イデアの魔王
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第九話:自己紹介
「次は……笠松京介君だな」
「笠松京介っす!12月5日生まれのO型、母子家庭で母親と妹と三人暮らし。 趣味は緑化活動と地域ボランティアと募金活動、あと献血です。 ちなみに名前以外全部ウソです」
出雲先生の呼びかけに、がたりと勢い良く席を立って自己紹介をする京介。 その自己紹介にセンスがあるかどうかは微妙と言った所だろう。 クラスからは一部クスクスと笑う声も聞こえたが、無表情のものも多い。 しかしそれでも当の京介は満足げな表情でどこへともなしに手をふっている。
先生はそんな京介に何とも言えない微妙な表情を送りながら、平坦な口調で口を開いた。
「えーと、次は木村優斗くん」
「無視ですか!?」
その見事なスルーに、京介は悲壮な声を上げながらも席へ着こうとしたが……その時先生がふと何かを思い出したように「あー、そう言えば笠松君」と声をかけ、京介は「何すか?」と頭に疑問符を浮かながらその場で固まった。
「君、目に入ったカシワクチブトゾウムシとやらは大丈夫なのか?」
先生の言葉は恐らくは親切心で言ったものだろうが……その問いに俺と京介の一連のやりとりを見ていた連中は笑いを堪え切れずに吹き出した、間違いなく今日一番の大ウケであった。 京介は真っ赤になって机に突っ伏したので、俺は奴の頭をぽんと叩きながら優しく声をかけてやった。
「あだ名はゾウムシ君で決定だな」
「うるせぇ!全部お前のせいじゃねーか!」
京介は喚いたが、俺はそれを真顔で聞き流した。 ちなみに俺の出席番号は二番目(どうでもいいが一番は阿藤君だ)であり、とっくに自己紹介を終えているので後は気が楽だ。 隣では同じように自己紹介を終えた小望が、机に突っ伏して怨嗟の声を上げる京介を苦笑しながらも慰めている。
(ねぇ、十六夜君ってさ、魔王だとか言うからどんな人かと思ってたけど……案外普通だよね)
(まぁ、魔王なんて言っても結局は俺らと同年代なんだしな……)
(て言うか、ちょっとカッコ良くない?)
小声でそんな事を言いながら、クスクスと笑う生徒達。 先生は不思議そうにその光景を眺めていたが「何だか知らんが、皆静かにするような」と言うと、再び名簿表に視線を戻し、今度こそ本当に点呼の続きへと戻った。
「待たせてすまんな、木村優斗君」
「はい、木村優斗です、趣味は……」
◆
一人一人と生徒達が自己紹介をし、その度にクラスからは笑いや感歎の声が漏れる。 そんな事を繰り返すうちに、気付けばクラスの大半の生徒が自己紹介を終え、残る生徒は後数人だけになっていた。
「真澄玲子さん」
「はいっ!真澄玲子です、好きな食べ物は食べられるもの、嫌いなものは食べられないものです」
そう言ってまた一人、クラスの女子生徒の一人が元気良く立ち上がり自己紹介をした。 一見すればギャグで言っているとしか思えない自己紹介だが、言っている本人の顔は大真面目だ。 その妙なギャップにクラスからどっと笑い声が上がる。
「そうか、この学院は学食のメニューもいいものが揃っているからな、期待していいぞ」
出雲先生ははははと笑いながらそう返し、それを聞いた真澄さんは「マジっすか!」と心底嬉しそうに言って席につく。 先生はどこか楽しそうな表情で名簿評を見ると「あとは丁度5人だけだな」とつぶやくと、次の名前を呼んだ。
「御剣宮古さん」
「御剣宮古、よろしく」
途切れ途切れな口調で、短く名前だけを告げる声。
どこかで聞いたようなその話し方に、声のした方を振り向けば……そこにいたのは案の定、今朝食堂で不良共にからまれていたあの女子生徒だった。
「ん、それだけでいいのか?もっと何か言ってもいいんだぞ」
「構わない」
「……まぁ、あまり喋りたくないならそれもいいだろう」
そう言って御剣さんは姿勢をかがめて椅子に腰を下ろし……そしてその途中で、ほんの一瞬だけ俺の方へと振り向いた。 その静かな、しかしどこか冷たい印象の瞳が俺の姿を捉える。
(……?)
その刺すような視線に、俺はほんの少しだけ妙な疑問を感じたが……俺が何か反応を返すよりも先に、御剣さんはこちらから視線を逸らして席に付いてしまっていた。
――今朝あんな事があったばかりだし、何か気になる事でもあったのかな。
俺は数秒そんな事を考えていたが、考えれば結論が出るものでもない。 俺が頭をかしげながらも視線を教卓へと戻すと、先生はもう次の生徒の点呼へと移っており、名を呼ばれた真面目そうな男子生徒がクラスの片隅でおずおずと自己紹介を始めた。
◆
その後、出雲先生はクラス全員の点呼兼自己紹介、そしてこれから一年間の間に予定されている学校行事等のお大まか説明を終えると「では、これから一年このメンバーで共に学んで行く事になる。改めてこれから一年間よろしくな」と言ってこちらへ向かって会釈をし、教室を出て行った。 さすがに初日から本格的に魔術の理論を習うわけでもなく、今日の授業は午前中二時間で終了だ。
寮へ戻ろうと俺と小望が荷物をまとめていると、後ろから京介が声をかけて来た。
「なぁ二人共、今日は時間あるんだしどっか遊びに行こうぜ」
「私はいいけど……遊びに、ってどこに?」
「えー?どこだろうなぁ。 俺もこの辺りの事はよくわかんないし……桜花、どっか遊べる所とか知らねぇ?」
「知るわけねーだろ、俺が三年間どれだけ窮屈な生活してたと思うんだ」
俺達はしばらくの間色々と意見を出し合っていたが、学院周辺の事情も知らないのにこんな所で知恵を絞っていてもどうしようもない。 結局は10分ほど議論した後、小望の意見でとりあえず一旦寮へ戻る事にし、それから適当な場所で落ち合って近場をうろうろする事に決めた。
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