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魔法使いの知らないソラ

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第四章 雨の想い編
  第二話 桜女帝の意地

《PM12:00》

この日のお昼休みは、いつもより静かだった。

笑顔には力がなく、声にも覇気がなかった。

教室で昼食を食べる相良翔は同級生にして友人の桜乃春人と席を向かい合わせに重ねて食事を摂っていた。


「なんか、落ち着くような、落ち着かないようなだな」

「ああ。 全くだな」


互いの顔を見合い、微笑混じりに紙パックの牛乳にストローを刺してズコーっと吸い込む。

口に含んだ食材が柔らかくなり、喉のとおりをよくする。

飲み込んだところで翔はため息をしながら言った。


「まさか武と紗智が風邪なんてな」


そう。 この日、三賀苗 武と七瀬 紗智の二人は風邪で欠席している。

昨日までは元気だったあの二人が休んだことに、クラスのみんなも驚いていた。

当然、翔や春人は何も聞いていなかったこともあって驚きを隠しきれなかった。

その上、ルチアとも最近は疎遠なため、昼食には参加していない。

そのため今日は翔と春人の二人だけとなっていた。


「それにしても、俺と翔だけっていうのは初めてだな」

「あ‥‥‥確かに言われてみれば」


春人の立ち位置と言えば、暴走する武のツッコミ、内気な紗智の支えと言うイメージで、普段から彼らといる存在だった。

だから春人のそばには必ず誰かがいた。

今日という日は極めて珍しかったのだ。


「まぁとにもかくにも、今日は二人のお見舞い決定だな」

「だな。 後で二人の好きなものでも買いに行くとしよう」


翔の提案に春人は力強く頷き、一気に牛乳を飲み干すと、話題を変えて翔に言った。


「そんじゃ翔。 食い終わったことだし、ちょっと手伝ってくれ」

「え?」


丁度翔も食後のため、特に否定もせずに頷くと、教室を出る春人を少し駆け足で追いかけた――――――。


                 ***


春人に連れられ、翔が辿りついたのはもはやおなじみとなっていた生徒会室だった。

もう何度目だろうと内心で思いながら春人に疑問をぶつける。


「お前、生徒会の人だったっけ?」

「いや、別の委員会に所属してるんだけど、その活動の中で生徒会室にはよく足を運ぶんだ」


初めて知ったことだった。

そして、翔は何も知らないのだなと今一度知らされた気がした。

友人が何に所属しているのか、そんなことも知らなかったのだ。


「今日はちょっと会長に手伝いに来てくれって言われてたから、人手が欲しくてな。 翔なら適任だと思ったから」

「なるほど‥‥‥了解」


春人の推薦とあらば断ることもできず、翔は快く受け入れた。

そして二人が生徒会室に入ると、畳の上に座布団を敷いて正座で座る我らが生徒会長、井上 静香がこちらを向いて笑顔で迎えてくれた。


「待ってましたよ。 やはり、翔さんが来ましたから」

「はい。 微力ながら手伝いに来ました」


そう言って翔と春人は入口のそばに置いてあった座布団を一枚もって静香と同じように正座になる。

どうやら手伝いとは書類整理のようだ。

これも生徒会の仕事だが、卒業シーズンが近づくと卒業祝いやらなんやらで問題が多いため、生徒会の仕事が増えるらしい。

そんなわけで翔と春人はペンと印鑑を用意してもらい、静香の指示に従いながら書類整理を行っていく。


「翔さん。 そこは計算が合いませんよ?」

「え‥‥‥あ、ほんとだ。 すぐに直します」

「はい。 では直しついでにこちらのミスの修正もお願いしますね」

「あ‥‥‥は、はい」


初めての書類整理は、会計作業が主となっていた。

決して計算が苦手というわけではないにも関わらず、些細なミスが多くあり、静香に指摘され続けていた。

四苦八苦しながらも春人や静香は丁寧かつハイペースで書き進めていた。


「春人がこういうの得意なのは知らなかったな‥‥‥」

