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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第九十六話 それぞれの野心

 ゲルマニアの内乱勃発で、ハルケギニアは大きな渦の中に居た。

 そんな中、トリステイン王国のラ・ロシェールにゲルマニア方面から一隻のフネが入港した。
 そのフネはゲルマニアからの難民が満載されていて、客室が満員で難民が乗れず、特別に甲板に申し訳程度のテントを張り、仮の客室にする措置をとった。

「……ここがトリステインなのか?」

「船員の話じゃそうらしい」

「助かった!」

 難民らはトリステインに到着した事を知り、甲板からラ・ロシェールの町並みを見て安堵したり、新しい暮らしに不安を覚えたりと、それぞれの感想を語り合った。

 彼ら難民の殆どはゲルマニア内乱の最大の激戦地であるチェック地方からの難民で、八割ほどがチェック人難民だった。

 彼らにとって、ヂシュカら独立派の戦いは迷惑以外の何者でもなく、先祖代々から受け継いだ田畑を耕しながら細々と暮らしてきたが、数年前の大寒波で首が回らなくなり、更に今回の内乱で追い討ちとなって田畑を捨て逃げざるを得なくなった。

 そんな彼らにマクシミリアンは手を差し伸べた。
 元はといえば、マクシミリアンの野心がゲルマニア内乱の発端だ。
 火を付けたのは自分ではないにしろ、彼らチェック人の境遇にマクシミリアンは責任を感じ、大々的な難民受け入れを表明した。

 やがて彼らを乗せたフネが、世界樹(イグドラシル)の枯れ木で作られた桟橋に取り付き、船員の案内の下、次々と下船して行った。

 ほぼ全ての難民が下船した頃、一人の中年男が遅れてラ・ロシェールの地に足を踏み入れた。

「ふう、ようやく着いたか」

 トリステイン王国の外務卿(外務大臣)のペリゴールは、長旅で疲れた身体を引きずりながらフネを降りた。

 桟橋には国王マクシミリアン付きの執事セバスチャンがペリゴールの姿を見つけ、深々と頭を下げた。

「お帰りなさいませ、外務卿。陛下がお待ちです」

「陛下が御自ら? ともかく、待たせる訳にいきませんな」

「こちらへ……」

 ペリゴールはセバスチャンに案内され、ラ・ロシェール随一の宿と言われている『女神の杵』亭にたどり着いた。

 かつて、コマンド隊が大立ち回りした『女神の杵』亭の1階は大衆酒場になっていて、難民騒ぎがあったせいか店内の客は疎らだった。

「陛下はあちらでございます」

 奥の席では商人風の格好をしたマクシミリアンが、最近出回るようになったアルビオンのモード・ウィスキーを飲んでいた。
 物憂げに窓の外を見ていて、ペリゴール達が来た事に気付くと、物憂げな表情を消し、ブランデーが満たされたグラスをペリゴールに向けて掲げた。

「ペリゴール。ポラン王国との同盟締結、ご苦労だった」

「勿体無きお言葉。骨を折った甲斐があったというものです」

「ゲルマニアの反乱軍とも不可侵条約が締結できた。東ゲルマニア方面は新皇帝が率いるゲルマニアと、ブランデルブルクのゲルマニア反乱軍、そしてポラン王国の三つ巴の形になったな」

「御意、ゲルマニア反乱軍とポラン王国が不可侵条約を結んだ事で、反乱軍は後方の心配をせずに済みますし、ポラン王国も産業育成の時間が稼ぐことが出来ます」

「しかしブランデルブルク辺境伯、良くポランと不可侵条約を結ぶ気になったな」

 マクシミリアンは呟く。
 『狂犬』という二文字がピッタリなブランデルブルク辺境伯の存在が、同盟締結の最大の障害と思っていただけに、マクシミリアンはどうも信じられなかった。

「彼の人となりを知れば、それ程不思議な事ではありません。彼にとって皇帝の玉座こそ目的であって、それ以外は眼中にありません。玉座のためならエルフとも盟を結びかねません」

