| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

イデアの魔王

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第八話:真面目な先生?

 「や、やめてくれ兄貴!何?腹痛には尻にネギ挿したらいい?あんたのそれは長ネギってより大根じゃないか!ちょ、やめっ……ア、アッ――!」
 「だから本当に何の夢見てるの!?色々と危ないから戻って来て!」

 9時37分。 あの後、二人と一緒に食堂を出ると急いで教室に向かい……そして教室に着くなり自分の机に突っ伏して眠っていた俺は、ゆさゆさと言う振動を全身に感じて飛び起きた。 顔から滴り落ちる汗で俺の机はびしょびしょになっており、傍らでは小望が心配しているのだか引いているのだかわからないような表情で俺の背中をゆすっている。

 「ゆ……夢、か」
 「夢かじゃないよ、本当……桜花ってばちょっとでも時間があったらすぐ寝ちゃうんだから」

 そう言って呆れたようにため息をつく小望。 俺は荒い息を整えながらそのふわふわした顔を見返し、そしてにっこりと爽やかにほほ笑んで言葉を返した。 

 「……うふふ、小望は可愛いなぁ」
 「お、桜花が壊れたーっ!?」

 本当にこいつは冗談が通じないクチだ、おまけにすぐ大げさに騒ぐ癖まであるからタチが悪い。
 小望は取り乱して俺の背中をむやみやたらにひっぱたき、俺はその衝撃でむせかえりながらその手を振り払った。

 「バ、バカ野郎、俺はいつだって女性に紳士的なイケメン魔王様だろうが」

 俺がゲホゲホと咳き込みながらそう返したその時だ。 今まで騒いでいた小望が急に真顔に戻ったかと思えば、『え、紳士?』と何を妙ちきりんな事を抜かしているんだと言わんばかりの表情を作り出した。 おまけにその言葉は小望一人のものではなく、俺の後ろの席……そこに座っていた京介までもが小望と同じようにぽかんとした表情で俺を見つめている。

 「……お前らってさ、一体俺にどんな印象持ってるわけ?」

 俺のその問いに小望は一言「すっごい意地悪」とだけ返し、京介は「目つきと態度が悪くてドSで人当たり最悪な……」等と悪意に満ちた言葉を列挙し始めたので、俺は目にも止まらぬ速度で奴のメガネを奪い取ると、ピースサインを作ってむき出しになった両目に目つぶしを食らわせた。

 「ぎゃあああっ!な、何しやがんだこの……」

 京介がまぶたを押さえ、悲鳴を上げたちょうどその時だ。 がらりと教室のドアが開き、そこから一人の女性が姿を現した。 年の程は20前半と言った所だろうか?肩の位置で綺麗に切り揃えた髪と、少しツリ目気味な目つきが印象的な女性……俺達のクラスの担任教師だった。

 「はい、皆おはよう……うん?そこの君、何をやっているんだ」

 教師は俺の背後で悲鳴を上げる京介を見て怪訝な顔をし、京介は「せ、先生!この鬼畜魔王が悪魔のカギ爪で俺の目を!」と大げさに叫んだが、俺は奴の言葉を遮り「ちょっと目にカシワクチブトゾウムシが入って騒いでるだけです、気にしないで下さい」とにこやかな笑顔でそう告げた。

 「カ、カシワクチブトゾウムシ?それはそれで何だか凄く危険な気がするが」
 「大丈夫です、こいつならハエが入ろうがゴキブリが入ろうが平気ですから」

 俺がそう言うと、教師は若干引っかかったような表情をしながらも納得してくれたようで「そ、そうか……」と言いながら俺達から視線を外し、教卓へと移動した。 背後ではようやく目の痛みから立ち直った京介が恨みがましそうな目で俺を睨んでいたが、自業自得だ。

 「ま、まぁまぁ二人とも……もうホームルーム始まるよ?」
 「畜生……やっぱり鬼畜なドS魔王じゃねえか」
 「うっせえバカ、メガネ壊されなかっただけありがたいと思え」

 そう言って京介にメガネを返すと、そのまま180°椅子を回転させてくるりと教卓へと向き直る。 視線の先では教師が授業用の大型マジックボードに文字を打ち込んでおり、それを書き終えるなりこちらへ振り向いて口を開いた。

 「まぁ、彼らの間で何があったかは知らないが……改めておはよう。 皆の担任になる出雲(いずも)だ、下の名前は伊吹(いぶき)。 これから一年色々な事があるだろうが、どうかよろしく頼む」

 そう言ってマジックボードに映し出された自らの名前を指差す教師……出雲先生の言葉遣いにはどこか凜としたものが感じられる、よく言えば真面目、悪く言えば 堅いイメージと言った所だろうか。 周囲の生徒達もその短い自己紹介の中で出雲先生の性格を感じ取ったようで、真面目なものはそれに安堵するか、もしくはそれで当たり前だと言う反応を示し、逆にそうでもないものはどこか不安げだ。

 出雲先生はそんな生徒達をひとしきり見渡すと、ぽりぽりと頬をかいて話を続けた。

 「まぁ、何だ……そう緊張しなくても、私は皆が思う程厳格な人間じゃないさ。 皆が楽しく学校生活を送って行けるよう努めてくれる限りは、私も皆によくしようと思っている」

 口ぶりを見るに、恐らくこのような生徒の反応には慣れっこなのだろう。 出雲先生は少しだけ表情を緩めてそう告げると、こほんと咳払いをして大型マジックボードの操作を行った。 先程まで映っていた出雲先生の名前が一瞬にして消え、代わりに列挙されたのは男女様々な無数の名前……このクラス全員の名簿表だ。

 「今から一学期初めの出席チェックに入るが……私の学級では皆の親睦を深める為に、ここで皆に自己紹介をしてもらう事にしている。 皆、名前を呼ばれたら各自席を立って自己紹介をするように」

 自己紹介。

 その言葉にクラス中から不満の声が上がったが、その声色は本当に心の底から不満に思っているものや、ただ単におふざけ半分でブーブー言っているもの等様々だ。 出雲先生はそんな生徒達の声を聴きながら、ははと小さく笑いながら名簿表へと目をやった。

 「何を言うかは皆の自由だ、好きな漫画の事でも、趣味の話でもいい。 ただ……」

 そこまで言ってほんの少しだけ真面目な表情を作り出す出雲先生に、クラスの生徒達が一斉にざわめいた。 

 ――何かタブーでもあんのか。
 ――さぁ……この学級だけの決まり事とか?
 ――いつの間にか俺のメガネにヒビ入ってんだけど……もしかしてこれさっきお前が取った時に付いたんじゃねえの? おい聞いてるのか桜花!?

 ……何か妙なものが混じっていた気がするが気のせいだろう。 クラス中から上がる不安と疑問の声。 それらを一身に受けながら、出雲先生はすぅと息を吸い込み――そして静かに口を開いた。

 「私はスベった時の責任は取らないので、フザけたいならちゃんと周囲の空気を読むようにな」 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