「おいおい、武といるからって俺がバカみたいな理解はやめてくれないか?」

「悪い悪い、武がいるからついな」


翔はクスクスと笑いながらそう言うと不満そうに頬をぷくっと膨らませる。

その光景に静香はお淑やかに微笑むと、書類を全て書き終えてほっと一息ついた。


「さて、そちらも手伝いますよ」

「それじゃお願い」


春人はそう言って、まだ手をつけていない書類の半分を渡す。

それに便乗して翔もそっと書類の半分を手渡そうとする。


「翔さんはもう少し頑張りましょうね」

「‥‥‥はい」

「ぷっ!」

「わ、笑うなよ‥‥‥」


見事に断られた翔はガクッと本気で落ち込み、それを見た二人はつい堪えきれずに笑ってしまう。

笑われてしまったことで更に落ち込むと、二人は笑いながら肩をポンポンと叩いた。

‥‥‥結局、落ち込む一人と笑う二人は順調に作業を続け、お昼休み終了までには全ての書類整理を終わらせることができた。


「お二人とも、ありがとうございました」

「構わないさ。 どうせ今日は暇だったんだしな」

「ああ。 ほんとに暇だったので」


春人の言葉は事実だった。

いつものメンバーと呼べる、武と紗智、そしてルチアがいない今日はあまりにも退屈だった。

騒がしいと言ってもいいくらいに賑やかだった日々がいきなり静かになると逆に物足りなくなり、寂しさを感じてしまう。

何かしたくて、もどかしい気持ちがあった。

だから生徒会の仕事を手伝うと言うことは、わずかでも気晴らしになった。


「また何かあったら呼んでください。 いつでも力になります」

「はい。 ありがとうございます」


翔はそう言うと、春人が先に生徒会室のドアを開けて廊下にでる。

彼は今日、日直を担当しているため、次の授業の用意があるらしい。

そして生徒会室は翔と静香だけの空間となった。


「翔さん。 放課後、お話しがあるので出来ればここに来ていただきたいんですがよろしいですか?」

「あ‥‥‥はい」


静香の瞳を見て、翔はすぐにその話しの内容がとても重要な内容であると悟った。

翔の予想としては当然、魔法使いに関すること。

今この場で全てを明かさないのは静香のよくすることで、その理由は学業に気持ちがいかない可能性があるからだ。

だがそれでは、普段から魔法使いの情報を聴く静香は凄い人だと思わずにはいられない。

成績トップ、生徒会長、そして魔法使い。

この三つを両立できる彼女は、本当に凄い。

‥‥‥だが、その分の責務への疲れがあるだろう。

翔も過去に我武者羅と言える程に忙しい日々を過ごしていたからこそ、静香の気持ちがわかるのだ。

痛みに耐えるしかない日々は、とても辛かった。

だけど自分の立場を考えたらそんなことは言ってられなくて、ただひたすらに耐えるしかなかった。

そんな自分と静香は、よく似ている。


「‥‥‥お疲れ様です」

「え?」

「それじゃ俺はこれで失礼します。 このあとも頑張ってください、“静香さん”」


そう言い残して、翔は静香に一礼して生徒会室をあとにした。

その後ろ姿を見つめる静香は一人、左胸‥‥‥心臓の方をギュッと握り締める。


「‥‥‥なんで」


静香は誰もいない生徒会室で、心に秘めたその本音を零す。

暖房で暖まっているはずの空間で彼女は一人、まるで極寒の世界にいるかのように震えていた。

そして声はか細くなり、この学園で‥‥‥いや、この世界で誰も知らないであろう、彼女の弱々しい心の本音が僅かに溢れる。


「なん、で‥‥‥なんで、あなたは‥‥‥いつもそうやって‥‥‥っ」


そこから先の言葉は出なかった。

そして言葉の変わりに涙が流れ、その場でガクッと膝をついた。

両手で顔を隠すように抑え、誰にも聞こえないように声を押し殺して泣いた。

誰も知らない、誰にも見せない‥‥‥女帝の涙だった――――――。


                  ***


《PM16:20》

放課後、桜乃春人は一人、夕焼けに染まる学園の屋上にいた。

たった一人、誰かを待つためにそこにいた。

その待ち人が来るまでの間、春人は武と紗智のことを考えていた。

なぜ二人が風邪で休んだのか?