「ふうん。単純だが目的のためなら手段を選ばない無い男……と評価してもいいのか?」

「よろしいと思います。ただ、ゲルマニア騎士団には注意が必要です。連中は飼い主ほど解りやすい者ではありません」

「そうか、騎士団の調査はクーペら諜報団に任せよう。反乱軍の事は置いておいて、ポラン王国の方はどうだ?」

「数百ある諸部族を纏めるのに、かなりの時間を食うと思われましたが、何とか一つに纏める事ができました。何でも陛下が考案なされた『共和制』という政体を参考にして、ポラン貴族が入れ札(投票)で王を決めたとか……」

「バラバラだった諸部族を一つに纏める必要があったからな。僕の命令で専門チームを派遣しておいた」

 せっかく蒔いた種を、チェック人らの暴走で全部台無しにする訳には行かなかったマクシミリアンは、一年以内にポラン王国を独立させる内政チームをジェミニ兄弟と一緒に派遣した。

 内政チームは、ポラン地方のスラヴ系部族を回ってポラン王国への参加を説き、短時間での王国建国までこぎつける事に成功した。

 王を投票で決めることから、本当の所ならば、『ポラン王国』ではなく『ポラン共和国』なのだが、ハルケギニアでは例のない共和国誕生で、敵を増やしたくなかったマクシミリアンとポラン政府上層部の利害は一致し、ある程度国力を蓄えるまで王国と偽る事にした。

 兎も角も、僅か数ヶ月でポラン王国は成り、ポラン系スラヴ人なら誰でもポラン王国に参加できるように門戸を大きく開いたが、その反面、急ごしらえの影響か、貴族の権力が強く、反面王の権力は弱くなってしまい、後に禍根を残す事になるが、ともかくポラン王国は短期間で反ゲルマニアの一大勢力にのし上がった。

「提出された資料では、ポラン王はピヤストとか言う中年男だそうだな」

「御意。ゲルマニア貴族時代は、ほぼ飼い殺し状態で、生活費を稼ぐために大工の棟梁をしていたとか。人を惹きつける事に長けた人物で、無能ではないようです」

「ゲルマニアの力を削って、さらにトリステインの利益になれば、誰でもいいよ」

「そういう事でしたら、ピヤスト王は陛下のご期待に添える事と思われます」

「結構、それならば我がトリステインはゲルマニアと反ゲルマニア勢力との間に立って、商売をさせてもらおうか」

 マクシミリアンは、空になったグラスにウィスキーを並々と注いで再び口につけた。
 一方のペリゴールはブランデーの満たされたグラスに手を付けずにいた。

「ん? どうしたペリゴール。ブランデーは嫌いだったか?」

「畏れながら陛下。陛下はゲルマニアに対し『事』を構える御積りなのですか?」

「事を構える? それは戦争をするかという意味なのか?」

「御意」

「うーん」

 ペリゴールの問いにマクシミリアンは何やら考え始めた。
 以前、マクシミリアンはゲルマニアの内乱に対し、家臣たちが介入するように求めた際に、戦争の無謀を解いたことがあった。
 ペリゴールはその時の事が気になり、本心ではどうなのか聞いてみたいと思った。

「そうだな……もし今のトリステインとゲルマニアが戦争になれば」

「戦争になれば……どうなのでしょうか?」

「まず、『戦闘』では勝てると思うよ」

「おお! それならば……!」

「でも、『戦争』では勝てない。トリステインの兵力では戦闘に勝っても、占領地の維持が不可能だ。少数精鋭って聞こえは良いけど、色々な弱点があるんだよ」

「むむむ」

 マクシミリアンの言葉に一喜一憂するペリゴール。
 参謀本部の見立てでは、ゲルマニア国内に侵攻してすぐに『攻撃の限界点』迎えるという。
 その為、参謀本部ではもっぱら侵攻作戦よりも、国境付近での防衛作戦が研究されている。

