一歩ずつ

第九章

　その顔を見てだった。レイラニが笑顔で言ってきたのであった。
「笑ったわね」
「えっ？」
「久し振りに会ってからはじめてよね。笑ってきたの」
　このことを彼女に言ってきたのである。
「そうでしょ？笑ったのはね」
「そうなの。笑ったの」
　思えば笑ったこともなかった。完全に忘れてしまっていることだった。そしてそのことを自分でも思い出してだ。ふと言葉を出すのであった。
「そうだったのね」
「そうよ、今もよ」
「そうなの。笑ってるの」
「まずは笑いましょう」
　レイラニの声が優しかった。
「全てはそれからよ」
「そうなの。それからなの」
「笑ってそうして」
　レイラニは言っていく。
「前に出ればいいから」
「そうね」
　彼女もその言葉に頷くのだった。
「まずは笑ってね」
「ねえ、雪ちゃん」
　今度はレイラニから言ってきた。
「何があってもね」
「何が？」
「そのことはいいから」
　彼女は雪の過去に何かがあったことは察していた。しかしそこから何があったのかまでは知らなかった。もっと言えば知るつもりもなかったのである。
「けれどね」
「まずはなのね」
「そう、笑って」
　まずはそこからだというのだ。
「笑って前に出ればいいから」
「それからなの」
「そう、それからよ」
　こう言うだけだった。
「それからだから」
「笑ってそれから」
「行きましょう」
　レイラニから誘ってきた言葉だった。
「それでね」
「そうね。じゃあ」
「いいものでしょ」
　笑っている雪への言葉だった。
「笑うのって」
「そうね。それはね」
「いつも笑っていればいいから」
　また言ってきたのだった。
「それだけでね」
「それで少しずつね」
　雪もやっと笑えた。そうして前に出てである。レイラニと共に歩くのであった。今の彼女には日差しが強く照らしていた。その笑顔を照らしていた。


一歩ずつ　　　完


　　　　　　　　　　　　　　　　　２０１０・１・２５