水の国の王は転生者
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第九十七話 ガリア介入
前書き
お待たせした割に、出来は良くないかも。
『王になる』
シャルルが今まで胸の中にしまい、決して表に出さず誰にも知られなかった野心は、ジョゼフが次期ガリア王に選ばれたことで表面化し、シャルルに危険な賭けを取らさざるを得ない程の焦りを生んだ。
シャルルはオルレアン公領へ帰還すると、協力者である有力貴族たちへ手紙を書き、シャルルがこれから行う運動の支援を要請した。
貴族たちからの返事は全てがシャルル支持で、これによりガリア最大勢力のシャルル派はシャルルをガリア王へする為に行動を開始した。
シャルルらが真っ先に考えたのは、ガリア王がジョゼフを次期国王に指名した事実だった。
ガリア王の決定を覆すには並大抵の実績では不可能で、ガリア王も納得するほどの巨大な功績が必要と考えた。シャルルは内乱に喘ぐゲルマニアに介入して領土を掠め取り、その戦果をもってガリア王を認めさせる結論に至った。
こうして歴史に言う、『ガリア介入』は幕が開けられた。
シャルルはガリア貴族の過半数がゲルマニアへの出兵を支持している事実で、老いたガリア王の説得した。
「……好きにせい」
小さくため息をついたガリア王は、枯れ木の様に痩せ細った手で、ゲルマニア出兵の認可のサインをすると、シャルルをゲルマニア侵攻軍の総大将に任じ、居城であるヴェルサルテイル宮殿に引きこもった。
ガリア王の許可を得たシャルルは、すぐさまガリア全土の動員令を出した。
国民に人気のあるシャルルが音頭を取った事により、貴族はもちろんの事、通常なら徴兵逃れをしたり逃亡したりと、いつもなら芳しくない平民の動員もスムーズに進み、結果三十万もの大軍を集めることに成功した。
……数週間後
ゲルマニアへの出兵が一週間後に差し迫った頃、シャルルは総大将としての多忙の合間を縫って、オルレアン公爵領の屋敷に帰還していた。
「お父様! お帰りなさい!!」
愛娘のシャルロットが出迎え、シャルルの胸に思い切り飛び込んできた。
「ははは、シャルロット、元気にしていたようだね」
シャルルは小さなシャルロットを抱きかかえると、シャルロットの頬に小さくキスをした。シャルロットは少しむずがゆがったが、恥ずかしいだけで嫌ではないらしい。
シャルロットはお返しとばかりにシャルルの頬にキスをした。
「お父様。今日はおうちに居てくれるの?」
「そうだよ、シャルロットの大好きなイーヴァルディの勇者を読んであげよう」
「やったぁ~!」
シャルロットのはしゃぎぶりに、シャルルは目を細めた。
(遠征の間は、シャルロットとは暫く会えないな)
自分の野望の為とは言え、愛娘と離れることに少し抵抗があるようだ。
ともかく、久々の親子のひと時にシャルルは英気を養った。
その夜。
シャルロットは既に眠り、シャルルは愛妻であるオルレアン公爵夫人と軽い晩酌をしていた。
オルレアン公爵夫人は不審そうにシャルルを見ながらホットワインを口に運んでいた。
「……」
「……今回の出兵に反対の様だね」
「……はい、シャルロットも大きくなってきて、これから大事な時期だというのに、何故、離れ離れになるような事をなさるのです」
オルレアン公爵夫人は、シャルルがゲルマニア出兵で幼いシャルロットや自分を置いていくことを責めた。
一方、シャルルとしても、シャルロットや愛妻を置いてゆくのは忍びないが、今、このチャンスを逃せば、兄ジョゼフが王位を戴いてしまう。
ジョゼフへの対抗心を露わにしたシャルルは、ゲルマニア出兵で勝利し、その戦功をもって老父の決定を覆さなければ、永遠にジョゼフに勝てなくなる事を直感し恐れた。
「キミは私が権力の亡者になってしまった思ったのかい?」
愛妻家であるシャルルは公爵夫人を説得することを試みた。
シャルルは国内に留まることを求める公爵夫人を説得する材料がある事はあったが、それはガリアのタブーに触れる事であり、シャルルたち夫婦にとっても決して忘れ得ぬ悲劇の事だった。
「キミは『あの子』の事を忘れてしまったのかい?」
「あの子……? ま、まさか……!」
それは、双子として生まれてしまったが為に、ガリアのタブーに触れ、泣く泣く離れ離れにならねばならなかったシャルロットのもう一人の姉妹の事だった。