それは間違いなく、昨日降った雨に打たれたからだ。

だが武は傘を持ち歩いていた‥‥‥ならば濡れるわけがない。

だけど彼は風邪をひいた。

何故と考えていると、昨日の紗智の態度‥‥‥そこに思い当たる節があった。

――――――紗智は昨日、どこか辛い表情をしていた。

翔とルチアを見て、そして話題に出すと、とても辛そうな表情をした。

何故かなんて、そんなの幼馴染であるからこそ察することができた。

彼女は‥‥‥七瀬紗智は、相良翔のことが好きだったのだ。

そしてルチアと翔の関係を見て、自分には到底及ばないのだと言う現実を叩きつけられて、泣いていたのだろう。

昨日、二人が雨に打たれたのは恐らく、どこかで泣いてる紗智のもとに武が来て、共に雨に打たれてしまったのだろう。


「‥‥‥出来れば紗智には、幸せになって欲しかったけどな」


紗智は、どこか人を避けるくせがあった。

人とは無意識に距離を置いてしまう。

そのくせに、寂しがり屋で一人でいることを嫌がってしまう。

そんな困った人だった。

だが紗智は、相良翔に対しては自分の想いのために全力だった。

不器用な彼女だけど、不器用なりに必死に頑張っていた。

そんな彼女を武と春人は心から応援していた。

‥‥‥それでも、彼女の想いが翔に届くことはなかった。

なのに、紗智は優しかった。

諦めたからこそ、まだその想いに気づいていない翔とルチアに言葉をかけた。

諦めた者だからこそ、挫折を味わい、敗北を味わった者だからこその言葉をかけた。

紗智の、最後の想い‥‥‥それは、翔とルチアが本当の気持ちに気づいてくれること。


「そうだよな、紗智」


きっと今もまだ、涙を流している紗智に向けて、春人はそう聞いた。

誰も答えてくれない。

けれどそれは、届いている気がした。

そんなことを思っていると、屋上の扉が開く音が聞こえた。

待ち人が来たのだ。


「いきなり呼んで悪かったな」

「いえ、特に用事はなかったから別に構わないわ。 それで、用件って?」


透き通った女性の声が春人の耳を貫く。

黒く綺麗な髪を靡かせ、ながらこちらに歩み寄るのは、今まさに考えていた人。

待ち人の正体は、ルチア=ダルクだった。


「単刀直入に、聞きたいことがあるんだ」

「なに?」


春人はすっと息を吸うと、吐き出すと同時にはっきりとした声で言った。


「ルチアは翔のこと、――――――好きなんじゃないのか?」

「え――――――ッ!?」


それは、核心に迫る質問だった。

なんの前置きもなく、茶番もなく、文字通り単刀直入の質問だった。

当然、ルチアは一瞬にして顔を紅潮させて春人をありえないものを見ているかのような、驚愕した目で見る。

口をパクパクさせているところを見ると、どうやら混乱しているようだ。

だが、春人は止まらなかった。


「お前たちを見ていると、焦れったいんだよ。 いつまでたっても気づかない、気づかないくせに嫉妬してすれ違って、喧嘩してさ。 そんなお前たちのせいで、誰かが傷ついてるってことに‥‥‥いい加減気づけよ!」

「ッ!?」


春人の言葉は、怒りが混じっていた。

そのせいで声は高ぶり、威圧感のあるものだった。

ルチアは気圧され、怯えながら返事をするしかなかった。


「それは‥‥‥その‥‥‥」

「気づかないわけないだろ? 悪いけど、俺たちはとっくにお前の気持ちには気づいてた。 今まで言わなかったのは、紗智の意思だ」

「紗智の?」

「‥‥‥いい加減、自分の想いに素直になれよ」


そう言うと春人は軽くため息をついて落ち着かせる。

短い間、終わるとゆっくりとルチアが答えた。


「‥‥‥出来るわけ、ないじゃない!」

「なんで‥‥‥」


次に本音をこぼしたのは、ルチアだった。

利き手である左手で胸を締め付け、痛烈なまでの想いをぶつけた。


「彼は、ずっと一人で耐えて生きてきた! 一人でなんでもできるように頑張ってきた、苦しんできた! ここに来る前から、何度も苦しんできた。 ここに来てからも、何度も傷ついた! それなのに彼は私達を守ってくれた、助けてくれた! そんな彼に、私は何もできない! 想いを伝えられないのよ!」

