ魔法でも癒せない、心の傷。
これから相良翔は、その傷と立ち向かわなければいけないのだと思うと、不安で仕方なかった。
‥‥‥そして瞳は皆に教えなければいけないことがある。
ルチア=ダルクの真実と――――――冷羅魏氷華の真実を。
「‥‥‥今は、ゆっくり休んで」
今はただ、夢だけでも幸せなものであってほしいと祈りながら瞳は翔に治癒魔法をかけた。
そして翌日、相良翔は病院で入院となり、斑鳩瞳は全ての真実を皆に話すこととなった――――――。
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