シャルルが権力を欲したのは、ジョゼフへの対抗心もあるが、もう一人の娘を取り戻す為でもあった。
「正直なところ、双子を禁忌とするガリアの習慣は絶対不可侵の物であり、決して触れる事すら許されない聖域だと思っていた。だけどね、トリステインの先代エドゥアール王と現在のマクシミリアン王が、既存の概念を破壊してトリステインを繁栄させたのを外から見ていて、ガリアの常識に捕らわれてはいけないという事を痛感したんだ」
マクシミリアンの改革は、隣国のシャルルの意識すら変えさせた。
再び、家族四人が再開するために、ガリアの悪しき習慣を変えさせるために、シャルルは権力を欲した。
「忘れる……忘れるものですか、生まれたばかりの子供を奪われ、『獣腹』と陰口を言われる日々にどれだけ悔しい思いをしたものか……!」
夫人は涙を流し、吐き出すように語った。
「だから私はこの戦役に勝利し、ガリアを正しい方向へ導きたいんだ」
シャルルは震えながら俯く愛妻の肩を抱き、王になった暁には、悪しき習慣を無くし、離れ離れになったもう一人の娘を呼び出し本当の家族をやり直そうと説いた。
「分かりました。離れ離れになってしまうのは悲しいですけど、手放してしまったあの子と再会できるなら私も協力します」
夫人はシャルルの出征を了承し、こうしてシャルルは、憂い無く戦役に臨むことが出来るようになった。
「私が王になった時、シャルロットに本当の事を話そう。シャルロットに双子の妹が居る事を。これから一緒に暮らすようになれる事を……」
ベッドで眠るシャルロットの青い髪を撫で、改めてシャルルは闘志を燃やした。
★
二週間後、シャルルに率いられたガリア軍は、ガリア・ゲルマニア国境であるアルデラ地方からゲルマニア国内に侵入した。
国境には三万程のゲルマニア軍が防衛をしていたが、三十万を越すガリア軍が奇襲に近い形で攻撃を仕掛けてきたことで、ゲルマニア軍三万は瞬く間に敗走し、攻勢から僅か一カ月でゲルマニア南西部のヴュルテンベルグ地方とバーテン地方のほぼ全土を占領し、このまま北上を続けバウァリア大公の領土を抜ければ帝都ヴィンドボナは目と鼻の先であった。
シャルルは占領した領土でガリア軍が強姦や略奪を行わないように訓示を出し、意外な事に、傲慢で知られるガリア軍で略奪行為に及ぶ者は出なかった。この事だけでもシャルルの統率力の高さが窺い知れるだろう。
二つの地方を占領し、一定の成果を得たシャルルに新たな敵が現れた。
この遠征の最大の障壁であるゲルマニア西部の雄・フランケン大公が満を持して動き出し、シャルル率いるガリア遠征軍を討つ為に南下を開始した。
「シャルル殿下。フランケン大公の軍勢が、わが軍に迫っているとの報が届きました」
「矢張り動いたようだね、ゲルマニアは私たちガリアが介入する事を考慮に入れていたようだ」
攻め落とした城の一室で、シャルルはフランケン大公の軍が動いた事を知った。
「如何いたしましょう?」
「今までの様に数で押せば勝てるような相手ではない。すぐに物見を出し、フランケン大公の軍の規模と居場所を突き止めるんだ」
「御意!」
ガリア軍は偵察を出し、フランケン大公軍の動向を掴むと、すぐさま迎撃に動いた。
フランケン大公を倒せば、西ゲルマニアで私たちの敵になる軍勢は居なくなり、切り取り放題のボーナスゲームとなる。シャルルはガリアに大勝利をもたらす為に賭けに出た。
占領地を発ったガリア軍は、四方に偵察を放ちながら、ゆっくりと北上を開始すると、程なくフランケン大公の軍勢を見つける事が出来た。
フランケン大公の軍は、『黒い森』の異名を持つシュヴァルツヴァルト地方に居て、ガリア軍と同じように偵察隊を放ち、ガリア軍の動向を探っていた。
「これは……嫌なところに陣取ったな」
急ぎ作戦会議を開いたシャルルは、大きな羊用紙に描かれたお粗末なシュヴァルツヴァルト一帯の地図を前に唸った。
シュヴァルツヴァルトはその名の通り、鬱蒼とした森林地帯が百リーグ以上も広がる場所で、気時の間隔が狭く、太陽の光が遮られ昼でも薄暗いため、大軍が展開するには適さない地形だった。
さらに悪い事にゲルマニア軍はシュヴァルツヴァルトの深い森の中に隠れて、どの位の規模の軍勢か分からず、何と幾つかの偵察隊がゲルマニア軍の規模を探ろうと森の中に入って行ったが帰ってくる者は居なかった。
「ゲルマニア軍も、当然私たちの位置を掴んでいるだろう」