「ルチア‥‥‥」


ルチアは恐らく、春人達の中で一番よく相良翔を知っている。

彼の過去も、過去の苦しみも、彼の絶望も、彼の痛みも‥‥‥。

知ってしまっているからこそ、その距離の遠さ、その壁の厚さがはっきりと見えてしまう。

そして感じてしまう、彼と自分の間にある様々な過去や葛藤。

全てを理解すればするほど、彼が離れていく。


「私のこの想いは、嘘でなきゃダメなのよ。 だってこの想いを伝えたら、彼がの今までを壊してしまうかもしれない、無駄にしてしまうかもしれない! だったら私は‥‥‥私は‥‥‥」

「‥‥‥分かった」


春人は無言で頷いた。

全てを理解したわけではない、全てを納得したわけではない。

だけど、ここで話すべきことはここまでだろう。

春人自身が聞くべきことは十分聞いたのだ。

残りを聞くべき相手は、春人ではない。


「じゃぁ俺は帰る。 聞きたいことは聞いた。 武と紗智のお見舞いに行かなきゃなんないからな」


そう言って春人は少し足早に屋上を去った。

去り際、ルチアの肩をポンと叩いて言った。

そしてその言葉は、彼女にとって一生忘れられないものとなるだろう。


「間違えるなよ。 失ってからじゃ遅いんだからな」


屋上のドアは閉められ、残されたルチアは一人、薄暗く染まっていくソラを眺めていた。


「‥‥‥届かない‥‥‥わね」


ルチアはその両手を、ソラに向けて伸ばす。

届くはずのないその両手は、空虚の中で寂しそうにしていた。

願い、想い、全てが届かず、ただ無情のソラは黒く染まっていくのだった――――――。


                  ***


――――――少し時は遡り、春人が屋上に向かっている頃。

相良翔は生徒会室を訪れていた。


「会長。 いますか?」


ノックをして、会長である井上静香の応答を待つ。

‥‥‥だが、10秒程待っても返答は何一つなかった。

まだ来ていないのだろうか? と思ったが、よく見ると生徒会室の中は電気がついていた。

それは、ドアの上がガラスとなっており、そこが光っていたからだ。


「‥‥‥失礼します」


そう言ってドアノブに手をかけると、ドアノブは何の抵抗もなくひねることができた。

鍵の締め忘れを静香がするわけもなく、恐らく中にいるのだろうと思った翔はゆっくりとそのドアを開けた。


「‥‥‥あ」


ドアを開け、生徒会室に入った翔は驚き、小さく声を漏らした。

そこにいたのは、子供のように丸く踞って眠っている、井上静香だった。

無防備で、隙だらけのその姿と、可愛いと思ってしまうまでの寝息は今までの皆がしる井上静香と言うイメージとはかけ離れているものだった。


「‥‥‥やっぱり、疲れてたんだな」


翔が生徒会室を訪れた理由、それはお昼休み、静香の表情が少し疲れていたからだ。

‥‥‥いや、少しに見えたのは恐らく彼女の意地だろう。

翔と春人に、自分の弱いところを見せまいとする彼女の意地。

ほんとに彼女らしいなと、翔はつい頬を緩めてしまう。


「だから、辛いなら相談すればいいのに」


そう言うと翔はブレザーを脱ぐと、毛布替わりに静香の身体にそっと乗せてあげる。

今の今まで着ていたから、それなりに温もりがあるだろうと内心思いつつ、翔は静香のそばで正座をする。

そしてほんとに無防備な彼女の顔を見つめる。


「こうして見ると、やっぱり普通の女性なんだよな‥‥‥」


ふと、この学園で最初に声をかけてきた井上静香のことを思い出した。

あの頃の翔は、迷いだらけだった。

この先、どう生きていくのか、将来はどの道に進むのか‥‥‥。

迷いの中でこの町に来た。

そんな日に、翔は井上静香と言う女性に出会った。

彼女は翔の中でとても輝いている人だった。

誰よりも優しく、誰よしも厳しく、誰よりも誠実で、誰よりも謙虚で、誰よりも努力家で、誰よりも将来のために必死で、誰よりも意地っ張りで‥‥‥

