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笑顔と情熱

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第三章


第三章

「そこまで漫画のことを考えているんだ」
「それしか考えられなかったので」
「よし、わかったよ」
 康平は彼の言葉を聞いたうえで頷いた。
「それじゃあ。お金も部屋も提供してくれる場所を紹介するよ」
「何処ですか?それは」
「住み込みのね。アシスタントの募集があるんだけれど」
 彼が紹介するのはこれだった。
「ほら、あの某先生」
「某先生ですか」
「そう、あの人が今アシスタントを募集しているんだ」
 その某先生とはまさにこれからの漫画界をしょって立つとまで言われている巨匠だ。既にその名声は手塚治虫に匹敵するものになっている。
「そこに住み込みでどうかな」
「あの先生のアシスタントですが」
 龍二はそれを聞いてもまずは現実だとは思えなかった。そしてついつい康平に対してこう尋ねるのであった。
「嘘じゃないですよね」
「僕が嘘をついたら君住む場所がないんじゃないのかい?」
 おかしそうに微笑んで龍二に返した。
「そうじゃないのかい?それは」
「それはそうですけれど」
「まさか実家まで歩いて帰るわけにはいかなししね」
「はあ」
「本当だよ。僕から先生に話をしておくからね」
「じゃあ本当に」
 やはり彼にとってはまだ夢のような話である。しかしそれでも康平の言葉が嘘ではないことは彼の話ぶりから次第にわかってきたのであった。
「あの先生のアシスタントに」
「修行の意味もあるよ」
 康平はまた言い加えてきた。
「だから。頑張ってね」
「わかりました。じゃあ俺」
 一本気な調子で述べる。
「最高の漫画家になります。子供達を喜ばせるような」
 彼はその漫画家のアシスタントになった。そうして一年後正式にデビューすることができた。担当は康平がなった。すぐに週刊連載だったが彼の体力は物凄いものだった。
「えっ、もう描いたの?」
「はい、どうぞ」
 康平が原稿を見に彼のアパートに向かうともうその原稿が完成していた。テレビも冷蔵庫も洗濯機もなくただ机だけがあるその部屋で彼はただひたすら漫画を描いていた。
「それで今増刊の読みきり描いています」
「そっちも描いてるんだ」
「それでその原稿どうですか?」
 康平に渡したその原稿の出来を尋ねるのだった。
「そっちは。どうですか?」
「そうだね」
 彼はその原稿を一枚一枚読みだした。そうしてそのうえで答えるのだった。
「いや、かなりいいね」
「そうですか」
「いけるよ。じゃあこれはこのまま受け取っておくね」
「はい、御願いします」
「それで次はその読みきりで」
 康平はもう平らになり果ててしまった座布団に座りながら描き続けている龍二に対して言う。彼の机にはGペンや消しゴム、それに羽根がある。どれも漫画の道具だ。
「あとは月刊誌の連載もあったよね」
「それも描きますよ」
 彼は鼻息も荒く康平の言葉に応える。
「もうどんどん描いていきますよ」
「描くのはいいけれど身体は大丈夫かい?」
 康平は怪訝な顔で彼に問うのだった。
「確か今一月に二百ページだったよね」
「いえ、三百ページですよ」
 にこりと笑って康平に言う龍二だった。
「また連載増えましたし」
「大丈夫かい?」
 康平は思わず彼に問うてしまった。
「それだけ沢山描いて。夜だって殆ど寝ていないんだろう?」
「けれどあれじゃないですか」
 しかしここで龍二は言うのだった。
 
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