「ゲルマニアの斥候らしき者どもを数十人を討ち果たしましたが、数人を取り逃がしてしまいました。総大将の仰る通り、ゲルマニアは我々の情報を掴んでおりましょう」
シャルルの言葉に、ガリア遠征軍の総大将補佐的な存在であるブルボーニュ公爵も同意した。
「さて、機先を制してゲルマニア軍に速攻を駆けるべきか、それとも相手の出方を待つべきか、諸君の忌憚のない意見を聞かせてほしい」
シャルルが会議に参加した諸将に尋ねると、将軍たちは議論を始めた。
「シャルル殿下、フランケン大公を討ち果たせば、ヴィンドボナへの道は開けたも同然です。ここは攻勢に打って出るべきです」
「否! 地の利は敵に在り、下手に攻勢を掛ければ被害を増やし、戦役そのものが継続不可になる!」
「敵は奇襲の混乱からまだ抜け出せていない。ここで軍を停止すれば、敵に迎撃態勢を取らせる時間を与えてしまう!」
「フランケン大公はすでに動き出していて、敵は奇襲の混乱から抜け出していると断定して良い。狩りの時間はは終わったと考え、早急な戦略の練り直しをするべき!」
将軍たちの議論は攻勢と守勢と意見が真っ二つに分かれた。
「シャルル殿下、そろそろこの辺りで……」
このままでは埒が明かない、とブルボーニュ公爵が進言すると、シャルルはコクリと頷き立ち上がった。
「皆の思いは良く分かった。遠征を始めたからには、必ず勝利を得なければならない。フランケン大公は強敵だが、討ち取ることが出来れば早期講和も可能だ。きっと降臨祭までには帰れる!」
シャルルは攻勢にかかる事を将軍たちに宣言すると、『おおっ!』と将軍らの反応も良かった。
ブルボーニュ公爵は、演説の効果を得たと考え、将軍らに散会を命じた。
将軍らがそれぞれの持ち場に戻ると、ブルボーニュ公爵がシャルルに進言した。
「シャルル殿下。フランケン大公と対峙する前に、ヘルヴェティア地方の戦力を削がなくては、後方が危うくなります」
主に傭兵を産出するヘルヴェティア辺境伯領は、ガリア、ゲルマニア、ロマリアの三カ国国境に接していたものの、山々に囲まれた辺鄙なところで戦略的に価値が無い事から、ガリア軍は侵攻の際無視する形で素通りしていた。
ヘルヴェティア地方の守備隊はガリア軍の様子を遠くから伺うだけで、殆どちょっかいを掛けてこなかった。
ブルボーニュ公爵は、フランケン大公と戦っている最中に背後から襲い掛かってくるのを恐れて、早急に対処する様にシャルルに進言した。
「公爵の言いたいことは良く分かった。実はヘルヴェティアの事は対処済みなんだ」
「対処済み? いったいどういう事です?」
「開戦前にヘルヴェティア辺境伯に密使を送ってね、ヘルヴェティア地方に侵攻しない代わりに、中立を保つ確約をしていたんだ」
「な、そうなのですか……!」
帝政ゲルマニアの始まりは、数百あった都市国家が連合し、現在の形になったとされていて、早い話が寄り合い所帯で、諸侯のゲルマニアに対する忠誠心は薄い。進んで戦争に参加しようという奇特な諸侯は指で数えるくらいしかいない。
シャルルはゲルマニアの構造を事前に調べ、戦いを回避できそうなゲルマニア貴族に片っ端から密使を送り、無駄な戦いを避けて兵の消耗を少なくさせた。
ヘルヴェティア辺境伯もガリア軍に対峙しているふりをして、遠くから見ているだけで一切手を出そうとしなかった。
「それに、三千ほどヘルヴェティア傭兵を雇うことも出来た」
「なんと、同胞と対峙しているというのに、傭兵としてガリア軍に加わると?」
「なんでも東方を見習って、ゲルマニアからの独立をもくろんでいるらしい。したたかな連中だよ。戦後、ゲルマニア軍が逆襲をしてくるのを見越して、ガリアに独立保障を求めてきた」
「シャルル殿下は、その話を?」
「受けた。数は少ないがヘルヴェティア傭兵は精強だ。戦えば勝だろうけど下手に損害を受けたくない」
「左様でございましたか。それならば背後を襲われる心配をせずにフランケン大公と戦えますな」
「完全に信じ切れないけど、ガリア軍が優勢なうちは裏切らないだろうね」
こうしてガリア軍は、後顧の憂い無くフランケン大公と戦える状況を得た。
ガリアの奇襲から始まった二大大国同士の戦いは、フランケン大公の登場により、いよいよ激しさを増し、シャルルの挑戦は本格的な山場を迎えようとしていた。
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