そんな彼女は、いつしか翔の目指すべき存在、目標になっていた。

‥‥‥だが、ある日からその考えに変化が生じた。

それは、護河奈々との再会と過去との和解だった。

相良翔は護河奈々と再会することで、自分の過去を改めて再確認した。

自分がどれほど無謀で、危険な生き方をしていたのか。

そして自分はどれだけ弱く、愚かだったのかを。

それらを理解していくうちに、周囲の人々の捉え方が変わった。

井上静香‥‥‥彼女は当初、目標である存在だった。

だが現在、彼女は翔にとっては心配な存在になっていた。

誰よりも必死に努力する人は、それだけ自分を追い詰めなければいけない。

そしてそれは、自分自身を崩壊させる可能性が生まれてしまう。

事実、翔は過去に失敗をした。

自分のため、家族のためと思って我武者羅に努力をして、そして失敗した。

この灯火町にいる原因だって、自分の失敗があってのことだ。

そんな失敗さえなければこんなに傷つくことも、傷つけることもなかったのだ。

今の井上静香は、その頃の翔と似てるのだ。

そして下手をすれば、同じ道を歩むことになる。

翔は気づくと、自分と静香を重ねてみていた。

だからこそ、心配にもなるし、支えてあげたいと思ってしまう。


「‥‥‥でも、俺もあんまり人には相談してないけどな」


自嘲的な笑みを零しながらそう呟くと、眠っていたはずの静香の口が動き出した。


「‥‥‥ほんと、ですよ」

「すみません。 起こしちゃいましたか?」


そう聞くと静香はゆっくりと上半身を起こし、正座の姿勢になって答える。


「いえいえ。 それよりも、お恥ずかしいところをお見せしましたね。 おまけにブレザーまで」

「いえ、奈々に‥‥‥妹に、よくやってたことですから」


そう言って翔は静香からブレザーを返してもらうと、再び着なおすとはにかんで言った。


「可愛かったですよ。 静香さんの寝顔」

「っ‥‥‥そ、そんなことは‥‥‥」


頬を赤らめ、ゴニョゴニョと口籠る静香だが、すぐにいつもの凛とした表情になると翔に言った。


「それよりも、あなたには割れたくなかったですね。 あなただって、私達には何も相談してはくれないじゃないですか?」

「ま、まぁ‥‥‥そうなんですけど」

「けど?」

「‥‥‥すみません」


言葉が続かない翔は素直に謝ると、静香は少し怒ったような表情で翔に言った。


「誰になら相談できるんですか? 私、あなたの先輩なんですよ? 魔法使いの中でも、学園でも、私は皆さんより年上なんですよ? そんな私でも、頼りになりませんか?」

「し、静香さん!?」


急に詰め寄ってきた静香に、翔は驚きのあまり、どきっとしてしまう。

だがすぐに静香も冷静を取り戻し、羞恥のあまり即座に翔から離れる。


「‥‥‥」

「‥‥‥」


なんとも言えない空気が広がる。

しばらくの静寂の間、静香は自分の想いを解き放ってしまいそうで苦しかった。

彼を相手にしてしまうと、つい感情が高ぶってしまう。

いつもの自分ではなくなってしまう。

そして今も‥‥‥この想いを伝えてしまいそうだった。

心臓は今までにないくらいに弾み、呼吸も僅かに乱れる。

体温が急激に上昇していき、軽く目眩がする。


「‥‥‥静香さん」

「は、はい!?」

「‥‥‥大丈夫ですか?」

「は、はい。 大丈夫です。 それよりも、なんですか?」


不意に声をかけられたために、高い声が出てしまった。

取り敢えず落ち着いた静香を確認すると翔は真剣な表情で言った。


「俺は静香さんのこと、とても尊敬してます。 憧れてますし、心から慕ってます。 きっとそれは俺だけじゃない、この学園のみんながそう思ってます。 だから皆はあなたに頼ります。 だけど、俺は逆に、あなたに頼ってもらいたい。 あなたは俺からみたら、心配で仕方ないんです」

