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Ball Driver

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第三話 体育会系演劇部

第三話



「やぁ、権城君。今日もよく日焼けしてるね」
「え、まぁ。昨日の今日で白くなりやしませんからね。」

学園の廊下を歩いていると、権城はスラッとした、赤毛を二つにくくった少女に声をかけられた。
この人は遠藤紗理奈。南十字学園の二年生で、東京からやってきた編入生らしい。

「昨日の君は凄かったね。まさか、品田さんの球をあそこまで飛ばすとは思ってなかったよ。」
「いやいや、センターフライですから……」

紗理奈は、昨日、権城が紅緒にホームランを打たれた後の、紅緒ピッチャー権城バッターで行われた勝負の事を言っている。
ファール、ファール、センターフライ。
紅緒の真っ向勝負に会心の一打を放つ事はままならなかった。
その勝負を、キャッチャーの視点から見ていたのがこの紗理奈だった。

(……しっかし、紅緒ちゃんの球速かったなぁ。140近く出てただろ、あれ。アメリカ代表のゴリラと同じ速さだったぞ。)

権城も昨日の勝負の事を思い返して、ため息をついた。結局昨日の所は良い所は見せられず(たった一日で判断されるというのも理不尽だが)、先輩方にため息をつかれて終わった。紅緒なんて化け物と比較されるなんて、やはり理不尽である。

「いやいや、ついさっきまで中学生だったキミが、品田さんの球に空振りしなかったのは立派だ。やはりキミは才能があるんだろう。」

その中で、目の前のこの紗理奈だけは権城を褒め、割と良心的な(常識的な?)評価をしてくれていた。しかし、紗理奈の評価の方が正しいとはいっても、周りがみんながそうでないと、やはり権城としては気を遣われているだけのように感じられてしまう。

「……何で4回戦なんすかね」
「え?」
「いや、何で品田先輩が居るのに、去年の夏4回戦で負けたのかなって。もっと勝てそうなもんなのに」
「ああ。確かに。まさか4回戦負けのチームに品田さんほどの選手が居るとは、キミも思えないよね。」

権城の問いを受けて、紗理奈は話し始めた。

「ま、さすがに週に3回の練習で簡単に勝ち上がれるほど、学生スポーツも甘くないという事だ。確かにここの野球部はポテンシャルは高いけれど、ポテンシャルで押し切れるのは去年は4回戦までだった、つまりはそういう事だよ。」
「……勿体無いなぁ」
「確かに勿体無いのかも。でも、野球だけが青春ではないからね。キミのように、野球が価値観の中心な人間と、そうでない人間とでは、同じ才能を見ても意味合いが違ってくるんだよ」

一つしか歳が違わないはずなのに、妙に達観している紗理奈に、権城は口をへの字に曲げた。
淡々としてるなぁ、そんな印象を受けた。
間違いなく紗理奈の言う事は正しく、例え自分が何をほたえた所で、この学園の中に野球一筋の雰囲気を作るのは難しいだろう。
紗理奈ならば、「では、野球一筋になる事は本当に価値のある事なのかな?」なんて突っ込んできそうだ。

「で、キミは野球部の活動がない今日は何をしているのかな?」
「あ、文化部の方を決めないといけないんで……校内を回ろうかと」
「あぁ、なるほど!じゃ、私の演劇部に来てみてよ。今日はこれからなんだ。」
「あ、はぁ……」

演劇。もちろん、権城にある演劇の経験は中学時代の文化祭でやった実にしょうもない劇くらいしかない。そしてその劇での役目は、セリフなしのエキストラである。

(……でもまぁ、他に音楽も美術もやってないから、文化部はどれに入っても同じか)

他の文化部のアテもどうせ無いし、演劇部に入ったって構わないだろう。俺はやればできる子だ。
権城は誘われるがまま、紗理奈と一緒に、クラブ棟の演劇部部室へ向かった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー




「42…43…44」
「みんな、声が小さいぞ!演劇は気合いだ!」

演劇部の部室では、体操服姿の部員が二人一組で腹筋運動を繰り返していた。上体起こしから、クランチから、Vシット、やたらと本格的なトレーニングである。そのトレーニングに青息吐息の皆を大声で叱咤激励するのは紗理奈だった。

(ちょっと待って……聞いてないってこんなの)

もちろん、見学に訪れた権城も強制参加である。
部長の紗理奈とペアを組まされ、いきなりシゴかれている。

「終わったァー!」

腹筋が終わって、権城が仰向けにくたばっていると、その視界に、背の高い、青い髪の少年が入ってきた。

「まだまだ、これからですよ、権城先輩。次は発声練習です。クラブ棟の屋上に行きましょう。」

高い所から権城を見下ろしているこの少年は、南十字学園中等部の新道姿と言う。まだ中学三年生のはずだが、矢鱈と大人びた雰囲気で、そもそもが端正な顔をしているというのに、それに輪をかけて独特のオーラを漂わせている。この南十字島では知らない者が居ない新道家の跡取りで、家ではメイドを使役してるというのだから、まぁハッキリ言って育ちが違う。そのうえ、文武両道の天才とくれば、多少神々しく見えてもおかしくはなかった。

「あ、あぁOK」

姿の差し伸べた手を取り、権城はその体を起こす。後輩に起こされるなんて、情けないような気もするが、姿相手だと何故か別にそんな事はどうでも良いように思われた。

「島を出て行った権城先輩と、それを再び出迎える姿クンの図……うふふふ」

2人を傍目から見て、鼻の下をイヤらしく伸ばしている少女が居る。黄色髪のショートカット、快活な笑顔が眩しい、中等部3年の揚巻和子だ。神社の娘で、将来は巫女で決まっているらしい。男2人が手を絡ませているだけで、恐らく和子の脳内では圧倒的お花畑な光景が想像されているようで、こんな微妙に腐った少女が神職とは中々に世も末だが、、、

「いけません、和子様。少しお鼻血が、、、」

和子は自らが作り出した妄想に相当刺激を受けたらしく、気がついたら鼻血が垂れていた。
素早くポケットからティッシュを取り出したジャガーが、その血を拭う。ジャガーも、紗理奈と同じく演劇部と野球部の掛け持ちをしている。
それは、同じ二つを掛け持ちしている姿に合わせる為なのだろう、何故ならジャガーは姿の世話役、つまりはメイドなのだ。
まだ15歳で人の面倒を見る事を仕事にしてるのだから、ジャガーが大人びて穏やかなのも合点がいくだろう。権城は生暖かい目で、ご苦労様ですとの視線を投げた。

「ほらほら、早く屋上に移動する!」

紗理奈が急かして、一同はクラブ棟の屋上へと赴いた。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



「「「「あーえ!いーう!えーお!あーーーーおーーーー!!」」」

クラブ棟の屋上から、夕日に美しく照り輝く大海原に向かって声を出す。潮風に逆らい、音を飛ばす。

(……演劇部はそれなりに、顔馴染みも居るけど……やっぱキツいな。保留しよう……)

権城は、声を枯らしながらそう思った。

「まだまだー!まだまだ声出てないぞー!」

紗理奈の一際元気な叱咤が、皆の声を切り裂いていった。

 
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