「ゲルマニアの内乱を煽ったのは、本来は十分な準備を整えてから混乱している最中に戦争を仕掛けて西ゲルマニアを切り取るのが初期の計画だったけど、知ってのとおり、どこかのバカどもが暴走したおかげ、大幅な修正を余儀なくされたよ。クソッタレ……」

 本心では諦めきれないのか心底悔しそうな顔をするマクシミリアン。
 ペリゴールは若き王の様子を、ブランデーを舐めながら見ていた。

(お若い……陛下ほどのお年だと当然か。若者にとっては、人生全て輝かしいものに燃えるのだろう、かつては私もそうだった……」

 ペリゴールは若い頃の事を思い出し、少し夏井かしい気持ちになった。

「そういう訳で、こっちから積極的に仕掛けると言う事はない。だからと言ってゲルマニアがトリステインを侮るというのなら、その報いは受けて貰うがな……」

 最後にマクシミリアンは、戦争のカードを手放さないことも臭わせた。

「ペリゴールは一休みしたら、今度はゲルマニアに飛んでくれ」

「御意、ゲルマニア相手にどのような交渉をなさるおつもりですか?」

 ペリゴールの問いに、マクシミリアンはニヤリと口元を歪ませた。

「盗られたものを返してもらうのさ」

「盗られたもの……なるほど、『あそこ』ですか」

「そう、東ロレーヌの返還の交渉だ」

 長年、トリステインとゲルマニアとの領土問題だったロレーヌ問題に決着をつける時が来た。




 ★




 同じ頃、ハルケギニアのもう一つの大国、ガリア王国の王都リュティス。

 ハルケギニア屈指の大都市の郊外にはガリア王の居城・ヴェルサルテイル宮殿があり、老いたガリア王が家臣らに政務を任せ、老い先短い余生を送っていた。

 大国ガリアの国力にふさわしく、一人の老人の介護のために数百人という数の人々が、ここヴェルサルテイル宮殿に詰めていた。
 今日はガリア王が二人の王子を宮殿に呼び出し、三人で国王に入ったきり一時間ほどが経過していた。

 家人やメイド達はヒソヒソと小声で噂しあった。

「陛下もお歳だろうし、今回の突然の呼び出しは、次期国王が誰か、御二方に直接言うためではないか?」

「やっぱり、次期国王はシャルル殿下じゃないかしら?」

「シャルル殿下なら、お人柄も良く、ガリアをより良き道へ導いてくださるだろう」

「ジョゼフ殿下は?」

「無能王子が選ばれることはないだろう。魔法が使えないのはもちろんの事、失政ばかりで良い点なんか一つもない」

 人々は口々にシャルルを押し、一方のジョゼフを嘲笑った。

 しばらくすると国王の私室から二人の男が出てきた。
 出てきたのは二人の王子、ジョセフとシャルルで、ジョゼフは険しい顔を、逆にシャルルはにこやかな表情をしていて、部屋の外で様子をうかがっていた家人十数名は二人の様子を見て

『これはシャルル殿下に決まったかな?』

 と、シャルルが次期国王に決まったと思った。
 
 二人の王子はヴェルサルテイル宮殿から去ると、別々の馬車に乗りそれぞれの領地に帰って行った。

 街道をゆくシャルルの馬車の中では、一人シャルルが頭を抱えながら、先ほどの会談の事を思い出していた。

「何故……どうして勝てないんだ!」

 老いたガリア王が次期国王に選んだのは、兄のジョゼフだった。

 政治の世界には魔法の私室の優劣など関係ない。
 ガリア王の意を受けて、ジョゼフは国内の反乱分子の一掃に苛烈とも取れる政策を敷いた。
 ジョゼフは自身が総長を務める『ガリア花壇警護騎士団』を広大なガリア全土に派遣し治安維持に努めさせると同時に、存在しないと言われている北花壇騎士団を秘密警察の様に使い、独自の諜報網の構築と、反乱分子を一切の慈悲もない大虐殺を行ってガリア王の信任を得た。
 一般的なガリア貴族は、王都を守る花壇騎士団を治安維持ごときに使うジョセフを批判し、一般市民は、ちょっとでも王国に対し否定的な事を口に出せば、数日後には一家諸共消える事に、言い知れぬ恐怖を感じ、誰もが口をつぐんだ。