「‥‥‥また、そうやって」

「え?」


そして、静香の心はもう限界に達していた。

今まで耐え続けていた想いを、この場で解き放ってしまった。


「そうやって、また何度も‥‥‥私を惚れさせるんですね」

「え‥‥‥え‥‥‥」


今、この人はなんて言った?

翔の中で何度もリプレイされる。

何が起こったのか、さっぱり理解できない。

今の一言はそれだけの威力があったのだ。


「だから、私はあなたのことが、好きなんです。 前からずっと、あなたが私のことを思ってくれることが嬉しくて、だから次第に惚れてしまいました」

「そんな‥‥‥」


翔にとっての高嶺の花、されど触れてはいけない高貴な花。

そんな存在が、自分の好意を向けている。

そのことはとても嬉しかった。

嬉しい半面、疑ってしまう。

なぜこんな自分なのか?

静香を思う人なんて沢山いて、翔は決して特別ではないと思っていた。


「いつもいつも、私の心を見透かしたように言葉をかけてきて、私は耐えられなかった。 悔しい半面、嬉しくて。 だから、もうこの気持ちを抑えられないんです。 私は、あなたが好きです」

「静香さん‥‥‥」


静香の顔は、これまでにないくらい紅かった。

瞳は今にも泣き出しそうなほどに雫が溜まっており、全身は震える。

きっと、この好きと言う言葉を伝えるためにありえない程の勇気と覚悟を使ったのだろう。

そんな彼女に翔は、答えを出さなければいけない。


「俺は‥‥‥」


静香のことは、当然好きだった。

だけどそれは、ホントに恋愛関係としての好きなのだろうか?

尊敬する先輩に対しての好意なのか‥‥‥それとも――――――。


「‥‥‥ッ」


その時、翔の脳裏に過ぎったのは、この質問に対する答えだった。

今まで、この瞬間まで気づくことのなかった‥‥‥大切な答え。


「俺は‥‥‥」


そして翔はその答えを言った。

これで、彼女が傷つくだろうと理解しておきながらも、逃げずに言った。


「すみません。 他に、好きな人がいます。 静香さんよりも、大切な人がいます」


脳裏を過ぎったのは、黒い髪を靡かせ、凛とした美しさを持った一人の女性。

静香ではなかった。

だけど、静香のことは嫌いじゃない。

ただそれが恋愛感情ではないのだと気づいたのだ。

本当に翔が好きなのは、静香ではない。

‥‥‥そう気づいた翔は、今すぐにこの気持ちを本人に伝えたい欲求に駆られた。


「静香さん、ごめんなさい。 俺、今すぐ会わなきゃいけない人がいるんです」

「‥‥‥そうですか」


静香は、そっと微笑んだ。

最後の‥‥‥フラレた女帝の、意地だった。

泣いているところは見せない、それが彼女の意地だった。


「行ってください。 私は、大丈夫です」

「‥‥‥はい。 失礼します!」


そう言って翔は生徒会室を飛び出した。

力強く走り去る翔を見送ると、静香は堪えきれず、本日二度目の涙を流した。

だが、辛さと共にどこかスッキリとしたものがあった。

もう、この気持ちに縛られることはないのだとほっとしたからだろう。


「ぐすっ‥‥‥ぅぅ‥‥‥っ」


今までの中で、一番大量の涙を零した。

感じたことのない胸の締め付けが襲い、苦しみが彼女を包む。

だけど、この気持ちを、この痛みを忘れてはいけない。

この痛みは、相良翔も感じているのだから。

自分だけの痛みではない。

こんなにも強く、たった一人を望んだことなんてなかった。

だけど、これが好きということ。

そして胸が締め付けられ、苦しみを感じ、共有し合う。

これが――――――恋と言うものなのだと――――――。 
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