 一般市民にとっては、ジョゼフの治安維持政策は恐怖政治以外の何物でもなかったが、視点を変えれば、大量の危険人物を検挙し、曲りなりにも結果を出したジョゼフのガリア王の覚えは良かった。

 シャルルは、自分が知らぬ位置にジョゼフが剛腕ぶりを発揮している夢にも思わず、先ほどの会談でガリア王の口からを聞かされた時は、凄まじい衝撃を受けた。

「流石は兄さん。私には絶対に出来ないような事を平然とやってのける……」

 魔法が一切使えないジョゼフは、他のガリア貴族から『無能』と言われ、大いに軽蔑を受けていたが、シャルルは前々からジョゼフの能力を認めていただけに、今回の会談で以前から燻っていた焦りが形になって表れた。

「このままではいけない。このままでは兄さんに勝てない……彼にも勝てない!」

 実のところ、シャルルの焦りは隣国トリステインのマクシミリアン王が王子時代、11歳でスクウェアに到達した事を聞いてから、薄い染みの様に出来たのが始まりだった。
 マクシミリアンが現れるまで、『魔法の天才』の座はシャルルの物であり、シャルル自身、魔法の天才という名声を最大限に利用してガリア政界に『シャルル派』と呼ばれるガリアを二分するような巨大な派閥を形成していた。
 シャルルは父であるガリア王や無能を揶揄されるジョゼフを立てて、表面上は王座に興味がないように演技しながら、父から次期ガリア王に推薦してもらおうと、『良い子』を演じていた。
 シャルル自身、元々は良識派の人間で、演技などしなくても十分に優しい貴族であり、優しい父親だったため、魔法の天才の名声と合わさって、シャルルを慕い、次期ガリア王に推す声は日に日に高まって行った。

 だがマクシミリアンが頭角を現し、『魔法の天才』の座がシャルルのもの出なくなった噂がガリアで囁かれるようになるとシャルルに余裕が無くなってきた。

 公の場などでは、他の者に自分が焦っていることを悟られないように振る舞い、それは成功していたが、一人になると途端にネガティブな思考が頭の中を占拠するようになり、愛する家族に悟られないように、部屋に籠って一人悩むことが多くなった。

「……どうする? マクシミリアン王に協力を仰いで、ガリアの改革を断行しようか」

 そうすれば、ガリアの国力が増し、ガリアもトリステインの様に飢えて死ぬ者は極端に少なくなるだろう。
 だがシャルルは、そのアイディアを首を振って消し去った。

「駄目だ。所詮はマクシミリアン王の二番煎じ。インパクトに欠けるし、貴族たちが小国と侮るトリステインに協力を仰いだことが知れれば、『トリステインごときに膝を折った』と不満が続出するだろう……そうなれば大多数の貴族の支持を失い、王位どころではなくなる」

 シャルルにとってマクシミリアンの改革は、自分が理想とする政治そのもので、大いに参考にすべきだったのだが、かつての自分が拠り所にしていた『魔法の天才』の座を渡さざるを得なくなった事と、若くして賢王と呼ばれるマクシミリアンに、シャルル自身気づかないうちに、マクシミリアンへ尊敬と嫉妬が入り混じった感情を抱くようになり、何だかんだと理由を付けて、マクシミリアンとの協力政策を不採用にしてしまった。

「もっと大きな成果が必要だ。父上も考えを改めざるを得なくなるような成果が……」

 やがてシャルルの思考は、内乱に喘ぐライバル国に向くようになった。

 焦りと嫉妬がシャルルの野心を表面化させた今、ゲルマニア内乱は新たな局面へと移ろうとしていた。



 
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